【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE   作:暁色の王冠

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平穏なる港町⑤

 友人たちを連れて横浜へ行ってから三日が経った。

十九日の水曜日。今週の金曜日にはポケモンの新作『オメガルビー』と『アルファサファイア』の発売を迎える。

ジェノサイドは今日までの間に、とにかく時間を有効活用する事でメガストーン探索に力を入れた。その甲斐あって十個しか無かったメガストーンは今や二十二個となっている。残りを数えた方が早かった。

 

「残りは六個か、頑張ったな俺も」

 

 学生の身分であるジェノサイドに使える時間はタイミングさえ考慮すれば十分にあった。彼は朝から夕方まで大学にいる訳では無い。例えばその日の講義が午後に一つだけであれば直前に行けばいいし、逆にそれまでの午前中は完全にフリーだ。明るくなり始めた早朝から探し始め、講義の間の空きコマを費やしたりもした。探すのに手間取って何回か講義に遅れたり、そもそも行くのを辞めて講義そのものをサボった日もあった。それほどまでに熱中していたのだ。

そう言いながら数十分前に手に入れたボスゴドラナイトを眺めながらジェノサイドは基地の食堂の席に座っていた。時間は朝の九時を過ぎた頃だ。この日も講義があるので彼はこれから大学へと向かう。

 

 ジェノサイドは残りのメガストーンを確認するために、ポケモンの攻略サイトをスマホで立ち上げては見つめていた。ここまで来ると何が足りないのかすぐに分かる。

そうしていると、向かいの椅子が突如何者かによって引かれた。

 

「?」

 

「なんかすごく久しぶりな気がする。ゆりながたまに(なばり)の話するから、たまには会えるかもーって思っていても中々会えないもんだね」

 

 岩船(いわふね)(もえ)

高校時代からの知り合いで、秋原(あきはら)友梨奈(ゆりな)の友人だ。一時期二人とはクラスが一緒だった事もあり、ジェノサイドとは顔見知りでもある。彼女も秋原同様、一般人でありながら非戦闘員としてジェノサイドに身を置いている立場なのだ。

 

「座っていい?」

 

「とか言いながら座ろうとしてんじゃん。まぁいいけど」

 

 彼女の姿を見るのはかなり久しぶりだった。半年以上は交流が無かったかもしれない。もっとも、この食堂で普段から調理をしている秋原と違い、岩船は表の世界で生活している時間の方が長い。あまり基地にも帰っていなさそうだった。

 

「久しぶりだな。お前から俺にコンタクト取ろうとするなんて珍しいよ」

 

「まぁちょっと話したいことがあってね」

 

 岩船は周囲を伺うように眺めたあと、近くに誰も居ない事を確認して顔を近づけて来た。彼女の狐のような細い目が更に細くなる。

 

「アンタ、ゆりなに何を言ったの?」

 

「……は? えっ?」

 

「怯えているよ、あの子」

 

 ジェノサイドは冷たい声を刺されて姿勢を伸ばした。そして少しの間考える。思い当たる節はひとつしかない。

 

「一切関係ないから気にするなって言ったんだけどな……」

 

「それを言って気にしない子だと思ってるの!? たとえそうで無かったとしても不安にはなるでしょ?」

 

 頭が痛くなりそうだった。確かに岩船の言う通り余計な事は言わない方が良かったのかもしれない。心の中ですまん、と呟いてそれまで俯いていた顔を上げると、岩船の冷たい表情が少し和らいでいるのが見えた。

 

「それで、何があったの」

 

「全部言えってか……」

 

「当然」

 

 ジェノサイドは悩んだ。秋原と岩船とでは性格は真反対である。大人しめで一人で抱えがちな秋原と違い、岩船は彼女と比較すると社交的でクヨクヨ悩むタイプではない。そのため、今みたいに気の強いところを誰にでも表す。

 

