【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE   作:暁色の王冠

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平穏なる港町

 

(眠い……)

 

 最早拷問に近かった。

(なばり)洋平(ようへい)は日付の変わった火曜日の午後の今、大学で講義を受けている。

この講義を終えてしまえば、あとはフリーだ。本来であればこの後に始まるサークルへ顔出ししてもいいし、昨日から続いているメガストーン探索に行ってもいいかもしれない。尤も、その時間になれば日は沈み黒一色となるのだが。

そんな中隠が格闘していたのは、この後の予定決めでも無ければ退屈な講義内容でもなく、己に舞い降りた睡魔とだった。

 

 あれから隠はほとんど眠れなかった。

ミナミとのやり取りで三時まで起きていたのはいいものの、あれから自分の部屋に戻りベッドで横になったが眠気はやって来なかった。仕方なくそのままスマホをいじっていたらいつの間にか東の空が白みはじめたという訳だ。

 

(くそ……やっぱりあの後目を瞑るなりして無理矢理にでも寝とくべきだったんだ……。今日一日ずっとこの調子だったし調子が出ねぇ)

 

 ノートに文字が走らない。教室の前面、モニターの横で抑揚の無い、声の変わらないリズムで静かに話し続ける教授のそれはもはや子守唄だ。

もういいや、と隠の意識はそこで途絶えた。

 

 

 講義終了のチャイムが鳴った。教授が時間通りに、丁寧に締め括ったタイミングでの事だった。不思議なことに隠もそこで目を覚ます。

不思議と爽やかな気分だった。講義内容を犠牲にして得た睡眠時間はそこまで多いものではない。恐らく短すぎず長すぎずのこの時間が今の彼にとって丁度良かったのだろう。

 

(終わったな……。さて、と)

 

 隠は講義の前半部分しか書けていないノートを見て顔を引きつらせる。もしもこの、書けていない部分が試験に出た場合どうすれば良いかなどを考えるも、どうにも出来ない問題ゆえにそこで考えるのを止めると無造作にカバンにそれらを片付けた。

 

 時刻は十八時。本来であれば、これから別の教室で始まるサークル『Traveling!!!!』の活動がこれから二時間の間だけ始まる。

昨日はメガストーンの探索と赤い龍の対応とで行けなかった。なので可能であれば行きたかったと思っていた矢先。

 

「おう、レンじゃん」

 

「……穂積(ほづみ)?」

 

 大学構内にあるコンビニへと続く道の途中、隠は穂積(ほづみ)裕貴(ゆうき)と会った。この時間帯はこの日最後の講義のコマが終わった後というのもあって、帰る人で構内は混雑する。そんな人混みの中で知り合いを一人見つけるという彼の観察力には凄まじいものを感じた。

たとえ混んでいなくとも、この大学の学生の数は多い。普段から講義以外で知り合いに会える事自体かなり珍しいと感じるレベルのものだ。

 

穂積裕貴。彼も自身と同じサークルに所属する、同学年のメンバーだ。

やや太り気味な体型で眼鏡を掛けている。性格は基本穏やかだが正義感が強い一面があり、頼もしい反面対応が面倒に感じる時もある。

実際に隠は彼と対立しかけたこともあった。

 

「お前今日これで授業終わりか? この後一緒にサークル行かね?」

 

「あー、行きたいのはやまやまなんだが今日はパスするわ」

 

「とか言ってお前昨日も来なかったじゃんかよ。どうかしたのか?」

 

「あぁ……まぁな。ちょっとメガストーン探してた」

 

「メガストーン?」

 

 あまりピンと来ていない様子だった。穂積もポケモンはプレイしている。バトルの腕も悪くない。先輩たちと戦っても良い勝負が出来るレベルだが、それはゲーム上の話でしかない。隠のように、実際に戦わせるとなるとそこまで強いという訳でも無さそうだ。これは隠の勘だ。

 

「あれ? 佐伯(さえき)常磐(ときわ)先輩から聞いてねぇ? 今って時間と手間さえかけりゃメガシンカ出来るようになったんだぜ。ゲームの話じゃなく、この現実の話でな」

 

「マジか」

 

