炎が燃えていた。メラメラと燃え盛り、最初は小さかったのが、あっという間に勢いを増して高くまでのぼり、その高さは天涯に届くほどになった。
憎悪の炎だった。わたしの中で燃え、わたしはその灼熱に苦しんでいた。
お母さんが死んだ。殺されて死んだ。殺したのはサラメーナの町長、ガルドだった。
お母さんが殺されなければならない理由など、何ひとつなかったはずだ。ただわたしたちが、かつて追い出されたことより、町に反意を持っているかも知れないという嫌疑がかかっただけで、実際に悪事を犯したわけではない。ただでさえ衰弱しているお母さんを、あの男は、惨たらしく無慈悲に虐げたのだ、娘のわたしの目の前で――
負の感情が、怒りに支配されたわたしの中で渾然と混ざり合って高い温度で溶け合い、ドス黒い殺意となって毒々しい湯気を放っていた。
フラフラとめまいがする。世界がグルグル回っている。
わたしは走っていた。龍の谷を出、道という道に従って走った。通りすがりのひとのほとんどが、わたしを奇異に思う目で見てきたが、その目はわたしを疑わしいと思うものではなく、狂人を見た時のように驚くと同時に哀れに思うものだった。
町を出るために門のところまで来ると、門番が、何のために外に出るのかと事情を訊いてきた。明確に答えなければ、通らせてくれないようだった。
「悪いが、お前たち一行は監視対象にある。少しでも疑わしい動きを見せれば、面倒を被るぞ。悪いことは言わない。大人しくしておけ」
門番はそう忠告した。その忠告は悪意のものではなく、善意のものだとわたしは思った。わたしたちがどれだけ怪しくても、彼にとっては、はっきりとした証拠がない限り、危害を及ぼす悪人ではないのだ。
だが、龍の谷で起きたことを振り返ると、この町はわたしにとって、もはや安全であるとは言えず、むしろ危険だった。きっと、ガルドの命を受けた兵士や宿の従業員が、町中でこぞってわたしを探し回っているに違いない。仮に見つかれば、わたしは捕まって、ひょっとすると、命を取られるかも知れない。
「他のみんなが」、とわたしは、ちょっと考えて口にした。「お城に行ってるんです。ほら、この世で一番大きいっていう、あのお城。みんなと合流したいので、外に出させてください」
すると、門番は「あぁ、そういえば」、と合点が行ったように返す。「おっさんと娘が今朝出ていったなぁ。お前たちは連れ合いか? アイツら、城に行くのはただの観光だって言ってたが、お前もそうなのか?」
「えぇ。わたし、ちょっと町で用事があって、遅れちゃって」
「成るほど。事情は把握した。大体、お前たちたった四人が力を合わせたところで、この町がどうにかなるわけではない。町長はどうして警戒なんてするのだろうか。大した意味はなさそうだが」
――考えている門番の脇を、わたしは、「それじゃ」、とだけ言って、半ば強引に押し通った。
門番はびっくりして呼び止めたが、追いかけては来なかった。
サラメーナを出て、わたしは太陽の位置を確かめると、ある方角へと向かって、再び走りだした。向かう先は森林だった。
砂漠へ行こう……マントは一着燃やしちゃったけど、お母さんの分がある。町に忘れてきたものはない。戻る必要はない。
わたしは走りつつ、本当はお母さんが着るはずだったマントを羽織ると、四人だったパーティが三人に減ったので、余った荷物をその辺に放棄した。せっかく買ったのに、勿体ないと思われたが、お母さんが亡くなった以上、必要のないものだった。
わたしは、何をすればいいのだろうか。わたしはこうやって走って砂漠を目指し、そしてどうするのだろう。自分でさえよく分からないのだった。
海を見たいという夢の証である桃色の貝殻は、旅するわたしと共に時日を経ることで、当時の可愛さや光沢を失い、くすんだり、微かに欠けたりしている。
わたしは、この貝殻に対して、尊い価値を見出しにくくなっていた。
前までは、貝殻を見ることで想起された憧れの海のイメージが、今では浮かばない。波の音も聞こえない。貝殻は、ただわたしの掌にあるだけで、ただの物体に過ぎず、ただ一定の形相と質量があるだけで、以前のように、何かイメージを膨らませるといったことはない。海は、遠い昔のおとぎ話に似た響きを持つようになっていた。
何だか、わたしはひどく寂しい気がした。海に行きたいと夢を語っても、やめなさいと諫める親は最早おらず、わたしは、わたしの意思で何でも出来るのであり、すなわち自由ということなのだろうが、一方で、張り合いがなかった。
あるいは、わたしは引き返すべきなのかも知れない。わたしは砂漠に行くのではなく、サラメーナに引き返し、親の仇のガルドを討つべきなのかも知れない。
心の中でわたしは、憎悪の火炎にガルドを放り込んだ。焼け死んでしまえばいいという思いで、わたしは彼をイメージにおいて殺した。一度、二度ではなく、繰り返し燃やし、彼に母殺しの罪をその苦しみで償わせた。
だが、後で虚しさが必ず襲ってくるのだった。ガルドは死んでなどおらず、生きており、きっと火中を脱し、わたしを恨んで、わたしをいたぶるために何か企てているのだろうという気がした。
わたしはその場に崩れ、四つん這いになり、森の中で、ポロポロと情けなく泣いた。お母さんの生きていた姿がまだ目に新しく、お母さんとの思い出を顧みると、とめどなく涙が溢れて来、わたしはとうとう、大声を上げて泣いた。誰にも聞こえないだろうと思って、思い切りお母さんと叫んで泣いた。
何で、どうしてという問いかけの言葉が、自然と口を突いて出てきた。
わたしは何度も拳で地面を殴り、あまりの衝撃で手が出血しても、どれだけ痛くても、殴ることをやめず、涙が流れる限り、ひたすら地面を殴り続けるのだった。