道中、太陽はわたしたちの進路に対して十字を成すように、昇っては沈んだ。
わたしたちの活動は主に夜に実行された。暑さのひどい日中の運動は消耗が危惧され、わたしたちは、体力を温存しなければいけなかった。
砂漠には平面が少なく、大なり小なり起伏があり、上り坂と下り坂の連続だった。
わたしたちの向かう先に視界を遮る砂の丘があると、いよいよその向こう側には海が待っているのかも知れないという淡い希望が湧き、力が入るのだが、ことごとく裏切られ、落ち込んで虚脱感に襲われるのだった。
だが、鼻腔を満たす空気の味が、徐々に変わり始めていた。目的の場所が近くなっているのは、間違いないようだ。
程なく暁という時分だった。
麓に広い陰を落とす特大の丘が、わたしたちの正面に立ちはだかっていた。急斜面で形成されたもので、上るのはずいぶん骨だろうと推知された。てっぺん付近の砂が、高所の強い風に吹かれて舞っている。
わたしは、丘のいただきまで来て、あるいはまた砂原の続きがあるのかも知れないと幻滅を恐れて諦観したが、今度は違った。
わたしたちはようやく、海に辿り着いたのだった
目を疑う光景が、ずっと遠くまで続いていた。
辺りはすでに暁光に白んでいた。
広く水が揺れ、騒いでいた。空と接する彼方の境界線より、この砂漠までの全面に深いブルーの水が満ち溢れ、白く泡立った波が、波打ち際に打ち寄せていた。青いのは空も同じだったが、空の青色が明るく淡いのに対し、この無限大の水の青は、暗く見えるほど濃く、そして深いのだった。
「……」
誰も何も口にしなかった。わたしも、ファーチェも、ティークさんも、言葉を失って、あるいは茫然と、あるいは恍惚として、目の前にある眺望に見入っていた。
コリーさんとミゼルさんも、黙然として、互いに仲睦まじそうに腕を組み、安らいだ時間に憩っているようだ。
「ようやく着いたね」、とファーチェ。「苦労してきた甲斐があったよ。わたしたちの旅は無駄じゃなかった。海が、ちゃんと待ってくれてた」
「あぁ、懐かしいものだ。こうして海を眺めるのはどれくらいぶりだろう」、とティークさん。
「クローネは、海を見るのは初めてだったね」
「うん……」
話を振られたが、わたしはうまく返せなかった。わたしは、海を見ることで生じた感激に呼吸が苦しくなるほど胸が詰まり、絶句してしまっていた。
お母さんが生きていっしょに来ていれば、彼女は果たしてどのように反応し、どういった感想を述べただろう。お母さんだけに限らず、才媛だったサリーさんが、衛兵だったマークさんが、その他の共に旅した仲間たちが、生き延びてわたしたちといっしょに来ていたら、わたしと同じようにきっと、続けてきた苦労がようやく報われたというある種の満足感と解放感に、涙を浮かべただろう……。
わたしはその場に崩れて跪き、四つん這いの姿勢で、息を震わせ、急激に込み上げてくる感情の流れに身を任せた。止まる気配のない涙が、ポタポタと雨粒のように降り注ぎ、あっという間に乾いた砂に吸い込まれていった。嗚咽と共に、わたしは泣いた。嬉しさがあったし、同時に、悲しさもあった。ずっと憧れていた海に到達した喜悦と、海に来るまでに失われてしまった貴いひとたちへの哀傷……。
「お前は、海へ来ることにして正解だったわけだ」
と、コリーさんが、誰に言うでもなく言う。
「お前のことに関しておれは、話で聞いた以上のことは知らない。だが、その涙はきっと、お前の内に眠っていた何かを解放することになったのだと思う」
「そうですね」
と、わたしは涙と洟を腕で荒っぽく拭い、答える。
「少なくとも、海まで来たお陰で、今までずっとあった憧れが満たされることになり、ひとつの執着がなくなりました。そういう意味では、解放されたものがあると言えます」
わたしはゆっくりと立ち上がり、改めて目の前の光景に見入った。太陽が、海に向かって右側より、昇っている。夕焼けは、海ではどのように見えるのだろう。想像しただけで、うっとりする。朝日の照る下では、海の波が絶えず運動し、波打ち際まで押し寄せている。初めて耳にする潮騒の音と、初めて嗅ぐ潮風のにおい。
高所の風を受け、わたしは、涙の跡が残る目元や頬に冷感を覚える。この涙の跡も、程なくきっと乾いてなくなってしまうだろう。
波打ち際は、ずっと遠くまで、緩い曲線を描いて続いている。
旅は、まだ終わったのではない。わたしたちは、ただひとつの経由地に至っただけに過ぎない。だが、海に実際に足を運ぶことは、わたしにとって極めて意義深いことであり、これまでの旅においてわたしが獲得し、そして喪失したものの全ての清算が、ひとまず完了したのである。
わたしの人生は、ここでひとつの大きい区切りを迎えたのだという実感が、おぼろげにわたしの中に芽生えた。ずいぶん遠くまで、わたしは来てしまったようだ。得たものに対して失ったものがあまりにも多いが、厳しい運命が最後に用意していた贈り物は、決して悪いものではなかったと、わたしは胸を張って言える気がする。