【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE   作:暁色の王冠

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平穏なる港町③

 関内(かんない)駅の目の前の横浜スタジアムに沿って歩く事十五分。中華街の門が見えて来た。

朱色の門をくぐるとそこは別世界だった。

煌びやかな光が漏れている店の数々、食欲をそそる香り、ごった返す人々。適当に眺めているだけでも甘栗を売っている屋台が見える。

 

「おー、いいねぇ! これが中華街かぁ……。早速なんか食おうぜ」

 

 五郎川(ごろがわ)(ひろし)が嬉しそうな顔をする。

 

「どこでなに食おっか?」

 

「何を食べたいかによるだろ」

 

 地元が近い穂積(ほづみ)裕貴(ゆうき)は涼しい顔をしている。特に真新しいものはなく、見慣れた光景だ。しかしその裏で、何処に連れて行けば五郎川が喜ぶかを必死に考えている。

 

「あれ? 先輩たちは?」

 

 (なばり)洋平(ようへい)が自分たちが作った集団の影の数が少なくなっている事に気付く。振り向くと先輩たちの誰もが居ない。

 

「あ、ほらあそこに居るぞ」

 

 樋端(といばな)(かける)が指した方向にあったのは「特大肉まん」と掲げられた看板の屋台。そこに作られた行列にて既に先輩たちが並んでいる。

 

「行動早すぎんだろ」

 

「なーなー、レンはどうする?」

 

 残りの二年生たちは二年生たちで纏まって相談をしているらしいが上手く決まらなかったようで、五郎川が彼の方を見る。

佐伯(さえき)慎司(しんじ)はこういう時自分から意見を出さない。樋端はこの手の事情には弱い。穂積に関しては、

 

「やっぱラーメンかなー。いっその事食べ放題とか? いや、金掛かるよなぁ……」

 

 などと延々とブツブツ呟いている。

 

「何で今日に限って御巫(かんなぎ)が居ないんだよ……」

 

「あいつ今日バイトって言ってたぞ」

 

 隠が御巫(かんなぎ)美咲(みさき)の名前を出した理由は、彼女が仕切りたがりな面があるからだ。こういう時サッと答えを出して皆を導いてくれる。その甲斐があってか彼女は来年度のこのサークルの会長に選ばれてもいる。

 

「とりあえず、食べ歩きにするか店にするか決めようぜ。間違っても両方はダメだ」

 

「え? なんで?」

 

 五郎川がとぼけた顔をする。彼は此処が初めてだからいいものの、彼でなければ殴りたくなるような衝動が生まれる、そのような顔だった。

 

「ここの大体が優しいんだ。店行けば安く済むんだがそれに反してボリュームが半端無い。そんな状態で食べ歩きでもしてみろ。死ぬぞ」

 

「マジか。すげーな中華街!」

 

 などと話している内に先輩たちが戻ってきた。謳い文句が事実であるかのような大きな肉まんを数種類抱えている。

大三輪(おおみわ)真姫(まき)が今から自分たちがお店に寄る事を彼等に伝えた。彼女も横浜出身の人間だ。中華街でのオススメのお店の一つや二つくらいならば平気で知っている。彼女を先頭に二年生で作られた塊が動き出した。

しかし、その途中にて隠が集団から抜ける。

 

「あれ、レンお前どうした? 道間違えたか?」

 

「あー……。いや、そうじゃなくてな。俺やっぱ食べ歩きにするわ。金無ぇのよ」

 

「え、なんで? これから行くの安いとこだよ? レンも行こうよ」

 

「大三輪、この人数で入れる店なんて食べ放題ぐらいのデカい店しかねぇよ。だから俺は今から行く店がどんなのかを知ってる。けど、そこまでの金が無いんだ。悪いけど皆で楽しんでくれ。俺は適当に安く済ませつつ色々見て回ってるからさ」

 

 そこにいる誰もが、特に五郎川が意外そうな顔をした。中華街に行こうと最初に言い出したのが隠だ。そんな彼が突然別行動すると言い出したのが妙に引っ掛かる。

 

「えっ。じゃあウチもー」

 

