【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE   作:暁色の王冠

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メガシンカの恐怖②

 いつかは見る光景だと思っていた。

だが、それは今じゃない。深部(ディープ)集団(サイド)の人間と比較すると戦いとは縁が無いであろう結社の人間が、ここに来てメガシンカを使うはずがない。そう思っていたジェノサイドはただ驚くのみだった。

それも手馴れている。恐らくだが、このバトルで初めてのメガシンカではないようだ。これまでの"強制執行"でメガルカリオを振るっては多くの深部(ディープ)集団(サイド)の人間を葬ってきたのだろう。

 

 ジェノサイドは改めて現状を確認した。

五百城(いおき)のポケモンは今のところメガシンカを果たしたルカリオのみだ。

メガルカリオの特性は"てきおうりょく"。単純な火力が底上げされている。

一方、こちらはきあいのタスキが消滅したゾロアーク。耐久の薄いこのポケモンでは、あらゆる技を受け止める事が出来ないのは明白だ。

このまま作戦もなしに一直線に戦闘を続ければ敗北は必至。

 

 そこでジェノサイドは閃く。

 

「逃げろ!」

 

 ジェノサイドはルカリオから視線は外さずに、しかし後方の二人に対して叫ぶ。

 

「何してんだ! ボケっとしてんじゃねぇ! どの道お前らでは対処出来る人間じゃねぇ……。隙を見て俺も後から合流するからひとまずお前らは逃げろ! 今だ!」

 

「ジェ……、ジェノサイド……様? 何を……?」

 

 レイジは困惑している様子だった。すぐに動ける様子ではない。

しかしそれを見兼ねたのか、彼に"若"と呼ばれている、キャスケットを深く被っているミナミが躊躇を見せない調子で彼の腕を思い切り掴むと走り出した。彼らが今居るのは住宅地の真ん中であり、行き止まりだ。道は五百城が塞いでいる。そのため、二人は隣の民家の敷地に侵入しては塀を越えようとする。

 

「おっと! さーせませんよぉぉ!?」

 

 いち早く気付いたのは五百城だった。彼は命令すると、その瞬間にはメガルカリオは二人の前に姿を見せる。数十mは距離があったはずだが、その壁をメガシンカは易々と超えてしまう。

 

「ッッ!?」

 

「さぁルカリオ、"はどうだん"で二人を吹き飛ばしてしまいなさい!」

 

「バッカじゃねーの!?」

 

 勝ち誇り気味に小さく笑った五百城だが、その不意を突くようにジェノサイドが吠えた。

 

「敵を目の前にしてガラ空きたァ嘗めてんなテメェ!」

 

 ルカリオは今まさに"はどうだん"を撃たんと両手を輝かせる。対して、ジェノサイドのゾロアークが無防備となった五百城に対して赤黒い閃光を、"ナイトバースト"を放とうとしている。

 

「テメェらが創った深部(ディープ)集団(サイド)のルールだ……。ポケモン同士ぶつかり合って勝つだけが勝利じゃねぇんだよ、あの世で文句言うなよなぁ!?」

 

「き、貴様……っっ!」

 

 メガルカリオの"はどうだん"とゾロアークの"ナイトバースト"が発射されたのはほとんど同時であった。味方が死ぬ場面を見るのは今見ても心にくるものがあるが、それと引き換えにふざけた議員を制圧出来たのだからそれは勝利といえるだろう。

 

(これで……いい。結果的には勝った……)

 

 その時、ジェノサイドもまた油断していたと言えよう。

ミナミとレイジを狙った"はどうだん"が物理法則を無視するような軌道を、大胆なカーブを描いてジェノサイドへと突き進み出した。

 

「なっ……えぇっ!?」

 

「ちょっ、なんで!?」

 

 呆気に取られた二人はここに居る何物からも無視をされる。しかし当のジェノサイドはそれに気付かない。

彼よりも先にゾロアークが動いた。

既に"ナイトバースト"は放たれた。放った瞬間だ。

ゾロアークは自身の主を何としてでも守らんと光線を放ち続けている腕を振り上げる。

ゾロアークは腕を下から上へと振り上げた。"ナイトバースト"はルカリオから見て上から下へと叩きつけるような弧を描く。

ルカリオは難なく避けた。その場に取り残された"はどうだん"は光線と相殺され、爆発が生じた。

ジェノサイドだけが反応に遅れた。二つの技から生じた衝撃波に巻き込まれ、向かいの民家の外壁に叩きつけられる。

 

「痛っ……。しくった……、"はどうだん"は必ず命中する技……。はじめから俺を……? いや、それはどうでもいい……」

 

