わたしは色々と考えた。そうしたくなくても、考えざるを得ないことが、山ほどわたしにはあったのだ。
わたしは、安住の地を求めての長い旅路を経て来、その中で、得るものは勿論あったけど、失ったものが多く、その損失はあまりにも大きい。わたしはふるさとの地をおわれ、ひとつの共同体のメンバーとして生活してきたひとたちの多くと死別した。農村だったサラメーナの生き残りは、最早わたししかいないのではなかろうか。
発端は、今春サラメーナが突如としてよそに乗っ取られたことだった。
その時から、時日はさほど経っていない。一年さえ経っていないのである。
この短い期間にどれほど激動と変転の中をわたしは潜り抜けなければいけなかったのだろうか。
艱難辛苦に遭遇し、わたしは絶望を何度かしてきた。だが、絶望が生み出すものは何ひとつとしてなかった。必要なのは希望だった。希望が、次のステップへの動機付けとなり、導きとなり、生に繋がる道しるべとなった。
今のわたしにかろうじて残された希望は、ファーチェとティークさんという二人の道連れと、まだ命脈を保っている海への憧れだった。
旅の苦労ですっかり痩身になったわたしは、その細く頼りない体で奮起し、道連れのふたりを鼓舞して、夜明けに砂漠へと足を踏み出した。
リベルタさん曰く、四、五日はかかると言われる砂漠の旅。
海を求めているというのに、どうして砂漠など渡らないといけないのかという問いは、最早浮上してこなかった。
わたしは、戻れない過去に弾かれて、ただ行ける方に向いて足を運んでいるだけだった。
砂漠は、何もないところだった。粒子の細かい砂と、空と、雲以外は、何もなかった。時折、植物の枯死したものがあるくらいだった。
虚無感と疲労感で気が滅入ったが、立ち止まってしまえば、遭難してしまいそうで、わたしたちは、たとえ牛歩でもとにかく前に進むことを優先した。
ひとつだけ、いいことが砂漠にはあった。
夕焼けだった。
砂漠の夕焼けは、今まで見たことがないほど明るく、橙色の夕焼けしか知らなかったわたしは、砂漠で、紫色の夕焼けを始めて見、その様は思わず見とれてしまうほどだった。
遮るもののない中を吹き荒ぶ、秋の冷たい風、その風に舞い上がり飛び散る砂。風がやみ、砂が入らないように瞑っていた目を開けると、暮れなずむ夕日を受けて紫に染まる雲の並びと広大無辺の砂原と、オールドブルーの青空。
息を呑む絶景だった。
砂漠の夕景を見るために、わたしたちは頑張って歩くといった具合で、その美しさと壮大さとちょっとの愁いが、わたしたちのモチベーションをキープしてくれた。
終局に向かっているという風に思うと、わたしは、全力が尽きるまで出し切れるという気がした。
だがしかし、わたしたちの体力と気力は限られており、限界を超えての活動は無理だった。そして、わたしたちの誰もが、数日間に跨ぐ砂漠の旅を踏破するのに要される力を持ち合わせていなかったのである。
カンカン照りの中、ファーチェがまず倒れた。一番女の子っぽくて華奢である彼女がそうなるのは、自明のことだったと言える。
彼女が倒れた次に、限界に近かったわたしも倒れ、残ったティークさんはしかし、男らしく、まだ余力があって、ファーチェを担ぎ、またわたしに肩を貸して前進し続けてくれたのだが、やがて持たなくなって崩れた。
砂漠に入って三日目のことだった。リベルタさんの言う四、五日を経るまでは、あまりにも残りの行程が長過ぎ、倒れるほどのわたしたちが余力の最後の一滴まで振り絞っても、きっと足りないに違いない。更に言うと、たっぷりためてきたはずの飲み水も、あと一口、二口程度しか容器に残っていなかった。どれだけ我慢しても、砂漠の熱気は仮借なく体の水分を奪い、補給しなければ、渇きで死にそうになった。
ひどく暑い日照りの中、わたしたち三人は、気が遠くなって倒れた。
もう終わりだという悟りが開いた。どう転んでも、わたしたちは回復しないし、助かることはない。広大なる砂塵にて、人知れず干からびていくのだろう……。
目を閉じると、ちょっと楽だった。暑かったけれど、体を動かさなくていいというのは、安らげることだった。
涙さえ乾いた目に、ぼんやりと見えてくるのは、懐かしいものばかりだった。サラメーナでのお母さんとの暮らし、藁小屋、農場での仕事と作物、サリーさんたちとの旅、マークさんの死、メイローゼの遠景、ガベラーさんと夫人と息子、リベルタさん、兵士の手に下がる死んだウサギたち、龍の谷の部屋、憎々しい仇敵であるガルド……。
ふと、コリーさんが、そのビジョンの中に現れて近付いて来、わたしの手を取ると、海へ行こうと誘った。
わたしは手を引かれるに任せ、きっと行き先は冥界なのだろうと思ったが、わたしたちの向かう先には、明るい光が通っていて、嗅いだことのない、甘くもしょっぱくもあるにおいが鼻をくすぐり、ムッとした湿り気を帯びた風がやさしく吹いているようだった。