【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE 作:暁色の王冠
同時刻。
神東大学二年の
「……早く着きすぎちまったな」
今日この場所で、彼の所属する旅行サークル『Traveling!!!!』は飲み会を開催する。
特別なイベントではない。大学のサークルではよく見る光景だ。
だが、穂積としてはこんな些細なイベントも楽しみのひとつだった。
「まぁ誰もいないし……いいかな」
穂積は駅前の喫煙所を見つけると足早に進んでは滑り込むように周りを遮断するために立てられた壁に隠れては胸ポケットにしまっていた箱から煙草を一本取り出し口に咥え、片方の手でオイルライターを握り、火をつける。
ジジ、と葉を巻いた紙が焼き切れる音が耳に伝わる。穂積は煙草そのものに加え、この時に聴くことの出来るこの音が好きであった。
様々な感情を乗せた大きなため息は煙と共に吐き出される。
「あっれー? 穂積君じゃん。ほーづーみーくん!」
突然背後から響いた聞き覚えのある声に、穂積は驚き震えた。
「えっ、……先輩!?」
「やぁ穂積君。来るの早いね。どうしたの?」
「いや、家から少し離れてるので。時間配分ミスっちゃいました」
それは嘘だった。これから始まる飲み会が楽しみすぎて居ても立っても居られずに来た次第だ。
「あはははっ、まぁあんまり調布で集まりなんてしないからね。ところでぇ、穂積君……手に持っているそれは……」
「……タバコっす」
「今いくつだっけ?」
「じゅ……十九っす」
「ありゃー」
穂積は慌てて煙草を消そうともしたが、反対に佐野は否定的な言動を見せようともしない。このまま吸い続けてもいいのかもと判断した穂積は引き続き吸うことにした。
「あと六ヶ月すれば二十歳ですけどね」
「早生まれなんだね穂積君」
「ところで、先輩はどうしてここへ? 先輩タバコ吸いましたっけ?」
「いや、僕じゃなくて」
「オレだよ、穂積君」
佐野の後ろから、眼鏡をかけた大柄な男が姿を見せる。
「あっ、篝山先輩」
「このサークルの四年でタバコ吸うのはオレと
「覚えときます」
「そんな大袈裟な……」
佐野はそんな二人のやり取りを聞いて苦笑いする。
「穂積君っていつからタバコ吸ってんの?」
「高校……三年の……終わり頃ですかね。その時当時付き合ってた彼女と別れちゃって、そのストレス? で」
「あー、わかるわかる」
「淳二お前失恋で煙草始めてないでしょ……」
「って先輩たちはどうしてこんな早い時間に? 何かあったんですか?」
「いや、何かあった訳じゃないんだけどね」
佐野がこれまでの
大学近くのアパートで一人暮らしをしている彼らは時間的にも余裕があったので目の前のスーパーで買い出しに行っていたところ偶然そこで出会った。
そのまま会話が盛り上がり、ついでにこのまま集合場所まで行こう、となったとの事だった。
「いやぁ、調布駅って京王線でも結構大きな駅だし、何かあるだろーって思ったんだけどね? 意外にも何かがあるわけじゃないんだね」
「買い物には困らなそうっすけどね。あと近くに神社があるっぽいです」
「わざわざ神社ってのも……どうする? 淳二」
「いや行かんでええわ」
篝山は軽く吹き出しつつそう言った。穂積が普段呟かないはずの"神社"というワードが突然発せられた事で不自然なギャップを感じたらしい。
そのように先輩と後輩という立場を越えた会話に花を咲かせていたその時。
遥か頭上から妙な爆発音が轟いた。
周囲を歩く人々は戸惑い、各々足を止めてそちらを眺めている。
佐野と篝山も同様だった。穂積だけは咄嗟の行動からかその場にしゃがみ込んでいる。
「穂積君?」
「先輩! 伏せて下さい! 多分ヤバいやつっす!」
「いや、大丈夫っぽいぞ」
篝山のその声を聞いて穂積は恐る恐る顔を上げた。角度の問題だったのか、彼の眼鏡が陽の光を反射して輝いているように見える。
