肉屋のおじさんとの話を、後でよく思い返し、熟考し、わたしは、今の状況、状態では、旅に出ることはほぼ不可能だという風に観念せざるを得なかった。
仮に無理矢理旅へ出るとしても、同伴者がおらず、旅のノウハウも自活する能力も持ち合わせていないわたしは、遅かれ早かれ、飢餓で野垂れ死にするか、悪党に拉致され恐るべき人でなしに売買されるのが関の山だろう。
誰か度量の大きいひとが連れていってくれればなどという妄想が浮かんだが、むなしいものだった。
とにかく、海への旅は将来の夢にして、わたしは、その実現を目指して今は心身共にたくましく、健やかに成長できるように、今の生活を堅実に運ばねばいけなかった。
だが、欲望を覚えた子供が、物分かりのいい場合というのは少ないものだろう。わたしの場合もそうであり、どこかで一点突破を可能にする抜け道がないかどうか、思案していた。
そもそも、農奴の娘として、母の手伝いにまじめに従事したところで、報いはないに等しかった。明るい展望の見えない仕事に対して、真摯に打ち込もうと思える価値は皆無だった。自分の夢と日々の労働への怨恨が混ざり合い、一時は放火して村を焼いてしまおうかと考えてみたことがあったが、後のことが恐ろしくてとても実行など出来なかった。
春陽は麗らかに照り、その熱を段々と挙げて夏を迎え、季節は過ぎ、年月が積み重ねられていった。
数週間が経ち、数カ月が経ち、数年が経った。
サラメーナは、十年一日という具合で、変化に乏しく、しかし、折に触れてやってくる訪問者の知らせでは、世界は常に動いているようだった。
さて、わたしは13歳になり、背が伸び、自分の好みと憧れで、髪を伸ばすようになった。母は老け、村の老人の何人かは息絶え、新たに赤子が誕生した。
わたしはいよいよ、ずっとお手伝いだったのが、責任のある仕事を委任されるようになり、ストレスが嵩んでいたが、サラメーナにあるトラブルが起こった。
ある日――春の日だった――村に訪問者がやって来、だが、それは、見慣れない訪問者だった。肉屋でも、巡礼者でも、根無し草でも、旅人でもなかった。
鎧を着用して、
わたしとお母さんも他の村人同様、興味を持って出かけていったが、押し問答に付き合 わされている警邏たちの中に、わたしたちのよく知るマークさんがいて、正面に立っていた。
お互いに武装しており、抜刀こそしていないが、睨み合っており、一触即発の雰囲気で、わたしたちを始めとした野次馬のひとたちは、固唾を呑んで見守っている。
「貴君方が高名な騎士殿であることは、承知致しました。お言葉ですが―――」
と、マークさんが半ば恐る恐る、半ば挑戦するように言う。
「我々はこのサラメーナの領主様に仕えているのであり、どれほど高名であられようと、貴君方の委細を存じない以上、お話をお受けすることは出来ません!……」