「……どこだここ?」
ベッドの上で横になっていたら、いつの間にかおれは一面が真っ白の文字通りに何もない不気味な空間に寝っ転がっていた。何となくこれが夢だというのは分かるが、この謎空間の暖かくも寒くも熱くも涼しくもない絶妙な空気の心地良さが、醒めようとする意識を惑わせてこの意識を沈めている。
「(……羽?)」
ちょうどいい謎空間の空気に浸り仰向けで横になっていると、どこからともなく舞ってきた一枚の黒い羽が鼻のあたりを掠めるように顔の上に落ちてきた。何やら嫌な予感がして、おれは顔の上に落ちたその羽を手で取り起き上がり何もない白一色の空間を見渡す。
「やあ」
「…うっわ」
ちょうど真後ろでどこかで聞いた5歳児っぽい声が聞こえて座ったまま声のした方角へ振り返る。視界の先にいたのは、予感の通り不敵に微笑むあのいけ好かない
「まず聞くけど、これは夢?」
「もちろん夢さ。君にとってはね?」
「神出鬼没を通り越してもう何でもありだな」
「意外と冷静にこの状況を受け入れるんだね?」
「だってそれが夢ってやつだし」
前は学校帰りの公園で、今度は夢の中と来た。無論、夢なんてものは
「というかさ、話せる友達がいないからって人の夢の中に入るような真似したら余計に周りからヤバい奴判定されて怖がられるだけだからやめた方がいいんじゃね?」
「君に友達の心配をされる筋合いはないよ」
「神様の分際で露骨に話逸らしたよこのちびっ子」
とりあえずボロを出させて退散させるために、挨拶代わりに軽く煽る。おれとしてはこんなめんどくさい悪夢から一刻も早く醒めたい気分だ。
「言っておくけど君の魂胆は把握しているから、どんなに足掻こうと無駄だよ」
だがさすがは神様か、俺が寝ていることを分かった上で夢の中に入り込んできていた。これはまた、面倒だけどこのちびっ子の話に付き合わなければいけないということか。そもそもこれは夢だから、おれの想像でしかないのかもしれないが。
「……おれさ、五反田さんって映画監督の映画に主演で出ることになったんだわ」
「そうみたいだね」
「やっぱ全部お見通しか」
座り込んだままのおれの左隣に立つ神様へ、横目でこの2日間で起きた一番の出来事を伝える。言うまでもなく、全てがお見通しだということを分かり切った上でおれは伝えた。
「シンプルに聞きたいんだけど……これは運命的な意味で言うとどっち?」
「君は何が言いたいの?」
「運命的に今のおれは良い方向に進んでるのか、それとも悪い方向に進んでるのか……どっちだ?」
そんなものはただの本題を切り出すための口実でしかなく、最初の切り札を出したおれは本当に聞きたいことを神様へ切り出す。わざわざ向こうからおれに会いに来たということは、必ず何かしらの大きな意味があるはずだ。
「期待に沿えず残念だけど、そんなの私には答えられないよ」
運命の方向性を問うおれに、4頭身の神様は前を向いたままそう答える。
「前に言ったこと……もう忘れた?」
おれの前に身体を移してくるりと振り向き、目の前にしゃがみ込んでわざとらしく首を傾げて悪戯に笑う神様。
「……運命を変えるのはおれ次第。か?」
「うん。それを分かっているならこんなことを私に聞くのは間違っているんじゃない?」
どうやらこの神様とやらは、意地でも答えを教えてはくれないらしい。そうじゃなければ運命は変わらないとでも言いたげに。
「……じゃあ、質問に答えない代わりに私からひとつ君に質問してあげよう」
「親切と見せかけた嫌がらせじゃねえか」
すると神様は、おれの問いに答えない代わりに今から言う問いかけに答えろというこれ以上にない理不尽なことを聞いてきた。はっきり言って夢だけに、あまりに滅茶苦茶だ。
「君は今回の映画で、星野ルビーと共演することになったよね?」
「…そうだな」
「そして君は、事務所で初めて星野ルビーと会ったわけだよね?」
「ああ。それがどうした?」
と言って文句を垂れながらも結局は断らなかったのに気を良くしたのか、目の前でしゃがんでおれの顔を凝視する邪気じみた無邪気な顔をした神様は話を続ける。全てを知っているという神様は、当たり前のようにおれが星野さんと会ったことも把握していた。ただでさえこれは夢だから、ツッコむのもアホらしい。
