ガルドさんのところへと連れていかれたお母さんの身を案じる一方で、わたしは、旅立ちのため、ファーチェとティークさんと荷をまとめた。限られた数量の荷物を整理したり分別したりして、新しく買ったバッグに詰め込むのは、さほど難しいことではなかった。
部屋にいる間中、ずっとわたしたちは、声を潜め、足音も大っぴらに立てず、出来るだけ気配を殺していた。
朝にお母さんのことがあって、お昼ごろにわたしたちの旅の準備がおおむね済むと、後は、お母さんの帰りを待つばかりだった。
お母さんは中々現れなかった。
「クローネのお母さん、戻ってこないね」、とファーチェ。
ティークさんは腕組みし、考え込むように目線を床へと落とし、静かにじっと立ち尽くしている。
皆、それぞれ自分の荷物をそばに置いているが、お母さんの分の荷物だけ、持ち主がいないため、置き去りにされた恰好だ。
「何の話をしに行ったんだろうね」
と、わたし。
「わざわざ呼び出されてまで話すことなんてないはずなのに」
「それも、クローネのお母さんひとりだけだもんね。不自然だよ」
と、ファーチェ。
「どうしましょう。クローネさん」
と、ティークさんが指示を求めるように問いかけてくる。
「ここでずっとロナさんを待つことにしますか?」
そうするのは、わたしにはあまり得策とは思えなかった。お母さんが去ってから、ふつうの話がなされていると思うには、長すぎる時間がすでに流れている。
かといって、わたしたちがもう伸び伸びと動き回ることの出来ない、あちこちに疑惑と好奇の目が光るこの町で、町長への疑いを動機にして何かするというのは、薄氷を踏みにいくことと同じだろう。
「出ましょう」、とわたしが言う。「こうしていても、埒が明きません。時間がいたずらに過ぎていくばかりです」
「出るって、どこに?」、とファーチェ。
「ファーチェとティークさんは、先に町の外に向かってください」
「わたしたちふたりだけですか?」、とティークさん。
「そうです。わたしはひとりで、お母さんの様子を見に行きます」
「危ないよ。ひょっとすると、怪しいひとに捕まっちゃうかも知れないよ?」
「大丈夫……だと思う。わたしは後ろめたいことはないし、ここのひとは、血も涙もないっていう感じじゃない」
「合流の時間を決めましょう。それを境にどうするか判断するための時間をね」
「夕暮れまでには、必ずどうにかなります。わたしたちが合流すればよし。ですが、もし合流しなければ、何かよくないことがあったということです」
「ハァ」、とファーチェがため息を吐く。「サラメーナが恋しい。今はきっとダメになっているんだろうけど」
「ポルトオレアの町も、懐かしいなぁ」、とティークさんも、娘とおおむね同じ情趣に浸って慨然と述べる。
「いつからだろうか」、と彼が続ける。「こうまで世の中が過ごしにくくなったのは。どこへ行っても安息の日々が約束されない。常に何かに脅かされたり、虐げられたり、軽んじられたりして、居心地のよくない方へと追いやられる」
――そういう不安定さや不自由さを脱出するための旅が、わたしたちの今しているものなのだ。
最終、ふたりはわたしのアイデアに同意してくれ、ひとまずわたしたちは、わかれることにした。わたしはガルドさんの部屋へ行き、ファーチェとティークさんは町の外側へ行く。
ティークさんが興味を持って、ギルツァー帝国が建設を進める城をちょっとだけ見に寄ってみようかと言った。この世の最大の城ということで、一目見ないでは惜しいのだろう。また、城の近傍に集まる人々の話を聞いて、役に立つ情報が得られるかも知れないという希望がないではない。
わたしたちは、互いの平穏無事を祈った。
先に、ファーチェとティークさんが部屋を出ていった。
わたしは、お母さんの分の荷物を持って、最後に部屋を出た。
わたしはひとりきりで心細いが、店で買った護身用のナイフが、ポケットに忍ばせてある。
廊下では、宿屋の従業員と思しき男がひとり立っており、わたしは彼と目が合って、彼の瞳は、何か読み取れなくはない色だったが、わたしはあまり気に留めないようにした。
わたしは、人目を避ける意味と、なるべく荷物を軽くする意味で、自身の分のマントを羽織った。全身がすっぽりと包まれて身動きが取りにくいが、手元が結構楽になった気がする。
お母さんのところへ急ごう。どういう状況がお母さんを取り巻いているか、まるで予測が出来ない。