【ORAS10周年記念】Re:Re:ポケットモンスター REALIZE 作:暁色の王冠
〆田はそれを手に持ってジェノサイドの目の前に持ってくる。まるで見せびらかすように。
「君のお望みの品は……これで合っているかな?」
「本当に……。現存しているなんて……」
ジェノサイドは顔に出ている以上の驚きをもってその鏡を出迎えた。
ゲーム内で見たドット絵と全く同じ姿かたちをしている。
「どうして……先生がそれを?」
「結論から言うと分からない。私の本来の目的とは大きく逸脱しているからねぇ」
「目的……ですか?」
〆田は"うつしかがみ"を自身の机の上に寝かせた。台座が無いため立たせる事ができないためだ。
「君は、
「いいえ」
「……まぁ、私の講義受けたことが無ければ当然だよね」
〆田は机を中心にグルグルと歩き回り始めた。広い講堂でより多くの生徒に話を聞いてもらうための彼の一種の癖だ。
ジェノサイドに対する、講義が始まった。
「大山とは、神奈川県は
「高尾山の倍なんですね」
「ま、まぁ重要なのはそこじゃないんだ。大山そのものにも、そこに立てられた神社も相当歴史が古い。
「は、はぁ……」
ジェノサイドは〆田が何を言っているのかよく分からなかった。が、この教授の専門が考古学である事を思い出すとそれに類しているものと解して改めて聞きに徹する。
「私の研究テーマは『大山と古神道の関連性について』なんだ。その研究の過程で私はそこで発掘調査をしてきたんだ。勿論許可を得てね。元々大山からは縄文時代の遺物も出てきている。原始の神道に纏わる物が出てくるんじゃないかと踏んだんだがね。だが、出たのは……」
「その"うつしかがみ"だったと?」
〆田は無言で頷いた。
「私はこの遺物の本質を理解した訳では無いが、以前から君たちの存在は把握していた。ある折に、君たちのような存在から狙われるタイプの物だと連絡が入ったものでね」
「その連絡は……どちらから? それと、何故先生は我々の存在を知っていたのですか?」
「その二つの質問には答えないでおくよ。どうしても私には言えないことのひとつやふたつがあるものなんだ。……分かるだろう? 人生長く生きると、嫌でも"そういうもの"に触れてしまうものさ」
「先生」
ジェノサイドは一歩足を踏む。同時にポケットからポケモンの入ったボールであるダークボールをチラリと見せる。〆田に視せるためのわざとだ。
「先生は先程、絶対に手放す事は出来ないと言われました。ですが、僕からするとどうしても必要な道具なんです」
「……脅しのつもりかね?」
〆田は一度だけ視線を落とす。その先にあるのはポケットから取り出しかけているダークボールだ。
「僕だって本当はこんな事したくはないんです」
「だとしても、駄目なものは駄目だ。実際に地中から出たという事実がまずい。ある種のオーパーツかもしれないし、或いは誰かの悪戯かもしれない。ハッキリさせるまでは手元に置いておかないとダメなんだよ。……安全面も考慮したうえでね」
「安全面……。本当に安全なのですか? 先生は戦えますか? 僕や、僕みたいにそれを狙う
〆田は険しい顔をしつつ一歩だけ後ずさりをした。ジェノサイドがその分近付いたからだ。
「……」
「先生、こういうのはどうでしょうか? 僕と、僕の組織が先生と"うつしかがみ"の安全を保障します。僕が先生を保護しますよ」
「生徒の身分で一体何を……」
教授の言葉に内心ムッとする感情を心の奥底で抑えつつ、ジェノサイドはシャツの胸ポケットから新たに"なにかを"取り出しては掌に乗せ、彼に見せつけた。
「これは我々は"紋章"と呼んでいるものなのですが……軍隊で言うドッグタグみたいなものです。個人を識別するアイテムです。こちらの世界ではいつ誰が死んでもおかしくありませんからね」
「突然何を物騒なことを……。これは……?」
〆田も気付いたようだった。金属に刻まれた刻印、その意味に。
「僕は、ジェノサイドです。
「何が……言いたいんだい?」
「僕が
「君と居ると常に戦いに巻き込まれそうなんだが……」
「逆です。安全なんですよ。"基地"は」
「なるほど……。狙われるのは君だけという事か」
〆田はジェノサイドの提案の意味を理解し始めた。
最強であるがために戦い慣れたジェノサイドとその組織は、護りにも慣れている。
「私のような捕虜一人入れる分には何も問題はないということか……」
「捕虜なんてやめて下さい。保護です。馬鹿正直に
〆田は考える素振りを見せ始める。時折口から唸り声を漏らしているのを見るに、ポーズでは無さそうであった。
「それならば……なぜ君はわざわざ危険を承知で出向いたんだい?」
「はい?」
「君たちの世界では、組織のトップは倒されてはいけないんでしょう?」
「あぁ……そこまでご存知であったか……」
「ある程度のことならば、ね」
「僕も説明しにくいのですが……と言うか自分でもよく分からないのですが、今回僕が直接来たのには幾つか理由があります。一つは仲間に頼まれたから。もう一つは僕が行けば確実であるから。最後に、余程の事が無い限り僕が死ぬ事は無いからです」
「自信満々だね」
くくっと低く笑う声がする。〆田のその反応は、まるでくだらないお笑いのネタを見た時のようなものだ。
「僕のこれまでの
「よし、分かった。私も決めたよ」
〆田は再び歩き出しては机の上に寝たままである"うつしかがみ"を手に取っては抱くと、ジェノサイドの前まで歩みを進める。
「これを君に託そう」
「いいんですか?」
