【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE   作:暁色の王冠

20 / 50
霊峰の戦い

 疲労は、消えない。

それでも走るしかなかった。

山頂まで走り切るのは流石に無理があるが、少しでも移動の時間を短縮したい。そんな思いが多少の無茶を許容させる。

 

「何も……ありませんね……。どうします? まだ歩き続けますか?」

 

「うるっ……せぇ! あまり喋るな……体力が削がれる」

 

「すいません……」

 

 ハヤテもジェノサイドも体力がある方では無い。二人の息は徐々に乱れる。四百メートルも走ってしまえばバテてしまうだろう。所詮はその程度だった。

 

 大山という山は登山における登竜門だとされている。真冬を除けば初心者でも軽装で挑む事が出来る。それでも、山ひとつを相手にマラソンを仕掛ける無謀者は居ないだろう。それは本人たちも分かっていた。

もし、ここで敵から不意に攻撃でも受けたら、と考えると益々無茶な事をしているとそんな思いに駆られる。

 

「だぁもう! 埒が明かねぇなぁっ!」

 

 突然、ジェノサイドは大声でそう叫ぶとピタリと足を止めた。突然の動きに真後ろを動く構成員が背中にぶつかる。

判断は早かった。早すぎてハヤテらの意見も求めないほどだった。

ジェノサイドはその直後、ポケットに手を突っ込むと一つのボールを掴んで振り上げた。

空の相棒、リザードンだ。

 

「り、リーダー?」

 

 その叫びだけでは意図を理解出来ていなかったハヤテは今になって気付くも、もう遅い。

ジェノサイドは、リザードンに飛び乗るとそのまま浮かんでは消えてしまった。

頭上には樹木が伸びているはずだったが、それもお構い無しに突っ込んだようだった。

翼を広げて空気を押した音に混じって枝の折れる音や葉の揺れる音も響く。

 

「判断が……早すぎますよぉ……。まだ半分も登ってないじゃないですか……」

 

 息が切れたハヤテはその場で立ち止まった。ジェノサイドの咄嗟の行動によってペースが乱れ、しばらく走れなくなってしまったからだ。

彼等は置いていかれた。ジェノサイドは仲間を置いて一人で一気に山頂まで駆け上ってしまった。

 

 

 それは、まるで広い荒野のようだった。

遮るものは何も無い。光る空が余計に眩しい。

ジェノサイドは山頂手前でリザードンから降り、力を込めてその大地を思い切り踏みしめる。

 

「やっと……見つけた……」

 

 リザードンに乗っている間は少しだけ休憩が出来た。休憩と言う割にはあまりにも短すぎたが、乱れに乱れたその呼吸はある程度戻りつつある。反して、高らかに鼓動する心の音は暫く治まりそうにない。

 

 それでも男は戦う意思を示していた。

その目先には、一人の老人が待ち構えるように立っている。

 

「思ったよりも少し早いな……。お前さん、無茶をしたのではないか?」

 

 老人の声は優しかった。今広がっている異常な様を無視すれば、それは普段の光景そのもののように見える。

 

「お前、何やってんだよ」

 

 喘ぎ声に混じってジェノサイドはそう言う。その答え以外に興味は無い。

 

「お前が基地から消えたと聞いてから、こんなおかしな事になりやがってる。答えろ、お前は何をしているんだ」

 

 黄金色の空の中に、一際輝く光の塊があった。まるで太陽のようである。

その塊は、ジェノサイドから見て不可思議な民族衣装のような奇怪な服を纏った、長身の老人の先で光を放っているように見えた。まるで後光だ。

 

「まずは……お疲れ様とでも言っておこうか。ここまで来るのは大変だったろう。どうだ、少し休むか?」

 

「い、……いい加減にしろよ。お前は……」

 

「そして二つ目。私はお前さんの言いたいことがよーく分かる。だからまずはそうだな……落ち着いてくれ」

 

 言ってすぐの事だった。

二人の立つ土と砂利だけの土地に無数の花が一斉に咲きはじめる。

一瞬。瞬間の内に。

またしても、世の(ことわり)を嘲笑うかのような理解不能な現象が目の前で起きている。

 

「な……何を……」

 

