【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE 作:暁色の王冠
いつまでも悲しみに打ちのめされている時間も、過去の自身の行いに後悔している暇も無い。
翌日になりジェノサイドはすぐさま行動に移した。
とは言っても、今彼に出来る事など限られている。
神奈川県伊勢原市。そこに聳える大山。
標高一二五二メートルの高い
彼が来た理由はひとつしかない。
「ご無沙汰しております。また近い内に会えるものと思っておりました」
「そうか? 俺としては二度と来ないつもりだったんだがな」
前回と同様社務所の中へとジェノサイドは案内された。
「いかがお過ごしでしたでしょうか?」
「最悪だね」
ジェノサイドは案内された客間のような部屋に置かれた長椅子に腰掛けた。暫くすると皆神がお茶を持ってこちらへとやって来る。
「メガストーン探しとポケモンの新作。……あと大学生活に集中したかったのに、タチの悪いストーカーに追われるなどで散々だ。昨日は仲間が殺された」
「まぁ……」
ジェノサイドは湯呑みに口をつけながら皆神の表情を見た。わざとらしい声だが、哀れみを催す表情は本物のように見えた。演技だとしたら巧みだ。
「それはひょっとしてですが……結社に所属する一人の人間によって、でしょうか」
「その言い方からすると分かっているようだな」
予想よりかなり熱かった湯呑みを木製のテーブルに置く。ジェノサイドは昨日の出来事を、レイジが死ぬ間際の瞬間を、その光景を、フラッシュバックさせつつ一呼吸ついた。
「俺は……。俺"ら"は
「左様でございますか」
恐らく皆神としては、何故わざわざこのような事を言うためだけにやって来たのかと困惑したに違いない。少なくともジェノサイドからはそう見えた。
これが例えば他の組織の人間だとすると、"打倒ジェノサイド"を叫ぶ者同士が組織の枠を越えて協力する、というのはよく見られる光景だ。少し前にもジェノサイドは"包囲網"を敷かれて連戦を強いられたことがあった。
要するに、外部にも自分の声や意見を共有出来る環境を可能であれば作るものなのだ。
だが、ジェノサイドにはそのようなものはない。
そんな意味では彼は孤独な存在だった。
「それはつまり、本件について私に相談するために参った、と」
「そういう事だな」
「友達はおられないのですか?」
「悪かったな……ぼっちで」
静かな口調から放たれたひとつの矢が、ジェノサイドの胸に深く突き刺さった。真面目な空気であるにも関わらず、素が出てしまい若干和む。
「すみません、冗談です。ですが……事実貴方様はその立場ゆえに意見を述べる場などというのも中々無いものでしょう。しかし、かと言って貴方様の組織『ジェノサイド』のみで五百城と戦ったところで返り討ちに遭うのは目に見えています。倒すこと自体は可能でしょうが……」
「大正解。俺の思っていること全部当ててきて気持ち悪いぐらいだよ」
ジェノサイドは再び湯呑みを手に取り、熱い緑茶を飲む。熱すぎるものは苦手なので少ししか飲まない。
「ま、だからってお前に相談しても上手くいく事柄じゃねぇよなそもそも。悪いな、無茶な話題振っちまって」
「いえ、お待ちください。確かに無茶かもしれませんが……」
皆神は表情にこそ表さないものの、待ってましたとばかりに強い反応を示しつつ笏を幾つか取り出すとそれをテーブルに並べた。よく見ると何やら書かれている。
「お前……まさか笏をメモ帳代わりにしてんのか?」
「平安の世ではこのように使われていたようですよ?」
「だからって時代錯誤にも程があんだろ……」
絵に書いたような笏が綺麗に並べられるシュールな光景を見てジェノサイドは言葉を詰まらせる。古風な人だとは思っていたが、ここまで徹底されると逆に反応に困ってしまう。
