まだ見ぬわたしの碧色【完結】   作:Yuki_Mar12

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 サラメーナの土地だった部分はことごとく開発されて宿場町となったが、広い円の壁の弧上に、小さい円が接しており、その中に、この町の軍事施設の城があった。城とは言っても、町にある大きい宿屋とさほど規模は変わらず、塔をひとつだけ備えたもので、割とこぢんまりとしていた。

 

 付近にはひとの出入りを監視する衛兵と思しき者がいて、特に城に用事もなかったので、わたしはあえて近付こうとは思わなかった。

 

 この城でメイローゼへの侵攻が企てられ、実行されたのだと思うと、わたしは気持ちがザワザワして、寒気がした。

 

 わたしは、ファーチェとティークさんのふたりと共に、町のお店を巡った。買いたいものがあったのだ。次の旅に必要となるアイテムのための買い物だった。

 

「えっ」、とファーチェが唖然とする。「クローネ、砂漠を渡るの?」

 

「そのつもり」

 

 先日ボロを着替えるために服を買いに行った店で、今度わたしたちはローブを買った。ゆったりとしていて、全身を覆い尽くせるものがベストだった。砂漠の砂や、太陽光線や、夜の寒さなどを防ぐために着用するのだ。

 

「この町を去るおつもりなのですね」、とティークさん。

 

「わたしにとってこの町は、仇敵と言っていいものなんです。定住するなんて到底出来ない。お母さんも、きっとそう言うだろうと思います」

 

 皮革製の密閉容器を手に入れたわたしは、井戸水を汲めるだけ汲み上げて、中を満たすために入れていた。満タンに入れても、砂漠を踏破するのに足りるかどうか、定かではなかった。

 

 わたしひとりだけが精力的で、ファーチェもティークさんも、ポカンと傍観しているばかりだった。

 

 砂漠を行くことに関して、他のふたりは、かなり気乗りしない、どころかむしろ拒みたがっている様子であり、きっと彼等は、リベルタさんと別れたことで砂漠が断念されたのだと思ったのだろうが、無理もなかった。

 

「まずは、お母さんに言わなくちゃ」

 

 ファーチェが、冷静に、どこかトゲを含んだ物言いで言う。

 

 買った品物をまとめるカバンなどがなく、全て携行して歩くわたしは、荷物の重さと、ふたりの非協力的態度にイライラしていた。

 

 通りでは、わたしがやや離れて先頭を歩き、ふたりがその後ろを気後れしたように歩くという順列が出来ていた。

 

 わたしはファーチェをキッと睨み付けたが、彼女の凛とした態度に我に返り、バカバカしくなって失笑した。

 

「そうだね」、とわたし。「お母さんを無視しては先へ行けないのに」

 

「容態だってまだ万全とは限らないし、まずは様子を見に戻りなよ。買い物は、わたしたちに任せて」

 

 わたしはコクリと頷き、持っている荷物を全部下ろし、取りあえず、彼等に宿まで運んでくれるよう頼んだ。加えて、先にわたしが宿まで戻ってお母さんを呼び出すので、区切りが付くまでは中には入らず、外で待っていて欲しいと伝えた。

 

 身勝手に独走していたことが悔やまれた。

 

 わたしだって、ファーチェとティークさんのように、砂漠へ行くことに迷いがないわけではない。むしろ内心では逡巡が強く残っていて、わたしを町に留めようとするのだった。

 

 だが、この町に対して思い出すことになった劣情に面と向かって対峙することが、わたしには難しかった。郷愁と反感のせめぎ合いが内面において勃発し、その熾烈さが心労となっていった。

 

 

 

 宿。わたしが部屋に戻ると、お母さんはベッドを出ており、木製窓を開いて外をぼんやり眺めていた。秋日和の明るい光が窓を通して部屋に差し込んでいた。

 

 わたしが扉を開いた時、お母さんはわたしの方へ振り向いた。

 

「ただいま、お母さん」

 

「おかえり、クローネ」

 

 彼女はそう返すと、目線を窓の外へと戻した。

 

「具合はどう?」

 

「ずいぶん楽になったわ。あれだけ泣いたのは、ずいぶん久しぶり。――思い返すと、結構恥ずかしいけど」

 

 お母さんは苦々しく笑む。

 

「ううん」、とわたしは首を左右に振る。「よくなったのなら、嬉しい」

 

「えぇ。心配させてごめんね」

 

「ご飯は、食べた?」

 

「うん。二階の食堂で、ひとりで食べた。二人はどうしたの? ファーチェちゃんとティークさん」

 

「ふたりは……今、用事で出かけてる」

 

「クローネといっしょじゃなかったの?」

 

「うん」、とわたしは、即興的に事情を繕った。

 

「ふうん」、とお母さんは腑に落ちない様子だ。

 

「……あっ、そうだ」

 

 何か思い付いたように、彼女がハッとし、またわたしの方へ振り向く。

 

「お父さんのこと、クローネは覚えてる?」

 

「お父さん?」、とわたしは呆気に取られて聞き返す。「覚えてないよ。だって、物心の付いた頃には、いなかったもの」

 

「そうだったかしらねぇ」

 と、お母さんは懐かしそうに目を細めて言う。

「ティークさんとファーチェちゃんを見ていると、おのずと思い出されちゃってね。わたしは、まだちゃんと覚えてるのよ」

 

 

 

 わたしのお父さんは、あまり頭がよくなかったけど、やさしくて、たくましいひとだった……そういう風にお母さんは、彼に関しての昔語りを、滔々とし始めた。

 

 

 

 不思議と、辺りは静寂が満ちていて、ファーチェとティークさんが着くまで、しあばらくかかりそうで、わたしは自然と、その話に耳を傾けた。

 

 

 

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