【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE   作:暁色の王冠

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霊峰の戦い②

 ジェノサイドは静かに、ゆっくりと目を閉じた。雑念を一掃し、状況を把握し、最適な答えを導くために。

 

 原理も理由も分からない。だが、対峙するバルバロッサは何故か伝説のポケモンを扱えているようだ。

その対処に悩む。しかし、だからと言っていつまでも何もせず佇んでいる訳にもいかない。戦うと決めた以上戦わなければならないのだ。

 

 ジェノサイドはゆっくりと目を開ける。やはり、目の前の光景は夢では無かった。

異様な空模様、香りも見た目も申し分ない花畑、雪も無いのに舞い散る風花。そして、伝説のポケモンであるランドロス。

認めたくはないが、認めるしか無かった。

今ある景色は、現実であると。

 

「ファイアロー、"ブレイブバード"っ!」

 

 初っ端から繰り出すのは捨て身の一撃だった。

ジェノサイドのファイアローの特性は隠れ特性の"はやてのつばさ"。持ち物は使える技が固定されてしまうという制約がある代わりに"こうげき"が一・五倍上昇する"きあいのハチマキ"という攻撃以外の考慮が存在しない個体。ランドロスがゲームのデータに準じた強さであればそれなりのダメージは与えられるはずだ。だからこそジェノサイドは一切躊躇わない。

 

「まぁ、お前さんならそう来るよな」

 

 一方で、バルバロッサは顔を曇らせる素振りすらも見せない。

一瞬だけランドロスを横目にやると、そのポケモンは独りでに動き出した。

 

 ランドロス自らが、"うつしかがみ"に吸い込まれたのだ。

 

「なん……っ!? 何をしているんだ!?」

 

 見た事も聞いた事も無ければ想像すらもしていなかった展開にジェノサイドは驚きを含んだ叫び声を上げる。

その間に鏡に吸い込まれたランドロスはボルトロスへと変化し、地上に現れた。

ファイアローは姿が変わったボルトロスに向かって突き進んでいる。そのスピードに変わりはない。

 

「何もおかしな事ではないだろう? お前さんもバトルの際には必ず行う動作。それと同じものさ」

 

 バルバロッサは彼の心を読めていたようで、冷静に、しかしどこか勝ち誇るかのように言ってみせる。

 

 ランドロスはボルトロスに変身したわけではなかった。"うつしかがみ"を介して交代したようだった。しかし、仮にそうであったとしても漂う違和感を無視する事は出来ない。

 

 ファイアローの特攻はれいじゅうフォルムと呼ばれている、荒々しい見た目をした雷神の身体に突き刺さる。しかし、ボルトロスの表情は何ら変わらない。胸のあたりから微かに白い煙が流れるだけで大きな変化は無かった。でんきタイプにひこうタイプの技はいまひとつであるせいだ。

 

「交代……だと? だとしてもおかしい。いくらなんでも変だ」

 

 理不尽で自身に都合の悪いものを見させられたジェノサイドのそれは不正を糾弾するかのようだった。バルバロッサもその気持ちが理解出来ているようで冷笑している。

 

「本来交代という選択はもっと時間を要する……。ターン制のゲーム内であれば一ターン消費するし、この、現実のバトルであればターン制という概念が無い代わりにほんの少し、若干のタイムラグが生じる。相手にとって見ればそれは十分な隙でもある。だが今のお前の行動は……」

 

「タイムラグが存在しない。そう言いたいんだろう? お前さんは」

 

 ジェノサイドは頷く代わりに睨んでみせた。今ここでバルバロッサのペースに乗せられると敗北する、そんな気に駆られる。

 

「だから私は初めに言ったのだ。戦いなど無益なものはやめよう、と。しかしお前さんは突き進んだ。戦うという選択を採った。ならば私もそれに倣うしかないだろう? それが間違った選択だと自覚したところでもう遅い。選んだからには、覚悟をするものだ」

 

「偉そうに説教してんじゃねぇぞ、答えになってねぇんだよ! テメェのその動きは何なんだよ!」

 

「つまりだ」

 

 バルバロッサは溜息にも見える息を一呼吸入れて吐いた。もしかしたら、ジェノサイドのその言動に軽く失望したのかもしれない。

 

「見てみることだ、この外の景色を。私が思い描いた景色そのものだ。私が想像した、私の理想が、私の世界が、今ここに表れている」

 

