【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE   作:暁色の王冠

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暴いた真実、ふくらむ疑惑

 九月二十三日。

レシェノルティアとの戦いから三日。

その間ジェノサイドはと言うと特に何事も無く、講義があれば大学へ行き、空き時間があれば寝るなりポケモンを育てるなりするなど平穏な日々を過ごしていた。

 

「まさか組織に居るより大学に居た方が心地が良いとはな……」

 

 あの戦いの後、案の定追及された。

ハヤテからは改善点を逐一挙げられ、その度にバルバロッサは苦い顔をし、それを気まずそうに聞く構成員の人々。

まるで晒し者にでもされている気分だった。

何も皆がいる中で言わなくともいいだろうと思ったジェノサイドだったが、その時バルバロッサが偶然広間に居たためこればかりは仕方が無かった。

ハヤテは言いたいことを言い終え、それがバルバロッサの耳に届く事を確認すると満足したのか小言を言うことはなくなったが、それでも数日経った今日でさえもジェノサイドを見るとハヤテはわざとらしくため息を吐く。

そんな光景に居心地の悪さを覚える。ジェノサイドはいつもより早めに基地を出ると大学に向かったのが今日の朝だった。

 

 今日は火曜日だ。サークルの活動日でもある。夕食も込みで夜遅くまで外に出られる。

勉強をあまり好まないジェノサイドが、自身の組織の基地よりも大学が心休まる環境になるなどこんな皮肉があるものなのかと自分で自分を笑う。

 

「そんな悠長でいいんすか? リーダー」

 

「なっ、……何でお前が来てんだよケンゾウ!」

 

 無防備なジェノサイドの背後の、空いた席。

そこには周囲に溶け込んでいるかの如く学生に成りすましたケンゾウがそこに座っていた。

 

「何でじゃないっすよリーダー。先週色々と物騒だったじゃないすか。不安だったんで来てみたんすよ」

 

「別に来なくてもいいだろ……」

 

「世間ではそれなりの噂っスよ。"ジェノサイドが妙な道具使って変な事しようとしてる"とかなんとか……。毎度毎度連戦するなんてリーダーも嫌っすよね」

 

「お前あれか、ハヤテの入れ知恵か」

 

 どう考えてもケンゾウのような人間が思い付くものではない。その内容も現実主義のハヤテが好きそうな話題である。

 

「毎日が抗争の日々……なんて今に始まった話じゃねぇよ。俺が高校の時なんかそれこそ毎日戦ってただろ、お陰で何度赤点の危機を迎えたことか……。それにノンビリしている訳でもねぇ。今みたいな、何もない日ってのは本当に数えるほどしか存在しない。じきにデカい戦いでも来るだろうな。今は準備期間だ。俺は何もしていない訳じゃない。お前も次の戦いに備えてポケモン育てるなりパーティの見直しくらいしとけ」

 

「デカい戦いが起きるんすか?」

 

「例えで言っただけなんだが……まぁ、あるかもな」

 

「相手は誰っすか!?」

 

「んー……」

 

 ジェノサイドは言いながら背に力を入れ、椅子に付いてある四つの足のうち前二つを浮かせバランスを取らんと揺れる。小学生が好む"それ"である。

 

「さぁ? 知らねっ」

 

「えぇー……」

 

 適当にあしらう。彼の意識は今自分が居る広い建物であるラウンジ。そこの時計へと向けられている。

 

「そろそろ四時半か……。一日は長いようで短いな」

 

「なんかあるんすか?」

 

「この後講義あるから行ってくるわ。あと、それが終わった後はサークルもあるな。という訳で今日帰り遅くなるわ。多分土曜についても何か言われるだろうし」

 

「どのへんが準備期間なんすか!? 遊ぶ気満々じゃないすか!」

 

「じゃーなー」

 

 ガタリと音を立てて立ち上がるケンゾウを無視してジェノサイドは去り際に軽く手を振ってその場を離れた。

 

 

 一時間半の講義を終え、ジェノサイドは教室から出る。

四時半から六時までのこの時間帯はその日最後のコマである。そのまま直行で帰る人で溢れるため、特に人の出入りが激しい。構内の隅の、まるで追いやられたかのような位置に構えてあるバスターミナルへと続く長蛇の列が形成されているのはいつもの光景だった。

 

「授業って退屈だな……。自分で選んだものだから仕方がないけど、どうしてこう、面白くならないのか」

 