「面白いだろう? 私が望めば、全てが思いのままだ」

 

「テメェ……ふっざけんのもいい加減にしろよ! 今お前は何をやってんだ! さっさと答えろ!」

 

「三つ目だ。何も、おかしな事ではない。ポケモンの力を借りているだけさ」

 

「なんだと?」

 

「ポケモンの潜在能力を借りて、今ここに私が理想とする景色を映している」

 

 ジェノサイドは悪寒を走らせた。コイツは狂っている、と。

そもそも、夜空を塗り替えたり、痩せ細った土地を甦らせる力を持ったポケモンの話など聞いたことが無いし、それを現実にしてしまうということ自体がそもそも有り得ない事で到底理解出来るものではない。

 

 だからこその。

 

「お前は……狂っている」

 

 かつて大いに信頼を寄せていた仲間に対しての罵倒だった。

 

「安心することだ。私は正常である」

 

 だが、そんな彼の願望はケロリとした笑顔を振りまくバルバロッサ本人によって否定される。

確かに目の前にあるのは、いつもの表情をして、いつもの仕草、いつもの言動が見出される、"いつものバルバロッサ"そのものだった。

 

「とは言え、驚かせてしまったのも事実だな。すまない、我が子よ」

 

「……」

 

 バルバロッサはジェノサイドや仲の良い組織の人間に対しては決まってそう呼ぶことがあった。今思えば、その時の機嫌を良くしたいだけの軽い台詞なのかもしれないが、しかしジェノサイドはその言葉を全否定したくはない感情が少なからずあった。

彼もまた、バルバロッサに救われてこの世界に入った身であるからだ。

 

「少し落ち着いてきたかな……? それならば話をしようか」

 

 バルバロッサは手のひらを差し出す。ジェノサイドは最初、自分を近くに呼んだポーズなのかと思い一歩踏み出そうとした。

それと同時に、不自然な風が舞う。

 

「……?」

 

「おぉ、これも成されたか」

 

 バルバロッサは撫でるような仕草を始めた。まるで何も無いはずの空気に優しく触れているように。

よく見ると、舞っているのは風だけではなかった。雪が、その欠片が風に流されて飛んでいる。風花(かざはな)だ。

 

「……雪!?」

 

「違う、風花だ。高い高い山に残った雪が風に乗って飛んでくる現象のことだ。どうだ? 綺麗だろう?」

 

 ジェノサイドはまたも身を震わせた。この男はどこまで世界を侮辱するのだろうと。

どこまでこの世を破壊すれば気が済むのだろうか、と。

 

「テメェ……本気で痛い目に遭いたいようだな?」

 

「まぁまぁ。この時期に雪など無いのにおかしい、と言いたいのだろう? まずはその手で握り潰しそうなボールをしまって、話をしようじゃないか」

 

「テメェの言い訳なんざ聞く必要もねぇんだよォッッ!! 俺が何をしたら怒るか、何が許せないか……テメェならそれが分かるはずだろうが!」

 

 最早彼を止められるものは無くなった。

戦意と怒りを漲らせたジェノサイドは、感情が上乗せされた形でいつもよりも高くボールを投げる。

中からはファイアローが翼を広げながら現れる。

 

「私と戦う……と言うのかね? どうか今だけは止してほしいのだが……」

 

「黙れ、お前のワガママにはもうウンザリだ。お前の一連の動きは、組織に対する裏切りと看做す。黙って俺に従え」

 

 ジェノサイドのファイアローは環境を席巻している隠れ特性"はやてのつばさ"を持つ個体だ。"ブレイブバード"を先制で打つだけの単純にして豪快な暴力。相性が悪いポケモンに対しては無力だが、そうでないポケモン全般には強く、大きく刺さる。場合によっては"先に使った方が勝ち"とまで言われるこの力を、このポケモンを。

ジェノサイドは躊躇なく放つ。

それとほとんど同じタイミングで。

 

 バルバロッサの背後から妙な影が蠢き、そして自身の背後からは自分を呼ぶ仲間の声が響いた。気がした。

 

 

『皆さんはじめまして。僕は(なばり)洋平(ようへい)と言います。名前は至って普通なのですが、みんなからは"レン"と呼ばれています。こう呼ばれたキッカケなのですが……』