「あれっ、リザードンだ」
佐野が爆発音がした辺りを指す。
突然虚空に投げ出され、落下する一人の男を真下から救い出すように背中でキャッチして飛び去るかえんポケモンの姿があった。
「またアレかなぁ……。ポケモン使って戦うヤバい連中が居るって噂だけど」
「先輩、やっぱ神社行きましょ」
穂積は最後の一口とばかりに一気に吸い、多量の煙を吐き出す。その吸殻は目の前に置かれている吸い殻入れへと捨てた。
「なんで? まぁいいけど」
「時間もまだ余裕はありますし散歩がてらにですよ。……ちょっと話したい事があって」
丁度同じタイミングで篝山も吸い終えたようだった。三人は喫煙所を離れると神社のある方向へと歩き始めた。
†
「今ので思い出したんすけど」
穂積は先輩二人より先に歩く。佐野と篝山の二人は彼について行っていると言うよりはノリとペースに合わせていっているようだった。
「一昨日ですかね。木曜。大学のキャンパス内でちょっとした騒ぎがあったのをご存知ですか?」
「知ってるか? 淳二」
「いやぁ、オレ一昨日は午後からだったしなぁ」
「ポケモンが暴れてたらしいんです」
穂積はすべてを見た訳では無かった。知らない部分はその場に居合わせた人から聞いたものだ。
「いくらポケモンが実体化しているとはいえ、勝手に暴れるなんてのは普通無いですよね。それを操るトレーナーが居たんですよ。でも、そのトレーナーも何者かに倒されたかで騒動は収まった。かのように見えたら、今度は別のトレーナーがその何者かとバトルし始めたんです」
「そんな事があったのかい? 僕は知らなかったなぁ……」
「オレもだ。ポケモンを悪用するとは許せんな」
駅前の大通りを抜け、神社へと繋がる小道へと渡る。細い道で特に歩行者が多いが、車も通れるようだった。
「俺もたまたまその場に居合わせた先生に声掛けたんですよ。今ここで何があったかって。先輩たちは
「いや、知らん」
「僕も知らないなぁ。学部違うからかな?」
「まぁ、その、堀田先生って言う人から少し聞いて、どうもこの大学内にポケモンを悪用するやべぇ奴が居るみたいなんです」
「在籍している……ってこと?」
佐野の不安げな言葉に穂積は目を細くして力強く頷く。
「俺が目撃したのはバトルが終わった頃でした。勝った奴が負けたと思われる人間と何か話をしていたんすね。勝った方はクレッフィを出してたかな? まぁとにかく、暫く会話をしていたら突然ポケモンに乗って去って行っちゃったんです」
「なんだそりゃ」
「何がしたかったんだろうねぇその二人は」
「ただ、遠くからだったのでよく分からなかったのですが、どうも勝った側の人間の顔に見覚えがあったというか……知り合いっぽかったんすよねぇ……」
佐野と篝山の二人はお互い目を丸くして顔を見合せた。穂積はいきなり足を止めた二人に気付いては振り返ってそちらを眺めた。
「ぶっちゃけると、この大学でポケモンやってる知り合いなんて、このサークルの人間以外には居ないんです」
「それはつまり……ウチらのサークルメンバーの中にヤバい奴が紛れている、と?」
「そういう事です」
穂積は興奮気味なのか、額から汗を流していた。彼が肥満体質なので汗っかきというのもあるのかもしれないが。
「ん? あっ、待って待って! 僕じゃない、僕じゃないよその騒動起こした人は!」
「オレも違うぜ穂積君」
二人には穂積がこう映った。
"ポケモンを使うヤバい奴"が自分たちであると疑い、だからこのようにして人気の少ない所へ誘い出し、問い詰めているのだと。
だがそれは彼の返答で勘違いだと知った。
「えっ、いや、違います違いますよ! どう見ても先輩とは似ても似つかなかったし、なんかこう……スラッと? していた男だったんで」
「デブで悪かったね穂積君」
篝山は軽く睨みつつしかし口元は笑みで歪める。一目でボケていると分かった。穂積もそこまでは言っていないからだ。