 話し相手がいないため、ジェノサイドは独り言として呟く。

ケンゾウの姿は無かったようだった。一時間半もの間何も無かったのがよほど退屈だったのだろうか、恐らく帰ったのだろう。

 

 構内は人でごった返している。

サークル自体はその辺りの教室で行われるものだが、人が少なくなってから移動したいと考えているジェノサイドはその時まで適当に時間を潰すことにした。十五分もあれば臨時の増便バスが何度もやって来るので少なくとも構内まで伸びている列は消える。

向かった先は同じく構内にあるコンビニだった。

帰る人で集中しているため、店内もかなり混雑していた。今からレジ待ちの列に入っても会計が済むのに五分以上は掛かりそうにも見える。

もっとも、今の彼は特別急いでいるわけではない。気になる程ではなかった。

 

 ジェノサイドは適当に商品を眺めながら財布の中身を確認し、ついでに現在の預金残高も見たくなったのでそのままATMへと向かう。

パネルを押して表示された残高を見ると、適当な額を引き出そうと何も考えずに操作して結果出てきたお金を財布にねじ込む。

そうしている内に混み具合が多少緩和されたようだった。新商品のジュースといくつかのお菓子を適当に選んで列に並ぶ。

自分の前には六人ほど居るようだった。

 

 ここまでの行動を振り返ってみると自分もそこらの大学生と大差無い事に気が付く。

ジェノサイドは表向きは"表の世界"でも通用する名で生活しているごく普通の大学生だが、活動時間と名を変えると悪名高いテロリスト"ジェノサイド"へと変貌する。たとえその評価が"勘違い"であったとしても。

 

 だが、この温度差がジェノサイドの普通でない人間であることの証左だった。

預金残高を見てそれを実感する。

何故ならば、普通の大学生としてはあまりにも金持ちであったからだ。

彼の脳裏には、ほんの数分前まで見ていた三桁の数字が頭から離れられないでいた。

三桁ともなると、一般の貧乏学生ではとてもじゃないが持てない数字だ。

あるとすれば、金持ちの家の子か、親からの援助が豊富な者か、学業を犠牲にしてアルバイトに毎日繰り出している者のどれかだろう。

または、自分のように闇に生きる人間であるか。

 

 数ある組織の中でも、ここまでの大金を持つ人間は恐らく彼以外に存在しないだろう。

彼は、これまでに数多の組織と戦い、その度に潰して来た。

その度に財産を得た。

 

 彼は、口座を二つ用意している。一つは組織の維持を管理するためのものだ。

人件費や食費、そして結社への税代わりともなるべき献上金等の諸々の理由で消費されるお金はそちらで対応される。

それらを差し引いて、ジェノサイド本人が自由に使えるお金が三桁だ。

 

 彼はそれでも考える。

ここまでの金が無かったならば、自分はどんな生活をしていただろうか、と。

常に命を狙われる事は無かっただろう。自分の身体ももっと綺麗に保てていただろう。これほどまでに人を疑う性格にはならなかっただろう。一部の人間からテロリスト呼ばわりされる事も無ければ、そもそもこんな組織自体作ることは無かっただろう。

そして、幸せで美しい平和な日々を過ごす事が出来たに違いないだろう。

絶対に口に出すことは無いが、彼は平和を渇望していた。

 

 今自分が選択し、歩んでいる道が正しいのかどうか。分からずにいるまま幾年もの月日を過ごしている。

いや、本当は分かっていた。間違っているからこそ、認めたくないだけなのだ。今在る自分自身を。

 

 そんな本音とは裏腹に、ジェノサイドは気が付けば深部(ディープ)集団(サイド)の世界で最強の組織と評価されるようになり、それはつまりそんな組織を操る自分が、この世界での頂点に君臨している。

世界最強。存在しているだけで日々の勢力が大きく変わる事もあれば、些細な行動ひとつで大きな争いが生まれてしまう、あまりにもシビアなポジション。

それを自覚するだけでも、ジェノサイドは胃液を吐き出しそうになる衝動に駆られる。

 

 いつか、彼は誰かに言われた言葉がある。

 

「このままではこの世界は、お前の独裁と化すだろう」と。

 

 それは真っ赤な嘘だった。

あらゆる動きを自制され、常に警戒しなくてはならない不自由すぎる日々を送っている。

誰よりも、この世界に縛られているのだから。

 

