***Side Story part3***
壁が石で出来ているように見えていた、コリーの運び込まれた家は、日干しレンガを重ねて建てられたもののようだった。
ベッドなどの気の利いたものはなく、敷かれたマットの上に、コリーは寝ているのだった。すぐ下がかたい床なので、リラックスがしにくかった。彼の体には毛布がかかっていたが、砂漠の夜は、日中と打って変わってひどく冷えるので、防寒のためだった。
脱水症状でほとんど死線を渡りかけていたコリーの容態は、まだ回復には程遠く、まともに立ち上がれないほど眩暈がし、喉の渇きがひどく、食欲もまるでなく、ただ目覚めているだけで、生きた心地がしなかったが、時日の経過と共に、持ち直していくようだった。
彼を看護してくれる女性は、名をミゼルといい、懇切に彼の面倒を見た。彼女の纏う、首より足まですっぽり覆うローブは、きっと砂漠で過ごすのに適しているに違いない。
彼女の家では、彼女と両親と三人が暮らしているようだったが、両親は、見ず知らずの男の運び込まれたことを、あまりよく思っていないようだった。ただミゼルの善意のお陰で、コリーは保護して貰えているのであり、本来はやはり、あの時砂漠で疲れ切ったところで行き倒れていて、おかしくはなかった。
数日間、コリーの絶対安静とミゼルの看護が続いて、ようやく彼は日常生活に差し障りがないくらいまで具合がよくなった。
コリーはミゼルと今後のことで話し合ったが、彼にはまた砂漠を渡る度胸はなかった。単独では無謀だと彼は悟ったのである。
かといって、アルナシルプはコリーにとって、あまり快く過ごせる町ではなさそうだった。余所者の彼は歓迎されず、ミゼルを除き、親切にしてくれる者はほとんどいなかった。
ミゼルが、ある日こういう話をコリーにした。最初、彼は他人に間違えられたのだそうだ。砂漠を行く集団の内のひとりが彼を見つけ、『リベルタ』が倒れているのだと思ったと言う。
勿論、容姿が違うのですぐに気付かれたが、アルナシルプへと移送され、砂漠で行き倒れたひとがいて、運ばれてきたという噂が広まると、口々に『リベルタ』ではないかという憶測がささやかれた。そして、彼がコリーだと分かると、皆、索然としてがっかりしたようだった。
『リベルタ』はアルナシルプの住人だった男で、最近町をひとりで出ていき、早い話、家出したみたいだった。彼は決して悪人ではなかったので、失踪することで心配されているのだった。
だが、コリーにとって『リベルタ』が誰であろうと、知ったことではなかった。話を元に戻そう。
回復したコリーは、来た道を戻るすべを持たず、以後どうするか考えないといけなかった。造船の仕事など、砂漠の町で求められるはずがなく、かといって、ミゼルの家で穀潰しになるわけにいかないのだった。
彼にはたったひとつの道が用意されていた。兵士となってアルナシルプの軍隊に属することだった。
アルナシルプは広い領域の内のひとつの社会集団に過ぎず、全体を統括する帝国があった。ギルツァー帝国だった。
世の中では領土間の争いが激化し、戦争が頻発していた。勢力が強いものでなければ、よそに侵略されるのであり、誰もが奪われて滅ぶことに怯え、その怯えを解消するために、よそに攻撃をしかけ、争うのだった。
砂漠を超えて外に出ていった使いが、サラメーナへの進出を企ててのものだったと聞いたコリーは、愕然とした。
サラメーナは彼が旅した町であり、クローネという海に憧れる少女のいるところだった。
コリーは自分の置かれた立場を忘れ、クローネを想い、アルナシルプに常駐する部隊の上官に対し、進出を撤回するように哀訴したが、訴えはすげなく突っ撥ねられた。上官の意思で決定された作戦ではなかったのである。
使いは彼が横たわっている間に出発し、引き留めるにはすでに遅かった。
コリーの悲嘆を聞いてくれるのは、ミゼルを除いて他にいなかった。彼は自分の思いを彼女に吐露し、彼女は他のひとのように、彼の言葉を頭ごなしに否定したりせず、やさしく寛容に耳を傾けた。――だが、彼女は権限を持ったひとではないので、彼の思いに共感こそしても、アルナシルプのサラメーナへの進出を阻止することは叶わないのだった。
悲しむコリーと、慰めるミゼルの間には、親愛の情が芽生え、やがて彼等は結ばれた。甘えたがりのコリーと、面倒見のよいミゼルは、合い口がいいようだった。コリーをよそものとして疎んじていた人々も、彼の気質や性格を知ることで、徐々に彼に心を開き、打ち解けていった。
仲良くなっていく間に、コリーはミゼルに、クローネにしたように、ふるさとの海について語り、教えた。するとミゼルも、クローネと同様に海に興味を持って憧れるようになり、コリーはまた、今度は桃色ではないけれど、貝殻をプレゼントした。
後に使いが帰って来、くわしい事情が知らされると、コリーは、サラメーナがあっさりと帝国の交渉を聞き入れて平伏し、惨事には至らなかったと知って胸を撫で下ろした。
だが、元いた住民がことごとく強制的に追い出されたと知り、クローネとその母ロナに思いを馳せ、ひどく哀れと思い、だけど、最早彼にとっては過去の思い出に過ぎず、クローネがいない代わりに、彼女のように海を恋しく思うミゼルがいた。
彼は続けてきた旅をやめることにした。両親や親方のことは、遠い過去のものとして、よしんば忘れることが出来ないとしても、あまり意識をしないように、過ごしていこうと思った。
ギルツァー帝国がどういう思惑を持っているのかは知れないが、彼はミゼルと共にある限り、帝国の側に付いて彼女との愛しい生活を守っていく覚悟でいるのだった。
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