 そう言ってミナミも集団から抜けて隠の隣に立った。その瞬間。何かを察したような雰囲気が彼らの中に生まれる。

 

「あっ、察し」

 

「"察し"の部分まで口に出す奴初めて見たぞ俺は! だからそういうんじゃねーから! 変に勘違いすんじゃねーぞ佐伯ィ!」

 

 そう言って隠はその場から走り去った。丁寧にミナミもついて行っている。

 

「こっちは何も言ってないんだけどなぁ……」

 

「まぁまあ、恋愛し始めの熱々カップルなんてそんなモンでしょ」

 

 若干ふざけた意識はあった佐伯の横でニヤニヤと笑う大三輪。二年生は二年生で無駄に団結しているせいでこの手の話題が少ないせいか、他所からネタが持ち込まれると過敏になるようだ。そんな雰囲気がこのグループの中で生じている。

 

 

「ねぇ……ちょっと! 待ってよ!」

 

 目的の場所まで走って行きたかった隠だったが、人が多すぎてそれが出来ない。自然と早足になる彼はミナミとの距離を離していく。

 

「ねぇ何? 皆にウチの事話してなかったの?」

 

「まぁ……な。ちょっと説明しにくくて」

 

 ふとしたタイミングで空いた空間を縫うように小走りで抜けてミナミは彼に追い付いた。

 

「なんでよ。それくらい簡単でしょ。深部(ディープ)集団(サイド)の仲間です、くらいさ」

 

「それがマズイんよ」

 

「?」

 

 ミナミは、隠が彼らと深部(ディープ)集団(サイド)を巡ってちょっとした騒ぎになったことを知らない。隠としては自分が深部(ディープ)集団(サイド)の人間としてバレてしまった以上、余計な恐怖や不信感を与えないためにサークル脱退も考えていたほどだ。だが、諸々あってそれは不問となっている。

 

「まぁとにかくだ。お前を連れて来た目的のひとつを今此処で達成しちまおう」

 

「ウチを連れた理由? そう言えばなんなのよ」

 

「メガストーンだ。この街に一つある」

 

「はぁ? 意味分からないんですけど」

 

 そう言うミナミを無視して隠は地図で示された地点へと到着する。

そこには飲食店が立ち並ぶものとは違う景色が広がっている。

 

「うわ……これは、何? お寺みたい」

 

 ミナミが指した建物はお寺ではなく関帝廟(かんていびょう)と呼ばれる建物だった。文字通り三国志の英雄、関羽を祀る施設だ。

 

「此処にメガストーンがあるの?」

 

「そのようだ。試しにお前取ってきてくれねぇか?」

 

「えっ!? 何でウチが!? 嫌よウチそのせいで余計な戦いになんか巻き込まれたくないんですけどっ!」

 

「お前メガストーンを何だと思ってんだ」

 

 そう言いつつある二人だったが、薄暗い廟の中を歩くと不自然に輝く光源を認める。

 

「……見えるか」

 

「うん……」

 

 隠としては不思議でしょうがなかった。ここまで人が多い中でメガストーンが光を放っているにも関わらず、その反応が地図から消える事が無い。少なくとも先週から常に地図上では目の前のメガストーンが反応している。

 

「まず俺が取る。その後にお前から見て何か変化があったら言ってくれ」

 

 そう言って、隠は手を伸ばした。

 

 

「なぁ、リーダー居るか?」

 

「何かあったんですか?」

 

 深部(ディープ)集団(サイド)のSランク組織、『ジェノサイド』の基地で居留守を頼まれていた構成員たちは各々が自分の時間を楽しんでいる。ある者は仲間とポケモンで対戦をし、ある者は読書をしているところをバトルを観ろとそのバトルへと巻き込まれ、またある者は気難しい顔をしている。

そんな、多くの人間の景色が見られる基地の広間にて、構成員の一人リョウが尋ねるような口調で叫ぶ。彼に反応したのは読書していたところをケンゾウに邪魔されたハヤテだった。

 

「いやぁ何かあったって訳じゃねぇんだけどさ……」

 

