水が汲み切れないほど無限にあるが、海の水は水資源ではなかった。塩辛くて飲むには不適であり、では海の水のどういったところに価値があるのかというと、暑い時に水浴して涼むことが出来る点がせいぜいだろう。海辺にひとが生活している気配は絶えてないが、だからこそ、この海には、文明に未だ侵されていない無垢の自然の雄大さと美しさが備わっていると言える。だが、ひとは美的感覚だけで生きているのではなく、衣食住にまつわるものがすべからく要るのだった。
わたしたちは、海岸線に沿ってえんえん歩いている。
沖の方に小さく見えたあの船が、港に向かって航行しているのだとすれば、わたしたちがいずれ港に辿り着くことで、碇泊しているところなどを再び目にすることになるかも知れない。
生まれてこの方、わたしは乗り物に乗った経験がなく、自分の足で歩いて移動することの不便さというのは、実感として分からない。だが、ファーチェとティークさんは、出身地であるポルトオレアより船旅によって方々を巡ったのであり、従って彼女等には、歩くことと乗り物に乗ることのそれぞれの良否が分かるようで、彼女等はわたしより消耗が早く、常にわたしの後ろを、わたしより微かに遅いペースで歩いていた。呼び止めようとした船を惜しい思いで見送ったことに、ふたりはひどく失望しているようだった。
歩き続ける疲労の上にその失望が重なって、彼女等は何もしゃべらず、口を半開きにして、青ざめた顔で、荒い息を繰り返している。あまりよくない状態なのは、一目見て分かった。わたしは、わたしたち三人の固まりを保持するために、歩く速さを緩めざるを得ず、彼等の気分のよくないことに理解を示す一方で、微かに苛立ってしまうのだった。
道のりは、まだまだ果てしなくある。広い砂漠の海に面した部分をわたしたちは歩いているのだが、標となるものが一切なく、どれだけ歩いても、周りにあるのは砂漠と海ばかりなのだった。一向に変わらない景色の中で、いつ着けるのかてんで予測の付かない旅を続けるのは、拷問の如き苦行だった。
生命の繁栄のないこの広大無辺の砂漠にいる自分を俯瞰してみると、わたしは、虚無感に襲われた。わたしには生きている意味があるのだろうか、砂漠の辺境にいて一体何をやっているのだろうか、わたしの生い先は長くないのではなかろうか、などの悲観的思考に陥ってしまっていた。
わたしたちは、コリーさんの助言もあり、気温の高くない早朝・夕・夜を砂漠の旅の時間と決めていたが、先頭のわたしがずっと歩き続けて止まらないことで、その決まりはないも同然であった。
わたしは焦っていた。わたしは、早く楽になりたいという希望があり、その希望は純真で切なるものだった。わたしが導き手として欠格しているせいで、ファーチェもティークさんも苦しんでいるのだと思うと、足取りの重い彼女等への苛立ちを超えて、憐憫と謝りたい気持ちに襲われた。
不意に、過去のことが稲光が光るように瞬時に思い返された。トニオ村長の一方的通告で、わたしが村の人々と共にサラメーナを出ざるを得なくなり、村の何人かで新しい住む場所を求めて樹海をさまよっていた頃のことだ。あの時はサリーさんがいて、仲間を導く彼女は頼もしかった。サリーさんに従っていればまず大丈夫だという安心感が、それぞれにあった。もしも彼女がまだ生きていたとしたら、わたしとファーチェとティークさんは、こうして無謀極まりない茨の道を行くことはなかっただろうし、お母さんだって、亡くなる前に救えただろう……勿論、全ては、わたしのそうであればよかったのにという過去に対する仮定に過ぎないのだが。
失われてしまったものは、二度と戻ることはない。追憶は麗しい彩りを過去の思い出に与え、あらゆるにんげんたちに、彼・彼女がまだ自由だったと信じられていた頃に立ち返らせる。
わたしにおいても、やはりそうであり、わたしは、お母さんや、サリーさんや、リベルタさんや、コリーさんなど、親しかったひとたちの面差しを思い浮かべ、懐郷の念に襲われたが、潜り抜けてきた難局の数々を思い起こすと、わたしは、わたしの人生には自由だった時などほとんどなかったのではないかという気がして来、その自覚は、わたしの誇りを大いに傷付けて損ない、意気消沈させた。
日が落ちようとし、秋の砂漠の夕焼けが濃い紫色に染まっているというのに、その美しさや愁いは、塞ぎの虫に憑かれたわたしの琴線には触れなかった。
わたしはただ、忍び寄る夜気の冷たさに自身を抱いて震え、今まで嘗めてきた苦い経験を数え上げ、夕空に瞬く星のようにバラバラ散りばめては、ひとつひとつ苦い思いで回顧し、ほとほと忌まわしい気持ちになるばかりだった。