 

 突然、過去の記憶が、去年の光景がぼんやりと頭の中に浮かび上がった。

 

 記憶の中の自分は、そこまで広くない教室の教卓の前に立ち、そう言っては左手に白のチョークを持って何やら書き始める。

 

『中学のテストの問題だったか……プリントの問題だったと思います。授業中に先生が一人ひとり当てて問題を答えさせてたから、プリントの問題だったかな? 僕はそれで……』

 

 Q.EUの正式名称を漢字四文字で答えなさい。

 

 と、隠は丁寧に黒板に問題文を書き出した。

そして自分が当時されたかのように、そこに居る一人ひとりを差しては答えさせる。

 

 樋端(といばな)は、

 

『えーっと……どうだっけか?』

 

 と言い、その近くに同じ学年の人達で固まっては座っている佐野(さの)は、

 

『"欧州連合"……かな?』

 

 と、答えてみせ、それに続いて他の人も差されれば同じように答える。

 

『あぁ、そこは欧州でよかったのね』

 

 と、納得したように樋端は自分の無知さに笑っている。

 

『皆さんの答えの通り、正解は"欧州連合"です。さて、僕ですが当時こう答えてしまいました』

 

 曰く、隠は当時問題文を別のものと勘違いしていた。しかし、その勘違い先の答えも難しく、そもそも習っていないことなので分からない。

隠は、手元にあるプリントに書いた答えそのままを発言した。

 

『"レーーン"って答えました』

 

 直後、クラス全体が静まった。誰も、その意味を分からないでいたからだ。

 

『僕はその時まで勘違いしていました。"EUの正式名称"ではなく、"EUを作った人は誰か"と思ってしまっていたのです』

 

 中学生だった発表した当時、クラス中で爆笑が巻き起こった。先生でさえも、何故そう答えたと言わんばかりに目をかなり大きくさせている。

隠本人としては赤面の至りであったが、それは周囲にとっての格好のネタとなり、結果として翌日から隠の名前はその珍回答から取って"レーーン"、略して"レン"となった。

 

『その後名残に名残って高校でも、そして今でも友人からはそのように呼ばれるようになりました。なので皆さん、僕の事はレンで宜しくお願いします!』

 

 

 

 何だ、今のは。

 

 隠洋平。"別の"世界ではジェノサイドと名乗っている青年は、ぼーっとした頭でその意識に反して映された過去の記憶を追いながら口の中でそう小さく呟いた。経験したことのない事なので表現のし難い現象だったが、今のが走馬灯に似たなにかだったのかもしれない。

身体中から抜け出した判断力とか意識とかが再び戻るような感覚を覚えた彼はそう納得するしかなかった。

 

 ほんの少し前に仲間が自分の名を呼んでいた気がした。そしてその意味を知る。

 

 ジェノサイドは色とりどりの花が咲き誇った土の上で横たわっていたからだった。

 

「はっ……。俺は!?」

 

 我に返りがばりと起き上がる。そしてバルバロッサを見る。それに驚愕したと同時になぜ自分がさっきまで横になっていたのかその理由を知った。いや、思い出した。

 

 バルバロッサの背後には一匹のポケモンが宙に浮いている。本来であれば呼び出すこともその力を行使する事が出来ないはずである伝説のポケモンが。

姿を変え、より戦闘向きなものとなっているポケモンが。

 

 ほうじょうポケモンのランドロスが、そこに居た。

 

 バルバロッサは、ランドロスの打撃を振るうよう命令していた。ランドロスは技"げきりん"で大地を深く鋭く抉り、その衝撃の余波をジェノサイドに浴びせる。

それを見、山頂に着いたばかりの仲間が思わず叫ぶ。

攻撃の衝撃を受けたジェノサイドは頭から転げ落ち、一分から二分ほど気を失っていた。

認めたくはないが、それが現実のようだった。

 

 ジェノサイドは未だ軽く揺れているような感覚に襲われている頭を手で抑えるような仕草をして立ち上がる。

 

「戦いなど無益なものはよそう。それよりも、話をしようじゃないか。お前さんはその為に此処に来たんだろう?」

 

