ジムスナイパー・キリストタン・女性士官の三拍子そろった作品。
作家さんに見たいと言われたので出しました。
お目汚しですが。どうぞ、ご賞味くださいませ。
あと、狙っているものが何か分かったあなたは博識です。
白く淡い驟雨が、ブラジルのジャングルを無差別に叩いていた。
生命を育むはずの雨は、視程を奪い、輪郭を溶かし、戦場を等しく曖昧にしていた。
スコールはギリースーツを着込んだRGM-79[G]ジム・スナイパーの装甲にまとわりつき、
遠距離レンズには、拭っても拭いきれない水滴を残していった。
――きれいな場所だ。
コックピットのクロエ・リール少尉は、そう思った自分に、わずかな違和感を覚えながらも、胸の奥で安堵していた。
視線は任務対象である橋梁に固定されたままだ。
湿った空気は重く、それでいて澄んでいる。
心地よい雨音が、呼吸を一定に整える。
この環境は、狙撃に向いている。
ここは空気がうまい。
戦場に許された、つかの間の休暇としては、あまりにも出来すぎた場所だった。
即応隊。狙撃小隊。特殊部隊。
ここまで揃えて、理由が伏せられる。
必要ならば、知らされる。
いまは、その時ではない。
計画は人にあり、裁きは神にある。
空調の冷気が痛い。
クロエはスイッチを切る。
――フフン…♪
クロエ少尉はヘッドセットをミュートにし、誰にも聞かせない鼻歌を漏らした。
戦場でそれを許される時間は、思ったよりも貴重だ。
情報士官候補生の机に向かうはずだった自分が
気が付けば、スナイパーとして引き金を引いている感触は覚えている。
左遷…そういうのは簡単だ。
だが、地球省の人事が無能なのか、それとも単に人が足りないだけなのか、
その区別を考えるほど、いまさら潔癖でもいられなかった。
クロエは、コーヒーカップを傾け、ぬるくなった液体をのどに流し込む。
辞令も、理由もなかった。
狙撃MS小隊への配属。
紙の端を負った感触だけが、指に残っている。
照準線がわずかに揺れる。
呼吸一つ。止まる。
≪ディオニューソス。こちら。シーレーノス小隊。定期報告。
11時に敵性因子が0057ポジションからNE方向に通過。
ザクⅡ型。数3。対象未確認。以上≫
連邦軍CFVである74式ホバートラックの車内で、
新米オペレーターのミリル2等兵は、
定時連絡を何事もなかったように終えた。
通信を切った後、彼女はディスプレイの時刻表示を一度だけ確認する。
正午、一二時。
クロエは、空腹を自覚しないまま、
それでも指先でコックピット内の収納を探り始める。
戦場でまで、
人は自分の体より、規則を信頼するらしい。
そう思いながら、
MREのパッケージを取り出した。
水が足らない。
標的が現れず三〇日。誰も殺せていない。
クロエは、コックピットを開放するレバーを引き、
コーヒーカップを近くの木立に預け、驟雨を受けさせた。
雨粒が金属を叩く音が、規則正しく周囲に散っていく。
ほんの少しの間、
シートに頭を任せ瞳を閉じる。
『MSが来る。感3』
胸拍数、平常。
――問題ない。
ヘッドセットから地上ソナー担当のカルツ上級軍曹の怒張声が、クロエは引き戻される。
『装輪装甲車が来る数2…MS3。トラック3。事前情報通りだ』
――違う。
もし、連邦中央情報局の事前情報が正しければ、
この部隊は15日前に通過している。
遅延がある。それよりも対象物が重要だ。
『測距データ、送る』
74式ホバートラックのマテウス中尉が続ける。
『ミノフスキー粒子偏差修正+八度』
『風速。SE三メートル。温度三二度。湿度七六』
クロエの汗ばむ体は違っていた。
湿度はもう3度高く、風の方位はSEではなく|南東微南≪SEbS≫
照準線を修正する。
冷却材を装填する。
クロエの勝利の余韻だ。あとは、神が決める。
八km先、
キアパスブリッジをまずは先行して、
ザクマシンガンが2機、マゼラントップ砲が1機の後方支援を重視しつつ、Two Man Cellで攻撃する陣形か。
軽装型のザクマシンガン2機が橋梁の地雷の有無を確認しクリアリングを行い、安全を確認し、リーダー機がキアパスブリッジを直進し、後衛機2機は橋で視程を確保する。
――動きに無駄がない。ジオンに兵なしとはよく言う。対象はなかなか優秀だ。
視線をずらすクロエは、トリガーに手をかけず、スコープで彼らの挙動を観察する。
『装甲車、トラック。装甲車の順で来る。護送ポジションだ』
トラック3台を囲むように装輪装甲車が通過した。
『見逃すな。クロエ少尉』
――とんでもない。728時間待ってたんだ。
汗ばむ指先でクロエは先頭の装甲車に狙いを定める。
風速三
偏差八度。
――主は与え、主は奪う。
先頭を行く装甲車が爆ぜ、それに伴い部隊は停止した。
クロエはチャンバーを引き、冷却材を再装填。敵MS小隊のセンサーはビームの輝線へと向く。
5秒後。2射目が後方の装甲車へと放たれた橋を壊す事もなく鋼鉄の塵へと変貌する。
『ミノフスキー粒子散布開始!』
マテウスの怒声にミリルが、ミノフスキー粒子を散布する。
無線途絶、時間との勝負だ。
『次弾、一番近い奴を狙え』
六km圏内まで、ザクマシンガンの
ただし、WE方向に展開した
「――失礼。再度指示を乞います」
上司の命令違反を訂正しつつ、胸の奥で吐息を吐く。
景色の向こう側の2機の
二機は互いを庇いジグザグに前進する。
相手は教本通りの動き。
一期が欠ければ退避し、遮蔽物に入り、増援を待つ。
それも教本通り。
だから、こちらに手繰り寄せる。
クロエは照準をわずかに下げ、二機を橋梁側へと誘導する。
橋は囮だ。
2kmまで接近した
残敵は1である。残りの敵は、ブースターを稼働させ、フルスロットルでこちらへと向かう。
クロエがチャンバーを開き、冷却材を装填し、同時に、
無線から、ミリル二等兵の震えたつぶやきが聞こえてくる。
『主よ、御心のままに…』
クロエの汗ばむ指先が一瞬止まり、そして。
クロエ少尉の胸元の十字架が
『こちらメソテース小隊。シーレーノス小隊。敵性因子を排除を確認した。サブジェクトの確保に移る』
事態はフェイズ2に移行した。あとは特殊部隊が荷物を回収する。
荷物が何か、対象が何かは知らない。
神は答えない。任務は答えを待たない。