15光年のガイア   作:ナカイユウ

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第十六話 親と子

 「続きを話せる範囲で話すとするなら、今回の映画でガイアくんと私は親子の役で共演することになったんだけど・・・・・・その映画の撮影が終わるまでの間、役作りということでガイアくんには週末だけ私のところで“親子”として過ごしてみない?っていう提案なんだけど。どうかな?」

 

 提案という名の前置きを挟んで、星野さんは意を決したように見える表情でちょうど真ん前の位置に座るおれの眼へ真っ直ぐ訴えるように伝えた。それは五反田監督の映画の役作りの一環で、撮影が終わるまで星野さんの家で“親子”として生活してみないかという提案だった。

 

 「・・・何を言っているんですか?」

 「分かるよガイアくん。私も自分ですっごいバカなこと言ってるな~って思う☆」

 「笑顔で言わないでくださいシンプルに怖いです」

 

 率直に、なに言ってんだこの人っていうのがぶっちゃけた感想だ。

 

 「というか親子役なんですか?おれと星野さん?」

 「私もまだ詳しくは聞いてないんだけど、そうなるらしいよ。もしかして嫌?」

 「いえ、嫌とかではないんですけど・・・ちょっとここに来るまでの情報量が多すぎて・・・」

 

 さり気ない口ぶりでおれと星野さんの役柄が()()だというとんでもないカミングアウトが出たが、何かもうオーディションのときから予想外が色々起こり過ぎて1周回って上手くリアクションができない。

 

 「あのっ、それってひょっとして()()ってことですか?」

 「そうなるね。けど預かると言っても週末だけだから、家族と会える時間がなくなるワケじゃないから安心してね」

 

 これには母上の遺伝子を性格も含めて色濃く引き継いだイブも動揺を隠せないのか、おれの隣で静かに困惑する。あまりにも何を考えているかが読めない星野さんの突飛な提案に、ついさっきまで和やかだった食卓は何とも言えない気まずさを孕んだ重い空気に包まれ始めていく。

 

 「もちろん無理にとは言わないよ。どうするか決める権利は私にはないし」

 

 そんな空気を察して、というわけでもなく星野さんは予め言うことを決めていたかのように構うことなくおれへ選択を委ねる。

 

 「母上。こういうことって役者の世界だとよくある話?」

 「人によるわね。やる人はやるし、やらない人はやらない。もちろんどっちが正解で不正解かなんて誰にも決められない」

 

 視線を移してこの中で恐らく最も現在の芸能界を知っているであろう母上に聞くと、間髪入れずに答えが返って来た。賛成でも反対でもなく、どうするかは自由だという芸能人の目線で向けられた答え。

 

 「だからガイアが断っても文句はなしだよルビー?」

 「当然。同意がないまま人の家の子供を連れて行ったら誘拐になっちゃうし」

 

 とはいえ世間では双子姉弟の母親という一面があることで知られる母上は、親目線の意見も星野さんへ優しくぶつける。人としての良心か、もしくは芸能人としてのリスクマネジメントか、あくまで星野さんも一線は越えないスタンスみたいだ。

 

 「ただシンプルに役作りだけの意味で言えば、全然悪い話じゃないって私は思うんだよねぇ。共演者と物語の劇中に近い関係性をプライベートで作り上げることは本番で大いに役に立つのはホントのことだし。フリルちゃんもわかるでしょ?」

 「私は自分の経験に基づいて芝居するタイプだから、もちろん役を理解していくために日頃からアンテナを張って目で見たこと感じたことを覚えて自分の知見にして自分の中にある別の人を増やして演じられる役の幅を広げてきた。だからルビーの言い分自体は理解できるよ。さすがに私は恋人役の人と撮影前に付き合う度胸はないけど」

 「今やったら色々と問題になるからね」

 「度胸はないって、まさか母上」

 「するわけないから心配しないでいいよガイア」

 

 サラっとスキャンダルになりかねない話題に入りかけたことはともかく、家族や周りの目などを取っ払ってシンプルに役作りだと考えれば、星野さんの言う通り悪い話ではない。まだ中1と言えど幾つものドラマや映画で経験を重ねてきたおれでも、役作りの重要性はちゃんとわかっているつもりだ。

 

 「それで、ガイアくんはどうしたい?

