【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE 作:暁色の王冠
突然目が覚めた。
はっと目を開け、ゆっくりと上半身を起こす。
嫌な夢を見たとか、異変に気付いて飛び起きたとかでもない。
ジェノサイドは突然目を覚ましたのだ。
「
ほとんど無意識に発せられた言葉にジェノサイドは若干の間を空けると低く笑った。
確実に自分は自分以外の誰かを恐れているのだと。
不思議と頭はスッキリしていた。寝惚けてはいないようだ。
時間を確認しようとして枕元を手探りでスマホを手にしようとしたが感触が無い。
もしやと灯りを照らしてみたが部屋には無いようだった。
「俺のスマホ……何処行った?」
無いと困る代物だ。ジェノサイドは意識がそちらに集中し始めたせいか完全に目が覚めたようで、机やベッドの下を確認するも、目当ての物は見つからない。
「此処に無いとしたら……」
ジェノサイドは腕を組みながらこれまでの自分の動きを振り返る。
食堂でカレーを食べた事は覚えている。その時に
その前は他の仲間たちと一緒に広間に居た。ハヤテが必要以上に身体に包帯を巻いていたことも覚えている。その為に服を脱いだ。
「あるとしたら広間か」
広間はこの部屋の真上にある。稀に仲間たちが騒ぐせいでその振動が伝わる事もあるが、今日のジェノサイドはかなり疲れていたせいかそれを感じるまでも無かったようだ。
部屋を出て廊下を歩き、上の階に続く階段を上る。地下であるためと季節柄やけに冷える。そして静かだ。ほぼ全員が寝静まっている。自分の足音が他の部屋に響いていないか少し心配になり、普段よりも遅いペースで歩く。
広間の扉を開けると、その勝手具合にジェノサイドは幻滅した。
まず、電気が付けっぱなしだった。そして、床にお菓子の袋や紙皿、紙コップが散乱している。そんな床に直で寝ている者も数名居た。
「どうせまた適当に騒いで疲れてそのまま寝やがったんだろうなこいつら……。まぁいつもの事だけどさぁ……。っつーかコレ誰が掃除するんだよ、俺はしねぇけど」
不満がそのまま言葉になった口調でジェノサイドは呟く。そう言いつつも、寝ている人影を避け、探すのに邪魔だと思ったゴミを捨てつつ床を凝視するもスマホは見つからない。
(おかしいなぁ。この辺りに皆で集まってた記憶あるんだが)
口に出さずにそんな事を思いつつジェノサイドは自分が座らされたソファの前までやって来る。途中なにか柔らかいものを踏んでしまった。恐らく誰かの足だ。しかし、適当な返事が無かったのでそのままスルーした。踏みどころが良かったのだろう。
「……あれ? リーダーなにしてるんすか?」
壁の方向から声がした。
よく見ると壁に寄りかかって寝ていると思っていた構成員が首を上げてこちらを見ている。ページが開かれた本を手に持っており、そのページを指で押さえている。自分でも読んでいる途中で眠ってしまうのだと分かっていたのだろう。
「あぁ……お前は確か……リョウとか言ったな?」
名前を呼ばれたからか、その構成員は小声だが元気良く返事をする。
「お前起きてたの? 本持ったまま動いてなかったから寝てたかと」
「皆が寝静まる最後まで起きてたっぽいすけどやっぱり寝ちまいました。静かじゃないと此処で本なんか読めないっすよ」
ならば自分の部屋で読めばいいだろうと言いかけたが直接口には出さなかった。即実行に移すかもしれないと思ったためだ。
「ところでリーダー、どうかしたんすか?」
「ちょっとスマホを落としたみたいでな。部屋に無かったから此処にあるのかと思ったんだが、この部屋にもねぇみてぇだな。画面デカくて黒いから分かりやすいとは思うんだが」
「あ、それならあの時、リーダーがご飯に食べに行くってなって暫くしたらスマホを見つけたとかで騒いでる奴居ましたね」
「……は?」
「んでー、その後は確か……パスワード特定したいからってレイジさんたちが談話室に持って行っちゃいましたね」
「お前ら何やってんだよ……まず持ち主に知らせろや。てか勝手に持ってくなや! 人のスマホオモチャにすんじゃねーよ!」