 一種の戯れで妄想していたことがある。

それは、自分が突然"深部(ディープ)集団(サイド)の世界から足を洗いたい"と言い出したらどうなるか、というものだった。

ある人は笑いのネタにするだろう。

ある人は冗談か、我儘だと相手にすらもしないだろう。

ある人は、絶好の機会とばかりに戦いを挑むだろう。

ある人は、文字通り殲滅を望まんと虐殺に走るだろう。

決して、そんな事を言うことすらも許されない。彼はそんな人間に成ってしまったのだ。

 

 そんな事を考えている内に列は消え、順番が回ってきた。

 

 会計を済ましてジェノサイドはコンビニを出る。十五分は経過しているようだった。

ここまで経つと流石に人気も少なくなっていた。バス待ちの列は消滅し、ターミナルで佇む人影もほぼほぼ存在していなかった。

 

「なんか言われるかなぁ……」

 

 ジェノサイドは一つだけ小さな懸念を抱いていた。理由があったとはいえ、土曜日の飲み会に参加しなかったことだ。

後輩に優しい先輩からはからかわれるかもしれない。

 

「でも、ハヤテのアレよりかはマシだよな」

 

 小さくにやけながらジェノサイドは指定の教室のある建物へ向かう。

 

 

「来ないっすね、アイツ」

 

「その内来るんじゃない? 彼は来ない日はLINEで連絡する人だし」

 

「ですかね。来たらマジで問い詰めてやろうっと」

 

 二年生の穂積(ほづみ)裕貴(ゆうき)と四年生の佐野(さの)宏太(こうた)は一つの長机を共有するように向かい合って座ってはそんな会話をしていた。

その目線の先にはそれぞれのゲーム機が、ポケモンがある。

 

「先輩は今何してるんすか」

 

「最近サーナイトを育てたからね、パーティに入れるために組み合わせのいい別のポケモンを育てようかと考えているところだったんだ。ブースターなんかいいかな、なんて思ってる」

 

「相性……いいんすか? それ」

 

 二人を見ても分かることだが、このサークルの特徴は何よりも自由であることだった。

本来の目的は旅行である。だが、サークル全体でのものとなると必然的に夏か春かの長期休暇に限られてくる。そうなると、平日における活動の意義が見い出せなくなる。そのため、次回の旅行の相談を名目に各々が好きな事をしているに至ったのだ。勿論、旅行の話をする者は一人も居ない。

 

 穂積と佐野がポケモンで遊び、御巫(かんなぎ)佐伯(さえき)らは先輩や後輩を巻き込んでボードゲームに興じている。

夕方の涼しい風を浴びたいのか、窓を開けて景色を見つつ楽しそうに会話をしている先輩たちの姿もあれば、一人黙々とお菓子を食べながらスマホを操作している人も居る。

纏まりが無く、自分勝手な面々が集う場。それこそが旅行サークル『Traveling!!!!』の姿でもあるのだった。

 

 そんな自由気ままな雰囲気漂う空気に、淀みが生まれる。

 

「ちわーっす、三河屋でーす! なんつって」

 

 ジェノサイドがその教室に入り込んだ。

 

「いやぁみんな土曜はごめんな! 急に外せない予定が入っちゃって行けなくなっちまった。お詫びにほら、お菓子と必要だったらキャンセル料も持って来たからこれで……」

 

 いつも通りの反応だった。

自分に意識を向ける者もあれば、にこやかに手を振ってくれる人もいる。四年の女子の先輩なんかがそうであった。

扉に一番近い長机にお菓子の入った袋を置くと御巫が嬉しそうに飛び付いてはポテチの袋をかっさらっては食べ始める。

 

「お前はサブちゃんなのかよ」

 

 と、わざわざそのネタを拾ってはニヤニヤと笑う先輩の姿もあった。

 

 だが、その中でも普段とは違う調子であるらしい人の姿もあった。

穂積裕貴。彼だけは自分がこの教室に入った直後から、あからさまに機嫌が悪そうな顔を見せている。

 

「大丈夫だよ。キャンセル料なんていらないから、それは自分で持っててなよ」

 

「いやぁホントすいませんでした。佐野先輩、みんな」

 

 佐野が3DSを閉じて会話を始め、ジェノサイドが掌に乗せていたお金をポケットにしまいこんだのを合図に、穂積は立ち上がる。

 

「なにか他に言わなきゃいけねぇことがあるんじゃねぇの?」

 

 それは、糾弾する声色だった。

 

「他……に? 土曜の飲み会は来れなくて悪かったって今……」

 

「そうじゃねぇよ。それ以外にだよそれ以外」

 

「?」

 

