【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE 作:暁色の王冠
敵に放ったはずの言葉が、自分に返ってくる。これほど悔しい事はない。
きっと、彼ならばそう思っただろう。
倒れた男の背に、黒い尻尾が無ければ。
地に伏せる直前、それは正体を現す。ゾロア。変身能力のあるポケモンだ。
当の本人は建物を彩る緑色の茂みの中からひょっこりと出てくる。
「コイルか……。ハバリとかいう奴のポケモン? かどうかは別にして、俺を狙い撃つのなら"ロックオン"でも持ってくることだな。"イリュージョン"まで狙えるかどうかは知らんが」
ジェノサイドは、自分を明らかに狙ってきただろうポケモンの正体を見て睨む。
自分に電撃を放ってきたコイルは自由気ままに空を漂っていた。
「コイツのトレーナーは何処だ……?」
ジェノサイドは未だ野次馬で溢れている構内へ首を左右に振るもそれらしい人影は見当たらなかった。それも当然である。本来、
徒労に終わったかとため息でも吐こうとしたその時。
建物の影から灰色の靄みたいなものがこちらへと近付いて来た。
よく見るとそれはポケモンだった。何匹かが集まって宙に浮いている。それだけでない。そのポケモンに乗る人の姿もあった。
髪が異様に長く、目はおろか顔さえもまともに確認出来ない。見ているだけで不安になりそうな、とことんなまでに体の肉を削ぎ落としたような細い身体。外見だけではか弱い女性のようにも見えた。
「なぁんだ。失敗かぁ」
それは、くぐもった低い声だった。
「テメェ、何処の組織の人間だ」
ジェノサイドは会話を試みる。
とにかく今は情報が無さすぎる。今自分の周りで何が起きているのか、それが知りたかった。
「"エレクトロニクス"。Cランク」
「なんだとぉ?」
ジェノサイドは驚きのあまり声が裏返った。
相手の組織の名前に対してのものではない。
男の背後。
自身の乗るジバコイルの左右には元から二匹のレアコイルが飛んではいたが、男は名乗りながらスマホを操作し、更に多くのポケモンを呼び出した。
百体以上のコイルを。
ジェノサイドは悩まなかった。悩む暇すらもない。
即座にオンバーンを呼び出し、背に乗ると今自分が大学構内に居る事も忘れて無我夢中で飛び回った。
彼がリザードンではなく、オンバーンを選んだ理由はひとつ。
より速いのがこのポケモンだからだ。
質の問題ならばジェノサイドにとっても怖くもなんともない。
だが、量が想定外である。
とにかく今は体勢を立て直さねばならない。
ジェノサイドは大学上空を飛びつつ、時には隠れつつ姿を晦ましながら、電話を一本入れることにした。相手は己の右腕的存在、バルバロッサである。
「もしもし、聞こえるか?」
『ジェノサイドか? 一体どうしたのだこんな時間に。お前さん今は大学の講義の時間じゃなかったか?』
ジェノサイドはちらりと時計を見た。既に講義が始まって幾らか経っている。ギリギリ単位が貰える十五分もとっくに過ぎていた。
「ぐっ……単位が……。いや、そんな事はどうでもいい。今大変なことになっているんだ。なんでもいい。俺に関する情報を何かキャッチしていないか?」
『お前さんに関わる情報か……』
バルバロッサは暫く無音を電話越しに発し続ける。考えている素振りなのか、画面の向こうで何かをしているのかもしれない。
『やはり"うつしかがみ"だな。既にお前さんが手にしたという噂がこちらの世界で共有されている』
「おいおい……まだ昨日の話だぞ? 周囲にもほとんど話してもいないのに、なんでこんなにも広まるんだ?」
『全国規模の
「まさにそれだよ。さっきから立て続けに知らない組織の人間と戦ってるよ。めでたい事に大学構内でな」
『ならば、今すぐ逃げることだ。仮に相手が格下であっても、今のお前さんは一人で行動しているに過ぎない。組織間抗争の体を成していないんだよ。とにかく危険だ。今すぐこちらに帰ってくるんだ。また別の情報によると、神東大学周辺においてお前さんを打倒せんと包囲網を敷いている動きもみられている。今すぐ帰るんだ』
「なんだと!? 包囲網だって!?」
思わず声を荒らげてしまった事で一匹のコイルにその姿が見つかってしまった。体育館の裏に隠れていたが今となってはその壁も無意味なものとなる。