 しかし、ここまでは想定通り。

二人を逸らす事に成功させ、あとは自分が五百城に勝てば全て終わりだ。

この状況では正攻法で勝つ気など更々無い。

 

「ぞ、ゾロアーク……」

 

 背骨を強打し、思うように声を発せなかったジェノサイドは呟くようにポケモンの名前を呼ぶ。普通のポケモンならば通じる事は無かったかもしれないが、彼のゾロアークは特別だ。それだけでこのポケモンはその想いを汲んでしまう。

 

「う、うわあああぁぁっ!?」

 

 五百城が突然叫び出した。

アスファルトの上に倒れ込むように四つん這いになり、怯えの表情を浮かべ、叫び続ける。

それを見てルカリオも戸惑った。何も無いところで突然主が奇妙な言動をし始めたのだから。

たとえメガシンカしたといっても、彼のルカリオは普通のポケモンだ。命令が無いと置物と化してしまう。

ルカリオは何も出来ず、ジェノサイドの逃走を許してしまった。

 

 ジェノサイドは二分も経たない内に二人と合流を果たす。レイジが特徴的な服装をしているお陰で、暗くとも遠目ですぐに分かった。

 

「おい、早く逃げるぞ! これ使え!」

 

「ジェノサイド様!? まさか……勝ったのでは……?」

 

 ジェノサイドはレイジにリザードンの入ったボールを手渡す。二人共それに乗れ、という意味だった。そんなジェノサイドはオンバーンのボールを放り投げて咄嗟に飛び乗る。

 

 

「勝ったとは言えなかった。あのままだとどう頑張ってもゾロアークで倒す事は不可能だったからな」

 

「では、どのように対処を?」

 

 三人は暗い闇の中の空を漂う。

既に県境を過ぎ、神奈川県から東京都に入っている。五百城が連れて来た従者たちも見えないことから、上手く逃げ切ったようだ。あとは基地に帰るだけである。

 

「五百城に幻影を見せた。深い闇の中で、底無しの穴に落とした幻だ」

 

「それはー……効果あるのでしょうか?」

 

「そうだな……。説明が難しいんだが、夜寝ている時の夢を想像してほしい。高い所から落ちる夢だ。夢の中のお前には落ちる感覚があるだろ?」

 

「そう言えば彼の叫び声が聞こえたのですが……そういう事だったんですね」

 

「前触れなく突然起こしたアクションだったから不安もあったが、たとえ非現実的なものであってもリアリティがあれば引っ掛かるもんだな。この方法で過去に何度死線を潜り抜けて来たことか……」

 

「ジェノサイド様の事です。これまで常に勝ち続けてきたものかと思ってましたよ」

 

「んな事ねーよ。俺だって無茶な戦いは何度もしてきたさ。特にまだ高校生だった二、三年前なんかはな。深部(ディープ)集団(サイド)においては"負け"は全てを失う事を意味するが、"逃げ"は同義とはならない。逃げても生きていれば問題ないのさ」

 

「覚えておきましょう」

 

 空で交わした会話も、基地である廃工場が見えてくると自然とその口も止まった。

 

 

 基地に入ったジェノサイドを待っていたのは激しく狼狽えたハヤテだった。

傷だらけの彼を見て強く衝撃を受けたらしい。

 

「な、何があったのですか!?」

 

「ちょっとその辺転んだだけだよ。なんて事はない。爆発に少し巻き込まれただけで」

 

「どう見てもちょっとどころでは無いのですが!?」

 

 そう言ってハヤテはジェノサイドの服を脱がす。どうやらすぐに手当をしたいようだが、それくらいならば自分でも難無く出来る。しかも広間で繰り広げられている場面であるから周囲からの注目も浴びる。たいしたこと無い問題を大きく取り上げられるきらいがあって居心地が悪くなるのを彼は感じる。

 

「ほら! 無数に傷が……」

 

「それは昔の傷だアホが!」

 

 ジェノサイドは上裸になる。その身体には無数の、形がどれも違う傷痕が刻まれていた。傷の一つひとつが戦いの記憶だ。

 

「五百城が……現れたんです」

 

 目立った傷は特に無かったものの、手足にガーゼを貼り終えたレイジが視線の投げる方向に迷いつつ呟く。

 

「今回は命からがら逃げる事は出来ました……。しかし、今後はどうすべきでしょうか? 彼の強制執行から逃げ切った前例を私たちは知りません。私たちのせいで皆さんが……ジェノサイド様が狙われてしまいます」

 

「それについてはお前は心配しなくていい」

 

 古傷も纏めて包帯に巻かれているジェノサイドが首だけを動かしてそれに答えた。巻く作業をしているハヤテが「動くな」とばかりにその身体を押さえつける。

 