 ジェノサイドには彼の意図が読めなかった。

自分が深部(ディープ)集団(サイド)の人間である事は誰にも告げていない秘匿事項であるから念頭に置く必要性が無い。となると、他には何も思い浮かばなくなるのが自分という存在が如何に空っぽであるかを痛感してしまう。

 

「お前、割とやらかしてんな」

 

「待て待て、何のことを言ってんだよ穂積」

 

「とぼけるなよ」

 

 ピシャリと。

その声でその空間にある全てのモノを遮断させる。

ボードゲームを進めていた手は止まり、窓際に佇んでいた先輩たちはこちらを見つめている。

 

「今までずーっと隠してたんだな。まぁお前レベルにもなれば隠したくもなるよな」

 

「穂積、いい加減にしろよ。お前は何が言いたいんだ」

 

「説明しろよ、今この場で! お前がこれまでに何をして来たのか、その全部を! レン、いや……ジェノサイド」

 

 呼吸が止まるかと思った。そんな感覚に一瞬、ほんの一瞬の間だったがそう思ったジェノサイドは、信じられないようなものを見る目で穂積を、今この時この場で自分に視線を投げているモノ全てを見た。

 

 (なばり)洋平(ようへい)。友人からのあだ名はレン。そして、またの名をジェノサイド。

 

 彼は。

 

「な、何を根拠にそんな事を……」

 

 声を震わせる。

 

堀田(ほった)先生って知ってるか?」

 

「あぁ……。刑法の」

 

「あの人が全部教えてくれたよ」

 

 "うつしかがみ"を手にした日。

彼は意図せずして表側の世界の人間と接触してしまった。

 

「木曜にもやらかしてたよな。あの時俺も先生も見てたよ」

 

「あぁ……やっぱりあの時お前にバレてたか……」

 

 ジェノサイドはその時戦っていたルークを見逃す形でその場を去った。その場に長く居ては顔見知りに全てを知られるだろうと判断したためだ。その時の顔見知りとは、戦いを眺めていた知人というのがまさに穂積だった。

 

「いや、その時はまだ気付けなかった。位置もかなり離れてたしな。だけどその時たまたま隣に居た堀田先生と授業の話をしたついでに色々聞いたんだよ」

 

 迂闊だった。

刑法を指導する堀田と穂積は学部が同じであるのみか、頻繁に講義を受けた関係上顔見知りだった。そのため、他愛もない会話も出来る仲でもあった。それを、ジェノサイドは知らなかった。

 

「別の先生の所有物も盗んだらしいな」

 

「あれは……私人が持ってちゃいけない代物だ。先生と一緒に保護する予定だった」

 

「キャンパス内で何度も戦ってるらしいな? 規則で禁止されてんのに」

 

「俺からじゃない。どれも向こうから始めたものだ」

 

「調布でも爆発騒ぎがあったな? あれもお前だとか言うんじゃねぇだろうな? ポケモンに乗って飛んでる奴が居たぞ」

 

「それは……俺だ」

 

 隠す必要は無くなった。いや、隠せなくなった。

ジェノサイドは酷く疲れたようにため息を吐くと、その教室の教卓まで歩いては正面を向き、両手をそれに付ける。

 

「そうだ、俺だ。俺が……深部(ディープ)集団(サイド)のジェノサイドだ」

 

 諦めから一転、強い覚悟を宿した目であった。

 

 

 ジェノサイド改め、隠はこれまでの全てを語った。

 

 四年前。ゲーム内に留まっていたはずのデータが現実世界に宿る、実体化の現象が始まったその時。ポケモンを連れ歩いているという理由だけで攻撃の的にされた時代。そんなポケモンを悪用して犯罪に走ったり、秩序を乱す者が現れ事件事故が多発した時代。

 

 そんな時代に、治安の維持のために設立された概念"深部(ディープ)集団(サイド)"の一員となったこと、それに伴い数多くの犯罪者、暗部(ダークサイド)とされた人々を鎮めたこと、それが終わったと思ったら深部(ディープ)集団(サイド)同士で争い始めたこと、その過程でまたもや多くの戦いを繰り広げたこと、それらを高校時代に歩んでいたこと、その結果、自分がこの世界における覇者になったこと、それが災いして常に多くの連中から狙われていることなど。

 

 そのすべてを、話した。

 

「これは本来、絶対に知られちゃいけない事柄なんだ……。深部(ディープ)集団(サイド)の存在そのものが知られてはいけない。だけど、それを知らない人々は身の回りで何が起きたのか説明がつかないでいる。その結果として……」