 本当に驚いているかどうかは分からなかったが、ゲーム内でそこそこ腕が立つとなると現実の世界でもその力の片鱗を振るいたくなるものだ。彼に余計な興味を与えてしまったかもしれないと内心隠は反省する。

 

「そういう事だし俺はもう行くぜ。運が良ければサークルにも顔出しに行くからよ」

 

 そう言って隠はスマホで例のアプリから地図を立ち上げた。此処から一番近い反応を見つけるとそこを目的地にセットする。距離はおよそ五キロメートル程のようだ。

 

「ま、待てよ」

 

 穂積の呼び掛けに動きかけた足が止まる。

 

「?」

 

「お前ってさ……その、ジェノサイドなんだろ」

 

「今更だな。どうした?」

 

「大丈夫なのか? お前……結構狙われるんだろ?」

 

 佐伯からもこの前似たような事を言われたと隠は軽く思い出す。結局のところ、"彼ら"が懸念するのはそれに尽きるのだろう。問題行動として糾弾されるのと比べると、彼らの自分を想う気持ちが伝わって嬉しい気分にはなる。しかし、隠はそれを表に出すことはしない。

 

「狙われるって皆簡単にイメージするけどよ、別に毎日遭遇する訳でもねぇんだわ。それに、俺を倒して最強になる! なんて頭の悪い思考回路している連中だぜ。俺がそんなのに負けるとでも思うのかよ」

 

「そう言ってるうちは余裕そうに見えるな……。なにか俺たちに手伝えることとかあったらさ、」

 

「ねぇよ。何も無い。だからお前たちはこれまで通り平和な世界で平和に暮らしててくれ。中にはそういう、お前たちの住む世界を破壊しようとしてくる連中も現れてはくるが、俺はそういうヤツらを倒すために動いている訳だしな」

 

「……」

 

 無理矢理遮られた穂積は静かになってしまった。反応に困っているのが明らかだ。

それもそうだろう。彼は噂で聞いた程度の話で組織『ジェノサイド』の話を聞いており、その正体が極悪非道なものだと思っていたからだ。

だが、そのイメージは少し前に崩れ去った。

結局のところ明確な説明が本人から発せられないまま今に至っているが、確実にジェノサイドは、隠洋平はそれらのイメージとは真逆の行動を取っている。それらの、イメージと実像とのギャップに彼は苦しんでいるのだろう。

 

「それよりも、いいのかよこんな所でいつまでも寄り道しててよ。早く皆に会いに行かなくていいのか?」

 

「……そう言えばそうだった」

 

「じゃ、そーゆー訳で今日はこの辺で。さっきも言ったけど、時間がもしもあったらサークル寄りに行くからな」

 

「おう。気を付けろよ」

 

 そう言って穂積は教室のある方角へと走り出した。彼の後ろ姿を見送った隠もまた、歩き始める。

 

「さてと、俺もそろそろ動くかね」

 

 その手には、オンバーンの入ったダークボールが握られている。

 

 

「なるほどなぁ……これだとあまり気付かれることもない……のかなぁ?」

 

 隠のメガストーン探索は早くも終わりを告げた。場所は大学の傍に広がる国道。片側二車線の広い道。それに見合うほどの多くの自動車が走る。時間に関係無く交通量の多い道路だ。

その歩道を隠は歩き続け、目的の位置に達する。周りに変わったものは何も見受けられない。何故此処が反応しているのか、そもそも何故こんな所にメガストーンが埋められているのか、全くその理由が見い出せない。

メガストーンは歩道に植えられた街路樹、その根元にある苗木。その土。そこにあった。身体を屈んで軽く掘り起こしただけで以前触れたことのある感触が肌に伝わる。

色合いから察するに、それはジュペッタナイトのようだった。隠は気の済むままに石を見つめると、プラスチックで出来た小物入れにそれをしまう。

 

「どういう事なんだろうなぁ?」

 

 自動車の排気音にかき消されるその声だが、それを聞いている者は誰も居ない。にも関わらず、隠は独り言のように呟く。

 

「こんな分かりやすい場所に配置していたら……普通他の人に取られるよな? 確か皆神(みなかみ)は既に取られていて実物が無い可能性もある……とは言っていたが、こんな人通りの激しい場所で石が残っているなんて少しおかしい気がするなぁ。なんかカラクリみたいなものでもあるんだろうか……」

