【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE 作:暁色の王冠
ジェノサイドは恐る恐る振り返った。
知り合いの声だと分かった以上、下手に追及されてしまうだろう。だからと言ってそのまま無視はしたくなかった。何も分からないままやり過ごすのは、あまり良い気分にはならない。
「先……生?」
その顔を見てまず安堵した。知っている顔ではあったが、友人ではなかったからだ。
「ん? あなた……見たことあるわね。いつも私の講義を真ん前で受けている生徒だよね」
「今しがた……変な爆発音? 破裂音? がした気がしたのだけど……もしかして原因はあなた?」
「すいません先生。今ちょっと立て込んでて……」
「まさか先生相手に言い訳? それとも何か別の主張があるのかなぁ?」
ジェノサイドは緊張していた。言葉には上手く表すことの出来ない変なやりづらさが心を満たしている。
相手が自分よりも大人であり、講師である事が一番の理由だったが、それだけではなかった。若かったからだ。
神東大学という場は、比較的老年に達する教授や講師が多い。そんな中で、三十代前半の女性講師というのは学生からすると珍しい存在だった。
そして、見た目がかなり若い。最近二十代に突入したジェノサイドたちからすると、生徒と先生と言うよりは、先輩と後輩の間柄に見えるほど年齢も近く思えてしまい、可愛げというものを名残に見せているように若く見えるのだった。
要するに、大人の綺麗な女性相手に緊張しているだけであった。状況も状況なために。
「大学構内でポケモンの利用は規則で禁止しているはずよ? はじめの一回だったら厳重注意で済むけれど……その一回目でも悪質な場合は処罰の対象になっちゃうよ?」
「でも先生! 俺は何もしていなかったんだ! 急に向こうからやって来て、それで……」
「正当防衛の主張かな? でも流石に相手が悪いというか運が悪いというか……。あなたも知っているだろうけど、先生の分野は刑法なのですよー? その主張が認められるまではちゃーんと取り調べもしないとねぇ」
「先生! 今俺それどころじゃなくて……とにかく急いでいるんだ! 誰も死んでいないし、軽い怪我程度に手加減しているはずだから、今だけは見逃してほしいんです。罰ならまた別の機会に必ず受けるんで」
「なぁにそれ……」
そそくさと早歩きで去ろうとするジェノサイドに、堀田は何かを思い出したかのように声を上げ、反射的に彼の足を止める。
「ねぇ待って。何か用事でもあるのかな? 講義中のこの時間に問題起こしつつ歩き回っているなんて怪しすぎるよ?」
「あー……それはー……」
ジェノサイドは内心悩んだ。今ここで話せる範囲で目的を話すかどうかを。
と言うのも、ジェノサイドは目当ての場所をよく分からずにいた。まだ大学二年というのもあるのかもしれないが、彼は教授らとの交流が極端に薄い生徒なのである。
「あの、先生……。シメダ先生をご存知ですか?」
「ん? あの、考古学の先生のこと? 文学部考古学科の
「考古学科なんてあるんだ……」
任務がバルバロッサからの御遣いとはいえ、ジェノサイドは必要とするはずの情報を一切持ち合わせていなかった。きっと本来ならば、こうして行動する前に色々と下調べするはずなのだろう。もしもジェノサイドがジェノサイドでなければ、そうしたかもしれない。
「こんなんが、最強……か」
「今なにか言ったかな?」
ジェノサイドはそこに表の世界の人間である堀田が居ることを忘れて、ついボソッと呟いてしまう。
だが、はっきりと聞かれなかったようで彼は慌てて取り消した。
「〆田先生に用があるんだね」
「えぇ、まぁ……」
「場所は分かるかしら?」
「いいえ、研究室もよく分からなくて……」
「案内してあげるよ。ついでに取り調べもしないとねぇ」