「さて……不肖ながら意見を述べさせていただきます。解決策ならばございます。まぁ、その策も無茶と言えば無茶になりますが」
それを聞きながらジェノサイドは並べられた笏のひとつに触れる。
肌触りはあまり良くない。質の低い木から作られているようだ。
そんな木の上から筆で文字が描かれている。
「これは……なんだ? 住所のように見えるんだが」
「要は、貴方様と同じ悲劇を迎えてしまった方々と結託すれば良いのですよ。そちらの方々の連絡先はキーストーンを渡した際に控えております」
「お前……いつか個人情報売りそうだな」
反射的にジェノサイドは笏から手を離した。
テーブルに置いた時、その情報欄に個人の名前や組織の名前が書かれていない事に気付く。
「おい、待て。この笏……住所しか書かれていないんじゃないか? これだと誰が誰だか分からないんだが、どういうつもりだ?」
「あぁ、そちらでしたら」
皆神はジェノサイドがお茶を飲み終わったのを確認すると椅子から立ち上がり、自分と彼のものを持って別の部屋へと一旦引っ込んだ。ただの片付けなのですぐに戻って来る。
「そちらは私なりの配慮でございます」
どのような配慮があるのだと言うのか。個人情報の保護だとしても、一番保護すべき情報がある時点でそれを守る気は無いのは目に見えている。そこを突こうとジェノサイドは反論しようとした。
「貴方様にひとつご注意を、と思いまして」
「あ? どんな」
ジェノサイドが口を開く前に皆神が言う。反論の機会が奪われることで言うに言えなくなり、もどかしい気分になった。
「ジェノサイド様。貴方様の使命はひとつ。
それだけ聞いてジェノサイドは理解した。
個人の名前や組織の名が無い理由は、以前戦った人間だと知っていれば避けられてしまう。それを防ぐためだと。
「貴方様は悲劇を迎えた者の全てに、分け隔てなくその手を差し伸べる必要があります。余計な先入観や遠慮は必要ありません。そこでご注意がひとつ。それは、冷静になる事です」
「……」
ジェノサイドは黙って皆神の言葉を聞く。まるで軽い説教をされているような、普段の自分の身の振り方に問題があるから言われているような気持ちになってくるが、それは彼の考えすぎであった。
「彼等も貴方様と同じく、仲間を……誰かをきっと亡くされています。人によっては感情的になったり罵倒されたりもするでしょうが、決して冷静さを失わない事です。それさえ守っていただければ、きっと成されるでしょう」
†
「冷静を保ち続けて説得する……。その相手が過去に戦った敵だったかもしれない? 難易度高すぎだろバカヤロー。挑むってレベルじゃねぇぞオイ」
一人で愚痴を吐きながらジェノサイドは大山を後にした。
皆神の笏に書かれた情報は別の形で控えた。流石にそれを持って出歩く訳にもいかないのと、持ち出していいかどうかを尋ねた際に珍しく皆神が困った顔をしたためだ。
「かつての敵ねぇ……。こうなる事を初めから狙っていたんじゃねぇのか、あの野郎」
既にジェノサイドは神奈川から離れ、他県へと移動していた。笏に書かれた住所はとある街の住宅地を示している。その目的地も、その中にポツリと立つ公会堂であった。
小さい建物だった。街の、と言うよりはその地域に住む自治会のための公会堂のようにも見える。鍵は無い。木製の引き戸の扉を躊躇なく開いたジェノサイドは、そこに五人ほどの人の姿を確認した。
「……よう。まさかこんな形でもう一度会うことになるとはな」
その中でジェノサイドが知っている人間は一人しか居なかった。嘗て戦った経験がある。あまりにも前の話だと忘れていたかもしれないが、比較的最近であったこと、その戦い方が特徴的であったために忘れずにいたようだ。
