サラメーナの自治は、複数の領主たちによって成り立っており、その他の村民は彼らの所有する農地の付属物に過ぎず、彼らの都合で農地が売買される時に、その土地と共に移管となる。
自由などとは程遠い暮らしを村民は強いられており、かといって、逃亡や反乱は、領主の雇用する訓練された警吏の存在により、容易には出来ず、もしすれば、重罪人として思い裁きを受ける。
だが、唯々諾々と隷従していれば、生活が保障されるという意味では、荘園における領主の支配下にある農奴というのは、安泰と言えるのかも知れない。領主も、こちらが従順である限りは、恐ろしい冷血の鬼畜ではなく、人間らしく温情が覗く部分があったりする。
だが、誰もがそういう立場を望むとは限らないわけであって、農奴の立場を甘受し、諦観する者がいれば、わたしのように、いつか解放されることを希望している者もいた。
マークさんとの話の後、日暮れが近く、辺りが暗くなりだし、わたしは家へと帰り、先に帰ったお母さんはすでに寝床に入って寝息を立てていて、ランプが灯されたテーブルには、パンとミルクが用意されていた。
悶々とその夜を過ごし、明かすと、次の日、サラメーナに訪問者がやってきた。
晴天の春の日。
村の出入口の付近に、村民が集まっている。仕事そっちのけで、皆は訪問者の周りにぞろぞろと黒山を成しているが、訪問者というのは、時折サラメーナに来る顔見知りの肉屋の男だった。彼は村よりやや離れた町に住んでいて、食肉用の家畜を買い取りに訪れるのだった。
外部の人間というのは、興味深いもので、なぜかというと、新しい未知の情報を口伝しに来てくれるからであって、わたしもお母さんも、むさくるしい人混みの中にまぎれて、衆目の的である肉屋に目を注いでいた。
「お集まりの皆さん、毎日お勤め、ご苦労様でございます」
と、年のせいか頭頂部がすっかり禿げ上がった40代ほどの肉屋は口上を述べる。
決してスピーチする義務など彼にはないのだが、誰かに捕まって話していると、次から次にひとが集まって来、結局演説のようになり、それではと、聴衆に向かって一席打つことに、慣習的になっているのだ。
「町の模様は、特段、変わりはありません。相変わらず、町においては、我々は商売をやり、外では、騎士たち、兵士たちが、領土争いのための小競り合いをやっています。教会では、毎日皆、天井にまします神に祈祷を捧げています。ですが、世の趨勢は、徐々に変わりつつあるようです――」
村民の中には、少ないけれど、外部のことに興味がなく、いそいそと働くひとたちがおり、そういうひとたちは、わたしたち聴衆の仲間に入らず、横目に通り過ぎていく。
「――領主同士の戦争が各地で続いていることは、皆さん、すでにお知りの通りです。その戦争はまだ続いており、その影響で、今まで独立してあった領地が、次々と、統廃合を繰り返しています。戦争で勝った方が負けた方を吸収して成長し、“より大きく統一された領地”として、王政を布いて覇権を求め、権益を拡大しようとしています」
肉屋の話が進んでいくと、辺りはひそひそとささやき声がささやかれた。戦争が繰り返され、社会集団が戦争の勝利を通じて巨大化することで、戦争の規模がより大きくなり、いずれはこの村も、戦場になるのではないかと、噂が飛び交った。
戦争というのは、わたしには、ずっと、縁遠い話だった。この村では懲役がなく、警邏のひとが武器を使うことは、害をなす悪人や狂人が出現した場合に限られており、血腥いことは、サラメーナは、ほとんど無縁といってよかった。
肉屋の話に、あるひとは真剣に考え込む様子であり、またあるひとは、嘘だと笑い飛ばし、その反応は二分されていた。
わたしは、肉屋の話を聞かされて、恐れるべきか、笑うべきか、判断が付かなかった。そばにいるお母さんも、難しい顔で俯き、考え込んでいる様子だった。