【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE   作:暁色の王冠

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霊峰の戦い③

 倒れて伸びているボルトロスに代わって地上に現れたのはランドロスだった。鏡にボルトロスが吸い込まれ、ランドロスが吐き出された形になるので、遠くから眺めていれば二体のポケモンが変身したようにも見えたことだろう。とにかく、ボールを介さない光景のせいで違和感が強い。

何も考えずに対面の状況だけ見てみるだけならば、相性はジェノサイドにとって有利だった。技を撃つ度にタイプが変わるとはいえ、みずタイプの技も備えてあるし、先程放ったように"れいとうビーム"もある。

逆にバルバロッサが何を考えてランドロスを選出したのかさえよく分からない。

 

 だが、今は状況が違う。

バルバロッサは自身にとって最も都合が良いと感じる動きをさせる事が可能なのだ。時間差の無い交代もやってみせるし、と思えばそのタイミングで技を放つ事も可能だろう。やるかどうかは不明だが、ランドロスの特性である"いかく"をループさせる事も可能かもしれない。

表面上の相性が有利だからと言って油断は出来ない。

 

 しばらくすると、バルバロッサが動いた。

 

「"いわなだれ"だ」

 

 言うと、ランドロスの頭上から物理法則を無視するかのように大量の岩石が出現しては雪崩というよりかは土砂降りであるかのような速度で落下してくる。

 

「避けろ! とにかくランドロスと岩から距離を離すんだ!」

 

 ジェノサイドは懸命に叫ぶ。喉を痛める覚悟だったが、その甲斐あってかゲッコウガは前後左右に跳んだり、時には身を翻し、それでも捌けないと判断した時には"ハイドロポンプ"で押し返すなどして辛くも無傷のまま保っていられる事が出来た。

 

 しかし、空いた隙間を埋めるかのように、ランドロスがこちらへと迫る。宙に浮いたそのポケモンは悠々と空を歩くかのようだった。

 

「さっきのようには……いかなそうだな」

 

 ボルトロスは倒せた。だから、ランドロスも倒せるポケモンではある。

しかし、そのボルトロスですら攻撃を当てるという段階の時点で読み合いに読み合いを重ね、ほんの少し、たったの一瞬の内に見せた隙を突かなければ果たす事は出来ない。そこには運も絡む。

とにかく、通常のバトルと比べて疲れるのだ。その疲労は集中力を乱す。集中が乱れれば飛ばせたはずの命令も消えてしまうし、時機も失せる。それが致命傷にもなりうる。

限界まで伸ばされた一本の細い糸の如く、それはとても繊細で脆く、柔い。いつ切れてもおかしくない状態。それが今なのだ。

 

(疲れる……。たかだかバトルで、相手の技を避けたり放とうとするってタイミングだけでここまで疲れるのは初めてだ……。こんなバトルは今回きりだろうな)

 

 そのような思いを馳せる余裕などあるはずが無いにも関わらず、そうまでして無理矢理にでも自分自身を肯定しないと精神が疲弊してしまう自分が確かに存在していた。

 

 負けてしまうと、どうなってしまうだろうか。

強烈な圧迫感を覚えたジェノサイドは、ゲッコウガとランドロスの距離が大きく離れたそのタイミングで、反転するかのように攻撃の命令を飛ばした。

 

「"ハイドロポンプ"」

 

 ゲッコウガの口から大量の水が吹き出る。

ランドロスの耐久はいちいち危惧する程でもない。とりあえず弱点となる技を当てる。それだけでよかった。と言うより、そうとしか思わなかった。

 

「"いわなだれ"だ」

 

 攻撃として使っていた技を一転、防御のための技として放つ。

ランドロスの前に巨大な岩石が生じ、盾となる。しかし、一つ程度ならばゲッコウガでも簡単に破砕出来る。現れては破壊され、粉となる。

しかし、その岩石が一つから二つ、二つから四つと加速度的に増殖していくとゲッコウガの破壊する作業が追い付かなくなってゆく。

頑丈な岩の盾はいつしか、あらゆる攻撃を跳ね返す堅固な壁となる。

ジェノサイドとゲッコウガ、バルバロッサとランドロスをそれぞれを遮断するかのような、高く大きく聳え立つ岩の壁が出来上がった。

 

 攻撃を止めたゲッコウガは壁の前で立ち止まる。

背丈の三倍はありそうなほどだ。あまりにも高いせいで、向こう側がジェノサイドからしても、ゲッコウガからしても見えない。

ジェノサイドもそれを見て失敗を悟った。

勢いに乗って技を出し続けたのが駄目であった。ゲッコウガのエネルギーよりも、それに追い付き、突破したランドロスのエネルギーが上なのだ。それでいてどう動くかがそもそも不明と来ている。"なんでも出来る"からだ。

 

 恐らく、目の前の岩の壁もバルバロッサがイメージした、都合の良い理想のひとつなのだろう。

その壁を前に狼狽えている所を仕留める。きっとバルバロッサはそう考えている筈であることはジェノサイドでも理解出来た。

だからこそ、そのイメージを超える。

 

「ゲッコウガ、ジャンプだ! 壁を飛び越えて奴を捉えろ!」

 