 ジェノサイドは内心、また始まったと忌々しそうに己の中で呟く。"うつしかがみ"をいざ取りに行くという段階でもそうであったが、バルバロッサという男はすぐに答えを言わずに無駄に考えさせる言動を取る。タイミングが悪いと苛立ちしか覚えない。まさに今がそうだった。

 

「私の思い通りに、私にとって都合の良いものが今だけ、此処だけに現実となる。その一端が今の"交代のようななにか"だ」

 

「何でも都合良く……ね。テメェは神にでもなったつもりか」

 

「神か……。解釈次第ではそのように映るかもしれないな」

 

「訳の分からねぇことばっかブツブツブツブツと気持ち悪いんだよテメェは」

 

「まぁまぁ。何も知らないとなるとそう思うのも無理はなかろう。もう少し話をしたいがケジメというものを付けさせてもらう。受けた分のお返しだ」

 

 バルバロッサはそう言うとボルトロスをチラリと見ては目を合わせる。そして鋭く真っ直ぐと指を差した。その先にあるのはジェノサイドのポケモン、ファイアローだ。

 

「"10まんボルト"」

 

 静かだが迷いも無く、厳しい声だった。

そして、今度もタイムラグが存在しない。指令があって技を放ち始めるのではなく、命令したと同時に電撃が既に走っているのである。

ジェノサイドもファイアローも気付くには遅すぎた。

閃光と乾いた破裂音が響いては宙を舞っていたファイアローは真っ逆さまに地上へと墜落する。ジェノサイドは叫んだが、無駄に喉を潰すだけに終わってしまった。

 

「クソっ、避けきれなかったか……」

 

 苛立ちを募らせてジェノサイドはファイアローをボールに戻す。早速彼は貴重な手持ちのポケモンの一体を失ってしまった。

 

「今ので分かっただろう。深部(ディープ)集団(サイド)最強と言われているお前さんでも、あらゆる理想を具現化出来る今の私には勝てる事など無いと思え。同様の力を振るえるポケモンを私は三体有しているのだからな」

 

 バルバロッサのその台詞を聞いてジェノサイドは確信した。今地上に現れているボルトロスは本物であることと、バルバロッサが本当に伝説のポケモンを扱えている、ということを。

 

「さてと、やられた分をやり返して五分五分となったところで閑話休題。私の目的についてだが……」

 

 何ひとつ欠けていない癖に何が五分五分だ、とジェノサイドは怒りに燃えるところだったが、話題が自分が今一番知りたいものに向きかけて意識がそちらに注がれる。とはいえ、過信は出来なかった。彼のことであるから回りくどい表現を多様するに決まっている。そう思うと、やはり怒りが込み上げてくる。

 

「私はな、ジェノサイド。ただ還りたいだけなのだ。元の世界へと」

 

 予感は的中した。やはり彼は素直に答えを言うことは無いようだった。話は聞くだけ無駄だと判断し、次なるポケモンであるゲッコウガを繰り出す。

 

「まだ戦う気なのかね……」

 

「テメェに期待するだけ無駄なようだな、目的がなんだ? 素直にハッキリと言えばいいじゃねぇかよ! こんな時にものらりくらりとしやがって……。本当に苛立つんだよそういうの!」

 

「素直にハッキリと言ったではないか。元の世界に還りたい、と」

 

 それを聞いてジェノサイドの全身は強ばった。今のバルバロッサの発言が無ければきっと彼はゲッコウガに技の指示を出していただろう。

 

「私はな、もっと別の世界に居た人間だったのだよ。だが、ある日突然おかしな現象に出くわしたせいでな……。今こうしてこの世界で生きる身と化してしまった」

 

 ジェノサイドは、バルバロッサの言う"元の世界"の意味を解せずにいた。

世界が何を指しているのか、文字通りの別世界なのか、環境が全く違うだけの"世界"なのか、それとも何か別の暗喩なのか。その意味が分からずにいる。

 

「私は何としても元の世界に戻りたかった……。だが、この世界に降り立った現象そのものが摂理に、この世の法則に反したものだったせいでな、どうしようも無かった。そんな時に出会ったのが"うつしかがみ"だった。お前さんはおかしい、と思わなかったのかね? ゲーム内にしか存在しないはずのアイテムが、同じ見た目、同じ効能を有したこのアイテムが現世に存在している事に」

