まだ見ぬわたしの碧色【完結】   作:Yuki_Mar12

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(15)Side Story

***Side Story part1***

 

 

 

 ベレトリは旅人だった。彼は各地をさまよい、儚くて脆いその日暮らしをしていた。

 

 流浪者だったのだ。

 

 彼はその身空のため、他者に偏見を持たれ、忌み嫌われ、差別された。疎外感がますます彼を意固地にし、また孤独にした。強がることを望んだが、内心では心細く、寂しがっていた。

 

 以前彼は、ところが、定住者だった。両親がおり、友達がおり、知人がいた。気に入るやつがいれば、気に入らないやつもいた。互いに仲良く遊んだし、荒っぽいケンカもした。

 

 まだ幼い頃、彼の住まいは山中にあった。小さい村落で、農業が主たる産業だった。両親共々、野良仕事で生計を立てていた。

 

 村落はずっと平和で、繁栄こそしていないけど、安泰だった。村民すべての信仰心が篤く、季節の行事は全村挙げてのビッグイベントだった。相互間の紐帯がしっかりしており、村落の秩序とその価値を末永く守っていく意識がとても高かった。

 

 ベレトリがやがて大人と背格好が同じになる頃、彼はいよいよ自立の必要から、進路の選択を迫られた。

 

 といっても、選択肢はほとんどなく、よその家庭が通常そうであるように、ベレトリの場合も、家業を継ぐことが大前提であり、他はないのだった。

 

 彼は熱心に親に付いて農業を学び、修行した。彼がずっと見て、手伝ってきた野良仕事は、やはり割とすんなりその要点を掴むことが出来、後は慣れていくだけだった。

 

 

 

 親の畑を彼が主に耕すようになりだして後、しばらくした冬のことだった。

 

 冬の間は耕作が出来ないため、村落の人々は内職や農具の整備、製作などして過ごすことになっていた。ベレトリもまた同じで、寒い冬のある悪天の日、彼は家の中で、クワの刃を磨き、錆びないように油を塗っていた。

 

 その夜、皆が寝静まった時分。ドカンという轟音が突然、村中に響いた。

 

 何事かとベレトリが両親と共に慌てて起き出して、音源を確かめに外へ出ていってみた。

 

 風の強い、空気の乾燥した日和だった。

 

 真っ暗の夜闇に、やはり眠りを中断された村民がたいまつを持って立っており、めいめいのたいまつの灯火がぼんやり照らす中に、雨粒と、そして雪が見えた。

 

 雨と雪が同時に降る……ずいぶん空模様が荒れているみたいだった。大きく発達した雲が冬空にあり、その風景は異様で、どこか不吉さ、禍々しさを感じさせるものだった。

 

 ピカッと眩い閃光が瞬き、直後に轟音が響いた――あの轟音だ。

 

 雷が落ちたのだった。

 

 やれやれといった気持ちで家に帰ろうとベレトリが思って踵を返した時、叫び声が聞こえた。何かを知らせる叫びのようだった。

 

 村落を覆う森の内の、ある方角の上空に、ポッと橙色の淡い光の広がりが見えている。

 

 周囲の人々が、不穏がるようにざわめいている。

 

「か、火事だぁ!」

 

 ベレトリが状況を悟ると同時に、叫喚、悲鳴、慟哭が渾然と混ざり合って聞こえるようになった。

 

 ベレトリの両親も、敏活に山の急変を察し、険しい顔で急いで逃げろと命じると、ベレトリは混乱していたが、せっつかれることで、とにかく走ることにした。

 

 

 

 しかし、どこへ――?

 

 

 

 山地の風が雨と雪を吹き飛ばし、濡れた地面や草木、葉をことごとく乾かした。そのせいで、怪しく燃焼する火炎の手が消えないどころか、むしろ伸びて延焼を引き起こし、恐ろしい勢いで山火事の範囲を拡大させていった。

 

 寒い冬の普段、炎は暖を取るための手段であり、げに頼りになるものだったが、山火事が起こったその時の炎は、まるで悪鬼でも宿っているように、おどろおどろしく、無慈悲で、恐怖そのものだった。破滅の劫火というのは、おそらくこういうものなのだろう。

 

 山を燃やし、家畜を殺し、木々に住み着く鳥類を脅かし――村落はやがて完全に炎に飲み込まれ、家屋は焼損し、逃げ足の遅い老人は灼熱へと取り残された。

 

 火の粉と雪と雨の入り交じった様は、どこか美しさがあって、どこか夢のようで、この災禍が悪夢であればよかった。

 

 ベレトリには、何が起こっているのか明瞭に分かるようで、その実分からなかった。混乱が激しかった。

 

 暗夜の山道は、迷路のように複雑で見通しが悪く、また足元がよくなかった。最初は固まっていた人々が、逃げ惑いながら、どんどん散逸していき、ベレトリはやがて両親とさえはぐれてしまい、だけど背後には橙色の火影がじりじりと迫っていて、立ち止まっている猶予はなかった。

 

 胸がドキドキして苦しかった。死ぬのではないかと思えるほど、動悸が強かった。

 

 

 

 ベレトリはそうして、尊いものも、そうでないものも……何もかも全て喪失し、ただ外に存在していただけで彼の知らない縁遠い世界へと、無惨に放り出され、旅することになったのだった。

 

 彼の純朴だった人格は、凄惨極まりない事故の力で捻じ曲げられ、ゆがみ、修正のきかないレベルまで心が病んでいった。

 

 だが、彼の心の奥底には、人間を信じようという気持ちと、誰かのやさしさ、温もりに触れたいという切なる恋しさが粘り強く潜在しており、そのために彼は、一度は(なげう)ってしまっても構わないと思ったみずからの命の意味を改めて認識し直し、旅によって未来へと繋ぐことにしたのだった。

 

 

 

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