 リョウはスポーツ刈りにした短い髪を搔く。何でも、見慣れない怪しい人間が基地の周りをウロウロしているらしい。

 

「基地の周り? という事は地上でだよね?」

 

 話し相手がジェノサイドでないと分かると、ハヤテは口調を変えた。誰が相手でも敬語になりそうになるのは彼の一種の癖のようだ。

 

「まぁな。よく居る廃墟マニアが工場を見ているだけかもしれないが、その割には何かを探しているような素振りしてんだよね」

 

「どうしてそれが分かったの? やっぱりカメラで?」

 

 リョウは無言で頷く。ジェノサイドの基地は地上に立てられた、廃墟と化した工場の地下に作られている。外から見る分にはそこに百人規模の人間が住んでいるとは見えない造りになってはいるが、彼等が在籍しているのは全てが赦されている世界だ。念には念をと地上の工場には怪しい人間が来ないかカメラを幾つか忍ばせている。

 

「相手は? 一人?」

 

「一人だな。それも女っぽい」

 

「うーん、分からないなぁ……。まだ怪しい行動するようだったら物陰から脅かして立ち去らせておいて」

 

「分かった、もうちょっと様子見てくるわ」

 

 そう言ってリョウは広間を出た。

と、思ったらすぐに戻って来る。

 

「改めてカメラ全部見てみたけどなんか居なくなってたわ。迷って此処まで来たか、ただの廃墟好きのどちらかっぽい」

 

「……だと良いけどね」

 

 ハヤテは不安が混ざった溜息を吐いた。

 

 

「メガストーンね」

 

「あぁ、間違いない」

 

 横浜中華街にある関帝廟にて、隠とミナミは二人してしゃがみ込んでは彼の掌にある黄色いメガストーンを見つめていた。

色合いを見るにデンリュウナイトのようだ。

 

「あれから何か変化はあるか?」

 

「うーん……。あれっ?」

 

 唸ったはずのミナミはデンリュウナイトが落ちていた地点の方へ向いては不思議そうな声を発する。そして、彼の肩を急かしているようなリズムで素早く叩く。

 

「ねぇ、えっと……レン!」

 

「お前まで"レン"呼ばわりかよ……別にいいけど。どうした?」

 

「メガストーンが。まだそこに落ちてる!」

 

「は?」

 

 その報告に単純に驚いた隠はそこへ意識を移す。だが、隠の目にはメガストーンも落ちていなければそれを示す光も無い。

 

「ミナミお前……何を言ってるんだ? メガストーンならついさっき俺が取ったろ。俺の目には何も見えない。別の物体の反射した光か何かと間違えたんじゃないか?」

 

「そっ……そんな事ないよ! ウチには見える! ……ちょっと待ってて」

 

 ミナミはそのまま腰を上げて数歩静かに歩く。メガストーンの地点は目と鼻の先にあるので他の参拝客が多いという以外に懸念点は無い。実際なんの問題も無くミナミはその場に立ち止まっては屈み、手をかざした後にこちらへと戻って来た。

 

「……ほら」

 

「信じらんねぇ。これはどういう事だ?」

 

 ミナミの手にも同様にデンリュウナイトが握られていた。

 

 それから暫く経った頃。

 

「あ、もしもし? 佐伯? 今どこにいるかって?」

 

 思いがけない結果となったものの、目的のひとつを果たした隠は別行動となってしまった佐伯と連絡を取っていた。隠とミナミの二人も既に食べ歩きからの昼食を終えている。

何処にいるか、と問われて隠は静かに辺りを見回す。そこにあるのは、お世辞にも綺麗とは言えない水を湛えてはいる静かな港と、それに面して広がっている綺麗な公園だ。

 

「山下公園。って言えば分かるかな? そこに俺と友達のミナミと二人で居るから合流しようぜ。ゆっくりでいいよ。皆ペースバラバラっしょ? 昼? もう食べた」

 

 通話を切ったタイミングでミナミが傍に寄ってきた。彼女はその腕に天津甘栗の赤い袋を抱えている。

 

「どしたの?」

 

「さっき別れた友人から。今居る場所を聞かれたから山下公園とだけ答えといたよ。じきに皆来るから少し此処で待ってようか」

 

