夜寒がひどく、わたしたちは、火の温もりなしでは寝付かれそうになかったので、その辺の枯れ木と落ち葉を集めて火を焚いた。
乾燥地帯を進んで不毛の砂漠へと入れば、火を付けるものがないので、きっと不便を被るに違いない。
だが、今のわたしは、辛苦に削がれ、先のことをしっかり思考出来る状態ではなかった。
ファーチェとティークさんがわたしを気遣って火の番を買って出てくれ、わたしは彼等に甘えて一番に横になった。
閉じた目蓋には、お母さんの像がずっとぼんやりと立っていた。
像に向かって、わたしはお母さんと呼ぶのだが、その声は虚空へとむなしく響いて消え、お母さんの像は、ただそこにあるばかりで、何の反応も見せてはくれなかった。
怒り、憎しみ、悲しみ――種々の感情が混沌として巡る中、寝付いたわたしは、ある夢を見た。
サリーさんが、草原に立っていた。春のようだった。無限大に広い草原の下草は、青々としている。
わたしは遠くに立って、サリーさんのほっそりした体と、よりずっと瑞々しかっただろうかつてを思わせる、今はいささか老化したその容貌をじっと見ていた。
わたしたちは互いに隔たっており、わたしはサリーさんを認識しているのに、彼女は茫然と立ち尽くすばかりで、わたしの存在に気が付いていないようだった。
サリーさんは手に、刃の怪しく光るナイフを持っており、何だか物騒だった。
風が立ち、サリーさんの白髪交じりのサラサラの長髪がなびくと、彼女は駆け出した。
彼女の向かう先には、トニオ村長がおり、彼は微動だにせず、駆けてくるサリーさんのナイフに胸を一突きされると、驚いたように目と口を開き、たくさんの鮮血を傷口より流して仰向けに倒れた。
死んだ村長を見下ろしている、血まみれのナイフを持ったサリーさんは、ふとわたしの方に振り向き、クスリと微笑んだ。やさしいようで、どこか不気味に思わせる微笑みだった。
きっと、サリーさんはわたしに、復讐というわざを実行して見せてくれたのだと思う。
彼女はわたしの目の前まで来ると、肩をポンと叩き、ナイフの柄を差し出してきた。わたしが受け取ると、ナイフはわたしのものとなって、刃より付いたばかりの、ぶどう酒のように真紅の血が滴っていた。
サリーさんは風に吹かれ、たんぽぽの綿毛のように夥しい粒子として散って消え、彼女の跡には、いなかったはずの大男がいて、威圧感を伴って立ちはだかっていた。
ガルドだった。
彼にダブって、お母さんの像がまた見えるようだった。元気だった頃の姿。旅に出た後の薄汚れた姿。サラメーナに帰った後のやつれた姿。そして深い切り傷を背に付けた最期の姿……。
物狂おしい女の叫び声が、耳鳴りのように、耳の奥より響いて来、それはわたし自身の絶叫のようで、その声音はわたしを不安にさせて止まず、頭がおかしくなりそうで、そうなる前に、わたしは手のナイフで、目前にいる仇のお腹のど真ん中を狙って突いた。刃物が人肌を貫く感覚が怖かったので、わたしはギュッと目を瞑っていた。
目を開くと、焚火の火影が見える気がした。
空が暗く、まだ夜明けではないようだ。
上半身を起こしてみると、焚火が見えたが、ずいぶん火勢が衰えていた。
ファーチェが横になっており、ティークさんが、どっしりと座って腕組みしているが、座った状態で寝てしまっている。
わたしは新たに薪を火の中にくべ、また火が大きくなるまで待ちながら、夢を振り返ってみた。
結局、わたしはあのナイフでガルドを刺し殺したのだろうか。
――釈然としなかった。
わたしの振るった凶器は、空を切っただけという気がする。ひょっとすると、ナイフで突く直前に目覚めてしまったのかも知れない。
火の中で、薪が黒ずみ、赤熱し、火が燃え移る。
だが、わたしはガルドを殺害した手応えがなかったからといって、特に悔しい思いには苛まれるわけではなかった。むしろ復讐ということの虚しさが窺え、動機付けとなる諸々の感情がわたしに備わっているとしても、実行するに足る成果がその先に待っていないだろうことが分かったのは、勿怪の幸いだった。
わたしたちが安住の地さえ見出せば、きっとあらゆる物事が、落ち着いた秩序の輪の中に整然と治まるはずだ。
サラメーナにメイローゼ……これらの町のあるこの大陸は、すでに安穏ではない。砂漠を渡るほどの大移動が、生活の一転を期するには必要なのだろう。
そう考えると、わたしは、とても厳しいだろうけど、砂漠を渡ることに腹を決められる気がするのだった。
勿論、積極的にではないのだけれど……。