***Side Story part2***
ある日、町でひとが倒れているという噂が立って、家で手仕事の最中だったロナは、始めは興味がなかったが、微かに妙だと思い、興味を持つようになった。
町中でひとが野垂れ死にするなど、全くひどい話だ。町では物乞いは施療院で面倒を見てもらう慣わしになっているというのに、どうして外でくたばるひとが出てくるのか。
――小さい町だった。深い森の中に孤島の如くポツンと佇む町で、ずっと穏やかに時が流れていた。
十八歳というのは、町の娘たちのほとんどがよそに嫁ぐ年齢だった。
ロナは、その十八歳だった。だが、未だ結婚しておらず、その予定もなく、そもそも相手さえいなかった。
否、相手はいた。町では女より男の方が数が多く、彼女がその気になりさえすれば、新しいカップルの誕生する運びとなるのだった。
だが、彼女にとって、自身のパートナーとして意識し得る男は、町にはおらず、そうなると、別にひとりでも構わないという気がした。決してえり好みするつもりはないが、気乗りしなかった。
両親は娘に対し、早く誰かといっしょになって子供を産めと口やかましく言うのだが、自分の人生をどのように処置するかは自分で決めるものであり、たとえ実の親であっても、他人が好き勝手に指示出来る余地のあるものではないとの考えを、彼女は持っていた。
ロナの手入れの行き届いた薄褐色の長い髪は、異性の気を惹くために手入れを入念にしているのではなく、ただ自分の嗜好でそうしたいと思ってしているのだった。乳房は大きくない上、形がよくなく、劣等感を抱かせるものだったが、目がパッチリと大きく、口は強気に一文字に結ばれ、鼻は小さいけど慎ましさが感じられ、早い話、彼女を好く異性は割といた。
……行き倒れの噂を聞いて、ロナは関心を持ったが、手仕事をする内に忘失した。
お昼の休憩の時、ロナは外へと出ていった。春の陽気が麗らかで、誘われるようにロナは家を出、花畑のそばを散歩した。
道中、彼女はあるものを見つけてギョッとした。
廃れた空き家の壁に、ひとがぐったりとした様子で、もたれて座っている。男のようだ。町の一角の空き家だった。辺りはひと気が疎らで、何とはなしに、剣呑だった。
彼が朝、噂の元となったひとなのだろうかと思い、ああいう風に行き場がなく、壁で死にかけている様を目撃すると、ロナは、憐れまれてくると同時に、呆れざるを得なかったし、衰弱した人間が町に放置されていることに、ムカムカと腹が立ってくるようだった。
――大丈夫ですか。
ロナがそばによって声掛けすると、男はおもむろに面を上げ、彼女の目を見返した。
「もう歩けないんだ」、と彼はかすれた声で呟いた。「ここまでどうにか来たけど、これ以上は無理だ」
何のことだかさっぱりだったが、とにかく男の状態が極めてよくないことは、一目瞭然だった。
瞳はうっすらと白濁し、口の端には泡がブクブクと浮かび、彼は、衰弱している特徴がはっきりとあったし、同時に、狂気じみて見えた。汚臭もあった。体がおかしいのは間違いないが、あるいは精神的にもよくないのではなかろうかと、ロナには推測された。
面倒くさいことになったと彼女はうんざりしたが、手を出した以上、引き下がるわけにはいかなかった。
「名前は?」、と彼女が尋ねると、
「ベレトリ」、と彼は答えた。
……結局、ロナはベレトリの庇護者となった。彼女が望んでそうなったのではなく、嫌々そういう役回りを担わされたのだった。
弱ったベレトリは、まずは施療院に案内され、食べ物と飲み物が与えられ、寝床が用意された。
だが、食事と睡眠以外の生活は、ロナが指導し、世話しないといけなかった。
彼女はうんざりし、両親もひどく気重で迷惑がったが、町の皆、その役回りを彼等に押し付けた。――自分で外れくじを引きに行く馬鹿など、普通いないというものだ。
ベレトリは変質者で気難しく、口をほとんど開かない上、口調が陰気臭くて聞こえにくく、また、異常にケンカっ早くて、男だけに限られてはいたけど、簡単に線が切れて、相手に殴りかかっていき、町全体に響き渡る不祥事を起こすのだった。
衰弱し切り、惨めでまた空恐ろしい印象のある男の面倒を一手に引き受けないといけなくなったことに、ロナは泣いてまで悲しみ、悩んだ。だが、彼女は気丈で、思う存分鬱憤を吐き出してしまうと、後は責任をきちんと自覚して果たしていった。
家族も住処も持たないで無軌道に生活する、薄汚いなりの野良猫などは、一度規則正しい生活習慣と環境に組み入れられると、だんだんと身綺麗に、また健やかに変わっていくものだ。
ベレトリの場合も同様に、野良猫同然だった流浪者の彼は、川での沐浴や、ロナの家の手伝いなどすることで、正気を取り戻したようになっていき、その内、白濁した目は澄んで、口元はさっぱりし、はきはきと言葉をしゃべるようになった。ケンカの話が、めっきり聞かれなくなった。
まるで彼は、生まれ変わりでもしたようだった。
ベレトリはその内、町の雰囲気に慣れて溶け込み、人々に好かれるようになった。
まだ十八歳だったロナは、ふと、常に彼のそばを離れない自分と、彼を意味なくじっと見つめている自分に気付き、ハッとして、恥らいを覚えるのだった。
ある日、綺麗に洗うようになったが、伸び放題に伸びてだらしないベレトリの髪をロナがはさみで刈っている時だった。部屋でベレトリはじっと椅子に座り、ロナは手のはさみを動かして、互いに他愛のない話を交わしていた。
目元まで覆うほどの長髪が、ロナによってチョキチョキ切られていくと、やがて覆われていた目が露わになり、その時、ふたりの目が近い距離で合った。
彼等はしばし見つめ合い、以前であれば何を見ているのかとムッとした二人が、今度は互いに目をそむけ、ムズムズする生ぬるい感情を覚え、共有するのだった。
ロナとベレトリが睦まじく深い関係へと結ばれるまで、大して時日は要しなかった。
そして、ロナはやがて懐妊し、お腹の子は、望まれて彼女の温かさの中で、誕生の時を待ちわびているのだった。
***