年齢に見合わず堀田は悪戯っぽく笑う。ジェノサイドが心の底から嫌そうな顔をするので冗談だと笑い、しかし半ば強引に隣を歩きだした。
「毎回気になっていたんだけど、どうしてあなたは講堂の一番前の席に座って、私の講義を聴いているのかしら?」
「えっと、それは……」
ジェノサイドは堀田の案内のもと、空中廊下に繋がる建物を抜けて外に出る。彼女は一際高い建物を指していた。
「俺が、と言うよりは俺の友達がきっかけなんですよ。ほら、隣にいつも同じ顔のヤツが居ると思うんですけど……」
「そういえば一緒に居るね」
きっかけはその友人の提案だった。
『講義の時間って眠くならね? つい寝ちまうことあるよな? でも、先生の真正面で講義受けたらプレッシャーかかりまくりで寝ることも無くなるんじゃねぇのかな?』
という、理論も体調の問題も一切考慮しない感情論のゴリ押しの結果、その友人と受ける講義は必ず一番前の席で、と決められたのだ。
「はい、ここよ。この建物の十階」
堀田が立ち止まった先には、敷地内でも特別目立つ建物があった。
二十階以上はあるであろう超高層ビルの隣に、六階建ての高層建築物が立っている。
それは、この大学のシンボルでもあった。迫力のあるそのビルは、数km離れた駅からでも確認出来るほどだ。
「十階ってことは……高い方ですね」
「隣の建物は教室しか無いわよ」
「十階まで行けば分かりますかね?」
ジェノサイドは長い間見上げていることで首が痛くなりそうになるのを懸念しながら尋ねた。去年立てられた新築であるが故にほとんど来たことすら無かったためだ。
「分かると思うわよ? 入口に名前あるんだし。確かー……1010-D3だったはずよ」
「なんですかその呪文みたいな名前は」
ジェノサイドは望んではいなかったとはいえ、ここまで案内してくれたことに対して感謝を伝えると、早足で歩いていった。
†
目的地に着いてジェノサイドは納得した。
「なるほど、この建物が施設内にある十番目の建物で、その十階。Dがよく分からんけど三つめの部屋ってことね」
目当ての扉を眺める。
そこには、"
「こんな苗字あるのかよ……てかアレ漢字だったのかよ……」
本当に此処に写し鏡があるのだろうか。
疑念を抱きながら、ジェノサイドは扉を三度ノックする。
返事はすぐにやって来た。
そこに本人が居る。それを実感したジェノサイドは心の鼓動を少しだけ早めて、扉を開けた。
「失礼します」
「やぁ、君は……」
〆田は反応に困っているようだった。数多くの学生を抱えている大学とはいえ、ある程度講義に参加するなりすれば、自然と顔は覚えられるものだ。だが、今自分の前に立っている、アポ無しでやって来た学生の顔は知らない人間のものだった。
あまりにも馴染みが無いので、他学部の学生かもしれないが、それすらもはっきりできない。
「突然すみません。本当だったら事前に連絡すべきだったのでしょうが、アポ無しに訪問してしまって……」
「いや、いいんだよ。まぁ、連絡あった方が嬉しかったんだけどね」
小さい丸眼鏡をかけた白髪の男は、手元の資料を机に置き、手を組み直して真っ直ぐに彼を見つめる。
「それで、ご要件は?」
「えっと……それは……」
「ひとつ確認なんだけど、君は私の講義を受けたことがあるかな? どうも、見慣れないものでね」
「あ、えっとすいません。僕は先生の講義は受けた事はなかったんですけど、そもそも僕他学部の生徒でして……」
「ふむふむ。やっぱりね」
声色は一定して明るい。
警戒とか注意とか、そう言った姿勢が一切見当たらなかった。あくまでも、〆田はジェノサイドをこの大学の一人の生徒であるとある種のフィルターを掛けていることでオープンに接しているのだろう。
そのように察したジェノサイドはまたしてもやりづらさを覚えた。