 そう言うと隠は手頃な芝生を見つけるとその場で寝転ぶ。頂点の陽射しが眩しく、暖かい。気温、潮風、陽の光、静かな風景。それら全ての要因が今の隠にはとても心地良く感じられる。

 

「いつ来るの?」

 

「分からねぇな。この後は公園突っ切る散歩道に沿って赤レンガ倉庫寄ったり、すぐ隣の遊園地で遊んで最後にランドマークタワーっていう予定だから奴等は必ず此処には来るが、あいつらは団体で行動している癖に協調性がゼロだ。全員が全員歩くペースバラバラだし、勝手な行動に走る奴もいるしでとにかくマイペースだ。だからかなり遅いかもしれない」

 

「えーっ、何ソレ退屈なんですけどー。戻って合流した方がよくない?」

 

「手間掛かるだろ。それにお前今更中華街戻って何すんだよ。中華まんと水餃子に月餅(げっぺい)まで食べて今も甘栗頬張ってんじゃねーか。まだ食い足らねぇって言うのかよ。あっちの観光地らしき観光地も関帝廟くらいしかねーぞ。俺の知る限りでは」

 

 早口で一気に喋ったからか、少し疲れた気がした隠は目を瞑った。

今の彼に届くのは木を揺する風の音のみである。

 

「……ねぇ」

 

 どこか思い立ったような表情をしたミナミは隠の隣に静かに座る。

 

「ねぇレン」

 

「聞こえてるよ」

 

「どうしてあんたはジェノサイドで、深部(ディープ)集団(サイド)に居るの?」

 

「話題変わりすぎだろ」

 

 多少の時間を犠牲に、仲が縮まった"仲間"からは決まって問われる質問だった。隠としてもこれまでに何度訊かれたかもう覚えていないほどだ。

隠は一呼吸置いて目をゆっくり開ける。

 

「そうだな……。俺や"俺たち"がジェノサイドとして活動する理由はただ一つ。ポケモンの保護だ」

 

「それは違う! ……あ、いや……えっと、違うってことはないんだけど……」

 

 予想していない返事が来たせいかミナミは少し慌てる。元来の性格らしく喋るのが苦手そうだ。思えば初対面の時も一言も言葉を発していなかったはずだ。

 

「なんて言うのかなぁ。あんたが"ウチらの世界"で行動するには目的や理由がまだまだあるような気がして……ね」

 

「本気度が違うとか、真面目とかか?」

 

 ミナミから返事が無かった。代わりに頷きのひとつでもしていたかもしれないが、隠はそちらを確認していない。

 

「どーなんだろうなぁ……。ぶっちゃけ理由なんて幾らでも作る事は出来るさ。俺だってジェノサイド結成当初は成り行きでこうなっちゃった訳だから目的らしき目的も定まって無かったし。そこで半ば苦し紛れに作った言い訳が"悪用されかねないポケモンそのものの保護"なんじゃねえのって問われても否定出来ないかもな」

 

「成り行きって……」

 

「そういうお前こそどうなんだよ。そこらに沢山居そうな高校の制服着ながら街歩いてる学生とそんな変わらないお前が、何で深部(ディープ)集団(サイド)っていうアウトローな世界に身を置いているんだか」

 

「もうウチは高校生っていう年齢じゃありませんからーっ!」

 

「喩えで言っただけだよアホか。とにかく、今日はアイツらも居るし深部(ディープ)集団(サイド)の話題はナシで頼むわ。ほら、丁度アイツら来たし」

 

「むっ、上手く逃げたなぁー」

 

 隠は芝生から立ち上がり、手を振る。その先には歩くスピードが違うせいで二年と四年とのグループの間で距離の差が広がっている集団が居た。

 

 

「おいレン〜。お前なんで離れたりしたんだよ。皆で飯食えば良かったのによォ」

 

「悪い悪い、俺は俺でちょっとやりたい事あってさ」

 

 目当てのグルメは堪能出来たが全員が揃っていなかったという事で残念そうな口振りの五郎川との会話に、大三輪が乱入する。

 

