【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE 作:暁色の王冠
時間は進み、昼下がり。
夏はとうに過ぎた季節ではあるのに、油断をしていると汗をかきそうな陽射しであった。
今は午後一時から始まる三限目の時間帯だ。講義を受けていれば、今は中盤に差し掛かるところだろうか。
そのせいもあり、今この大学の敷地内に人はほとんど居なかった。
数千人の学生を抱えた学び舎であったとしても、講義中の時間に敷地を歩き回る人はごく少数であろう。あるとすれば、講義に遅刻して来た者や、空き時間が余りにも暇なのでフラフラしている者、前のコマの講義が終わってから復習なり友人との会話なりに熱くなった者が今になって遂に帰らんと移動しているかのそのどれかだろう。
ジェノサイドはそのどれにも含まれない。
裏の世界で通じる身分を隠し、服装も改め、いとも容易く潜入を果たすと行動を開始した。
「案外セキュリティは緩いのな、こうして見ると。部外者も簡単に入れるじゃん」
正門であっても裏門であっても警備員は立っている。しかし、声をかけることはしない。明らかな不審者であったり、あからさまな交通ルールの違反をしない限り目に留まることは無いからだ。
白のシンプルなシャツと青のデニムという格好のジェノサイドはふと過去の一片を振り返った。
彼がまだ高校生であった頃。ジェノサイドが最強と言われる前の話。
彼は通っていた高校から家という名の基地に帰ろうとまさに校門を抜けた直後に、
傍から見れば一般の男子高校生が見知らぬ男に学校前で声を掛けられた、そんな光景にしか見えなかったせいであろう。そのためか、周囲の注目も浴びたし、すぐさま教師が駆け寄って来る。
記憶の中の景色は、そこで突然消える。ジェノサイドがそれから先を思い出す事を止めたからだ。
彼本人にとっても、それは良い記憶では無かった。それよりも、高校は大学と比べてセキュリティが厳しかったという一部分だけが今にとっては重要だったのだ。
とは言え、大学というのは開放されているのが当たり前であり、そこが強みである。なので、違っていて当然なのかもしれない。
逆に。甘いからこそ。それ故にこの事態から引き下がることは出来ない。
ジェノサイドは、一歩一歩アスファルトの大地を強く踏み締める。
「ん? でも待てよ。此処にある事以外は何も知らないよな。考古学……の教授だっけか? 誰なんだそいつは。名前も聞いとけばよかったな」
緊張感が全身から抜ける。
ジェノサイドは迷わず携帯を取り出しては頼りの老人へと連絡を繋げた。
『どうかしたか? それとも、もう手に入れたところかな?』
バルバロッサは案外早くに電話に出てくれた。相手が組織の長だからだろうか、それとも目当ての宝が楽しみであるからだろうか。
ジェノサイドはそんな余計な考え事をしながら協力を求める。
「悪い、まだだ。って言うか誰が持ち主なのか聞きそびれていた。悪いが、持ち主の名前を教えてくれ」
『まだだったのか……。それにしては遅すぎるぞ。今まで何をやっていたんだ』
「いやぁ俺此処の大学の生徒だしなぁ……」
『いいか、これは重要な任務なんだ。下手をすればこの世界そのものが一変してしまう可能性さえも秘めているんだ。それを安全に保護、確保しようとしているものを……。それに、最近お前さんは気が抜け過ぎていないかな? 最強ランクの組織を束ねているとはいえ、お前さんが倒れた暁にはこの世から我々の組織が消えてしまうと言うのに……』
説教が始まった。
あまりの白熱ぶりにバルバロッサは目的を、受け流すのに精一杯のジェノサイドは現況を忘れてしまうほどに、長い戦いが始まってしまった。
「悪かったって。軽く見ていたかもしれない」
『ならば早く向かうことだ。教授が居ないなんてことが無いようにな。もしもそうなれば任務は失敗……』
「分かったって分かったって。それで、名前は?」
『まったく……。まぁ良い。対象者の名はシメダ トシキだ。くれぐれも、間違いが無いようにな』
「なぁ、それともう一つ。そいつ本人を写し鏡諸共組織が保護するってのはどうかな? やっぱりいきなりアイテムだけ奪うってのは何だかなぁ……って感じがするんだが」
『そこは勝手にしてよろしい。お前さんのやり方に任せる。だがまぁ、それでも相手が写し鏡を寄越さなかった場合は……』
「その場合は?」
『力づくで奪い取れ』
ジェノサイドはバルバロッサのその声、その指令を聴くことは出来なかった。
その直前にスマホはジェノサイドの手から滑り落ちてしまったからだ。
鈍い音と共にスマホが落ち、通話は途切れる。
理由は明白だった。
「ポケモン……だと?」
ジェノサイドの目の前に突然ポケモンが現れ、攻撃を発する。ジェノサイドはそれを避けた反動でスマホを落としてしまったに過ぎなかったからだ。
ジェノサイドは落ちたスマホを拾い、まずは安堵する。画面は割れていなかった。