 

 と、星野さんの提案に気持ちが少し傾き始めようとしたタイミングで、()()()に心情を捉えられた。

 

 「・・・ハッキリ言っておれは、2択を与えられたらたっぷりと時間を使って考え抜いて答えを出すタイプの奴です・・・」

 

 

 

 

 

 

 「レッスンで教わることは何一つ役に立たない。そう思いながら現場に足を運びなさい」

 

 おれが子役としてブレイクし始めた頃に、ボスから教わった子役から俳優になるための心構え。それまではボスから教わっていた演技における基礎的な部分と監督からの要求に答えることだけが経験値になると信じ切っていたおれにとっては目から鱗なアドバイスだったが、この言葉をきっかけに自分の演技を第三者の視点で俯瞰できるようになって、自分の拙さを知った。

 

 「ガイアくん。すごくいい芝居をするようになりましたよね?」

 「あぁ。最近はすっかり子役演技が抜けてきて自然になった」

 

 

 

 もしもボスの一言がなかったら、おれは子役のまま世間から忘れ去られフェードアウトしていたかもしれない。ただ同時に、演技をしないと笑えなくなるくらい自分のことで苦しむこともなかったかもしれない_

 

 

 

 

 

 

 「・・・いつまでに結論を出せばいいですか?」

 

 決断を迫る星野さんへ、意を決して問う。提案を聞いて学校よりも撮影現場にいた時間のほうが圧倒的に多かった小3の頃の思い出がふと蘇り感化された・・・わけではないが、気が付くと心の中は半々ぐらいに揺れている。久しぶりの主演というチャンスを何としてもモノにして子役の柵から抜けて俳優になりたい願望と、また上原家のみんなに余計な心配を掛けてしまうんじゃないかという不安が惑いとなって、身体を駆け巡る。

 

 「そうだなぁ~・・・・・・じゃあ、顔合わせがある金曜日まで」

 

 期間限定の疑似的な“親子関係”に乗るか乗らないかを迷う心境を吟味するかの如く、星野さんは煌びやかなピンクの瞳でおれの感情を見渡して、結論を出す期限を決める。

 

 「それまでに決めてくれると嬉しいんだけど、どうかな?」

 「はい。わかりました」

 

 星野さんから与えられた猶予は6日間。おれは迷わずそれを受け入れた。

 

 「でも、ひとつだけ星野さんにお願いがあります」

 

 ただし与えられた条件の引き換えとして、おれは星野さんへある()()()をした。

 

 「今日のことを親父にも話させてください・・・・・・どうするかはその後に考えたいと思います」

 

 

 

 ☆★

 

 

 

 「な~んか色々と凄いことになっちゃったね?」

 「だな。というか何でおれの部屋の机占領して宿題やってんの?」

 「一人きりの部屋だと静かすぎて逆に落ち着かなくてさ」

 「リビングでやればよくね?」

 「ママがお仕事の関係者っぽい人とリモート会議してるから無理」

 「それこそ自分の部屋で良くないか母上・・・」

 

 星野さんが上原家から帰り、風呂から上がって眠りにつくまでの自由時間。どういうわけか同じく部屋着に着替えたイブがさも当たり前のようにおれの勉強机を占領して宿題の残りを片付けていた。

 

 「今のところはどっちに気持ちが傾いてるって感じ?」

 

 昨日の夜と今日の隙間時間で学校からの宿題を終わらせベッドの上に座り台本を読むおれへ、イブがタブレットをいじりながら心境を聞く。物心がついたときから役者でもないのにやたらと人の感情に敏感なところがある姉のことだから、わざわざおれの部屋で宿題をやり出した理由は何となくそんなことだろうなとは予想していた。