「確かに俺は今日、これまで誰もすることの無かった"結社の人間の命令の拒否"を果たしてしまった。五百城個人から目を付けられる可能性はあるかもしれないが、奴はアホでも結社の人間……中央議会の議員だ。組織ジェノサイドをぶっ壊せばどうなるかそれくらい誰でも分かるだろう。此処を強制的に排除するとは考えられないし、個人的に俺だけを殺しにかかって来るのも……まぁそれは分からないけどさ」

 

 五百城は最後まで話の通じない人間であった。どれほどの正論を並べ立てたとしても、その間に命を取ろうとするのが彼だ。そうなると従うしか他に無い。だからと言ってそれが正しいと言えるだろうか。今回、ジェノサイドは彼を拒絶した。これをきっかけに"否定しても良いのだ"という風潮が深部(ディープ)集団(サイド)の世界全般に広まる事があれば、多少は変わるかもしれない。

 

「そういう訳で、これからは奴を気にすること自体が無駄なわけであるから俺は奴を無視する。俺は俺で引き続きメガストーンの探索を続けるよ。それからお前ら。お前らはまずやる事として、結社に自分らの組織を解散した旨を報告すること。本来だったら別組織に移った事も伝えるべきだが……そこまではしなくていいだろう。誰もそこまではしないからな」

 

「報告ですか……。それは書面でないと駄目でしょうか? ネットになりますが一応既に議員向けに報告は完了しております」

 

 そう言ってレイジは結社のサイトを経由して作成した"解散届"なるものを見せてきた。そんなものが用意されているのをジェノサイドは今初めて知った。彼とは無縁の話であるから当然と言えば当然である。

 

「じゃあ大丈夫だろう。しばらく様子を見るからお前たちはここでゆっくりしててくれ。今まで追われてきて疲れただろ? またなんかあったら俺から連絡するからよ」

 

 そう言うとジェノサイドはソファから立ち上がった。ハヤテがまだ終わってないとその身体を押さえつけようとする。

 

「あのなぁ、もう十分なんだって! てか今回とは関係ない箇所も包帯で巻かなくていいから! 全身包帯でぐるぐる巻きにする気か」

 

「何を言っているんですか! 僕はただ傷を保護しようとしているだけです。菌が入り込んで悪化したらどうするのですか!?」

 

「オーバーなんだよどいつもこいつも! 俺が今まで怪我で苦しんだことあったかっつーの! とにかく飯だ飯。俺は今猛烈に腹が減っているから食堂行くぞ」

 

 そう言うとジェノサイドはハヤテの作業を強制的に終わらせると脱がされたシャツを着て広間を出た。行先は廊下を少し歩いた先にある食堂だ。

夕食の時間はとっくに過ぎているが、調理係の構成員が居てくれたら何か出してくれるかもしれない。

食堂の空間に入って調理場を覗くと見知った顔がいた。

 

「よう、秋原(あきはら)。もう時間過ぎてて悪いけど何か出せるかな?」

 

「おーそーいー。まぁ、まだ今日出したカレーが残ってるけど……。それでもいい?」

 

「あぁ。すまない」

 

 ジェノサイドは席を確保して見回す。

ピークを過ぎているからか、利用者はゼロとまでは行かないがまばらだ。それも、食事を済ませて時間を潰している者がほとんどだ。

 

 彼は、今日起きた事の一切を振り返る。

メガストーンの初探索、レイジとミナミとの出会い、そして五百城との衝突。

日記を書く習慣があったならば、今日だけで膨大なページを費やしていたかもしれない。色々な事があったものだと長く重いため息を吐いていると、秋原がわざわざトレーに乗せて運んで来てくれた。

 

「はい。お待ちどおさま」

 

「いつも悪いな。皆のために」

 

「今更なによ? 変なの」

 

「別にいいだろ……いただきます」

 

 普段はそこまでしないのだが、ジェノサイドは目の前に料理を作ってくれた人が居るために手を合わせた。それを見て微笑んだ秋原は調理場へと戻ろうとする。

 

「あっ、ちょっと待った」

 

 ジェノサイドのその声に、彼女はピタリと体を止め、強ばらせた。

 

「食べながらで悪い。ちょっと話がしたいんだけど……いいかな?」

 

「レン君が私に? な、なんか珍しいね」

 

「忙しいか?」

 

「ううん。今は平気」

 

 秋原はそう言うと付けていたエプロンを解き、彼の向かいの席に座った。座った瞬間に目が合う。彼女はにっこりと笑った。

 

「どうかしたの?」

 

「まぁな。今日一日色々あり過ぎたんだ」

 

