秋が深まろうとしていた。
延々と悲しみの涙を流し続けるわたしを、森の木々が冷やかに見下ろしていた。
地を殴り続ける拳が土汚れと血でドロドロになり、痛みが感じにくくなるほど神経が鈍くなりだした頃、わたしはまだ感覚の生きている肩に誰かに触れられることで、ようやく半狂乱状態より我に返ることが出来た。
「――クローネ!」
ファーチェが傍らに膝を突いてわたしを揺さぶる。
「……あっ」
ティークさんが腕組みし、何か察するように、悲しげにわたしを見つめている。
「何があったかは知らないけど」、とファーチェ。「とにかくここじゃ、ゆっくり出来ないから、移動しよう」
「じき、日が暮れます」、とティークさんが言う。「ここだと野宿するにも不便でしょう」
わたしはファーチェに肩を貸して貰って立ち上がろうとしたが、力が入らず、その場に崩れた。
ファーチェはボロ人形の如きわたしを哀れんだ。
ティークさんは、わたしが自力で動けないことが分かると、その背におんぶしてくれた。
彼の背中にピタリと接していると、不思議とわたしの中の荒っぽくて激しい感情は慰撫され、ある程度鎮まり、わたしはにわかに眠たくなってきた。
「クローネさん、ロナさんはどちらにおいでで……?」
「お母さん……? お母さんは、もういません」
ティークさんのどこか遠慮して言われた問いに、わたしは淡泊に返した。わたしの口調には、その死への悲しみも、仇敵への憎しみもなく、ただ事実を述べたばかりで、感情がこもっていなかった。
ファーチェとティークさんは、押し黙り、事情を推察し、あまり詮索しないでくれた。
森を抜け、土壌の感じと植生が変わる辺りまでわたしたちが来ると、空はすでにほとんど青色ではなくなっていた。ゴツゴツした岩が転がっており、ここより以遠は乾燥したエリアのようだった。
わたしたちは、時間が遅いということと、疲れより、この辺で夜を明かすことに決め、近傍の山裾に、最近降った雨による水たまりがあって、そのそばで休むことにした。大したことのない木の実などの粗食でわたしたちは空腹をごまかした。
日が落ちるとずいぶん寒く、マントがなければ凍えそうで、今後毎夜こういう風に、マントを羽織って縮こまって過ごすのかと思うと、わたしはひどく憂鬱だった。
「お母さんのこと、話すべきですよね、わたし」
と、わたしは気まずい沈黙を破って口にする。相変わらず、感情のない口ぶりで。
「クローネが話したくないのなら、話さないでいい」
「ううん。平気。お母さんは――」
わたしは、その日の龍の谷での出来事を淡々と語った。あの時ずっと興奮状態にあったので、細部はあやふやだが、お母さんがガルドに囚われていて、助けようとして、殺されたのだと伝えた。
開けた場所では、夕空に瞬くキラキラとした星がよく見えた。お母さんはもう空の高いところに行って、わたしを見守ってくれているのだろうか。
わたしはほとんど無意識の内に、利き手の拳をさすっていた。傷だらけでジンジンと疼いていた。
だが、痛みの疼きに加えて、殺意の疼きがあることが、わたしには何となく分かる気がした。この拳はお母さんの仇を取りたがっているわたしの思いに応じて、普通より多くの血液が通り、感覚が鋭敏になってでもいるようだ。
「ロナさんがそのように殺されなければいけないわけなどあったのでしょうか」
と、ティークさん。
「あるといえばあるし、ないといえばなかったです」
と、わたし。
「巣をダメにしたのに、鼠が生き残っていると知って、あの男――ガルドには不愉快だったりしたんじゃないでしょうか。世は戦乱に溢れています。征服したはずのところに敵の生存者がいれば、気持ち悪く思うのも無理はないのかも知れません」
「クローネは……」
ファーチェが言いかけて、口籠る。
わたしは特に促さず、彼女に任せる。
「クローネは、やっぱり、仇を取りたいって思うのよね。お母さんの」
「仇……」
と、わたしはその意味を噛み締めるように呟く。
「もし出来るなら、そうしようと思う。けど、あの状況、あの環境で、わたしは孤立無援で、逃げるしかなかった。戦わないで、ガルドを生かしておいてきてしまった。仇は、取りたいと思う。けど……」
わたしは、目を遠くへとやった。来た森の方ではなく、砂漠に向かおうとしている乾燥地帯の方へと。
「けど、仇を取ったって、お母さんは生き返るわけじゃない。それに、わたしたちは、かたき討ちのためにこうやって旅してきたわけじゃない。ただ平穏に暮らしていくことの出来る場所を夢見て、さまよってきただけ」
わたしの未来は、果たしてどこにあるのだろう。この砂利の地の果てにか、あるいは、お母さんを苦しめて殺したあの大男の亡骸の果てにか……。
わたしの苦悩など露知らず、夜空では星が、穏やかに笑っている。