 

「ちょっと待て。それはお前が仕組んだ事じゃないのか? お前が今日のこの日のために"うつしかがみ"なるアイテムを偽造なりして此処に埋めて、一般の人間を介して俺の手元に置かせる。その間、深部(ディープ)集団(サイド)の他の連中が俺に意識を向けている間にお前が準備した……。俺はそう思っているが?」

 

「すまないがお前さんのその予想は間違っている。私は"うつしかがみ"とは何の関係も無ければ今日に至るまで触れる事すらも無かった。見当外れもいい所だ」

 

「ふざけんな! だったら何でゲーム上のモノがこの世にあるんだよ! 人為的な操作が入ったとしか思え……」

 

「変化しているのだよ。この世の全てが。この星、この宇宙、この世界、この世の法則。世界そのものが今、大きく変わろうとしている……」

 

 ジェノサイドはその後に続く言葉が思い浮かばない。

それほどまでに受けた衝撃が強く、大きかった。

 

「世界が……変わる? バルバロッサ、やっぱりお前は狂っているよ」

 

「シンギュラリティ……という言葉を聞いた事は無いかな? まぁ、無くとも構わん。とにかく、今世界は少しづつだが変わろうとしている。それまで有り得なかった現象や光景が当たり前のものへとなってゆくのだよ。その内のひとつが……」

 

「"うつしかがみ"の出現、だとでも言いたいのかお前は」

 

「そうだ。そして、そこからだ。私はひとつの可能性を見出した。この"うつしかがみ"を使えば、私の理想が、私の願いが叶えられるのではないか、と」

 

 その可能性は今や現実のものとなりつつある。

バルバロッサは気付いてしまった。

"うつしかがみ"を使って自分の思い通りの世界を作り出す事が出来てしまえば、自分の願望さえも作り出す事が出来るのかもしれない。

 

「そのための実験なのだ。今のこの……美しい景色は。現出している伝説のポケモンたちも、その全部がな」

 

 それは、果てしなかった。そして、これまで知らずにいた。

ジェノサイドはこれまでの四年間バルバロッサと一緒だった。

だが、一度として彼の本音を、その心情の奥底を測ることは無かった。

彼としては、てっきりバルバロッサは世界征服だとか、今の汚れた世界を破壊するなどという安っぽい巨悪の考えそうな事と同じものを抱いているものかと思っていた。

だが実際には、それよりもずっと壮大なものを、スケールの大きいものをバルバロッサは胸に秘めていたのだ。

 

「……それが本当だとはとてもだが思えない」

 

「私が嘘を付いているとでも? まぁ、そんなものだろう。所詮お前さんも凡人であったということだ。私の考えなど到底理解出来る事は出来んさ」

 

「ひとつだけ答えろ、バルバロッサ。お前はお前の理想のために、この世界とルールを捻じ曲げようとしている。それが本当だったとして、今のこの世界にどこまでの、どれほどの影響が生まれる?」

 

「それは……知らんなぁ。今を生きる世界の人々にどんな影響が齎されるのか。お前さんはそう言いたいのだろう? だが、私にも分からん。影響があるかもしれないし、無いかもしれない。今のこの世界が崩壊するかもしれないし、しないかもしれない。何度も言うが今は実験段階なのだ。経過を見てみなければ分からんのだよ。だが、案ずることは無い。この世界は遠い将来いつか消えて無くなる。私が生きている間には起こらないだろうし、お前さんの代でもないかもしれない。お前さんの玄孫(やしゃご)の代でもきっと起こることはないだろう。それでも、いつかはやって来るものだ」

 

 その言葉を聞いてジェノサイドは強い驚きと共に拳を小刻みに震わせた。強い怒りが抑えきれずにいるのが自分でも分かっていた。

なんと自分勝手なのだろう、と。

 

「"くさむすび"」

 

「うん? お前さん今なんと言ったかな?」

 

 距離も離れているバルバロッサには、ジェノサイドのその呟きは届かなかった。だが、それは紛れもなく攻撃という意思表示である。

 

 ゲッコウガが地面に向かって印を結ぶ。

すると、ボルトロスの足元から突然太く大きな植物の蔓が伸びたかと思うと、片方の足に絡みつき、派手に転倒させる。

ボルトロスは蔓に引っ掛かった衝撃と言うよりは自重によってダメージを受けたかのようだった。

頭を強打し、痛がっているボルトロスを見てバルバロッサは呆然と呟いた。

 