「何度も言うが、お前たちとは全く関係無い話だ。だから気にする必要もそもそも耳に入れる必要もない。それにお前は、秋原が言うには教師になろうとしているらしいじゃんかよ。そんなお前がわざわざ深部(ディープ)集団(サイド)の闇に首突っ込まなくても……」

 

「教師と言うよりは保育士ね。あと、関係ないとかじゃなくてゆりなが不安そうにしているから聞くの。いいから話して」

 

「分かったよ……」

 

 ジェノサイドは大きい溜息をつくとこれまでの経緯、特に五百城(いおき)(わたる)との衝突について話し始めた。

最初こそは自分とは無関係な事柄だったものの、深部(ディープ)集団(サイド)の別の組織の人間であったレイジに請われて身柄を確保したこと、その際に初めて五百城と接触したこと。そもそも五百城が解散令状を撒いてその権力を振りかざしていることなどを。

 

「そんな恐ろしい事してたんだね。知らなかった」

 

「だからあんまり話したくなかったんだよっ……」

 

「それで? 話はそれだけ? 他には無いの?」

 

「いや、無いよ。だから言ったろ? お前らは関係無いって……」

 

 ジェノサイドはこの時三日前の神々廻(ししば)とのやり取りについては伏せた。流石にそこまで話す気にはなれないのと、拗れつつある問題そのものに自身がこれから関わるか否かジェノサイド本人悩んでいるためだ。

 

「だったら何でゆりなに話したの?」

 

 岩船はそんなジェノサイドの言葉を遮ってまたも冷たい視線を放った。

 

「あ、それは……」

 

「だったら尚更話すこと無かったよね? 隠は知らないかもしれないけど、ゆりなは今凄く心配しているんだよ? あの子優しいから普段隠に対してはニコニコしているけど」

 

 余計に胸が痛くなる。男にとって、今目の前の女が見せる態度がその人の全てだと思いがちであり実際ジェノサイドはそう考えている人間ではあるのだが、自分の知らないところで自分のせいで悩んでいるという事実を突きつけられると責任感が重くのしかかってくる。相手が身内であり、話の内容も闇のように黒いものだから余計にだ。

 

「他に何か隠してるでしょ?」

 

「……」

 

「言って」

 

「……お前には勝てそうにねぇな」

 

 ジェノサイドは背を反り上げて背伸びをした。その間岩船とは視線を合わせない。

 

「その、五百城とかいうのと衝突した時に含みのあるような言い方をされた。そこでお前ら二人の顔が浮かんだんだ」

 

「含み?」

 

「少なからず因縁がある。僕じゃなく、僕の"元"後輩と、てな」

 

「うっわ……なにそれ……」

 

 気の強い岩船もこの時ばかりは引いた。

 

「お前たちを特定まではしていないだろうが、過去にお前たちが巻き込まれて、俺がやった騒動のことを奴は少なからず知っている。成り行きとか、そういう諸々について知られるのも時間の問題かもしれねぇな。とは言え、あの事件は既に解決しているし完全に向こうが悪いと結論が出ている。何も気にする事はない。奴がこのネタをダシにして俺とやり合う口実にするとかそのレベルじゃないかな、とは俺は思っているけど」

 

「私は外出歩いてて大丈夫だよね!?」

 

「奴等は世間体を気にする。表向きは奴も議員の一人だからな。そんな権力者が白昼堂々と女子大生つけ狙っていたらとんでもないスキャンダルになるだろ」

 

「それはまぁ、そうだけどさ……」

 

 岩船の顔が一瞬曇る。どれだけ気が強かろうがメンタルが強靭だろうが自分の身に危機が迫っているかもしれないと感じれば警戒するのは当然だ。ジェノサイドはそれを見て目の前の彼女がきちんと人間らしくしていて少し安心した。やはり彼女らはこの世界には相応しくない。

 

「ここまでは秋原には言ってないから安心してくれ。俺でもそれはヤバいと感じてるから。それと別件なんだけど……」

 

