15光年のガイア   作:ナカイユウ

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第一話 大地(ガイア)

 死んでしまいたいと思うことばかりのこの世界で、

 悲しいことに遭わず生きることなんてきっと出来なくて、

 世界は真っ暗で、

 明日に希望も無くて、

 夢も持てなくて、

 

 そんな人達が溢れに溢れてるこの世界で_

 

 

 

 「駄目だよガイア。()()に向かってこんなこと言っちゃ」

 

 

 

 君は何を思い走り続ける?あまりにも深すぎる悲しみと苦しみをひとりで背負い、()を重ねて_

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あーしんどかった今日の撮影マジで」

 

 スタジオからマネージャーが運転する車の後部座席で今日の撮影で費やしたエネルギーを20分と少々の仮眠で補填して、家に着く直前に明日以降のスケジュールの確認をして車を降りて、二重ロックのかかった玄関の鍵を開けて愚痴を吐き出しながら家の中に入る。時刻は夜の8時過ぎ。ちょうどお腹もいい感じに空いてきている。

 

 「ただいまー」

 「おかえり。夕飯はちょうど出来上がったところだよ」

 「サンキュー母上」

 

 家に帰りがてらリビングに顔を出して夕飯の支度をしている母上へ無事に家に帰ってきたことを生存報告。ここ1,2週間は映画の撮影が終わり休みを取っているとはいえ、いつもは芸能活動が忙しく帰るのが夜遅くか日付を跨ぐことも珍しくないから夕飯は雇っている家政婦(お手伝い)さんの手料理を食べる回数のほうがどちらかと言えば多いが、やっぱり母親が手料理を作っているという普通の日常じゃありふれている光景がそこにあるだけで、心にバフがかかる。無論、お手伝いさんの手料理も美味いことは付け足しておくが。

 

 「じゃ、いただきます」

 

 ひとまずは持ち歩いていた必要最低限の手荷物を自分の部屋に置いて洗面所で手を洗い、リビングに戻ってダイニングテーブルの上に並べられた母上の作った手料理に手を合わせて、有難く頂く。ちなみにおれが母親のことを母上と呼ぶ理由は、特にこれといってない。敢えて言うなら、お父さんのことを親父と呼ぶようになったのと同じような理由だ。

 

 「うん。やっぱ美味いわ」

 

 いつものことだが、今日も母上の作る手料理は最高に美味しい。バラエティ番組などで紹介される高級レストランの料理みたいに豪勢かつ特別な素材を使っているわけではないものの、色どりや栄養バランスが細かく計算された家庭的な献立は毎日食べても本当に飽きない。さすがはお手伝いさんに料理を教えるほどの腕前なだけあるわ、この母上。

 

 「_ところで今日の撮影、随分とハードだったらしいじゃない?」

 「軽く血しぶき浴びてきた」

 「あなたって血とか虫の死骸とかグロデスクな類は駄目じゃなかった?」

 「気合いでどうにか克服した」

 「気合いで乗り切るのはまだ克服出来たとは言えないでしょ」

 

 やがて食卓を囲んでしばらく他愛のない会話をした後に始まるのは、上原家恒例の仕事の話。絵面だけなら和やかな親子水入らずの食卓というささやかながらも幸せな光景だが、いま視線の先で自分の手料理を上品な手つきと所作で口に運ぶ母上はただの母親ではなく、おれにとっては同じ芸能界の言わば大先輩だ。

 

 「一度ついた子役のイメージを払拭したいのは分かるよ。だけど焦って何でもかんでも仕事を引き受けて迷走でもしたら元も子もない・・・これからも芸能界で生き残りたいのなら舞い込んできた仕事が自分にとって意味のあるものか見極める判断力も大切になってくるよ、ガイア」

 

 おれの母上にして、芸能界という嘘と欲望が渦巻く異端極まれりの華やかな世界でトップスターの座に君臨している歌って踊れて演技も出来る説明不要の大人気美少女マルチタレント・・・だったのはおれが生まれる前の話で、今はすっかり女優業に力を入れて映画にドラマ、そして本人曰く念願だったコメディエンヌとしてもマルチに活躍する国民的トップ女優・不知火(しらぬい)フリル。おれにとっては0歳のときから同じ家で一緒に生活してきた母上だから緊張もへったくれもなければ特別に思うこともないが、さすがに中1になって徐々に自立心的なものが芽生え始めてくると、自分の母親が不知火フリルであるという現実が如何に世間から逸脱した環境(もの)かが分かり始めた。育ってきた環境が違うからとか、そんな問題ではない。

 

 「言われなくても、その辺はちゃんと判断して引き受けてるよ。何せもう中1だぜ、おれ?」

 

 そしておれは、8歳で子役として人気に火がついてしまったが為に世間にすっかり染み付いてしまった子役のイメージを払拭すべく芸能界という華やかな世界で生き残る道を模索する悩める中学1年生・上原(うえはら)ガイア。ちなみにこの名前は芸名で、本名は上原大地(ガイア)。この名前で生まれ育ったおれからすれば物心ついたころには慣れていた話だが、大地と読んで()()()と読むこの名前を初見で言い当てられたことは一度もない。というか、はっきり言っておれの本名を全くの初見で言い当てられる赤の他人はこの日本において誰一人いないということに軽く1000万円は賭けられるくらいの自信がある。マジでは賭けないけど。

