やがてよくなってきた他のふたり、すなわち、ファーチェとティークさんは、わたしたちの投じられた状況に、困惑を隠せないでいた。
わたしたちは、半ば砂漠で遭難した形で、先へ進むわけでもなければ、来た方へ戻るわけでもなく、それぞれ『コリー』と『ミゼル』という名の男と女が許容する限り、その世話になっているのだった。
わたしたちは、最早自分たちの力のみで砂漠を渡り得るのだという自信をすっかり失くしていた。大した備えがなく、この広すぎる砂原では道筋がはっきりせず、思い返せば、わたしがこの旅を企てて実行したも同然だが、甚だ無謀だったと白状せざるを得ない。決して甘く見ていたわけではないが、数々の点において必要となる物事が欠落していた。
わたしたちを助けてくれたコリーという名の男が、わたしは、ほとんどそうだという確信を持ってはいるものの、わたしが幼少の頃出会い、海への憧れを持たせたのと同じ人物なのかということの確認は、あえて急がないことにした。
わたしたちは、わたしたち自身のことを彼等に説明する道義的責任から、今までのことを出来る限り簡明に語り、その上で、彼等の身の上について訊かせて貰った。
分かったことは、色々あった。(勿論、彼等は今現在知られるべきことしか説明せず、例えば出自などに関しては、話の中で触れられることはまったくなかった。)
コリーさんとミゼルさんは、やはり夫婦同士で、いっしょに生活しているようだが、ずっとヤギを連れて遊牧を続け、この砂漠の中、水場のある場所を転々として暮らしているという。
もともと彼等は町に住んでいたようだが、町の人々が、資源に乏しい砂漠に見切りを付け、水源が豊かで干魃に困ったりしない方へと移動していき、すでにその多くが移り、まだ町に残っている者がいるが、やがて全員出ていって砂漠がもぬけの殻になるだろうとの話だった。
人々が砂漠を出ていくことは、だが、ただの流出というわけではなく、砂漠外の資源を奪いに行くという目当てがあり、その目当てを含むいくつかの目標事項を設けて掲げ、広く臣民に共有させているのが、ギルツァー帝国だという。
一代目の帝王の抱いた野心が、砂漠での貧困にあえぐ人々に広く浸透し、(恐らくわたしたちの来た方へと)進出が始まり、帝国の勢力の伸びは順調のようだった。
だが、中にはそういった野心とか、領土の拡張とか、金銭とかいったものに一切興味がなく、集団的熱狂を離れてそっぽを向く者たちがいて、その例が、コリーさんたちなのだった。
コリーさんたち以外にも、そういったいわゆる『冷めたひとたち』がいて、彼等も、コリーさんたちと同様、この広い砂漠で信頼できる仲間やパートナーと、苦労は多いが自由ではある遊牧生活に明け暮れしているみたいだ。
帝国に背くことになった彼等は、裏切者と詰られ、排斥され、そういう外圧に押された結果、砂漠での遊牧生活へと移ったようだ。勿論、彼等は端からそうしようという意志があったわけだし、また、限られたもので満足出来るという慎ましい人格の持ち主ばかりなのだった。
砂漠で何日間か過ごしていると、わたしたちは、砂嵐の発生に際会し、かなり体が回復してきていた時ではあったけど、ずいぶんしんどい目に遭った。すぐ先が見えなくなるほど砂が舞い上がって渦を巻き、テントなど立てていては危ないので片付けて、わたしたちは、近くの砂の丘の、嵐の威力が直接及ばない陰などに避難し、野営地の移動を余儀なくされた。
砂の混じった風を吸い込んだりしないようマントで顔まで覆い、砂漠を歩きつつ、わたしはコリーさんに尋ねた。
「じゃあ、仮にわたしたちが砂漠を渡っても、行き着く先はないということですね」
「そうなる」、と彼。「大体、ただでさえ資源の足りない砂漠の町が、よそものを歓迎するわけがない。おれがいい例だよ」
「そうかしら」、と言葉を挟むのはミゼルさん。「あなたはむしろ例外だと思うけど」
「まぁ、確かに、お前がいなければ、俺はアルナシルプで食われていなかったと言い切れないものがある」
コリーさんは、食べ物や飲み物に事欠く砂漠の住民の貪婪さを、人食いに例えているようだ。彼のセリフでファーチェが悪いイメージを思い描いたようで、彼女は小さくなって怯えている。
「そういうわけだ」、と彼。「お前たちの事情は話を聞いて理解した。わざわざ砂漠を旅しに来たくなるその境遇は、同情に値する」
「どこかいいところはないんですか」、とティークさんが嘆きと共に、どこか投げ槍に訊く。
「あるわけないだろう」、とコリーさんはピシャリと一蹴する。「砂漠のいったいどこに、よそものでも安穏に暮らせる楽園なんかあるっていうんだ」
「では、我々はどうすれば……完全に難民ではありませんか」
「そうさ。難民さ。では、お前はどこへ行きたいんだ。どこかいいところ、などという漠然とした表現ではなく、ちゃんとはっきりとした呼び名で言え」
「――海へ」、とわたしはポツリと呟く。
「えっ?」
コリーさんが不意打ちを喰らったように、きょとんとする。
「海へ、行きたいんです」、とわたしは繰り返す。
「あくまで海にこだわるつもり? クローネ」
と、ファーチェがどこか嘲るように聞くが、わたしは特に反応しない。
「海……」
と、コリーさんは呟いて押し黙り、考え込む。
「お前の名は、クローネ」
「そうです」
「いや、きっとおれの見当違いだろう。どうもおれの記憶は、昔あてどなくさまよいまくったせいで、だいぶんゴチャ付いてやがる」
コリーさんは、わたしが海と発言したことに対して何か違和感を持たせる反応を見せたが、とにかく彼は、納得してくれたようだ。
海に行けるとでも、彼は言うのだろうか。