「やりたい事って何? 二人じゃなきゃ出来ない話?」

 

「お前は引っ込んでろ。変にニヤニヤしてんじゃねぇ」

 

 そう言っては彼女の頭を押し出す。女性に対する振る舞いでないのは自覚しているが、そういうものが通じるのがこのサークルの集まりなのもまた事実である。

 

「ところでレン君、此処を合流地点にしたのは何か理由があるのかなぁ?」

 

 そんな後輩たちのやり取りを見ていた佐野(さの)宏太(こうた)がこの場にいる誰もが思った事を代表して投げる。地図を見れば通過地点と言うのは分かるのだが、どうもそれ以外の理由がありそうな気がしてならないのだ。

 

「そうですね。それについてなんですけど……」

 

 隠はスマホを取り出しつつアプリを立ち上げる。勿論例の地図アプリだ。

 

「なんだ? レンお前場所分かんねぇの? 案内なら俺がしようか……ってお前その地図何だ? なんか変な反応あるけど」

 

 穂積裕貴が顔を覗かせる。穂積にとってもメガストーン探索用の地図アプリは不可解なものに見えるらしい。

 

「メガストーンだ。この近くに埋まってる。それに関してちょっと皆に手伝って欲しい事があってな……」

 

 一番近い反応はこの公園内にあるものの、少し離れているようだった。隠は先頭に立つとついて行くように、というジェスチャーをする。

一行は少し歩いた。途中、氷川丸(ひかわまる)という、常時係留されている黒い船を通り過ぎたあたりで隠は立ち止まった。

そして、その様子を見ていたらしき人影もベンチから立ち上がると彼に忍び寄って来る。

 

「すいません、突然失礼します。少し宜しいですかな?」

 

 その人影は丁寧な口調で隠を呼び止めた。

彼は誰とも知らないそれを見て怪訝な表情を見せる。

初老の男性だった。クリーニングから出たばかりのような綺麗な黒いスーツを着用した、どこかただならぬ身分を思わせる反面、優しい顔をしており、好々爺といった印象がまず初めに飛びついてくるような外見のお年寄りな男。整えているのかは分からないが、白く小さい口髭を生やしている。見ればその髪にも白いものの中に黒い髪がほんの数本紛れている。

 

「隠……洋平さん、かな?」

 

「失礼ですが貴方はどちら様で?」

 

「貴方は隠洋平さんでいらっしゃいますか?」

 

「いいえ。人違いですね。私じゃありません」

 

 嘘だった。隠は深部(ディープ)集団(サイド)絡みの余計な問題を生み出さないために本名は可能な限り秘匿している。こちらの質問に答えなかった時点で隠の中で目の前の男は"知らない人"から"話を聞かないせっかちな少し怪しい人"へと変化する。

 

 一見すると嘘には見えないその自然な対応に、初老の男性は小さく笑った。

 

「中々……面白い方で。どうやら人違いだったようで。失礼しました、ジェノサイドさん」

 

 初老の男はそう言って背を向けて立ち去ろうとする。

隠は心臓を鷲掴みにされたような気分の、嫌な胸騒ぎを覚えつつもその男を呼び止める。

男はそれすらも"フリ"であったと言いたげに優雅に体を回転させては再び隠と相対する。

 

「アンタは……何者だ」

 

 隠にとっては目の前の男が恐ろしく感じた。深部(ディープ)集団(サイド)における渾名だけでなく、本名までも押さえている。渾名を知っている以上、少なくとも"そちらの世界"を把握している人間だろう。つまり、一番知られてはならない情報を手にした人間とぶつかってしまった格好となる。

そして、隠の背後には深部(ディープ)集団(サイド)を知らない友人たちも居る。彼等を巻き込みたくなかったが故に正に最悪のタイミングと言えるだろう。

 

「私は、神々廻」

 

 初老の男性は微笑むと軽やかに名乗る。

 

「中央議会下院議員の神々廻(ししば)(まこと)と申します。この度は初めまして、隠洋平改め……。ジェノサイドさん」

 

 絶対的な立場とは裏腹に、神々廻と名乗った男は深くお辞儀をした。

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