わたしたちの旅がいつまで続くのかは、さっぱり予測が付かない。だが、いつまでもさまよっていたいとは、わたしは思っていなかったし、ファーチェも、ティークさんも、きっと同じ心境なのではなかろうか。
いよいよ海まで来ると、物別れの予感がし、わたしは矢庭に心細くなって、じっと押し黙っていた。誰かが別れ話を切り出すまで、わたしは知らんぷりを決め込んでいようと思った。コリーさんたちと別れた後、わたしたちはまた苦しい道を行かなければいけないのだと思うと、ひどく気が塞いだ。
彼方に朝焼けが見えていて、とても綺麗だった。朝焼けも夕焼けと同じく、真っ黒だった空が、朝日の輝きを受けることで、赤っぽい紫色に染まり、雲は低いところに浮かぶ日に照らされ、明るい部分と、陰になっている暗い部分との対照が印象的だった。
ひとり泣いていたわたしは、しばらくの間周りに気遣われ、ひとりにして貰ったが、いつまでも感傷に浸っているわけにはいかなかった。
「そろそろ、お別れですね」、とわたしは、涙が乾いた頃、コリーさんに言った。
「あぁ、おれとミゼルはこの砂漠に留まり、お前たちは港を目指して歩いていく」
「ひとつだけ、最後にお聞きしたいことがあるんです」
「あぁ、何でも聞いてやる。少しの間だけだが、いっしょに生活した間柄だ。そのくらいのことはお安い御用さ」
「ちょっと見てほしいんですが、これに見覚えはありますか?」
わたしはポケットより、やや古びた貝殻を手のひらにのせて見せた。最初はいきいきした桃色だったのが、今では薄汚れてくたびれて、価値を下げたようだ。
「貝殻……」
コリーさんは訝しそうにわたしの手より貝殻を指で摘まんで取ると、朝日の光線にかざし、よくよく観察した。
「ミゼル、お前も確か、持っていたはず」
「えぇ、コリー。ちゃんと身に付けてますよ」
そう答え、ミゼルさんは首元の紐を両手で持ち上げて頭を潜らせて外し、彼に手渡す。貝殻の付いたネックレスのようだった。
コリーさんの掌中には、わたしの桃色の貝殻と、ミゼルさんの、色の異なる貝殻のふたつがある。それぞれ色は違うけど、互いに二枚貝の貝殻で、形も大きさも、瓜二つと言っていいほど似ている。楕円を長く伸ばした感じの形状と、その内側の浅い白いくぼみ。ただ、わたしのものと比べ、ミゼルさんの貝殻は、ずっと新しくて、綺麗なのだった。
コリーさんは、掌中の二種類の貝殻をじっくり見比べた。
「見覚えは、なくはない」、とコリーさんが半信半疑という感じで言う。「だが、ずいぶん昔のことだ。おれの勘違いだとしても、おかしくはない」
「コリー……あなたと同じ名前の男のひとが、わたしにくれたんです。海のお土産として」
「さぁ、どうだろう? 名前はいっしょでも、容貌が違ったかも知れないし、経てきた人生が違ったかも知れない。家族構成が、職業が、趣味が、違ったかも知れない。お前はそういったことまで覚えているか?」
「……」
わたしは詳しくは覚えておらず、沈黙せざるを得なかった。わたしの覚えているコリーさんの特徴は、旅人で、何とはなしに気の抜けた笑い方をするひとで、短髪で若々しいというものだけだ。どこからやってきたとか、どこへ向かう予定だとか、両親はどういうひとだったとか、そういったことは一切知らないのだった。
「お前の覚えているという男は、きっと別にいるんだ。おれではなくって」
コリーさんはそう言って、手のひらよりネックレスの方の貝殻を持ってミゼルさんに返し、残った桃色の貝殻をわたしに返した。
「だけど」、とミゼルさんがネックレスを付け直しながら、言う。「貝殻をプレゼントするひとなんて、あなたくらいしかいませんよ」
「そうだろうか」
「少なくとも、わたしはあなたしか知りません」
「やれやれ」、とコリーさんはため息と共にぼやいた。虚脱感が滲んでいて、何か潔く諦めたといった態度だ。「腐れ縁っていうものだろうか」
「コリーさん……?」
「お前がクローネという名の娘で、旅人にプレゼントされたという桃色の貝殻を持っていて、更にお前の生まれが、サラメーナという村で、そこをおわれて旅してきたというなら、おれは、お前を知っていると白状せざるを得ない」
「じゃあ、やっぱりあなたは、あの時のコリーさんなんですね」
「あぁ。ほぼ間違いなく、おれだ。今まで白々しい態度を取って悪かった。後……」
コリーさんは、言いにくそうにする。
「後、サラメーナのことは、本当に気の毒だったと思うよ。村がなくなったんだろう?」
わたしは悲しい思い出と共に、沈痛に頷いた。
「帝国が進出すると決めて、おれは反対したんだ。お前のいる村が脅かされると思うと、同情を禁じ得なかった。せっかく貝殻をプレゼントしてやったお前や、お前の家族が殺されでもしたらと想像すると、胸が痛んで仕方がなかった」
だが、結局進出を阻止する力を持たず、帝国に服すしかなかったのだ、と彼は結んだ。
サラメーナのことは、わたしにとって恨むべきことではある。けど、その恨みの対象は、決してコリーさんではなく、進出を企てた帝国であり、彼が気に病む必要などないのだった。
海の波が、絶えず砂浜に押し寄せては引いていき、押し寄せる波と、引いていく波とがぶつかって砕ける音が、風に舞う砂の音と共に、夢のように響いていた。
わたしたちの別れは、長いものになるという感じがする。再会を望んでも、その実現は、ずっと後のことになるのではなかろうか。わたしたちが成長して大きくなって、また会えるかも知れないし、あるいは死ぬまで、二度と会えずに終わるかも知れない。
こうして対話を通じ、今回わたしの出会った命の恩人であるコリーさんが、目の前に広がる麗しい海に対する憧れを幼いわたしにくれたあのコリーさんと同じ人物だったと確かめられたことは、わたしにとって、奇跡と言っていいほどの幸運であると、感激と共に思われるのだった。