配慮は無かった。ジェノサイドは広間を走り去ると談話室へと急ぐ。
廊下を抜け、幾つかある扉を過ぎては部屋の名前の表札が掛かったドアノブを捻る。
開けた瞬間暖炉の暖かさが伝わった。
木目調の壁紙、異国風の絨毯、ほの暗い照明、天井にも届く高い本棚、そして暖炉。ジェノサイドの好みをふんだんに盛り込んだこの部屋には微かに人が使用していた形跡が残っているようだった。そして、テーブルの上にはやや場違いとも取れる機械が置かれている。遠目でも分かった。自分のスマホだ。
「よかった、此処にあったか……」
部屋に入ろうとしたジェノサイドだったが、そこに不自然なものをもう一つ確認した。
暖炉からやや離れた位置に設置されたテーブル。そのテーブルの前の一人がけのソファ。そこに見慣れない人物が居る。傍に寄ろうとしてジェノサイドは、その人が下着姿であったことを初めて確認した。それも女物の、である。
「あっ、」
見てはいけないものを見てしまった。
ほんの一瞬、フリーズしたジェノサイドはそれを察知するとスマホの事を忘れ一目散にその場から消える。
「……ごめん」
初めに出てきた言葉がそれだった。
彼はそう言っては扉を閉めると部屋の中とは違って冷える廊下にて頭を抱えてしゃがんだ。
「待て待て待て……俺は何をやってるんだ……。てか、何がどうなってるんだ」
そもそも部屋に居た女性は誰だったのか。
ジェノサイドにとっては見覚えが無い。人の顔を覚えるのが多少苦手な彼であっても、よほどの新人でない限り顔を忘れることは無い。特に、最近入ってきた新人で女性はゼロだった。
なので、知らない人という時点で全ておかしいのだ。
「まさか……不法侵入か? それとも怪奇現象……? いや、下着姿の怪奇現象って何だよ。やっぱり変な人って事……だよなぁ」
得体の知れない人間ならばたとえ女性であっても容赦はしない。
今すぐに追い出さねばならない。
ジェノサイドは再びドアノブに力を込めて握る。今まさに開けんとしたその時。
「別に気にしてないよー。あと服着るだけだから部屋入ってもいいよ」
明るい声だった。例の下着姿の女だろう。
「てか今入ってもいいよ? ウチそういうの気にしない人だから」
そうでなかったとしてもこちらが気にする。ジェノサイドは扉越しにその旨を伝える。
「ま、ここって女子少なそうだもんねー。そりゃ気にするか」
そういう問題では無い。人として基本的なことであり常識的なものとしてである。
若干ムッとした感情を抱いたが、そこまでは言わなかった。夜中に騒ぎたくは無い。
暫くすると、もう大丈夫という声が聞こえたので扉を開けて再び部屋に入った。今度はパジャマを着ている。
テーブルに近付いてスマホを手に取ろうとした時、気付くものがあった。甘い香りがする。
その匂いは例の女から放たれている。
「まさかお前、風呂入ってた?」
「うん。そっちに洗面台とお風呂があるよね。だから使わせてもらった。出てみたはいいけど、思った以上に暑くてねー。だから服脱いでた」
女はそう言って部屋の奥を指した。確かにこの部屋には洗面台とシャワー室も付けている。そのために下着姿であった理由が判明した訳だが、ジェノサイドとしては説教のひとつでもしたい気分だった。この部屋は誰かの個室では無い。常に誰かが使用するものなので私物化するなとか、そういう事を言いたかったが、まずジェノサイドは真っ先に思い浮かんだ言葉を彼女に投げることにした。
「お前、女子校出身だろ」
†
椅子に座ってスマホを確認する。見た感じ変にいじられた形跡は無かった。
「まぁ、ね。ウチとレイジで色々見ようとしたけど結局パスワード分かんなくてそのままにしちゃった」
例の女はそれまで傍らに放置していたタオルで髪を拭いている。その動作一つひとつに甘い香りが乗せられ、ジェノサイドへと届く。
「あぁ、そうかそうか。結局分からないからってその辺に放り投げた訳か。せめて本人である俺に返せや!」
スマホを柔らかいクッションに投げたくなる感情を抑えつつジェノサイドは叫ぶ。