「少し前に俺と戦ったよな? 少なくともお前は俺を忘れてはいないはずだ。あの時戦った人間が俺じゃなかったら、お前は死んでいたかもしれないからな」
男はジェノサイドを鋭く睨んだ。
元々人相が悪そうなのも相まって、凶悪な表情を見せつけている。周囲の取り巻きはジェノサイドの突然の来訪に戸惑っているようだ。
「"フェアリーテイル"のルーク。お前に用があって来た。少し俺と話をしないか?」
数ヶ月前の話だ。ジェノサイドが
「……ジェノサイドか」
ルークは彼を暫く睨み、憎悪に似た感情をこれでもかとぶつけると同性の顔をまじまじと見つめることに一種の気持ち悪さを感じたからか目を逸らしそっぽを向く。
「テメェに負け、全てを失った敗北者に何の用だ?」
どこか投げやりだった。状況が違うとはいえ、あの頃魅せていたSランクという格上の人間相手にも堂々と、そして何処か見下していたような態度がまるで感じられない。その顔からはやつれと疲れが見える。従えている仲間も五人だけと考えると、彼も五百城の餌食に遭ったようだった。
「最近どうだったかを知りたかった。その返答次第では……答えも変わってくるかもしれないしな」
「そうか、だったら特にねぇよ。ねぇから死ね」
この間もルークはこちらを見ようともしなかった。机に肘をついて寄りかかっている。
無関心を装っているのか、本当に無関心なのかジェノサイドには分からない。
だが、五百城と戦うためには絶対に必要な人材だ。
「なぁ、お前……五百城渡という男を知っているか?」
その瞬間。公会堂の空気が変わった。
自分以外の人間全員が確かに驚愕していた。
ルークも例外ではなかったが、すぐに平静を取り戻して元の表情に戻る。
それを見て、ルークの態度は装っているだけだとジェノサイドはこの時判断出来た。
「最近、
五人の中の誰かが当事者、と考えるように小さく呟いた。少しずつだが彼らの関心を引いているのは確かのようだ。
「五百城渡。コイツは結社の人間というステータスを利用して無茶苦茶な要求を俺らにしてくる。組織を無理矢理解散させたり、拒否すれば全員殺されたり……とかな。俺の元にもその影響がやって来た」
「まさかお前……ジェノサイド解散を命じられたのか!?」
「いや、流石にそこまでは無い。この世界において俺はバランサーらしくてな。無くてはならない存在だと言うのはバカな五百城も知っているようだった」
一瞬だけ素が出たルークはジェノサイドの顔を見たが、すぐにまた目を逸らした。ここまで来るとわざとらしい態度だと言うのが明白である。
「話が見えねぇな。お前は五百城に何をされて、巡り巡ってここまてやって来たのか……。冷やかしならいらねぇよ。死ぬほどイラつくから帰るか死ぬかしろ」
「まぁ聞けって。二週間ぐらい前に、五百城に狙われているから助けて欲しいと保護を求めて
「結社の人間とやり合ってんのかよ……」
ルークではない、別の誰かが呻くように発した。自分たちでは考えられない。そう言いたそうであった。
「それはオマケだ。結果だけ言うと、そいつは昨日死んだ。俺のミスとはいえ、五百城によって俺の仲間が殺された……」
「そぉかよ」
「それとは別でここだけの話、別の議員から五百城暗殺の依頼もされた」
「はぁ? 何だそりゃ」
ジェノサイドがやって来てから世界が一回り二回り違うような話が駆け巡る。そのせいでルークは半ば呆れ始めた。同時に理解した。自分は無謀にもこのような人間に挑んでいたのか、と。
「お前に知っていて欲しいのは、意外にもこの世の中には五百城が死ぬ事を望んでいる人間やその風潮が広まり出しているということがある反面、個々の力ではどうしようも出来ない現状があるということだ」
「お前、あれか。この俺に……」
