まだ見ぬわたしの碧色【完結】   作:Yuki_Mar12

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(2)Side Story

***Side Story part2***

 

 

 

 海辺の港町出身のコリーにとって、砂漠というのは、ひどく現実離れしたものに見えた。

 

 サラメーナを発った彼は、数日間の旅に出、ある森林の中に広場を見つけると、その辺の木々を伐採、加工して小屋を建て、仮住まいとした。小屋で彼はしばらくの間、野菜を育てたり獣を狩ったりして自給自足の生活を送り、気が向くと、また旅に出るのだった。

 

 外に出たり、内に籠ったりする生活を交互にやっていく内、月日はどんどん過ぎ去っていった。

 

 小屋を拠点にして行けるところはほぼ網羅したが、ある方面だけ、コリーは開拓出来ずにいた。

 

 砂漠だった

 

 小屋よりある方角へ歩を進めていくと、だんだんと植生が貧相になっていき、足元の土壌の感じが変わっていった。しっとりとした土が、乾いた砂になった。

 

 太陽が常に辺りを照らしており、木々がたくさん並んでいた森林が、やがて自生出来るほど水分のある土壌の面積が少なくなっていくことで、本数を減らし、更に行くと、木がなくなって、今度は草ばかりになり、やがて草さえなくなり、大小の砂利だらけの砂漠になった。

 

 単に見晴らしがよさそうだという理由で、コリーは、陰気くさくて鬱陶しい森林より出るのだが、やがて後悔することになるとは、彼は予想だにしなかった。

 

 生き物の気配に乏しく、いるのはブンブン唸るハエばかりで、また、見渡す限り何もなく、東西南北の距離感がまるで掴めない。疲れても、休める日陰さえない。ずっと太陽に照らされて、肌がヒリヒリする。

 

 とにかくよく喉が渇き、コリーは水を入れた容器を携行していたが、絶対に飲み干してはいけないということが直感的に分かった。小便がしたくなって放尿し、砂地にかかると、驚くほど早々と水気が干上がってしまい、それくらい、砂漠の乾燥度はキツかった。

 

 コリーは取り急ぎ、水源を確保しようとしたが、この果てしない、道標の一切ない環境では、前進することも後退することも至難であり、彼は内心で、自身が遭難したのだろうとぼんやり悟っていた。

 

 危機感と焦りが彼の歩を早めるが、砂漠の広さは無限大で、余計に彼を疲れさせるばかりだった。

 

 砂漠の内でコリーは、やがてしっかりした砂利の足場より、粒の細かい砂地の足場へと移り、思うように歩を進められなくなった。下ろした足がやわらかい砂にズブズブと沈んでいき、一歩一歩が大儀になっていった。

 

 コリーのように砂漠にうっかり足を踏み入れてしまっただろう冒険者の、干からびた真っ黒のミイラがあったりして、彼は、最期を覚悟する前に、自身がいる環境の過酷さに、発狂してしまいそうだった。

 

 だが、命がある限りコリーは進み、限られた飲料水を、口を湿らす程度に飲んでは、英気を取り戻して旅を続行し、雑念を排し、ただ前に足を運ぶことだけに意識を傾注した。

 

 そして、何度か日暮れを過ごした後、彼はいよいよ健気に保ってきた活力を失い、容器の水が、きちんと節約して飲まれたのに、残りたった一口だけとなった。

 

 活力がある時にはコリーが手を振り回して追い払っていたハエは、彼がぐったりした後、まるでからかうように彼にたかり、ありとあらゆるところに止まり、だが、彼にはどうしようもないのだった。

 

 力が尽きてバタリとうつ伏せに倒れると、彼はちょっと安らげる気がした。休みの安らぎではなく、いよいよ死期が迫って、正気の沙汰ではないこの苦痛と困難より解放されるという予感の安らぎだった。

 

 ちょうど日暮れの時分で、砂漠の熱が引いていく頃であり、涼しくて快かった。

 

 彼は目を瞑り、両親の姿や、造船で携わった帆船や同僚や親方との関係性を回顧し、遍歴の旅の道中で出会った名も知らぬ人々の顔を思い浮かべた。

 

 クローネ……クローネだけは、彼がその名を覚えていた。海に行きたいと純真に吐露した少女、クローネ。

 

 だが、全ては終わる。命の灯火が、死神の運んでくる風に吹かれて揺れ、消えかける――。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 気が付いた時、コリーは最初、何がどうなっているのか分からなかった。

 

 すっかりくたびれて鈍った頭で、また砂漠の旅を続けないといけないのかと眠る前の記憶を思い出すと、彼はうんざりして唸り、目を開けた。

 

「起きられましたか」

 

「――?」

 

 声がした。女性の澄んだ声だ。

 

 彼が目を開くと、天井が見えた。石の天井だった。ここは洞窟なのだろうか。

 

 コリーの視界にはある者が映っていた。若い女性で、横たわる彼をそばに座ってじっと、まるで目覚めを待っていたかのように見下ろしている。

 

 彼がいるのは、彼女の住まいらしく、だが、見たことのない造りである。様式が違う感じだ。

 

「運がよかったですね」

 

「ぼくは……砂漠で倒れていたはずじゃ」

 

「そうです。覚えておられますか? 最後の時。ここは砂漠の町です」

 

 女性はクローネより年上で、青年のコリーと同い年くらいに見え、髪が肩まであって真っ黒でやや縮れており、肌がよく日焼けしていた。口元に浮かぶ微笑が神秘的だった。半ばやさしいようで、半ばいたずらっぽい微笑だった。彼女は見たことのない衣服をまとい、目覚めたコリーは、把握出来ないことだらけで混乱した。

 

 だが、最後の時は、おぼろげに彼は覚えていて、問われた彼は、答えることにした。

 

「覚えてます。ぼくは砂漠を渡ろうとずっと歩いていたんですが、途中で力尽き、死ぬんだという思いで倒れました。ちょうど日が暮れる頃合いで、涼しい風が気持ちよく、眠るように倒れました」

 

「アルナシルプは初めてですね」

 

「アルナシルプ……この町の名がそうだとおっしゃるなら、えぇ、ぼくが初めて訪れるところです」

 

「あなたが幸運だったのは、あの広い砂漠の中で、遠方へ仕事しに行った町の仲間の道のりと、あなたの倒れていた地点が、奇跡的に重なっていたことです。仲間は複数おり、あなたの姿を見つけて、一部がお連れして町まで引き返すことにしました。あなたが存命だったのは、あなたにとって更に幸運でした――まぁ、あなたが結果的に幸運なのかどうかは、わたしが決め付けることではないのですが」

 

 

 

 ――否、彼は死に急いだわけでない以上、死んで当然の局面に際し、一命を取りとめたのは僥倖だったと言える。

 

 ふと、コリーは、特徴のまったく違うクローネの姿が、彼を看護している女性の姿とダブり、妙に思われた。懐かしいようで、だけど、馴染みがなかった。

 

 

 

 命が尽きるべきところで尽きなかったのは、まだやるべきことが残っているのだろうと、コリーは考え、死の間際の暗黒より生存の明るい光へと繋がった人生の道の続きに、新しく進んでいくことにしたのだった。

 

 

 

***

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