反射的にジェノサイドはオンバーンに"かえんほうしゃ"と命令し、見事に撃ち落とす。
「バカな真似しやがるな」
『お前さんはそんな馬鹿な連中と鬼ごっこをしている訳だが……。どうするかな? 私としては我々の組織の長として生き残ってもらいたいのだが』
「決まってんだろ」
ジェノサイドは隠れるのをやめた。その姿を白日の下に、無数のコイルの前へと晒す。
「まずこのエレクトロニクスとかいう奴は倒す。それで帰る。日を改めて包囲網を敷いた関係者全員纏めてブッ潰す。それでいいよな」
『まぁ……好きにしてくれ。これはお前さんの組織だ』
そう言ってバルバロッサは電話を切った。
通話は終わった。これで携帯のせいで塞がっていた左手が自由になる。
ポケットから二つのボールを取り出す。
ひとつはモンスターボール。もう一つはダークボールだ。
「リザードン、"オーバーヒート"。ゾロアークは"かえんほうしゃ"。オンバーンも"かえんほうしゃ"だ! 目の前のポケモン全員堕としちまえ!」
鍛えに鍛えた頼りの三匹のポケモンがそれぞれ炎を吐く。
散らばっていた無数のコイルは、標的を見つけると一斉に飛んでくる。まるで空を染める巨大な鳥の群れのようだった。
そんな大きな群れは、莫大な炎によって全てが墜落していく。
「コイルの特性は"がんじょう"じゃなかったのか!? もっと丈夫なポケモンを連れて来たらどうなんだ、あァ!?」
降り注ぐコイルの雨の中から、例のジバコイルに乗った男の姿が見えた。
ゾロアークが有無を言わさず"かえんほうしゃ"を放つが、それに対してジバコイルが眩しい光線である"ラスターカノン"を打つ。
互いの技がぶつかり合い、相殺され、打ち消される。
辺りに爆発音と黒煙が舞った。
双方の視界が遮られる。
視界が戻るまで決して動かないジェノサイドと、常に空を漂い距離を離すエレクトロニクスの男。
そうしている内に煙が晴れる。
先に動いたのは男を乗せたままのジバコイルだった。男の命令通りジェノサイドの背後へと回る。しかし、彼のポケモンのゾロアークの姿が見当たらない。
「消えた……? まぁいい」
後ろを振り向いても空を見上げてもゾロアークもオンバーンもリザードンもその姿が皆無であった。もしかしたら煙で包まれている間にボールに戻したかもしれない。
不安は残るがチャンスでもあった。
「"ラスターカノン"」
無防備なジェノサイドの身体に、メカニカルな光線がぶち当てられる。
エレクトロニクスの男ほどでは無いが細いその体はあらぬ方向へと飛んでいき、硬いタイルの上を数回バウンドしては動かなくなる。
こうも簡単に勝ててしまうのか。癖になりそうな優越感に浸りながら男はピタリと止まったジェノサイドの体を見つめる。
その想いに答えるためなのだろうか、それとも理解不能な現象だろうか。突然としてジェノサイドの両腕が本来は曲がらない方向へと曲がりだした。
壊れたおもちゃを彷彿とさせるような、不気味な起き上がり方をしてその体が立った。
それだけでなく、獣のような鋭い爪、長い手足、特徴的な尻尾までもが生えてくる。いや、現れると言った方が正しかった。
「"イリュージョン"か……」
男は悔しそうに舌打ちした。
その間にゾロアークは走り始め、近くの建物の壁を使ってジャンプまでした。
常に浮遊している、ジバコイルと男を直接狩るために。
「こいつ……!? 命令無しにここまで動けるのか!? だが……」
ジバコイルは真横へと大きくスライドした。それによりゾロアークの爪は虚空を裂く。
「当たらなければ何の意味も無いよねぇ!」
ゾロアークは足場を失った。あとは落ちるのみだ。追い討ちにと男はジバコイルに"でんじほう"と命令する。
しかし。
ゾロアークは落ちながら両手をこちらに向けようとしている。それは攻撃の合図だ。
「こいつ……何を!?」
ジバコイルの次なる技よりも先に、ゾロアークの両手から赤と黒の光に包まれた禍々しい光線の塊が放たれた。
「何故だ!? 落ちるのが怖くないのか!? なぜ命令無しにそんなことまで……ッ!」
ジバコイルが放とうとした電撃と合わさり、直撃と同時に規模の大きい爆発が生じた。
男は朦朧とする意識の中、微かに見た。
ジェノサイドがやや離れた階段に座ってこちらを眺めていることを。落下したと思ったゾロアークはオニドリルへと突如として変身し、空を悠々と飛んでいるところを。
そして悟った。無謀な戦いだったと。