「ルーク。俺の調べでは、お前も五百城の被害者の一人だろ。少なくとも今のお前はAランクって言う規模を誇っているようには見えない」
話そうとしたところを遮られ、しかも好き勝手に言われた気がしてルークはジェノサイドに聞こえるように大きく舌打ちをする。
そんなルークの様子を見て仲間の一人が叫んだ。
「ジェノサイド……てめぇもう黙ってろ。それ以上喋んな」
「分かってるさ。俺は深くは突っ込まない。俺はただ今後の提案と報告に来ただけで……」
「何人だ」
今度はルークがジェノサイドの言葉を遮る。狭い空間にルークの叫びが響いた。
「何が……だ」
「お前は何人仲間を殺されたよ、ジェノサイド」
「一人。よりにもよって、直接俺にコンタクト取ってきた奴がな。有能だっただけに残念だった」
「それだけかよ。流石は最強だな。……俺のとこは何人死んだと思う? 二十人だ。笑っちまうだろ。俺は仲間を二十人も殺されたんだ。殺させたんだぜ」
予想以上の数だった。
ルークは決して実力が低い人間では無い。それは直接戦ったジェノサイドが知っている。それだけに、犠牲者の大きさを知ってジェノサイドは絶句した。
「その中には俺にとって大切な奴も居たさ。だがあの野郎、俺が少し外に出ていると知って襲撃に来たんだ。俺に知らしめるかのようにな。でも、アイツらも少しは抵抗したんだろうな。アイツは頭ぶち抜かれて死んだ。そこまでするかって笑っちまいそうになったよ。ホント、この世界ってクソだよな」
「なぁ、ルーク……」
「テメェの言いたい事は分かるぜ。五百城に仲間殺された奴集めて敵討ちしようってんだろ。テメェに似合わず組織の枠取っぱらってよぉ。だが俺はそれには応じねぇ。拒否する」
「……理由は?」
「まずテメェが気に食わねぇ。テメェが一人で五百城殺すってんなら少しは見直すかもしれねぇが、テメェの下について五百城殺せって言われるくらいなら死んだ方がマシだね。テメェに負けたせいで俺の運命が狂わされた訳だしな」
それはお前が勝手に挑んできたせいだ、と反論したくなった気持ちを必死に抑えながらジェノサイドは黙ってそれを聞いていた。ズボンのポケットの中で強く握られた拳が震えている。
「それともう一つ。俺たちを直接管理している結社に挑むとかアホかよ? テメェどれだけ頭おかしい事言ってるのか……その自覚はあるんだろうな? 荒唐無稽なんてレベルじゃねぇんだぞ」
「それは……分かっている。だが幸運な事に結社内にも五百城アンチはそれなりに居る。俺はソイツを味方にしている」
「ソイツが裏切らないという確証はあんのか? 俺がテメェと同じ立場だったら、結社の人間ってだけで信じるに値しない人間だと見るけどな」
多くの仲間を失った男の言葉としては間違ってはいなかった。事実、ジェノサイドも
だからこそ、そんなルークに対し「神々廻は悪い奴ではない」なんて口が裂けても言えない。
ジェノサイドはまたも黙ってしまう。
「……だとしても、俺は本気だ。本気で五百城を殺すと決めた」
「お前にしては珍しい決意表明だな」
「これ以上この世界がメチャクチャになってほしくねぇしな。それに、俺は……」
この時。ジェノサイドはレイジを失ったミナミの顔と、嘗て自分が経験した耐え難い記憶とが思い起こされ、重なった。途端に胸が苦しくなる。
「俺は……これ以上悲劇を生み出したくない。止めたいんだ」
「あっ、そう。それだけか」
「だが俺一人が立ち上がったところで、何も果たせない。敵は権力そのものだ」
「最強の名が泣くな。哀れだ」
「だから俺は俺が出来る事をやるまでだ。俺には金がある。協力してくれたら報酬を出す。なぁ、ルーク。共に協力して、共に戦ってくれないか? 俺たちで権力の暴走は許されないとハッキリと主張するんだ」
己の非力さとは裏腹に、その声には力が篭っていた。