まだ見ぬわたしの碧色【完結】   作:Yuki_Mar12

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 わたしは、海辺の砂の丘の斜面を下り、ひとり、浜辺の波打ち際を歩いていた。

 

 コリーさんとミゼルさんは、すでにいない。わたしたちと彼等は、それぞれの平穏無事を祈り合い、別れた。別れは劇的では全然なく、むしろあっさりしたものだった。

 

 二度と会うことはないだろうという予感が、何となく、わたしたちに共有されているようだった。わたしたちが再会するとすれば、次回もきっと砂漠でするのだろう。また遭難などして彼等の厄介になるわけにはいかない。わたしは大人にならなくてはいけないのだ。仮に将来、わたしが砂漠に戻ってくるとすれば、それは、わたしが成長して完全に自立を果たした時になるだろう。その時までどのくらいの歳月が必要になるのか、その時にわたしの生活がどういったものになっているのか、まるで見当が付かない。

 

 日はすでに空の高いところに浮かんで照っており、わたしのすぐそばには海がある。

 

 ふと上を見上げると、ティークさんと歩くファーチェと目が合い、わたしたちは手を振り合った。わたしにとっては海が珍しくても、彼女等ふたりにとっては海は既知のものであり、わたしほど嬉々として波打ち際まで下りてきて歩くなど、わざわざしないのである。

 

 すぐ前までわたしは、たまたま幸運で生き延びることが出来ただけの、ほとんど死線を超えた死人同然の状態であった。本来であればわたしは、くたばっていてもおかしくないのだが、コリーさんたちの看病のお陰で、ずいぶんよくなった。

 

 わたしの場合、更に清々しい気分であり、快調といっていいコンディションだった。視界はくっきりしており、肌は日照に汗ばんで、呼吸のリズムは安定していた。砂漠への嫌悪感は今は薄らいでいるようだった。

 

 ふと、「あっ」という驚きの声が上方より聞こえ、ファーチェの声だった。

 

 彼女は急いでわたしのところまで斜面を下りてこようとしたが、途中で姿勢が崩れて滑り落ちてきたので、わたしは思わず笑ってしまい、ファーチェも、最初は砂まみれになってふくれていたが、愉快さに負けて釣られて笑った。

 

 彼女は立ち上がり、手で払ったり服を揺すったりして砂をある程度落とすと、わたしのそばまで来、「あれ」、と海の方を指差した。

 

 彼女の指が示す方に目を遣ると、確かに沖の方に、何かの影が見えるようだった。だが、かなり遠い位置にあり、また、わたしのいる波打ち際では、日光を眩く反射する海の水面に目が眩み、見にくいのだった。ファーチェ曰く、斜面の上では、よく見えたそうだ。

 

「何かあるのは分かるけど、よく見えない」

 

「船、船が見えたの」

 

「船?」

 

「水上を行き来する乗り物のこと。まだクローネは知らなかった?」

 

 知ってはいたが、話にしか聞いたことがないので、どういう形のものなのか、わたしにははっきりしたイメージが浮かばなかった。

 

「まさか港の前に、船を見つけるなんて思わなかったわ」

 

 と言うファーチェは、嬉しいのか、いささか興奮気味だ。

 

 彼女は腕全体を使って大振りに両手を振り、大声を上げた。船に合図を送っているようだった。

 

 わたしは斜面を駆けあがり、丘の中ほどより改めて海に目を向けた。すると、成るほど、遠方に海に浮かんでゆっくり進む大きい何かがある。わたしは目を細め、視界に映る限りのものをなるべく確認しようと集中すると、航行する船の全容と、帆を張った丸太の柱の並びがかろうじて見えた。

 

 ファーチェはずっと懸命に呼びかけを続けており、ティークさんも斜面の上で同じようにしぼり出せる限りの声量で、放浪するにんげんがここのいることを知らせるための合図を送っていた。わたしも遅れてその試みに参加し、手を振ったり、お腹の底より叫んでみたりしたが、いかんせん懸隔があり過ぎているせいで、まるで反応がなかった。

 

 わたしたちは皆、大声と共に激しく運動したせいであっという間に息が上がり、また、船がどんどん遠ざかっているようだったので、呼びかけを諦めた。わたしたちは再び歩きだしたが、声が届かなかった悔しさにしょんぼりしていた。

 

「残念ね」、とファーチェ。「船にいる誰かが気付いてくれれば、わたしたち、乗せていって貰えたかも知れないのに」

 

「うん」、とわたしは小さく頷く。「けど、あの船はどこに行くんだろうね」

 

「確かに気になるね。行き先もそうだけど、どこの船なのかっていうことも、気になる」

 

「荷物を積んだ商人の船かも知れないし、軍隊をのせたどこかの偉い王様の船かも知れない」

 

 わたしが目を凝らして見てみることで、船のおおよその外観は認識出来たが、情報としてはごく限られたものだった。船は木で出来ており、柱が三本、甲板と呼ばれる船の平面部に立っていた。長いのが真ん中に一本と、両隣に短いのが二本。

 

「船ってさ」、とわたし。「いかだみたいに、ひとが櫂とか使って人力で動かすの?」

 

「ううん、どうだろう」、とファーチェは、肯定も否定もせず、考えるように唸る。「たぶん、ひとの手で動かすのは、小さい舟だけじゃないかなぁ。さっき見えたくらいの大きさの船は、風で動くんだと思う。柱に帆が張ってあったでしょ? あの帆が風を受けることで、船の推進力が生まれるんだ」

 

 と、乗船の経験があるファーチェに説明して貰いはするものの、ずっと内陸で過ごしてきて船などとは無縁だったわたしには、いまひとつ理解が進まないのだったが、「そうなんだ」、とテキトーに相槌を打っておいた。

 

「だけど、クローネには」、とファーチェがいやにクスクスと笑いを嚙み殺すようにして言う。「やっぱり海が新鮮なんだね」

 

「そうだね」、とわたしは苦笑と共に返す。「海はわたしにとって、長年の憧れだったけど、こうして自分の目で見てみると、想像してたよりスケールが大きくて、元々あった予想がいい意味で裏切られたと思うし、さんざん苦労して来た甲斐があった、とも思う」

 

 わたしは、浜辺の水際まで近付き、前屈みになって指でサッと波に触れ、口を付けてみたが、言われていたように、海の水は、川の水と違って、塩辛いのだった。

 

 さっきまでわたしが流していた涙もしょっぱかったが、涙よりずっと、海水はしょっぱいのだった。

 

 長い間想像の世界にしかなかった海の水を、実際に賞味出来ていることが、とにかくわたしには嬉しいのだった。

 

 

 

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