 

 「中1なんて誰がどう見てもまだ子どもだよ。大人ぶるのはまだ早いんじゃない?」

 「芸能界じゃそれだと遅いから色々と試行錯誤してるんだよ」

 「おー、ガイアも試行錯誤なんて難しい言葉使えるように成長したねえ」

 「褒めるかディスるかどっちかにしてくれないかな母上?」

 「普通に褒めてるんだけどなー」

 

 食卓を囲みながら、これからのおれのキャリアについての話は続いていく。子役としてブレイクを果たしてから早4年、さすがにピークは過ぎて仕事のペースも注目度も落ち着くところまで落ち着いたとはいえ、しぶとく干されずにそこそこの人気を保ったまま今日も表舞台に立たせて貰えているのが、おれの現状だ。

 

 「じゃあここからまた真面目な話に戻るけど、これからどんな役者を目指していくか、それともこれから大人になっていく過程で気が変わってスパッと違う業界にいくかどうかはガイアの自由でいいとして、あなたは芸能界の中でも1,2を争うほど恵まれた環境にいるってことだけは忘れないでね」

 「うん。そのつもりでおれはずっといるよ」

 

 何より母上に加えて、ワケあって今は別居中の親父が揃って超が付くほどの人気俳優という恵まれすぎた両親がバッグの如く背後にいるとは言え、若手俳優やアイドル業界以上に入れ替わりが激しい子役の競争社会で4年も干されずにどうにか生き残れているおれは、本当に運が良いなと思っている。そもそも両親が揃って芸能界で天下を取っている強運の持ち主だから、その恩恵を分け与えられているとも言えるかもしれないが。

 

 「そして誰よりも恵まれた環境で役者を続けるってことは、裏を返せば誰よりもいばらの道になるってこともね?」

 「・・・それこそ言われなくても分かるやつだよ。バーチャルどころかAIのアイドルが東京ドームでライブをする日が来ようと、()()が色眼鏡で見られるのはいつになっても同じだしな」

 

 無論、いま受けている恩恵は時としてナイフとなって容赦なくこの身体を切り刻む刃にもなるということは、おれだって知っているつもりだ。

 

 「_そろそろ向こうも夕飯を食べ終えたころだよね?」

 「まーとりあえず掛けてみればいいんじゃね?」

 

 誰かに取って代わられ干されてしまった連中からすれば羨ましい限りの悩み事を話し合いながら食卓に並ぶ手料理を食べる時間はあっという間に終わり、母上が自室から持ってきたタブレットをリビングのテーブルの上に立てかけて、ソファーに隣同士で座る。

 

 「ガイアって母親(わたし)が隣に座っても平気なんだね?」

 「普通(いつも)のことじゃん」

 「だいたいこのぐらいの年頃になると男の子っていうのは母親が隣に座ろうとするだけで特にワケもなく煙たがる生き物になるんじゃなくて?」

 「そんな偏見聞いたことないんだけど?」

 

 別にどうということではないが、中1になっても普通に母上と同じソファーで隣同士になっても嫌悪感を1ミリたりとも感じないおれには、俗にいう反抗期というものがないのだろう。何て言っても隣に座っているのが美少女と呼ばれていた15年前から衰え知らずの美貌を保ち続けている不知火フリルなのだから、特に意味のない反抗をする気が起きないのが現実だ。ただし家族である前に互いに芸能人だからか、価値観がぶつかって言い合いになる日もごくたまにある。それが俗にいう反抗期なのかは知らないが。

 

 「って、姫ちゃんが10年くらい前に言ってた」

 「逆によく覚えてるねそんな前のこと」

 

 アプリのビデオ通話を繋げて通話先の相手が出るのを待ちながら、母上と他愛もなければ中身もない会話で沈黙を繋ぐ。何だかんだで家にいるときは、この時間が一番の楽しみだったりする。

 

 「昔から演技以外は点でアホなままだね姫ちゃんは」

 「そうかそうだなそうかもなー」

 「うわどっかで聞いたことのある台詞出てきた」

 「何のことそれ?」

 「何でもない。偶然だった」

 

 どうせ親父は、今日も出ないだろうけど。

 

 「あ、繋がった」

 『おっつー』

 

 通話を繋げてから5コール目、相手のアイコンと名前で埋め尽くされた画面が切り替わり、自分の部屋のカーテンをバックにした母上によく似た端麗な美少女の顔が映り、笑いながらこちらに手を振る。

 

 「イブ、姫ちゃんは今日も元気?」

 『稽古と映画の撮影が終わって帰ったばっかだからソファーで無事に死んでる』

 「そう。元気そうで良かった」

 「元気どころか死んでるけどね母上?」

 