 ジェノサイドは熱いカレーを口に運びつつ、何処から話そうか少しばかり悩む。しかし、いきなり物騒な話題を振るのも気が引けるのでまずは雑談から入ることにした。

 

「どうだ? やって行けそうか? 此処で、この環境で」

 

「ねぇレン君どうしたの? なんかおかしいよー? ……なにかあったの?」

 

「まぁ色々とな。それでどうだ?」

 

「その質問は本来だったらもっと前にするべきだと思うんですけどー。でも大丈夫だよ。私は問題なくやれてる」

 

岩船(いわふね)はどうだ? 最近姿が見えないが……あいつも元気か?」

 

「元気だよ。萌えちゃんは先生になりたがってるからいつも勉強頑張ってる」

 

「そうか……」

 

 ジェノサイドは一旦スプーンを置いて宙を眺めた。秋原と岩船とは高校以来の仲だ。ここに至るまでに多くの騒動があった。それを微かに思い出そうとしてやめた。

そして、彼は決心するかのように強く目を閉じては開く。

 

「今日、結社の人間と一悶着あった」

 

「えっ……?」

 

 眩しい笑顔に包まれていた秋原の顔は瞬時にして青ざめた。ジェノサイド以上に恐れているようかのように。

 

「話せば長くなるしあんま関係ないから今回は省くが……まぁ何があったかは近々耳に入ると思う。てか問題はそこじゃない。とりあえずこの事を伝えておこうと思ってな」

 

「どうして? 一番大事でしょ? 話してよ……」

 

「秋原、重要なのはここからだ。いいか、今回の件はお前や岩船とは何の関係も無い。これだけは断言する。だけど今回の件でお前の事が頭をよぎってな」

 

「私……?」

 

「秋原、お前はこれからどうしたい? お前が皆のために食事を作ってくれるのは非常に有難いし、この組織には無くてはならない存在だと思ってる。だけどお前にもお前の人生があるはずだ。岩船は夢に向かって進もうとしている。俺の大学の友人もやりたい事があって学んでいる。お前は……今のままで大丈夫か?」

 

「さっきから変な事を聞いてくるな、と思ったら……そういう事だったんだね」

 

 秋原の目が潤んだように見えたが、光の反射にも見える。一瞬ジェノサイドはやはり余計な事を言ってしまったかと肝を冷やす思いに駆られたが杞憂に終わった。

 

「私は……大丈夫だよ。ちゃんと学校にも行ってるし私は私で夢あるから。って言うかレン君戦ってる最中に私の事考えてた訳ぇ? 集中しなさいよ!」

 

「悪い悪い、ちょっと気になっただけさ。それじゃあ秋原、もしも俺や組織に……」

 

「私はレン君について行くよ。勿論自分の夢を追いながら、ね」

 

 ジェノサイドはそれを聞いて言いかけた言葉を飲み込んだ。言う必要は無い。それを理解したからだ。

ちなみに彼は"何かあった場合は他の仲間を頼れ"と言いたかった。今日の五百城との衝突で一瞬だがこの組織が無くなった時の光景が浮かんだためだ。

 

「そうか。そう言ってくれて嬉しいよ」

 

「今何か言おうとしたよね? なに?」

 

「何でもねぇよ」

 

 そう言うと、これまで会話に夢中で食べるペースが遅かったために急いで食べた。

 

「ご馳走さま。今日は動き回ったからか特に美味しく感じたよ」

 

「本当に!? 隠し味入れた甲斐があったなぁ」

 

「おい待てお前何を入れたんだよ……」

 

「ひっみつー!」

 

 嬉しそうに笑いながら、秋原は空いた食器をトレーに乗せると調理場へと運んで行った。

ジェノサイドは彼女の後ろ姿を見てこの話をして良かったのだろうかと最後まで悩む。

しかし、同時に心に誓った。何が何でもこの組織は守り抜くと。ふざけた議員やその辺の組織から狙われようと、命を懸けて守り切ると。彼女のようにこの世界の安寧(あんねい)を願っている者が、此処には多いためだ。

 

 ジェノサイドが彼女にこの話をした理由はもう一つあった。

三年前。彼女と彼女の友人である岩船は、深部(ディープ)集団(サイド)を知らない一般人の身でありながら、結社の人間絡みで騒動に巻き込まれた過去があった。当時の景色が蘇ったためだ。

 

(奴は……五百城は当時の事件をチラつかせた……。"元後輩"が俺と面識があるだと?)

 

 ジェノサイドは秋原の後ろ姿を追いながら、心の中でそう呟く。

五百城のその発言については彼女には一切しなかった。余計な心配事を生まないためである。

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