「……と、とにかく。このあと俺は飲みの場でこの事を怪しいと思う奴皆に聞いてみようと思います。いいですよね?」
「構わないけど……暴力沙汰だけはやめてね?」
佐野は心配そうにそう言っては釘を刺す。平和を好む、優しい性格が滲み出ているようだった。
「大丈夫です、その辺は心得てるんで。……あれっ?」
そのタイミングだった。スマホが鳴った。その場に居る全員のものが一斉に。
「LINEだね。こんな時にどうしたんだろう?」
「あちゃー、レン君来れないって」
「はぁ!? このタイミングでか!? もっと早めに連絡しろよあいつ……」
穂積と同じ二年の隠が、今回の飲み会をキャンセルする。そんな内容のメッセージがサークルのLINEへと流れて来た。
「なんか残念だな。これで二年生はレン君と
「佐伯ってなんで来れないんでしたっけ」
「なんかバイトが急に入ったとかで」
「あー、それはキツいっすね……」
その連絡が契機となったか否か、話すことも無くなった三人は暫くそこで佇んだのちに元来た道を戻り始めた。集合場所は神社ではなく駅であるし、あと一時間と数分もすれば時間になる。穂積も再び煙草を吸いたくなったようでその足取りに迷いはなかった。
「穂積君、タバコはいいけど程々にね?」
「どうしても気分が変わったりとか、ちょっとしたストレスでも吸いたくなっちゃうもんで……。先輩はあと一時間どうするんですか? 暇っすよね」
「んー、まぁポケモン持ってきてるし最悪ゲームしてもいいかなぁ。あとどっかラーメン屋とかあったら行きたいかも。な、淳二」
「さんせー」
†
落ちる。
ヨシキはたった今ゾロアークの"かえんほうしゃ"に炙られた事で倒せたからいいだろう。
だが、このままでは地上に落下して死ぬ。
ジェノサイドは必死な思いでボールを投げた。
自分の丁度真下の位置にリザードンが現れる。
「いっ……てぇ……」
リザードンもその状況を理解したようで、すぐさまその身を自身の背中で捕らえる。
ジェノサイドの全身に衝撃が伝わり、強い痛みが広がる。
「ゾロアークは……大丈夫か?」
ジェノサイドはがばりと起き上がってそちらを見ると、ピジョットに変身して悠々と飛んでいるそのポケモンの姿があった。
じんじんと響く痛みを気にしつつ一安心したジェノサイドは、地上で彼を待つハヤテとケンゾウの影を見つけた。
「おう、お疲れ。たった今終わらせたぜ」
「リーダー……。一応僕からは言っておきたい事があるのですが」
地上に着いたリザードンは羽ばたくのをやめると、主人が容易に降りられるよう身を屈める。彼が足をアスファルトの床に付けて早々、ハヤテがムスッとした表情をしながらそう言った。
「すまん、ちょっとヒートアップしちまった! でも多少目立っちゃった以外は大した被害は無いし、敵も倒せたしで別にいいよな?」
「良くないです!」
「リーダー……熱くなりすぎっすよ」
「すまんな、ケンゾウ。でもお前にも怪我が無くてよかったよ。……あっ!」
ジェノサイドは突然、何かを思い出したかのように叫んだ。それから、まるで誰かを探すようにキョロキョロと辺りに首を振っている。
「どうしたんですか?」
「やべぇ、やらかしたわ。ヨシキに結社との繋がりがあるのかを聞くのを忘れてた」
「……はぁ?」
「いやいや待て待てハヤテ。俺は一応一回は聞いたんだよ! でも奴には声が届かなかったのか、返事が貰えなくて……それで」
「いや、もういいですよ。それよりも早く基地戻りましょう。反省会やりますよ」
「うっわぁ……だっるう……」
足が急に重くなった。
これからこの街では、自分が所属するサークルで飲み会があるらしい。しかし彼はその参加を拒否し、既にその連絡も済ましている。
自分のせいとはいえ、面倒事よりも飲み会を優先したい。この一瞬だけだったがそう思ったジェノサイドであった。