「まだあるの!? どんだけ面倒な事してんのよ!」

 

「三日前に別の議員に絡まれて五百城暗殺を依頼された」

 

「……は、はぁ!?」

 

 当日神々廻はそこまではっきりとした表現は控えていたが、実際のところはそれで間違いは無い。深部(ディープ)集団(サイド)の人間なら誰もがそう解釈する。

 

「だから今かなり拗れた段階にあるんだよね。五百城単体であれば絶対に俺には手出ししないしそもそも出来ないから俺も俺でスルーしようか思ってたの。もっと言えば俺に近しい人間にも触れられないはずだから奴がどれだけ裏で調子乗っていようが俺"ら"には無関係だ。だが、今回のように直に頼まれるとなぁ……」

 

 神々廻の言葉の裏には権力闘争も含まれている。だから余計に面倒であるし、決して関わりたくはないと心の中では思っていても、今後事が大きくなっていくのは明白だった。果たして何もしないというのが最適解なのか、ジェノサイド本人でも分からないでいるのだ。

 

「いや、やめてよねそんな怖いこと」

 

「当たり前だろ。俺だって誰かを殺したくはねーわ。俺がやるのはポケモンのバトル。それで俺は最強と呼ばれるに至ったんだからな」

 

 この話は二人だけの秘密だと、絶対に他言するなと念を押してジェノサイドは食堂を出た。講義は午後からなので時間に余裕はあるがいつまでも長話しているわけにはいかない。

メガストーンを探しに、ジェノサイドは基地を出た。

 

 

 メガストーンの反応が示された場所にひとまず到着したジェノサイドは、再びメガストーンの一覧が乗っている攻略サイトを見ながら呟く。

 

「俺の未所持のメガストーンの内四つはいいとして、残り二つはどうなんだ? ミュウツーなんて使えないだろ」

 

 第六世代のポケモンで実装されたメガシンカには、二種類のミュウツーが含まれている。特にYの方はとくこうが高すぎると評判ではあった。

しかし、ミュウツーがこの世界で姿を現したという話は聞いた事が無かった。そもそも、準伝説を含め、伝説のポケモンや幻のポケモンといった類のものはたとえゲーム内で用意していたとしても、この世ではそれが反映されない。何人(なんぴと)であっても特別なポケモンを行使するなど、絶対に有り得ないはずなのだ。

 

「……でも、バルバロッサって言う特例があるからなぁ」

 

 今に至っても何故バルバロッサが本来使えないはずの伝説のポケモンを扱えたのかはよく分かっていないが、極々限定的な環境においては使えるかもしれないと思った方がいい。何より、彼が伝説のポケモンと戦った事例はこれだけではないからだ。

 

「まぁいいや。とにかく探すぞー」

 

 ジェノサイドが今回訪れたのは東京都の観光名所のひとつ、高尾山(たかおさん)だった。

いつ頃からだったか定かではないが、まだ彼が小さかった頃にミシュランガイドに掲載されるようになってから登山客が爆発的に増えた。あれからもう何年も経っているので流石に当時ほどでないものの、それでも訪問者はそれなりにいる様子だ。

標高は六百メートルと大山ほどでは無いが、のんびりと登っていられる余裕は無い。山頂まで一気にポケモンで飛んではそこから探し始めた彼ではあった。

 

「ダメだ、ねぇや」

 

 高尾山の頂上は整備されておりかなり綺麗だ。景色も良く、よほど天気が悪くなければ富士山もよく見える。

しかし、メガストーンは見えなかった。

 

「地図アプリでは高尾山としか示してないしなぁ。山頂とか麓とかわかりやすい場所じゃなければ難易度爆上がりじゃねーかよ。どうすんだコレ登山道の真下の崖とかにあったら。取れねーよ」

 

 仮に登山道に置いていなかった場合は入手を諦めるだろうが、それがまだ分からない以上帰る訳にはいかない。

しかし、高尾山にはまだ分かりやすい地点がまだ残っている。

 

