前々からミリムに「ワタシの友達を紹介したいのだ!」とリムルが誘われていたのだが。
この度、視察も兼ねて忘れられた竜の都へゆくことが決定した。
向かうメンツはミリムの父たる俺、そしてリムル、護衛のベニマルという超少数だ。
まぁ正式な国交を伴うわけではないからな。
本当はウルティマもついてきたがったのだが、俺がいない間に仕事を任せる、と言えば泣く泣く納得したようだった。
荒涼とした大地に細々と穀物が植えられ、龍を祀る民が乾いた土に芽を出す弱々しい緑に水をやっている。
見上げれば、垂直に切り立った崖の上には侘しい木製の吊り橋がぶら下がっている。
今にも落ちそうな細い吊り橋だ。
彼ら竜を祀る民は人間そっくりであるが、その実竜と人との間であるドラゴニュート……つまりは魔物である。
ドラゴンと人間が恋して子供までもうけるなんて、俺が人間に恋する並みに特殊なシチュエーションだが、そこは細かく考えるべからずということなのだろう。
というか創造物である人間の奥方と直接創造した基軸世界たるここで結ばれたヴェルダナーヴァはマジでイカれてるなと思うなどする俺である。
中学2年生の頃自分で描いたオリキャラノートの登場人物にガチ恋するみたいなもんだ。
まあ、奴の特殊性については置いておこう。恋は人それぞれだからな。
しばらく進むと、巨大な石造の神殿とそれを取り囲むように座す見上げるばかりの巨竜が見えてきた。
遠目からぎろり、と視線が合い、リムルが「うお…!」と引いたような声を出した。
「でっか、つか強っ…ヴェルドラ並か…?」
「あれがワタシの友達なのだ!可愛くてかっこいいだろう!?」
「あれが!?いやうん、お前の友達ならあれぐらい不思議じゃないか」
「
足元までくると、その巨大さがよくわかる。
単純な強さ比べならリムルの方が明確に強いが、やはりそのサイズから来る威圧感は馬鹿にできない。
美しい7色に輝く巨大な鱗があちこちに落ちていて、それをドラゴニュート達が複数人で一生懸命どこぞへと運んでいる。
たしかこの鱗を加工した工芸品がこの国の主な外貨輸入源だったか。
仕事中のドラゴニュートたちを見ていれば、神殿から出てきた丸坊主の大男が「ミリム様!それにお客人方!ようこそおいでくださいました!」と朗らかに挨拶してくれた。
ミリムがリムルへと向き直って笑う。
「ミッドレイなのだ。口煩いし出す野菜は味気ないが、頼れる男ではあるのだ」
「ははは、何をおっしゃるミリム様。最近は特別にドレッシングもお出ししているではありませんか」
その言葉に今日の夕飯を思い起こしてしまったのか、ミリムはしおっと萎れてしまった。
幾分か前、ミッドレイに顔合わせした際に「せめてドレッシングぐらいはかけてあげた方がミリムも喜びますよ…」とアドバイスしたのを思い出す。
俺のアドバイスはきちんと実行されていたらしい。
ただ、ドレッシングだけあってもいいわけではないのだが…あるいはドレッシングがあるだけ生野菜の山よりマシというべきか。
彼らドラゴニュートはこの荒涼とした大地に住まい、当然のことながら食物の恵みはひどく乏しい。
近年になって特殊な農法と魔法により新鮮な各種野菜を得られるようになり、それを竜からの恵みと大切にするようになった。
それが高じて生野菜信仰とも言えるような謎の食生活へと結びついている。
そういう意味でミッドレイがドレッシングをかけるのを許すのはとてつもない譲歩というか、俺の言葉だからこそなのだ。
とはいえ。
ワルプルギスで出される食事や俺と生活していた間に楽しんだディアブロの料理で舌の肥えたミリムには辛かろうて。
ふとその時、ぬっと巨竜ガイアがミリムの方に首を伸ばしてきた。
丸呑みにされそうな圧迫感にリムルが上半身をのけぞらせる。
「そ、そういや、この竜は何を食べてんだ?こんなサイズだと餌の確保も大変じゃないか?」
「ガイアは精霊竜だからな、魔素さえあれば餌は必要じゃないのだ。ただ、時々襲ってきた野生の魔物なんかを丸呑みにしてたりはするぞ」
「へー、首都の防衛にもなってるってことか。すごいな」
「でも最近では歯応えのある魔物も少なくて暴れ足りないみたいなのだ。ワタシも時々遊んでやるが、運動不足か最近ガイアが太ってきたような気がするし」
むむ、と悩ましい顔をするミリムにリムルは思わず苦笑したようだった。
この建物の少ない広い大地だからこそミリムとガイアが遊べるのであって、テンペストのような人口密集地でやればどんな被害が出るか想像もつかない。
俺がガイアの鼻先をそろりと撫ぜてやると、るるるる、とガイアは喉を鳴らした。
「しかし、やはり大きい分ヴェルダナーヴァの残滓を強く感じますね」
「残滓?ってことは、こいつは創世神が直々に作った竜ってことか」
「ええ。娘のミリムを溺愛していたんでしょうね。彼の遺品にも近いものになってしまいました」
ほとんどミジンコみたいな規模感になるまで権能を捨てておきながら、さらに権能を竜の形に固めて創造を成すなんて、まったくヴェルダナーヴァの命知らずには困ったものだ。
そんな出涸らしみたいな状況では普通の人間の兵士にやられて死ぬのも当然だろうに。
創造にだらしなくて、愛情深くて想像力に富み、常に新しいことを模索する好奇心の塊みたいな奴であった。
創造した世界の進捗で二人で盛り上がって、時のない無の海で友情を分かち合った、永遠の日々よ。
奴が死んだなどと、いまだに信じがたい気分ですらある。
4000年など瞬きのうち、ほんの少し前の出来事でしかないがゆえに。
触れた鼻先からヴェルダナーヴァの残滓がぽう、と少しだけ光を灯す。
リムルが黙って俺の隣に並び、同じようにガイアへと手を伸ばした。
黙祷するようにベニマルもミッドレイも静かに目を伏せ、場に優しい沈黙が満ちる。
リムルにヴェルダナーヴァとしての記憶を思い出してほしい、と思ったことは数えきれないほどある。
しかし奴があえて記憶を封印しているというのなら、その意思を守ってやりたいとも思う。
リムルが俺へと笑いかける。
いつかのヴェルダナーヴァの笑顔を思い出す。
「失礼。少ししんみりしすぎました」
「たまにはいいんじゃねぇの?そういう時があってもさ」
リムルの言葉に「そうですかね」と俺は囁くにとどめた。