 それは造作もないことだった。身軽なゲッコウガは背丈の三倍ほどはある高さの遮蔽物があったとしても楽々と越す事が可能だ。

数歩助走をつけると壁の頂点を遥かに越す高さまで飛び上がる。

 

 それを見たゲッコウガは"おかしい"と感じたに違いなかっただろう。

壁の先は、バルバロッサが静かに岩の塊をじっと黙っては見つめているだけで、ランドロスの姿が一切存在していなかったからだ。

しかし、その事実を知る者は今この場においてはゲッコウガしか存在しない。

当の主人は、どう足掻いてもその事に気付くことも無ければ知る事すらも不可能である。

ゲッコウガだけでは判断が出来ない。その身体に落下のエネルギーが生じ始めたその頃。

 

 地面を構成している大地の一部分が不自然に盛り上がる。それも、ゲッコウガの真下でだ。

 

「あれは……?」

 

 不思議に思っているジェノサイドを壁に挟んで、バルバロッサは不気味な笑みを零す。計画通り、とでも言いたげだった。

 

 大地が轟音を上げて裂ける。

土中からは禍々しい炎のような鋭いオーラを全身に走らせては、鋭利な爪を巨大生物のもののように肥大化させたランドロスが咆哮しながらゲッコウガを飲み込まんとしていた。

 

「な、なんだとっ!?」

 

「神の裁きだ、その怒りを受けろ……。"げきりん"」

 

 壁の向こうでバルバロッサが叫ぶ。

彼はこの瞬間が見えているのだろうか。だとしたら酷く理不尽で不公平だとジェノサイドの中で不満が溜まってゆく。

 

 怒りと炎に巻かれた竜の爪がゲッコウガを斬る。空中の、無防備だったゲッコウガは下から突き上げられた事によって身体をしばし浮かせると、そのまま垂直に、そして轟音を伴って落下した。

よく見なくともはっきりと分かる。戦闘不能だ。

ジェノサイドはゲッコウガをボールに戻す。その間歯噛みしっ放しだった。

技を駆使して嵌めて勝ったジェノサイドが、今度はやり返された。ゲッコウガが完全にボールに入ると壁を睨む。

 

「くっそ……」

 

「その壁はブラフに過ぎん。お前さんのことだ。空に跳んだゲッコウガに対抗して、ランドロスも空中でやり合うとでも思ったのだろう? その考え自体が間違いだ。今のランドロスの姿のせいでじめんタイプであることを忘れたか」

 

 壁の向こうから憎らしい声が伝わる。

表情は見えないが、恐らく笑っていることだろう。そのイメージだけでも、ジェノサイドは余計に苛立ちが募ってゆく。

 

 今すぐ、目の前の壁を粉々に破壊したい。

しかし、ランドロスも居る手前でそんな都合の良いポケモンが居るはずもなかった。

 

「いや……待てよ。もしかしたらだが、居るかもしれない……」

 

 ジェノサイドはズボンのポケットの中でそれに該当する"都合のいい"ポケモンのボールを指先で軽く触る。

 

「この壁だけじゃない……。こんなふざけた状況も纏めてひっくり返せるような、そんなポケモンが……あるかもしれない……?」

 

「お前さんはさっきから何を呟いておるのだ」

 

 バルバロッサのその声は、強く思考を巡らしているジェノサイドに届かない。さも簡単そうに希望的観測を述べている彼だったが、不安が消え去ることは無い。

何故ならば、その可能性を秘めたポケモンは持ち物が反映されていないからだ。

 

 現実に姿を現しているポケモンとは、個々人が持つゲームのデータと一致リンクしている。強さもそのまま反映されていれば、持ち物もデータの通りとなっている。

例外として、"伝説のポケモン"とか、"幻のポケモン"と分類されているポケモンだけは、いくらゲーム内で蓄えていようと現実世界に現れることは無い。目の前の男はそのタブーを破っている形にはなっているが。

そして、その制限と同じように、"とある道具"だけが現実世界とリンクしないでいる。

理由は分からない。

だが、仮にその制限が解かれていれば、この戦いも変わるかもしれない。

 

 ジェノサイドは深く悩んだ。どちらを選択するかを。希望を信じるか、その可能性を捨てて堅実な方を採るか。

彼は現況を頭の中でおさらいしてみる事にした。

 

 対戦相手はバルバロッサ。使用ポケモンは三体。そのどれもが、特別な力を得ている。そのポケモンとは本来ならば行使出来ないはずである伝説のポケモンのトルネロスとボルトロスとランドロス。

その内のボルトロスを撃破した。

 

 対して、自分の使用ポケモンは六体。その内のファイアローとゲッコウガが倒された。

これから使用を考えていたのは、例の可能性を秘めたポケモンがひとつと、三匹の通常のポケモン。

そうやって少し悩んだうえで、今のバトルに置かれた状態を思い出したからか、ジェノサイドはひとつ閃く。

 

「よし、次はお前だ……コジョンド!」

 