 その言葉に対してか、ジェノサイドは無言で彼とランドロスを睨む。

決して敵うことの無い力の差をまざまざと見せつけられ、感じたことに対しての些細な抵抗だった。

 

 

『ねぇごめん。隣いいかな?』

 

 一人で講義を受けていた隠は突然知らない人に声を掛けられた。その人は、隠の座る隣の座席、自分の荷物が置かれてごちゃごちゃしている椅子に座りたがっているようだった。

 

 その日は大学生活始まって一番初めの週だった。この週に至っては、どの講義も多くの受講生によって席が埋まる。

如何に楽に単位を取れるか。その確認のために。

 

『……』

 

 隠は無言で荷物を手で下げ、床に落とす。それによって人一人座れる空間が生まれる。

その人は『ありがとう』と軽く言うと彼の隣に座った。

 

 隠はノートを取るフリをしてページを広げシャーペンを何度もトントンと叩くが、講師は講義自体の説明だけでノートに書けるような事は何も言わない。窮屈感を覚えた隠だったが、隣の男が再び声を掛ける。

 

『君、もしかして一年? 学部は?』

 

『……経済』

 

 よく喋る男だ、と隠は面倒臭そうに、しかし聞かれた事にだけ答える。はずだった。

 

『マジで!? 奇遇だね。俺も経済なんだよね!』

 

 その男はよほど嬉しかったとみえる。本人の許可なく手を握ってきた。動作からするに握手のようだった。

 

『俺、樋端(といばな)(かける)って言うんだ。君は?』

 

 

「ってな感じだったんですよね、俺とレンが会ったきっかけって」

 

「それから二人でよく行動するようになったとか?」

 

 樋端は普段はあまり会話をしない学年が上の先輩、佐野(さの)宏太(こうた)と話をしていた。時間は既に本来であればサークルを解散させる時間に迫っている。しかし、帰ろうとする者は一人として居なかった。ジェノサイド改め隠から、そう命令されたためだ。

 

「そうっすね。あの時は今ほど友達も居なかったですし」

 

「分かるなぁそれ。僕も一年の頃はそんな感じだったよ」

 

「……暇っすね」

 

「暇だよねぇ。樋端君」

 

 二人は窓を見た。相変わらず空模様は雲ひとつ無いが金色に染まっている。

 

「そうだ、樋端君! 僕とポケモンバトルしない? 樋端君もポケモンやってたよね」

 

「あっ、いや……バトルはちょっと……。苦手なんですよね。好きなポケモン育てては居るんですけど、まだ慣れてなくて」

 

「樋端君の好きなポケモンって?」

 

「ウルガモスです」

 

 二人の会話の様子を見るように、佐伯(さえき)慎司(しんじ)が顔を覗かせる。

 

「ん? どうかしたかい、佐伯君」

 

穂積(ほづみ)が喉乾いたからコンビニに行きたいそうです」

 

「うーん……」

 

 佐野は時計を眺めた。そろそろ夜の八時になろうとしている。

 

「外の様子は大丈夫かなぁ? 大丈夫だったら行っても良さそうだけど何があるか分からないからなぁ。あっ、でも飲み物なら教室を出てすぐの廊下に自販機があるはずだよ。そこで買いなよ」

 

「すいません先輩。俺タバコ吸いたいっす」

 

「我慢しようか」

 

 穂積の直接の願いも虚しく、佐野はにっこりと微笑みながら喫煙者にとって厳しい一撃を放つ。

 

「はぁ~。もう何なんだよ……。レンからは何の連絡も無いし外には出るな言われるしキツいもんがあるぜ~……」

 

「気持ちは分かるよ穂積。気長に待とう」

 

「はぁ……」

 

 穂積は重いため息を吐く。彼に同情する者はあったが、そのリアクションは少し大袈裟であり、やり過ぎに思える部分もあった。

 

 佐野や佐伯、穂積や樋端といった一部の面々であればポケモンで遊ぶなどして時間は幾らでも潰せるが、そうでない人も居る。

このままではピリピリとした不穏な雰囲気も生じ得ない。

佐野はそれを小さく感じながらも、隠からの連絡と安否を強く願っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。