 死んでいるのは言うまでもなく姉の冗談なのだが、やっぱり親父は今日も毎日の日課である家族通話には参加しないらしい。母上から聞いたことによると、このところは来月に本番を迎える舞台稽古と主演映画の撮影を並行してこなしているらしいから、無理はない。年齢だけ見れば今年で38歳のおじさんだからあんまり無茶はしないで欲しいのが子供心ではあるけれど、自分で築き上げたトップ俳優の地位がそれを中々許さないという、スターの宿命。

 

 「ところでガイアはちゃんとクラスに馴染めてる?」

 『まあぼちぼちって感じかな。クラス違うからよくわかんないけど』

 「なんで本人が隣にいるのに一回イブを通した母上?」

 「だってガイア(あなた)に聞いたところで大丈夫って返って来るのは目に見えてるし。こういうのは第三者から聞いた方が確実でしょ」

 「正論だけど何かあったらおれから言ってるわ」

 

 タブレットを通じてリモートで母上と一緒にボケを繰り広げている双子の姉のイブこと、上原衣舞(イブ)。母上譲りの少し緑がかった艶のある綺麗な黒髪と端麗な顔立ちに、親父譲りの紫色の瞳がアンニュイさを付け足すアクセントになっていて一言で表現するならまさに両親の良いとこ取りのビジュアルを兼ね備えた超絶が付いても過言ではないレベルの美少女であるが、おれとは違ってイブはただの一般人だ。

 

 『なんかリモートって1ヶ月もすれば慣れてくるかと思ったけど、やっぱり何だか慣れないよね』

 「ひょっとしてホームシックにでもなった?」

 『ううん。ただ距離感がまだ掴み切れてないって感じ。ほら、あたしたちってついこの間まで一緒に暮らしてたじゃん』

 

 そしておれとイブの違うところをもう一つ挙げると、全く同じ日に生まれた双子のくせに姉弟どころか赤の他人レベルで顔が違うということ。もっと深くまで掘り下げるとするならば、この身体に流れている血は母上と親父の遺伝子を考えると絶対にあり得ない血液型になっている。強いて言えば、鼻筋だけは偶然にも親父と似ているおかげで周りからはかろうじて違和感なく親子だと思われているのが、ある意味で救いかもしれない。

 

 「イブ。もしどうしても寂しくなったらこっちに戻ってきてもいいからね。私もガイアも大歓迎だよ」

 『それは嬉しいけど残念ながら出来ないよ・・・だってそんなことしたら、パパが1人きりになって寂しい思いをさせちゃうから』

 

 

 

 なぜならおれはたまたまイブと同じ日に生まれただけで両親とは血が一切繋がっていない、()()()()()だからだ_

 

 

 

 「でも最悪いざってなったらプチ家出ってことでいつでも帰れるじゃない。歩いて10分くらいだし」

 『まあそれはそうだけどね』

 「今更だけど別居した意味あるのかこれ?」

 

 タブレットの画面の中で明るく振る舞うイブとの会話を、ツッコミ役に徹しながらひと時を楽しむ。と言ってもイブが住んでいるのはこの家から歩いて10分ほどしか離れていないマンションだから、その気になれば全然会いに行けるし、何なら学校で普通に会えるからこの時間が終わるのに名残惜しさはほとんどない。傍から見ればツッコミどころしかない徒歩10分圏内での別居も、親父が親父なりにおれとイブのことを考えた上でのことだと信じるようにしている。

 

 『けど本当にあたしは全然平気だよ。ガイアもちょっとずつ仕事が減り出したのか学校で見かける機会が増えてきたしね』

 「仕事が減るとか不吉過ぎるからおれがいるとこであんま言うな」

 

 ただ親父がイブを連れてこの家から出て行った日から1ヶ月と少し。親父はビデオ通話に一度も出ないばかりか、おれとは互いに顔すら合わせていない。弁明するまでもなく、こうなったのは全ておれのせいだ。

 

 『ははっ嘘だよガイア。ちゃんと姉として応援してるから拗ねない拗ねない♪』

 「・・・子供扱いすんなし」

 「お、初めて家族に反抗したよこの子」

 

 

 

 もしもおれが最初から()()()()()()としてこの家族の元に生まれていたら、15年前に公開された()()()()で少年Aを演じた役者が殺されずに今も生きていたら、きっとこうはならなかったはずだった_

 

 

 

 「_私たちはそろそろ切るね。明日は学校だから夜更かしはし過ぎないように」

 『うん、いつもありがとママ。ガイアも明日は学校?』

 「スケがオフだからフツーに学校」

 『そっか。じゃあまた明日だね』

 「だな。ちゃんと寝とけよイブ」

 『最後の名前だけ変えてそのまま返すよ芸能人さん?』

 「おう、言われなくとも」

 『じゃあ2人ともおやすみ~』

 「おやすみー」

 

 結局今日も親父の顔を見ることなく、変わらず元気に明るく振る舞うイブとの10分程度の団欒はいつもみたいに平穏なまま終わった。




最終回を読み終えた後に湧き出てきたライブ感で始めたので完全に勢いとノリだけの思いつきですが、どうぞよろしくお願いします。
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