まだ見ぬわたしの碧色【完結】   作:Yuki_Mar12

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 わたしが嗅いだことのない、海のものと思しき潮風の肌ざわりとにおい……勿論、すべてまぼろしだった。

 

 わたしはなぜか目覚めてしまった。砂漠を行く途中で倒れ、相当ひどい状況で、お先真っ暗だったはずだ。生き延びることをほとんど諦めたくらいだ。

 

 喉がヒリヒリして、飲み水が欲しいが、とりあえずは身の回りがどうなっているのか、確認するのが先決だろう。

 

 砂上で力尽きたわたしは、やはり砂上に仰向けに横たわっていたが、日陰で、すぐ上に覆いがあった。砂中に差し込んだ杭を支えに出来たテントのようで、真っ暗というわけではなく、隙間より入ってくる日差しで、外側ほど明るく、中央がいちばん暗い。わたし、ファーチェ、そしてティークさんは、暗い中央に固まって寝ていた。

 

 しかし、いったいなぜ、こういったことに……?

 

 ふと、何かの気配がし、にわかに緊張感が走ったが、ある動物が寝ているわたしに近寄って来、黒い瞳で顔を覗き込んできたのだった。ヤギだった。

 

「気が付いたかい」、という男の声。

 

 ファーチェもティークさんも、まだ意識がないみたいだ。生きているかどうかさえ、定かではない。

 

「この砂漠は広く禁足地だと知られているというのに、どうしてノコノコくたばりに入ってくるヤツがいるんだろうか」

 

 男は、テントの中で座り、誰に対してでもなく、話した。だが、わたしが目覚めたことは、何となく分かっている感じがする。向こうを向いていて、彼の人相は、陰で暗いのも相まって、よく見えない。

 

「自分から進んで死にに来たのかい?」

 

 その問いと共に、彼はわたしの方を振り向いた。その面差しは、見覚えがないこともないものだったが、空目だろうか。

 

 ヤギはわたしへの興味を失い、その辺をブラブラしている。

 

「み……ず……」

 

 わたしの喉は、乾ききって使い物にならなくなっていた。

 

 その状態を見てとった彼は、やれやれといった感じで「ミゼル」、と誰かの名前と思われる音声を発して呼び、水を指示した。

 

 すると、ひとりの女性が返事し、わたしのそばに近寄って来、彼女の持つ容器の口をわたしの口に当てがった。見たことのない衣装を彼女はまとっていた。薄地のゆったりしたもので、帽子が付いていて頭を覆っている。

 

 わたしは口を開き、水が注がれた。量は少なかったが、喉が使えるくらいには潤いを確保することが出来たようだ。

 

 わたしは、かすれた声で「ありがとうございます」、と『ミゼル』に礼を述べると、彼女はにっこりと柔和に微笑んでくれた。

 

「まったく、旅人なんて馬鹿ばっかりさ。救いようがないくらいにね」

 

 ――男のそのセリフは、悪態の割には、突き放した感じがあまりせず、言外に何か含みがあった。

 

「悪いが、あまり水はやれないぞ。ここはオアシスじゃないから、水を無駄に消費するわけにはいかないんだ」

 

 テントには、男とミゼルとわたしたちと、そしてヤギだけのようだった。彼等は、夫婦なのだろうか。

 

「聞きたいんですが」

 と、わたしは男に向かって言うが、彼等が夫婦かどうかは、実際気になっていても、質問事項では優先されないのだった。

「どうして、わたしたち三人を助けてくれたんですか」

 

「わざわざ述べるほどの理由はない。いわば、おれの気まぐれだ」

 

 彼がそうぶっきらぼうに、やや考えてから言うと、ミゼルが笑い、「嘘ですよ」、とわたしの耳元でささやいた。「あのひと、ずっと砂漠をさまよっていて、わたしとだけしか人付き合いがないので、寂しかったんだろうと思います」

 

 わたしは、いまひとつ釈然としないけど、彼女の推測に納得し、とにかく落ち着ける場所に目覚めることが出来、偶然やさしい(かどうかは実際のところ不明だが)ひとに拾って貰えて、僥倖だった。

 

 ミゼルに他の二人の容態が気になって訊いてみると、彼等はらわたしと同じく脱水症状だろうという話だった。呼吸があるので、死んではいないだろうが、あるいは剥き身で砂に倒れていたことで、日射と砂を浴び続け、体の内外に損傷があるかも知れないということだった。

 

 わたしたちは、九死に一生を得たというべきなのだろうか。わたしの命は生存へと繋がれることになったが、まだ、行くべき道が残されているということなのだろうか。

 

 すっかりダメになってしまいかけていたわたしの体は、中途半端に水分を恵まれたことで、神経が生き返ったのか、あちこちにずっとあったはずの痛みと不快さを改めて感じだし、感覚が戻ったことで、わたしは、ちゃんと回復して健やかになるように促されるようだった。

 

 

 

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