「お前さん……やはり戦うのかね?」

 

「テメェがこの世界に、この世に生きる奴らに牙を向けるってんなら……俺は全力でテメェを倒す。例えテメェの今のそのポケモンが、絶対に勝てる動きしかしないと分かっていてもなぁ!」

 

 バルバロッサは小さく笑った。ジェノサイドがそのように思う理由を、この男は誰よりも知っているからだ。

 

「変わらないな。お前さんは……。そこまでしてお前さんは"例の淑女"を守りたいらしいな? 忘れもしない。あの日、お前さんは私に泣きついて来たのだからな。名前はなんと言ったかな? 確か……」

 

 それ以上は言わせない。

ジェノサイドは更なる命令をゲッコウガに下す。対してボルトロスもいつまでも無言で立ちっぱなしでいるわけにもいかない。

ボルトロスは不可思議なエネルギーの塊を放つ。"めざめるパワー"のようだ。

ジェノサイドが動いたのも、それとほぼ同時だった。ゲッコウガは既にこの時"れいとうビーム"を打っている。

 

 二つの光線が交差する。しかしそれらが直撃し、相殺されることはない。

"れいとうビーム"は直線を、"めざめるパワー"は放物線をそれぞれ描いて互いの元へ迫ってゆく。

 

 そして、爆発音が辺りを包んだ。

互いに避ける暇は無かったようにも見えた。お互いのそれぞれの技が、それぞれに着弾したようである。

 

 うっすらと煙が晴れてゆく。

そして、そこに居る誰もがその状況を理解出来た。

二つの技は問題無く届いていた。

しかし、その光景は異様なものだった。

 

 ゲッコウガが立ち、ボルトロスが倒れている。

理想の動きしかしないはずの、潜在能力も通常のポケモンとは桁違いの伝説のポケモンが斃されていた。

 

「なんだと……?」

 

 バルバロッサが力が抜けたようなか細い声を出す。

今自分が見ているものが果たして現実なのか、有り得ていて良いものなのか、受け止めるのに時間が掛かっていた。

 

「ボルトロスだぞ……。お前さんでは絶対に振るえない伝説のポケモンだぞ……? "うつしかがみ"という機械の力で死角の無い動きしかしないはずだぞ……? それなのに……」

 

「倒れたのがおかしいってか? だがよく見ろ。そのボルトロスはもう戦闘不能だ。自分にとって都合の良い動きしかしない? 絶対に勝てる動きしかしない? だったらその機械とやらが判断するよりも更に上を行く動きを、人間のみが持つ発想力とやらで切り抜けちまえばいい話じゃねぇかよ!」

 

 それは、ジェノサイドがこれまで続けてきた戦い方だった。

ジェノサイドという人間は深部(ディープ)集団(サイド)の世界で最強という人間に"なってしまった"せいで、より多くのモノから狙われる身となった。それを切り抜けるために彼は常に敵を騙し、欺き、出し抜き、生き延びてきた。

それは全てジェノサイドの持つ発想の力。判断力だ。

 

 バルバロッサのボルトロスが"めざめるパワー"を使ってくるかもしれないとは心のどこかで抱いてはいたものの、そのタイプまでは流石に分からなかった。だからそこは賭けに出たと言えるだろう。

 

「俺のゲッコウガの特性は"へんげんじざい"だ。技を打つ毎にタイプは変わる。だから俺はまず、でんきタイプに強く出られるくさタイプに変化させた。そのための"くさむすび"だ。だが、まさかボルトロスの"めざめるパワー"のタイプがこおりタイプだったとはな……お陰で命拾いしたぜ」

 

「してやられた、という訳か……。思えばお前さんは人間の裏を掻くのが得意であったな。まさか機械の裏も掻くとは……」

 

 この日、この瞬間。二〇一四年九月二十三日。

この日は、特別な一日となった。

 

 ひとつは、ポケモンと機械の力で極々限定的とはいえ、この世の理を塗り替えることが可能となったことが証明されたということ。そしてもうひとつは、行使することはおろか倒すことまでもが不可能と言われた伝説のポケモンを真正面から打ち倒すことが可能であると言うことが証明されたこと。

 

 そんな意味では、今ここに在る全ての当事者にとっては象徴的な一日となった。

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