 

「お前がテロリストと呼ばれるようになった。そうだろ?」

 

 その声は穂積のものではなかった。

 

 大学四年生。常磐(ときわ)将大(しょうだい)

風邪でも引いているかのような、喉を枯らしているようにも聞こえる声を持つ長身の先輩。

彼が突然知ったように会話に割り込む。

 

「先輩……?」

 

「ジェノサイド。その名前は俺でも聞いたことがあるぜ。お前、相当強いらしいな」

 

「何で先輩が聞いたことあるんですか。まさか先輩も……」

 

「いや、俺は深部(ディープ)集団(サイド)の人間じゃねぇぜ。だが、"その手の"話題は知ってはいる」

 

「それで、」

 

 隠は改めて穂積を見た。まだ彼は何か言いたそうであった。

 

「俺は……どうすべきかな? 俺が伝えるべきことはすべて話した。理解してもらえたかどうかは別として。やっぱりサークル辞めるとかした方がいい? 迷惑かな」

 

「ちょ……レン君待っ……」

 

「ちげぇよ! そうじゃねぇよ! 何でおめぇがそんな世界に入っちまったのか、何でそんな事を繰り返しているのか……それを聞いてんだよ!」

 

 佐野を遮って遂に穂積は叫んだ。

隠はこれまでに自身の経歴を語ってはいても、自分の気持ちを告白する事はなかった。だから、此処に居る誰もが、何故隠がジェノサイドとして生きていかねばならないのか、何故それを今でも続けているのか、その想いが分からないでいる。

 

「それを話してどうなるんだ? 理解力が深まるか? 同情でもしてくれるのか? いや、それは無いだろうな……」

 

「レン君、無理しなくていいんだよ。言いたくなければ言わなくていい。でも、今みんな君に困惑している。よりによって何でレン君が、ってね」

 

 大いに惑っているのはこちらも同じだった。

隠はこれ以上に話せることはあるものなのかと疲弊した頭を巡らせるも、相応しい言葉が思い浮かばずにいた。

 

 自分が深部(ディープ)集団(サイド)に関わった原因、きっかけ。それは"仕方が無かった"としか言えなかった。だが、それが上手く伝わるとは思えない。

 

「は、はは……。なんつーか……報われねぇな、俺って」

 

 隠はそっと両手を教卓から離した。

そのまま真っ直ぐと、怪訝そうに見つめてくるサークルの面々をスルーして教室の最奥、窓際へと静かに歩く。

 

「テロリストとか何とか言われてきたけど……深部(ディープ)集団(サイド)とは一切の関係も無い人間なんかこれまでに触れた事も無ければ危害を加えた事も無かったのに……。むしろそういう事する奴らをやっつけて来たのに……」

 

 ほんの数十分前までこの世界から離れたいとさえ思っていたが、やはりそれは叶わないと思い知った。自分は表の世界から歓迎されていない。

 

「レン……? 待てお前。もっと詳しく話を……」

 

「いや、いいよ。俺も覚悟を決めた。俺は……」

 

 もうこれ以上自分を偽ってまで表の世界で生きる事はしない。できない。頂点に立ってしまった以上、そこに在るだけで世界が動く存在となってしまった以上、裏の世界で生きるしかない。

 

 二年。たったの二年だったが、隠は平和を見出した気がしていた。

このサークルで過ごした時間は穏やかで、楽しくて、意義のあるものだった。

だが、それを手放さければならなくなった。

 

 開いていた窓から、夜風が肌を伝う。

群青に包まれた夜空と、それに塗り潰された景色がふと目に焼き付いた。その場その状況さえも忘れて美しいとさえも感じる、その色合いに惹かれている自分が居た。

 

 それからおよそ二秒後だろうか。

 

 確かに隠は秋の夜空を見ていた。自分につられて同じように見上げている者も居たはずだった。

そんな彼らの視界から、景色が奪われた。

瞬間のうちに、鋭い音と光によって夜が夜でなくなってゆく。

気付いた時には、目を疑う光景が広がっていた。

 

 時間は十八時を過ぎた中秋。もう真っ暗になりつつあるはずだ。

それが、早朝を思わせる明るく眩い空色へと変化している。

いや、如何なる時間帯でも、どのような季節であっても絶対に見られることは無い(いろ)だった。

 

 大空が、金色に染まっている。

 

 つまり、それは。

現実では有り得ない光景が眼前にて広がっている。という事だった。

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