「星野ルビーと会って……君は何を思った?」
半ば流れ作業で言葉を返していたおれに、瞳を不気味に開いた神様はこう聞いてきた。
星野ルビー。アイドルだったときと変わらない綺麗さと煌びやかな瞳で、ステージを降りてからも輝きは全く失われていなかった。痛みや苦しみを嘘で何重にも重ねた上で成り立つファンを魅了するあの曇りのない笑顔も、映像で視た星野ルビーと変わっていなかった。
「ガイアくん……君は色んなものを背負い込んで、心の整理が出来ない中でも生きていく意味を探す道を選んだから、ここにいるんだね」_
そんな星野さんが一瞬だけ見せた、あの笑顔の中にある感情のうちの1つ……と言い切るにはまだ不確かだが、確かに垣間見た
「……星野ルビーもきっと、人間らしい感情を抱えながらアイドルをしてたんだなってこと」
「他には?」
「ひとつじゃなかったのかよ」
「質問自体は同じでしょ?」
「…もういいやめんどくせえ」
おれの答えを遮るほどの勢いで、神様は間髪入れずに掘り下げて行く。
「多分……おれはまだ
ここで張り合うつもりはないから、素直に頭の中に出てきた答えを伝える。たった数十分で初めて会った人のことを理解するなんて絶対に不可能だが、少なくともおれはどこまでの星野さんが本物でどこまでが嘘なのかは全く知らないし、オーディションで主演を取ったとはいえまだあの人とは分かり合えたわけじゃない。
「本当にそれだけ?」
「おう……あとは何も」
分かり合えていない以上は、おれが神様に答えられるのはこれくらいだ。
「……そう」
あとは何も答えられないと伝えたおれを見て、神様は静かにそう言って立ち上がる。
「だったら君のやるべきことは、
「
座り込んだままのおれを見下ろす神様へ言い返そうとしたら、白一色の世界はいつの間にか見慣れた部屋になっていて、神様の姿もどこにもない。どうやらおれは夢から醒めたみたいだ。いちいち夢のことなんて覚えないが、夢というのは一番いいところで終わるらしい。
「(……そんな気はしてたけど大分早いな)」
明かりの消えた部屋の暗さからしてまだ夜が明けていないだろうと思いつつ枕元のスマホの画面を付けると、3:01と時間が示されていた。ようやく悪夢めいた不気味な夢が終わったと思う反面、早く目覚めてしまったことへの僅かな不快感が襲う。これも全部、夢にまで出てきたちんちくりんなあの神様のせいだ。
「……はぁ」
溜息をひとつ吐き出して、朝までもうひと眠りする前に1回顔を洗って気分をリセットさせようとおれは部屋を出て洗面所へと向かう。夜中に顔を洗ってしまうと目が覚めてしまうとどこかで聞いたことがあるが、とにかく神様からの助言が気になって若干眠気が飛んでいる今は、もう一度寝るために気分を一旦リセットしたい心境だ。
「だったら君のやるべきことはたった1つだよ……」_
夢から醒める寸前、神様はおれにそう言った。運命がどうなるかなんて分からないと言い張り何かしらのヒントを教える素振りだけして何も教えない神様がよこした、最後の一言。おれがやるべきことは何なのか。主演が決まった五反田監督の映画に出て与えられる役を演じ切ることが果たしてその答えなのか。それとも他に答えがあるのか。
「(あぁもう…考えれば考えるほど意味が分かんねえ…)」
運命が分からない以上は何も思いつくはずもなく、寝静まった上原家の中をなるべく音を立てないように移動して、洗面所に辿り着いたことを察知した照明がつく。せっかく五反田監督の新作映画での主演を勝ち取り、家に帰れば母上に加えてイブと3人で食卓を囲んで、おれの部屋で久しぶりにイブと2人きりで話をして最高な1日になったはずが、日付を超えた途端にこれだ。とりあえず
「てか……なんで夢にまで出てくるしあのちびっ子……」
それ以前に、夢に出てくること自体がもう意味が分からなさすぎる。ああまでして一緒に話せる友達がいないのかは知らないし割とどうでもいいが、あの神様も神様でおれに構う理由がまるで分からない。人類を正しい運命に導くことが仮に神様の仕事だとしたら、わざわざおれにばかり構う必要はないのに。