その代わりにテーブルに滑らせると、その後になって彼女の言葉の違和感に気付いた。
「ん? レイジ? ……ってことはお前まさか……ミナミ?」
「えっ、今更!?」
ジェノサイドは今になって、目の前の恥ずかしさを何とも思わない女が赤い龍のリーダーのミナミであると初めて理解した。思えば顔をしっかり見たのも初かもしれない。髪は短い。キャスケットを深く被っても女だと分からなかったので当然と言えば当然だ。目は大きく、二重だ。女性のものらしく肌は柔らかそうで弾力があるようにも見える。
「いや、だってお前今日ずっと帽子深く被ってたしロクに喋らないしずっとレイジの後ろに張り付いてたしで……」
「いや、張り付いてはねぇから」
ミナミはそう言いつつも、自身の過去を交えて少し語った。
赤い龍を結成したのが去年の話で、当時からミナミがリーダーだったが、彼女よりも目立つポジションにレイジを置くことでカモフラージュを築いたり、諸々の問題を防ぐために素性を徹底的に隠していたとの事らしい。
「確かにAランクの組織のリーダーが女だったらちょっと意外に思うかもしれないけど……特別珍しい訳でもねぇぞ?」
「まぁ、そうかもしれないけどね? ウチよりもレイジの方がお喋りは得意だし、目立つ格好もしてるからね。色々任せてた。それでー、戦いになった時も私に油断していた奴を返り討ち……なんて戦い方もよくやってさー。それがすごい快感だったなぁー」
「その割には人数少ないよな」
ミナミのタオルにかけていた手の動きがふと止まった。だか、すぐにその動きは再開する。
「あぁ、あれね。レイジから聞かなかったっけ? 元々ウチらは知り合いの寄せ集めだったから人が少ないのはあったよ。数で押されそうな時はひたすら逃げてた。お互い戦闘行為が一ヶ月無いと戦いが無かった事になるからね。公式が定めたルールで」
「あー、レイジが言ってたような言ってなかったような」
ここでジェノサイドは、自分とは違って結社が定めたルールを基本的に知り得ている人間なのだとミナミを判断した。
逆に自分は必ず覚えていなければならないもの以外は記憶から除外している。他の誰かが覚えているからだ。こんな自分のスタンスがおかしいのかもしれないと自嘲気味に小さく笑う。
「今までそうやって頑張ってきたんだけどね。今度は変なのに潰されちゃった」
「五百城か」
ミナミから返事が無かった。ソファから立ち上がると洗面台からドライヤーをわざわざこちらへと持って来た。近くのコンセントに繋いで。
「ねぇ、これからどうするの?」
少し古い型だからか、やけに音がうるさいドライヤーだった。その音にミナミの小さな声が混ざる。
何か言っているのは分かったので、ジェノサイドは聴力に神経を注ぐ。
「あんたはさっき、もう関係ないから関わらないって言ったよね? それってつまり、ウチらももうジェノサイドの人間だから関係無いし関わるなってこと?」
「それ以外に何の意味があるんだよ」
「いや、だって悔しいし」
「気持ちは分かるが無理なモンは無理だ」
「無理?」
「そうだ。権力ってもんがどれだけ強いものかお前には想像出来るか? した事あるか? 確かに今日見てみて、五百城の野郎は頭が狂ったバカだと思ったよ。だがそれでも奴は結社の人間だ。権力を握った議員の一人だ。そんな人間を一般人でもあり
殺しても抹殺され、殺さなくとも抹殺される。
ジェノサイドはそう言いたかった。権力とはそれほどまでに、一般人との間に大きな壁を作ってしまう。
「それでも……ウチは悔しいよ……」
「俺だってなんとかしたいさ。だが現状ムリなもんはムリだ。そんなお前が出来る事はただ一つ。この、身柄が保障された今の環境の中で不自由なく静かに暮らせ。それだけだ」
そう言っては立ち上がり、静かに部屋から出て行った。動作は早い。
その間彼女の顔は見ていない。見てはいけない気がした。自身の意思が揺らぎそうな、そんな雰囲気を察したからだ。
もっと言うと、ミナミの表情を見るのが怖かった。
「ったく……女ってのは面倒くせぇな」
ジェノサイドは誰もいない廊下で静かに呟く。スマホの画面を覗いた。時刻は夜中の三時であった。