そして、ゆっくりと前を見つめた。
今はとにかく、状況の整理が必要だった。
丸腰のジェノサイドに対し、前方には自身と同年代にしか見えない男と、その男が操っているであろうポケモン、コマタナ。
猛っているのか、その鋭い腕をぶんぶんと振り回している。
(知らない顔だ……。この学校の人間がどうか……も分からないよな)
素性を探るのはすぐに止めた。無意味な結果に終わるだけなのに時間がひたすら過ぎそうな気がしたからだ。
本当ならば相手は自分のことをどこまで知っているのか、それを知りたかったが下手に探ると墓穴を掘りそうにもなるのでそちらも諦めた。
今、ジェノサイドは"
(情報が無さすぎる……。コイツは無差別に人を襲う
そのようにして思案するジェノサイドと、様子を伺っている相手との間でしばらく見つめ合う無防備なさまを晒し続けてはいたものの、それは時間が許さない。
ジェノサイドがまず求めたのは安全であった。
身を隠せる遮蔽物を求め、ジェノサイドはなんの前触れも無く突如として走り始めた。
それを見たコマタナのトレーナーも彼を追う。
とにかく近くに立っている校舎棟を目指したジェノサイドは、まずは外周を沿うようにグルリと走り回る。
若干の距離が出てきただろうかと角を曲がったタイミングでチラリと首だけを動かして後方を確認した。
案の定、トレーナーよりも先にコマタナが躍り出てきた。
それを待っていたとばかりに、ジェノサイドは急ブレーキの如く足を止め、体を回転させるのと同時にひとつのモンスターボールを投げた。相手のトレーナーが角を曲がりきるまでに。
シンプルなモンスターボールから出たのはリザードン。
そのポケモンは、今現在プレイしている『ポケットモンスターY』その作品内で登場するヒトカゲを起源とした、この現実世界でも使えるよう改めて育て直したヒトカゲを進化させた個体だ。
そのリザードンは、ゲーム対戦においては必ずメガシンカさせるポケモンであるのだが、どういう訳か現実においてはその現象そのものが発現出来ずにいる。即ち、本来の力を発揮できない個体ゆえに行使することを躊躇う存在なのだが、今はそんな不安などが生まれる余地すらない。
コマタナ相手ならばこのままで十分すぎるからだ。
遂にトレーナーは角から姿を現す。息が少し乱れているようにも見えた。
その瞬間。
「"だいもんじ"」
ジェノサイドはリザードンに必殺技を命じる。
リザードンが吐いた炎の塊は小柄なコマタナを吹っ飛ばし、唐突な出来事に驚いているトレーナーをよそにとにかくジェノサイドはその場から離れた。
主人についてくるように羽ばたいているリザードンをボールに戻したジェノサイドはふと、その異様な光景に違和感を感じ、一息ついて周囲を見る。
(やけに……人が多いな……。まるでこの後何かイベントが起きるかのような……)
ほんの数分前までは自分以外の人間が居ないほどだった敷地内に、まるで文化祭の準備を彷彿とさせるほどの人だかりが、そこには出来ていた。
囲まれている訳では無さそうだった。あくまでも、彼らは出歩いているだけだ。
ある種の気まずさを催しつつあるジェノサイドは、更なる安全を求めてラウンジへ、つまりひとつの建物を目指してそろそろと歩き始めた時。
不覚にも、リュックを背負った一人の男と目が合ってしまった。
その人は、ひどくびっくりしているかのように目を丸くし、ひたすらにじっと見つめて来る。
ある種の気味悪さを感じたジェノサイドは無視せんと視線を外したその時。
その男が、モンスターボールを投げた。
それだけでなかった。その場にいる、"すべての人間が"同じようにボールを空に向かって投げている。
その数、軽く確認しただけでも二十数人。
(まさか……こいつら全員、
ジェノサイドはその事実に驚愕した。
この大学内において、自分と同じ人間が"居すぎて"いることに。
埒が明かないと踏んだジェノサイドは再びリザードンを呼んではそれに飛び乗り、とある地点まで指差すと上昇するよう命じる。
対応が出来ずに呆気にとられている地上の人間たちを見下ろしながら、隣に立つ校舎棟と同じ高さに到達したジェノサイドは彼らを指しつつまたも命令した。
「あいつらに向かって"だいもんじ"だ」
直後にして怪物の口から灼熱の炎が発せられると、地上にいる全てを包まんと拡散し、爆発。
それによって生じた煙に紛れてジェノサイドはやや離れた位置に作られた空中廊下を見出すとそこに着地し、場が大人しくなるまで身を屈める形で隠れつつ様子を見ることにした。ついでにリザードンをボールに戻して。
「うまく撒いた……かな? とりあえず、連絡しないと……」
ジェノサイドが携帯を取り出しながら誰も聞いていないはずの一人言を発していると。
「あれあれ〜? 今あなたポケモン使ってたよねぇ?」
聞き慣れた声が向こう側の校舎から聞こえてきた。
顔見知りに見つかってしまったか。その事実、その状況にジェノサイドは背筋を震わせた。