***Side Story part3***
ベレトリとロナの間に生まれた子は、女の子で、クローネと名付けられた。とても小さくて軽い体で分娩され、果たしてちゃんと成長出来るのか、ふたりの男女は不安だったが、元気によく泣く赤ん坊で、お乳をよく飲んだ。
さて、彼女等の住んでいた町は、ある時家畜の罹患を発端に感染症が流行りだした。
町には医者がおらず、また怪我や発熱などに際して慣習的に用いられる薬がその新種の病に有効でなかった為、感染者が増え、まだ移されていなかった彼等は、町を出ていかざるを得なかった。留まっていれば、町民全員が、ひとつの感染症で全滅することになっただろう。
実際、その町はやがて廃れ、打ち捨てられた。ロナの両親も病に冒され、娘と距離を置いて、町を脱出するように注意した。ロナは両親との死別の予感に悲しみ、中々聞き入れなかったが、ベレトリが強引に彼女と娘のクローネを連れて町を出た。
旅は決してやさしいものではなかったが、ベレトリが男気を見せ、クローネを胸に抱き、時には歩みの鈍いロナの手を引き、壮健に前へと進んだ。
やがて彼等の辿り着いたのは農村で、サラメーナという名だった。村長はトニオといい、村の警備の若い男は、マークといった。
ベレトリにとって、農村は勝手を知った共同体であり、田畑を耕す術を彼はよく心得ていて、すんなりと仕事に、また村に馴染んだ。彼は住んでいたところより流れてきた、土地を持たざる小作人であり、立場は低かったけど、安定した生活が保障された。
ロナにおいては、傷心の日々が続いた。
滅びていく町に留まって両親が病死する定めに殉じ、馴染みのない村で、馴染みのない人々にまじって暮らすのは、疎外感が強く、始めはほとんど家に引きこもり、口数が少なかった。
その間は、ベレトリが農作業を兼ねて、家事も負い、やはり育児も、ゆるがせにするわけにはいかず、彼が負った。
彼の日々は、虚無感で陰々滅々とし、すっかり精彩を欠いた妻の生活とは正反対で、やるべきことが繁多で忙しく、めまぐるしかった。
ロナの心はだが、日にち薬で徐々によくなっていき、やがて家事を旦那と交代し、農作業の手伝いをするようになったが、その頃、ベレトリは過労で病んでいた。
その内、彼とロナの状態がすっかり入れ替わったようになり、今度はロナが健やかに、ベレトリが虚弱になったのだった。
クローネは、ふたりの間ですくすく育ち、両親ふたりの状態がそろって安定することはなかったけど、彼女は、どちらかが必ずしっかりした意識で育児に向かってくれるので、愛情のやさしい衣に覆われて、まっすぐ成長していくことが出来た。
ベレトリの状態は、悪くなって以後、変化に乏しく、現状維持がせいぜいで、よくなる兆しが見えなかった。
ベレトリは、臓器を病み、サラメーナにもまた、医者がおらず、治療の見込みがなく、ある日、吐血した。
彼は死期を悟り、ロナに全てを託すことにした。
今度はロナは、勿論、うろたえや怯えがあったが、これまでの苦しい経験で培われた精神の力で、ベレトリの悲劇的定めに果敢に対峙し、全てを受け入れる覚悟が出来ていた。
ベレトリは死んだ。春のポカポカした日和だった。
道端にかわいい花が咲き、ロナは初めてベレトリと会った日のことを思い出した。あの日も春の好天で、思い返すと、決して麗しくない、苦しかったり恥ずかしかったりする思い出が蘇ってくるが、歳月を経て、微笑ましいものに趣きが変わっていた。
花畑のそばを、ロナはようやくハイハイを卒業したクローネを連れ、手を繋いで歩いていた。
お父さんの亡くなったことが、幼いクローネにはまだ分からないようで、悲しみも嘆きも、彼女にはなく、ただ、どこか違和感を覚えたように、ポカンとしているのだった。
春風が立ち、柔らかに彼女等を撫でる。
快く、やさしく、慈しみに溢れた春の風。
透明だけど、どこか煌めきを帯びたその風は、花畑を超えて彼方へと吹いて、空へと還っていき、ロナは、キャッキャと喜ぶクローネの肩に手を置いて、彼女と共に、風の行方を見守った。
うっすらと霞む春の空の雲のひとつに、ロナは、ベレトリの面影が、何となく見えてくる気がした。
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