まだ見ぬわたしの碧色【完結】   作:Yuki_Mar12

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(21)最終話

 

 

 

 港に着いたら、わたしはまずどうしよう? お腹が空いたから、食べ物を食べるのがいいだろうか? あるいは、先に疲れを癒すために、宿を取ってベッドで横になるべきだろうか?

 

 知らないひとばかりの馴染みのない港。何をするにも、オドオドして緊張感を伴う。だが、その内慣れるだろう。長く住んでいれば、親しいひとのひとりやふたり、きっと出来ると思う。

 

 いずれわたしは、気に入った男性と出会い、親しくなって結婚して、子供を授かりたい。そして皆でいっしょに末永く暮らして、温かい家庭を愛情と献身によって守っていくのだ。過ごしやすく好ましい海辺の港町。わたしがずっと憧れた、海のある町で……。

 

 

 

***

 

 

 

 誰かが迎えに来てくれればいいのに、とわたしは思った。わたしは自分の足で歩いていくことに疲れ切り、ちょっと先まで自分を運ぶことさえ出来ず、こうして折れた木のようにバタリと倒れている。

 

 精魂が尽き果てたが、不思議と体は楽だ。その理由は、たぶん、わたしが旅の続行を断念し、この体を森羅万象に委ねる決意が整ったからなのだろうと思う。

 

 広大無辺の砂漠の一隅で、わたしは今際の際を覚悟する。柔らかい砂の感触が、今ではありがたいと思えるほど快い。自然の枕と布団が用意されているかのようだ。

 

 時は日没で、わたしの霞んだ目には、暮れていく燃えるように赤い夕空が、海原と共に見える。その眺望は、やはり美しくて雄大だった。

 

 断念された砂漠の旅の代わりに、わたしには、天空(そら)への旅が待っている。だが、その旅には、砂漠の旅ほどの苦労と困難はないだろう。

 

 生は死に報いを与え、死もまた生に報いを与える。生死は互いに交わり合い、またしりぞけ合う。

 

 わたしが経てきた経験の喜ばしいものも、苦々しいものも、わたしの最期に合わせて清算され、わたしの存在と共に、跡形もなく抹消される。

 

 少し名残惜しい気がするが、生命の決まりは絶対なのだった。

 

 殺されたお母さんの敵討ちが果たせればとの思いがわたしにはあったが、この際あまり重大ではなくなっていた。お母さんの弔いに関しても、まともに出来ていないが、どの道わたしは、程なくお母さんと同じところへ旅立つのだ。

 

 旅先にはきっと、お母さんに加えて、お父さんのベレトリと、サリーさんと、マークさんがいるのだろう。ひょっとすると、出来れば再会したくない薄情者のトニオ村長がいるかも知れない。ガベラーさんや、彼の夫人や、息子や、リベルタさんなどはいるだろうか。後、ファーチェとティークさんは……。

 

 みんなの顔を思い浮かべると、わたしは、夢うつつとなってくる。思えばわたしの親しい人たちは、こぞってあの世へすでに行ってしまっている気がする。わたしの存在は、現世よりはむしろ、冥界にあるべきという感じがする。わたしは、ようやく自由になることが出来るのだろうか。

 

 わたしは横になった状態で、ポケットをまさぐり、中のものを取り出して、目に見えるところまで持ってくる。

 

 桃色の貝殻。

 

 コリーさんは今どうしているだろう。ミゼルさんは……。

 

 わたしは、また彼等の厄介になるわけには行かない。

 

 彼方の夕陽の光にかざしてみると、貝殻の輪郭が夕陽に縁取られ、後光が差し、綺麗だった。

 

 わたしは満足してにっこり笑み、腕に力を込めると、少ない余力で思い切り、貝殻を海に投げた。

 

 やはり貝殻は思ったほど飛ばなかったが、波に呑まれて沈んだ。

 

 わたしの旅の始まりの象徴であり、終わりの象徴でもある、コリーさんの贈り物の貝殻。

 

 ふと、波が押し寄せてきて、引いたと思うと、跡に何かが残った。

 

 まさかと思って見てみると、それは、わたしが今しがた投げたはずの貝殻なのだった。その桃色で、即座にそうだと確信された。

 

 最早、手を伸ばす気力さえなくなっていた。だが、わたしの憧れた海は、すぐそばにある。

 

 クローネと呼ぶ声が聞こえるが、その声は、あるいはお母さんのようで、あるいはファーチェのようで、わたしの内側より響いていた。

 

 わたしは、とうとう目を瞑り、日没の砂漠の寒さに、マントの中でギュッと縮こまった。

 

 

 

 以前はぼんやりと空想で思い描くしかなかった未知の海のイメージが、今では目蓋を閉じても、現実と同じようにくっきりと見えるようになっていた。

 

 

 

 どこまでも広がるわたしの碧色は、たゆたう波と共に、静かにざわめいている。

 

 

 

(完)

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