「……仕方ねぇ。そんな都合良くって訳にもいかないだろうけど少し下るか」

 

 一人で終始ブツブツと呟いていたジェノサイドはそう言うとスマホをポケットにしまって登山道に沿って下り始めた。その先には寺院がある。

高尾山(たかおさん)薬王院(やくおういん)

元は修行の山だった性格を残した姿。此処を通らなければ山頂には辿り着けない寺院だ。

 

 山頂からはそこまで距離がある訳では無い。感覚としては少し降りただけで到着した。そもそもジェノサイドはこれよりも難易度の高い大山という山に何度か登っている。

少なくない登山客に気を付けつつ、ジェノサイドは足元を注視し続け、決して石の光を逃さんという姿勢で探り続けた。

そして、彼の予想は的中した。場所は本堂のやや手前の位置。そこから光が放たれている。

 

「よかった、激ヤバ難易度じゃなくて……。って、これは……っ!?」

 

 光の位置でしゃがんで石を掴んだジェノサイドは、紫色に光るそれを見て絶句した。

 

 

「あれっ、レンだ」

 

 神東(じんとう)大学に通う大学二年生の樋端(といばな)(かける)は、一人険しい顔をして食堂の席に座っている隠を偶然見つけた。

時間はそろそろ昼休みが終わり、三限目に突入しようとしている頃だ。

 

「ようレン。珍しいなこんな時間に大学に居るなんて」

 

「……俺はこの後講義だよ」

 

「ははは、冗談だよ冗談」

 

 そう言って樋端は笑いながら隠の頭をバシバシと叩く。こういう時加減をしない彼の手はまぁまぁ痛いのだが、隠は黙って何度か叩かれる。

 

「なんかあったのか? すごく悩んでいそうな顔してたぞ」

 

「あぁ、まぁな……。こう見えて俺も色々悩むタイプの人間だからな」

 

「相談乗ってやろうか? もう時間無いけど」

 

「いや、いいかな」

 

 言いながら隠は立ち上がる。あと十分で講義は始まる。

 

「そうか? ならいいけど。あ、あとレンさ、明日はサークル来るよな? XYにとって最後の日だし皆で対戦やろうぜって話になってるよ」

 

「別に第六世代は終わらんだろうが……。んー、行きたいのはやまやまだが忙しいからなぁ。あと少しでメガストーンも揃いそうなんだよ。悪いけど明日はパスな」

 

「とか言ってお前昨日も一昨日も来なかったらしいじゃん。まぁ俺もバイトあるから月火は行ってないんだけどさ」

 

「樋端も行ってないなら別によくねぇか」

 

「俺はさ、先輩たちとはそんな交流無いからあれだけど、レンだったら先輩たちに出来るんじゃねぇの。その、相談とか」

 

「相談ね」

 

 隠は一瞬だけ先輩たちの顔を思い浮かべた。裏の世界を知らない、平和に生きる世界の象徴。そんな彼らと、今隠が抱えている"結社における政争"と"ミュウツー出現の可能性"という二つの凶悪な事柄とが交差しては消えた。そんな事、天地がひっくり返ったとしても話題として出すことなど出来るわけがなかった。

 

「そうだな、考えとくわ。じゃ、俺講義あるから行ってくるわ」

 

「いってらー」

 

 二人はそう交わして別れた。

食堂を出て、一旦外に出る。構内を少し歩いた先にこれから講義が行われる教室と、その教室のある建物があるのだ。

十一月の半ばともなると流石に冷えてくる。

軽いジャケットしか上に羽織っていないせいで寒さが身に染みる。しかも、構内は高い建物が何棟か立っているせいでビル風も吹いてくる。示されている気温以上に寒く感じる。

隠はいい加減冬用のコートを用意すべきだったと後悔しながらチャイムの音を聞きつつ教室へと向かった。

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