……もうすっかり信じ切ってるなおれ……_
顔を洗って、自分のタオルで軽く顔を拭きながら、すっかり神様の存在を信じてしまっている自分を心の中でぼやく。最初は質の悪いドッキリだとすら思っていたのが、2,3日して夢の中で再び会って話をしただけでこれだ。無論、どうせおれがこうなっているのもあの神様の思惑通りなのだろう。
「……」
水に濡らした顔を拭き終え、徐に洗面所の鏡の前に立って真正面に写る僅かに寝癖が立った自分の顔を見つめる。今日も今日とて、目の前で全く同じ
「
「……そういうこと?神様が言ってるのって?」
鏡の中にいる誰とも似ていない顔を見ていたら、神様から言われたひとつの言葉が脳内を駆け巡った。この顔に生まれた意味を考える……それが神様の言うおれの
……ほんとさ、なんでおれはこの顔に生まれたんだろうな……
そんな自分の顔を鏡で見るたびに、おれはこう思っている。別に自分の顔が嫌いだとか、そういうわけではない。ただ1人だけ赤の他人な顔を見るたびに、どうしておれはこの顔に生まれたのか、どうして母親はおれのことを捨てて上原家に預けたのか、色々とネガティブなことを考えてしまう。ある意味で救いなのは、おれが実母のことを全く覚えていないということだろうか。
……おれの母親は……誰……
「
「!?」
鏡に映る自分の顔を見ていたら、一瞬だけ寒気に似た感触が鳥肌となって全身を走りすぐに消えた。
「……何だったんだ……今の?」
その
「……寝よう」
これはもうどうやっても思い出せないパターンだなと本能的に察したおれは、明日の読み合わせのことも考え部屋に戻ってアラームに叩き起こされるまで眠りに就いた。
「……眠れないの?」
夜3時。1時間ほどベッドの上で横になったものの寝付くことが出来ず、眠気を待つのを一旦諦めバルコニーに出て外を眺めていた背後から、レオが優しく声を掛けてきた。
「ちょっとね……今日は
「ああ。そうだったね」
背後に目を向けずに、眠らない街の一角を幾千光年の距離で輝く星々が淡く照らす夜空を見上げたまま私は言葉を返す。
「……今日も綺麗だ」
「空が?」
「ううん、どっちも」
「ははっ、何それ」
バルコニーの柵に手を置いて夜空を眺める真横で、レオも同じような姿勢で夜空を見上げて悪戯にクスリと笑う。それに釣られて、私も思わず笑ってしまった。こんなふうに日付が周った
「……
初めて会ったときからは想像もつかないほど闇が抜けて明るくなった横顔が、優し気な声色で問いかける。
「私の心配なんか嘘みたいに、元気にしてたよ……まあでも、それなりに抱えてそうだったけど」
同じように心配しているレオへ、今日会いに行った感想を告げる。あの後にママとお兄ちゃんに挨拶しに行ったこともレオは知っているから、何も隠すことはない。
「……レオはどう思う?」
「ん?」
「ガイアが苦しんでいる原因がもしあるとしたら……何だと思う?」
視線を合わさず、夜空を見上げたまま私はレオへ聞く。
「……それはきっと、ルビーを苦しめている
夜空を見上げる視界の横で、優しく寄り添うような声と感情でレオは答える。アイドルを引退して表舞台から距離を置いて幾らかの時間が経っても消えることのない、全ての始まりの記憶。
「……そうだね」
大人になっていくにつれて人の愛し方を忘れてしまっても、自分自身がこうなってしまった
「だから……
もしこの私が母親として出来ることがあるとするなら、これ以上は背負わせないことだ。
たとえそれが……私とガイアを繋いでいる
「……本当にルビーはそれでいいんだね?」
夜空を見上げていた隣の視線が、右に立って見上げている私に向けられる。闇が全く感じられないほど煌びやかに透き通る碧い瞳に、死にたがりを乗り越えた先の狂気を感じ取る。元凶に運命を狂わされた
「うん。始めよう」
もしかしたら気付いている方もいらっしゃるかと思いますが、三点リーダーを少しだけ変えました。自分的には多少は読みやすくなったかな?と思っているのですが、実際のところはどうなんですかね……というわけでここからじわっと第二章が始まっていくって感じです。
それはそうと、モチベーションの情緒が不安定過ぎてすみません。