秋の日差しのやさしく差し込む部屋の窓辺で聞いた、昔亡くなったお父さんの話がわたしに与えた印象は、軽々に表現することの出来ないものだった。
お父さんのことは、ずっとわたしにとって、赤の他人のこと同然で、そのせいか、いなくて寂しいという思いは、あまりしたことがなかったという覚えでいる。
だが、こうしてお母さんの口を通して滔々と語られたお父さんの、決して長くないけれど、起伏に富んだ物語は、わたしの琴線に触れ、見たことのない彼の容貌を思い起こしたいという希求に駆られた。
ただ病死しただけだった男が、お母さんの話を聞くことを通じて、血の繋がったお父さんという親しみの持てる人格を伴って、彼の苦しくも決して困難ばかりではなかった生涯に対する共感と共に、わたしの中ににわかに、しっかりした地歩を占めるようになった。
「初めて聞いた気がする」、とわたし。「今までは、目の前の生活にいっぱいいっぱいで、亡くなったお父さんのことを知ろうという気になれなかったけど」
「話せる機会があってよかった」、とお母さん。「ベレトリが本当にクローネのお父さんだったっていう証が少しくらいないと、わたし、あのひとに申し訳が立たないもの」
「その名前だって、知らなかった」
わたしは、ベレトリ、と小さく呟いてみる。まったく馴染みのない響きだけど、お父さんの名前であるとの認識を得た今、家族が増えでもしたように、生き生きとした意味を持って、その音はわたしの頭の中にこだました。
ふと、部屋の扉がノックされる音がした。
わたしとお母さんは振り向く。
扉が開き、現れたのはファーチェだった。荷物をたくさん持っていて、ティークさんといっしょにいる。
「あっ」、とわたしはハッとして言う。「ごめん。ずっと外で待たせてたね」
「ひょっとして、お邪魔だった?」
「ううん。大丈夫。ちょうど今、話が終わったところ」
ふたりが部屋に入って来、わたしが運んでくれるよう頼んでいた、たくさんの荷物を下ろしていく。
「ずいぶん買い物してこられたんですね」、とお母さん。
「えぇ、まぁ」、とティークさんがいささか曖昧に、荷物を整理しつつ、返事する。「ロナさん、お体の具合はいかがですか?」
「あぁ。クローネにお聞きになったんですね」、とお母さんは苦笑する。「ご心配をおかけしてごめんなさい。わたしは平気です。かなり楽になりました」
返事を聞き、ティークさんはにっこりして言祝ぐ。
お母さんの回復に皆で安堵したのも束の間、ファーチェがそわそわした様子で、言いにくそうに話題を切り出す。
「ねぇ、クローネ」
「うん」
「今日の朝は、多分そういうことはなかったと思うんだけど、わたしたち、いつの間にか見張られるようになったみたい」
「嘘?」、とわたしは疑念と共に驚かざるを得なかった。
お母さんとティークさんが、眉間に皺を寄せ、険しい顔になる。
「あり得ることだとは思う」、とお母さん。「きっと、町長が警戒するように部下に命じたりしたんじゃない? わたしたちはあのひとにとって味方じゃないし」
「かといって、敵でもないつもりだけど」、とわたし。
「この町の雰囲気がのんびりしてるせいで、わたしたちの注意が浅くなりがちだけど、サラメーナは、メイローゼを滅ぼした町なのよ? それにサラメーナの町政の背後には、帝国の思惑がきっとあるに違いない」
シン、とその場が静まる。
皆、近くに誰かの気配がないか確かめているのだ。
ティークさんが、忍び足で扉に近付き、耳をそばだてる。わたしとお母さんとファーチェも、部屋の隅へとピタリと寄り、同じようにする。
わたしたちが互いに、アイコンタクトを取って頷き合うと、とりあえず一安心し、元の場所に戻る。
「外を出歩く時、要注意ね」、とファーチェ。「といっても、わたしたちは別にこの町に危害を加えたりしないんだけど」
「でも」、とわたし。「一度疑いだすと、ひとって中々やめられないんじゃないかなぁ。それが上のひとの命令であれば、猶更」
わたしは、外が出歩きにくくなる前に買い物が出来てよかったと思う。幸い、わたしたちの疑惑はまだ町民すべてに浸透してはいないようで、訪れた店の店員などは、わたしの記憶では、邪慳にしたり、嫌がらせしたりしなかったはずだ。
旅を続けるというわたしの意志もあるし、わたしたちがこの町のひとに疑念を持たれている状況もある。
旅立ちの時は、そう遠くなさそうだ。
***
ひとの目を忍び、わたしは、服屋にまた足を運んだ。聞きたいことがあったのだ。サラメーナがどうして宿場町なのか、その理由だ。ガルドさんが詳しく知っているだろうが、彼との対立が認識されている以上、問いかけるひとは選ぶべきというものだ。
服屋の店員いわく、近傍にギルツァー帝国が城の建設を進めているという話だ。城といってもただの城ではなく、この世で最大の城にするという野望によって建てられることになった特別の城のようだった。帝国が各地に使いをやって宣伝して広め、一種の観光地として城まで人々の足を運ばせ、その時の経由地としてサラメーナを利用させようという狙いがあるようだ。勿論、宿泊者が払う宿賃による金儲けも、重要である。
また、ひとの流入・流出を通して情報がサラメーナに集まるという予測があるみたいで、要するに、帝国ギルツァーは、着々と世界の覇権への歩みを進めているというわけだ。