「考古学的価値があるかどうか……分からないところだけど、これがある限り私の安全が脅かされるのならば……こうするのが一番手っ取り早い気がしてね」
「と、言うことは我々の元には来ない……という事ですか?」
「当たり前だね」
にやにやと笑いながら〆田は答える。自ら進んで
「その代わり、君にも頼みごとがある」
「なんでしょう?」
ジェノサイドは〆田から"うつしかがみ"を受け取りつつ返事をする。ズシリとした重みが腕に、全身に伝わる。予想の三倍ほど重く感じたせいで前のめりになりかけた。
「君はそちらの世界で影響力があるんだよね? それだったら、君の言葉として発信してほしい。"うつしかがみ"は己の手の中にあると」
「なるほど。そうすれば貴方に忍び寄るはずだった魔の手の一切が消える、と」
「慣れているんだろう?」
「当然です」
〆田は再びガラ空きになった机を見つめてはそこに備え付けてある椅子に座り直した。そして、のびのびとした調子で両手を組んでは解いてを繰り返す。
「それともうひとつ。君は仲間に頼まれて私の元まで来たんだよね?」
用事は済んだ。
ジェノサイドは背を向いて片手で扉を開けようと意識をそちらに向けかけた時だった。
微笑みながら、振り返る。
「えぇ。もう何年も馴染みのある仲間ですからね。断れなくて」
「その仲間とは……君にとって大切な存在かい?」
ジェノサイドはすぐには答えなかった。
バルバロッサの顔を思い浮かべては、同時にこれまでの経験、記憶、過去を思い出している。
常に、彼が居た。
「はい。とても大切な友人であり、仲間であり、家族でもあり……そして、僕の命の恩人です」
「そうか、そうか……」
〆田は満足そうに笑みを浮かべると右手で退出を促しつつ言った。
「大事にしてあげてね。大切な人というのは、かけがえのない存在だからね」
「失礼します」
ジェノサイドは軽い笑みをその言葉の返事とし、一礼して研究室を出た。
「これで解決……かな。先生を保護する事は出来なかったけど、まぁ目当ての物は手に入ったしいいかな。先生がなんで
研究室のある十階建ての建物から出て外の空気に触れる。
ひと仕事終えたせいか、普段よりも清々しい。
そこへ、ひとつの影が見えた。
「堀田……先生?」
「それは何かな? 〆田先生との用事は済んだみたいね」
ここまでジェノサイドを導いた若き講師がまるで自分を待っているかのように佇んでいた。
だが、その表情はどこか暗い。
「ごめんね、先生全部聴いちゃった。耳をすませば中の会話聴けちゃうんだよね」
「後ろをついてたんですか……全然気が付かなかった」
「あなた、ジェノサイドなのね」
名指しされても黙るしか無かった。
特に困るほどでも無いからだ。
「私からみて、あなたは私の講義を聴きに来る生徒の一人よ」
「俺も似た感じです。この大学に居る先生の一人。その中でも分かりやすい講義をしてくれる人だと」
「でも、私はもうそうには見えなくなったわ。あなたはジェノサイド。
「ちょっと待ってくださいよ。〆田先生といい堀田先生といい、どうしてみんな
「……これで終わらないことね」
「先生?」
ジェノサイドは鏡を抱えながら身構えるフリをする。
空気に変化が生じたのを感じた。
「あなたが思っている以上に、"そちら"の世界を知る人は多いわ。あなたはこれまで、上手く誤魔化せてきたかもしれない。表向きは普通の生徒でありながら、裏でおぞましい戦いを繰り広げていた。でも、それでも問題は無かった。上手く立ち回れていた」
「先生、何を言っているのですか?」
「警告よ。もうここから先は、今までのようにはいけないわ。"こちら側"でいつまでも平穏でいられるとは思わないことね」
「先生、どうして
「ほら、もう行って。いつまでもそれを持って出歩いているのは危険なんでしょう?」
ため息が意思に反して出た。
心の中で渦が巻いて仕方がない。モヤモヤがいつまでも付き纏って離れない。不必要なストレスを抱えて余計にストレスを感じているのに似ている感覚だった。
捨て台詞を吐くようにジェノサイドは言う。
「俺は四年前からこの世界に居ました。とにかく苦しみの連続でしたよ。命の危機を何度も覚えた。俺の代わりに死んだ仲間も居ました。そんな人間が、今更平穏を望んでその通りに生きられると思うのでしょうか? 僕はそうは思いませんね」
ジェノサイドはひとつのボールを放り投げる。
規則で禁止されているはずのポケモンの行使を、講師の目の前で行っても彼は動じない。それは堀田も同様だった。
外に出されたリザードンは何度も翼を羽ばたかせて空中に留まる。
ジェノサイドはそれに乗った。
「俺は最初から覚悟のうえですよ。今更怖いものなどありません。さようなら、堀田先生」
言い終えると同時に、主を乗せたリザードンは飛び立つ。
地上に残された堀田は、みるみるうちに小さくなっていく彼らを呆然と見つめることしか出来なかった。
リザードンの背に乗って秋の風を浴びながら、ジェノサイドは手元を見つめる。そこには陽の光を反射して輝く"うつしかがみ"があった。
「はじめから覚悟のうえ……か。そんな覚悟、いつ抱いたっけか」
ジェノサイドの脳裏にはほんの数分前に交わした堀田とのやり取りが、その光景がこびり付いている。
堀田が最後にジェノサイドに見せた、優しさを含んだ睨みが彼には強烈だった。
彼女が何を伝えたかったのか、複雑に絡んでいるであろう本心を聞き出せなかった。
目的は果たせたが失敗もした。
相撲に勝って勝負に負ける。
そんな気分だった。
手に持った"うつしかがみ"が余計に重く感じた。