 工夫に工夫を重ねてでないと倒せないのならば、今がその絶好の機会である。

"それ"は確実に決められるし、決まれば勝利も確実だ。

ボールからはいつでも攻撃を放てるよう、武術の構えのような動きをした、スマートなシルエットをした凛々しいポケモンが出る。

 

 怒りを抱いたままのランドロスは、眼前には無かった。

壁を飛び越えてバルバロッサの傍で浮いている。

そんなランドロスが、再び怒りを滾らせて進んで来る。それまで視界を遮っていた、岩の壁が突如独りでに崩れ出した。理由は明白で、"げきりん"を放ち続けているランドロスが破壊しつつこちらに迫って来ているからだ。

 

 視界が晴れる。窮屈に感じていたバトルフィールドが広大であると錯覚する。

しかし、勝利の確信だけは惑うことは無い。

 

「予想通りなんだよバルバロッサァ!」

 

 高揚したジェノサイドは叫ぶ。普段発する事の無い大音声と感情の高まりは、自分でも言ってて驚くほどだった。

それを合図にコジョンドは不自然な体勢を取っては迎え撃とうとしている。

 

 コジョンドとランドロスの距離は徐々に縮まる。

それをギリギリまで引き付け、ランドロスの巨大な爪先がコジョンドに触れるか否かのギリギリのタイミングで、ランドロスは突如として鏡へと吸い込まれていった。

技を放たんと叫ぼうとして口を開けたジェノサイドはその状態で固まる。

何がなんだか分からないで居たのはランドロスも同様であった。怒りの叫びを上げながら鏡の中へと消えていく。それの入れ替わりで現れたのはトルネロスだった。当然ながらこちらも"れいじゅうフォルム"と呼ばれた姿をしている。

 

「お前……バルバロッサてめぇ……、ふっざけんなァ!」

 

「何もふざけてなどおらんよ。ランドロスが"げきりん"を放ったから交代が不可能だと思ったか? 何度も言わせるな。私は今理想通りの動きが出来るのだよ」

 

 もしもこれが"まともで普通"なバトルであれば、ランドロスは"げきりん"状態となり、行動も制限され、技も固定される。暫くは"げきりん"しか放てなくなる。しかし、バルバロッサはそのルールさえも捻じ曲げる。ランドロスの状態を見るに技の固定こそは変え難いのかもしれないが、交代を可能としている。

これにより、再び不利な対面となるばかりでなく、案じた一計が不発に終わってしまう。

 

 コジョンドの"カウンター"は空を切り、トルネロスには届かない。

このコジョンドは、ランドロスの"げきりん"を読んだ上で選出した、"化けたゾロアーク"なのである。

 

 希望は一瞬にして絶望へと染まる。

ゾロアークの持ち物は"きあいのタスキ"だ。当然ながら、確実に"カウンター"を放つためである。

しかし、今のままでは"カウンター"を当てることは出来ない。トルネロスは本来特殊技主体のポケモンである。つまりこのままでは、ゾロアークは無駄にダメージを蒙り、無駄にタスキを消費してしまう。そうなれば、このバトルでは二度と"カウンター"が放てなくなってしまう。

 

「待て、やめろ……っ!」

 

「逃すかっ! "ぼうふう"!」

 

 ジェノサイドは即座にゾロアークを戻そうとボールを構える。しかし、その動作よりも先にバルバロッサが、トルネロスが動く。

 

 四方から見えない壁が狭まってくるようだった。その正体は絶大な風であった。

純粋な自然の暴力は、トルネロスが大きな羽を数度羽ばたかせるだけで生じ、それは文字通り暴風となってゾロアークを、ジェノサイドを飲み込む。

 

「この……野郎……っ! 俺まで巻き込むつもりか……!」

 

 ジェノサイドは体重が軽い方だ。そんな身体が立っていられなくなる。それだけでなく、この風の塊に乗って吹き飛ばされそうにも感じられた。

見れば、周囲の砂利はともかく、大量の木の葉はおろか枝も纏めて折られ、飛ばされている。年に一度来るか来ないかの強力な台風を思い起こされる。

 

 その遥か頭上で、コジョンドは巨大な竜巻と化した空気の塊に呑まれてはその姿も元のゾロアークのものへと戻ってゆくのが確認出来た。

 

 作戦が失敗したというレベルではない。純粋に勝利するというイメージそのものが崩壊した瞬間でもあった。

暴風から身を守る為に土の上で伏せているジェノサイドは敗北の予感と、絶望と、悔しさに支配される。

 

 不意に風が一斉に止んだ。

数メートル先の空中に跳ね上げられたゾロアークは重力に乗って地上へと叩き付けられる。

タスキがあることで体力は保たれ、難なく立ち上がる。しかし、反撃の余地は残されていない。

 

「残念だったなぁ。お前さんのその動きは見飽きたさ。これまで隣で、何度見たと思う? 四年さ。お前さんと共に行動して四年。数えるのも億劫になるほどゾロアークが化ける光景を見させられたさ。私程度になれば、どのタイミングでどのポケモンに化けるか、それが分かるようになるのさ。何故か。お前さんの性格の問題だからだ」

 

 頭の中が虚ろと化したジェノサイドは、その声だけを黙って聞いていた。

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