 

 公園の水辺、寺の境内、そして、国道の歩道脇に植えられた街路樹の根元。

そのどれもが、人目の多い地点に置かれている。少なくとも隠はそう感じた。

 

「ひとつ、試してみるか……」

 

 隠は黒い空を仰ぐ。

 

 

 教室の引き戸が静かに開いた。

 

「おっ、穂積くんだ」

 

 穂積から見て学年が二つ上の先輩の名里(なざと)桃花(ももか)がまず先に彼に気付く。

 

「こんちはっす」

 

 返事はするが、どこか素っ気ない。それを察知した名里は隣に座る高草木(たかくさぎ)結衣(ゆい)に口元を寄せる。

 

「穂積くん何かあったのかな……」

 

「さぁー……。ちょっと機嫌悪いだけじゃないのかな?」

 

 高草木の思った通りで、穂積は少し気分が優れなかったり機嫌を損ねる要因があると普段とは雰囲気が変わる。それは傍から見て分かる程だ。

 

「なぁなぁ穂積、レンは?」

 

「あいつは来ねぇよ。別件だとさ」

 

「何だそりゃ」

 

 穂積に話しかけて来たのは彼と同じ二年生の五郎川(ごろがわ)(ひろし)だった。このサークルに似合わず、どこかノリが軽そうで飄々ひょうひょうとしているような性格の男だ。

 

「んじゃあレンが来ないとなると、今いる人達で決めるしか無いっしょ!」

 

 五郎川が教室の前面に置かれた教卓の前に立つ。この教室にいる全員の視線を集めた。

 

「決めるって、何を?」

 

「今週の土日だよ土日! 俺さー、佐賀出身でまだあんまりこっちの方で遊んだ事無くてさー。ちょっと皆でどっか行かね? と思ってさ」

 

「上京したって事だろ。それならやっぱり……」

 

 穂積は少し考えて東京散策を思い付く。池袋に行けば楽しいものはある程度揃っているし、浅草に行って江戸情緒を楽しんでもいい。二年前に完成したスカイツリーに登りに行ってもいい。考えれば考えるほど面白そうなスポットが思い浮かぶ。

 

「あ、東京はパスで。この前別サークルの皆と行ってきたわ」

 

「サークル掛け持ちしてんのかよお前!」

 

「てかこの前彼女と行ってきたわ」

 

「彼女居んのかよお前!」

 

 穂積は内心リア充かよこの野郎、と拳を震わせる思いを募らせたが本心ではない。ネタ気分で勝手に思い、自分の中で勝手に楽しんでいるだけだ。

 

「なんか何処か面白そうな所ないかなぁー……」

 

 五郎川がそのようにぼんやりと呟いたその時。

 

「ごめんごめーん、サークルまだやってる?」

 

 隠洋平が、サークルの人達から"レン"と呼ばれている男が、コンビニのビニール袋片手に教室へと入って来た。

 

「あれ? 五郎川お前皆の前に立ってどうかしたのか?」

 

 その袋の中にはお菓子が幾つか入っていた。それを御巫(かんなぎ)美咲(みさき)の座る席に投げる。一人暮らしで常に空腹だと公言している彼女だからこそやった事だった。尤も、そのお菓子は御巫のために買ったものではない。皆で分けるためのものだ。それでも、彼女はそれに飛びつく。

 

「あー、いや。ちょっと今週末皆でどっか遊びに行きてぇなぁと思ってさ」

 

「暇なんだ」

 

「まぁヒマっちゃヒマ」

 

「だったら都心の方でも行けばいいんじゃねぇか? お前たしか住んでんのこの辺だろ。京王線使えば新宿くらい楽に……」

 

「東京はパスだってさ」

 

 穂積が遮るようにそれに割り込む。そんな彼も隠が持って来たお菓子に手をつついている。

 

「そうなのか?」

 

「この前彼女と一緒に……」

 

「あっそ」

 

 五郎川は小さくニヤニヤしながら答える。何か楽しい事でも思い出したのかもしれない。

それを眺めながら隠は少し考えると、

 

「じゃあ横浜は? 中華街とか行ったことあるか? お前」

 

 小さいことながらも自分の目的が達成出来そうな、そんな予感を隠は抱いた。

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