どのようにして写し鏡を聞き出し、手に入れるのかを。
「うん?」
なかなか素性を表に出さないジェノサイドを少しばかり怪しんだのか、片方の眉が動く。ジェノサイドはそれを見逃さない。
そこから少しの間、沈黙が流れる。
「あの、先生……」
「えーっとねぇ?」
ふとしたタイミングで、二人の声が重なった。〆田は「どうぞ、君から」と手で合図をしたのでジェノサイドは遂に覚悟を決める。
「先生。写し鏡を……ご存知ですか?」
〆田の顔が変わった。
それまでのにこやかな表情から一転、敵意さえ含んでいるような顔に。
それはまるで、
「見たところ……この部屋には無さそうですが……。先生が海外で発掘した代物だとお聞きしました。それは今、何処にありますか?」
「どうして君が、そんな事を知っているんだ」
当然の反応だった。
見ず知らずの人間が、秘匿事項に触れれば人によってはそう言うだろう。そこは、ジェノサイドの想定通りだった。
「どうか、その詳細についてお話くださいますか? 僕はどうしてもそれについて知りたいのです」
「ダメだ。話せない」
「何故ですか?」
「そんな物、私は持っていないからだ」
素人が見てもはっきりと分かるレベルの嘘だった。ジェノサイドはそれに気にする素振りを見せない。
「僕の知り合いが、教えてくれたんです。神東大学の〆田先生が、"うつしかがみ"を持っていると」
「だったら、そんな知り合いとは縁を切りなさい。根も葉もないデマで他人を振り回すもんじゃないよ……」
「先生……」
内心穏やかでなさそうだ。
目線も逸らし気味になり、机の上で両手を組んでは解いてを繰り返している。
「それは、危険な代物なんでしょう?」
「……」
「今、この世界ではポケモンが実体化している……そんな現象が見られています。もう四年も前からの話ですが。そんなポケモンと関わりの深い道具だとか。先生がどこまでポケモンをご存知かは分かりかねますが、どうやら普通でないポケモンに関係しているもののようなんですよ」
「君は……どこまでその事を知っているのかね……?」
流れが変わりつつあった。今この場で最も緊張しているのはジェノサイドよりも〆田のようである。
とはいえ、ジェノサイドも油断は出来ない。彼はその道具については何も知らないからだ。
バルバロッサから聞いた話を断片的に繋ぎ合わせ、その場しのぎをする。それを最後まで続けるのみだ。
「あれは……絶対に手放す事は出来ないんだ。危険な連中の手に渡るのを防ぐ為にも……」
「その危険な連中って、もしかして
その単語を口にした途端。
〆田は驚愕に満ちた顔をジェノサイドに向けた。
言ってはいけない名を聞いてしまったかの如く。
「なんで君はそんな事を……」
「先生、僕はある程度の内容ならばすべて知っています。だからこそ、尋ねているのです」
「君のその知り合いとは……何なんだい?」
「お察しの通りですよ、先生」
〆田は深いため息をついた。顔を伏せ、何か考えているような仕草をすると椅子から立ち上がり、部屋にあるクローゼットへ向けて歩くと無言で開く。
そこには金庫があった。ジェノサイドがつま先立ちをし、首だけ伸ばしてそちらを見るものの、ダイヤルの番号までは見えない。
「私は少し信じられないよ……この大学内にそっちの世界へ進んでしまった学生が居るなんてね」
「先程構内で小さな爆発を起こしました。まぁ、ただのポケモンバトルです。ここに来るまでに多くの学生と衝突しました。まるで、彼らも写し鏡を狙っている風に。ですがご安心ください。皆小さな怪我で済んでます」
「事後報告されてもねぇ……」
〆田のダイヤルを回す手が止まる。
そして、金属製の重い扉がゆっくりと開かれる。
〆田は再び、大きくため息吐くと言った。
「好きなだけ見なさい。これが君の求めている"うつしかがみ"だよ」