 

 「ぶっちゃけると半々、ってとこかな」

 

 無論わかり切っていることはわざわざ口にはせず、正直に心の内を打ち明ける。それもそうだ。今日明日で決められるようなことだったら、イブの目を欺く程度には自分のことを騙せるだけの演技力は身に付けているつもりだ。

 

 「やっぱりすぐには決められないよね」

 「イブは決められるのか?」

 「ううん。多分あたしもガイアと同じで決められない」

 「そういや珍しく緊張してたな」

 「当たり前だよ。だってあの()()()()()上原家(ウチ)に来るなんて夢でも思わないから」

 「おれもだよ」

 

 正直に打ち明けたおれへ、明るくも飄々とイブはタブレットに視線を落としたまま自分も同じだと返す。改めて思うが、ただでさえ表舞台から8年も姿を消していた星野さんと映画で共演するとは0.1パーセントも想像していなかったし、その映画で親子関係になるなんて尚更あり得ないって話だった。というか、撮影に向けて動き出した今でもどこかまだ実感が湧かない。

 

 「それよりさ・・・本当にガイアのお母さんがルビーさんになるんだよね?」

 「映画の中でな?まだ全然実感湧かないけど」

 「わかってるわかってる」

 「ていうかイブ、星野さんがおれたちに役柄のこと話してたときやけに静かだったな?」

 「驚きすぎて何のリアクションも取れませんでした」

 「あー、そのパターンか」

 

 そして実感が湧かないのはやはりイブも同じらしい。あくまで映画の中だけの話だが、おれは星野さんと親子になる。こんなの深層心理ですら想像したことがないと自信を持って言い切れる。

 

 まさに星野さんとはそれぐらい人間的に距離がある状況だと考えると、確かに撮影へと入る前に役作りの一環として親睦を深めていく機会を重ねて行くことは、役者視点でリアル志向が強い五反田監督の作品に求められる芝居を作り上げる上では好都合どころか、ウィンウィンでしかない。

 

 「・・・イブはさ、もし星野さんが言ってた役作りの案におれが乗るとしたらどう思う?」

 

 ただ両親みたいに純度100で作品のために自分を割り切れるほど強くない自分(おれ)は、まだ家族の優しさに時折甘えつつも不器用に自分なりの答えを見つけて行くことしかできない。捨て子として生まれた運命を受け止めて前へ進みたいと思いながら、血が繋がらない家族の愛情にすがり続ける、中途半端な子どもだ。

 

 「それってあたしが決めちゃっていいの?」

 

 その俳優(おとな)に成りきれない中途半端な心を、何気ない口ぶりで発せられたイブの一言がピシャリと突き刺した。いつもの明るさと軽さはそのままだったが、一緒にいる時間が増えていくたびに段々と母上の面影が濃くなってきた声と仕草も相まって、ほんの一瞬だけ母上の姿が重なって見えるほどおれの中でイブが母上とリンクして見えた。

 

 「ママが言ってたじゃん。あたしとガイアには“これからも遠慮せずに自分を貫いていって欲しい”って」

 

 机上に置かれたタブレットへ向けていた唯一親父の面影が色濃く残る紫色の瞳で後ろを見て、一般人離れした美少女の顔が優しく微笑む。

 

 「だからガイアらしく突き進んでいけばいいと思うよ。ガイアがどっちを選んでも、あたしは全力で応援するから」

 

 血が繋がらない双子の弟に笑顔でエールを送る表情とその(うら)に映る真剣な感情に、姉の心強さを垣間見る。やっぱりイブは母上に似てきたと、おれは思う。

 

 「ありがとう」

 「どう板橋区」

 

 芸能事務所のスカウトが目を光らせるほど整った美人な顔立ちも、平均身長より少し高めでスラッとした背丈も、黙っていればクールなのに口を開くとベクトルは違えど自由奔放でマイペースなノリがさく裂するところも、だけれどちゃんと周りが見れていてたまにふと鋭いことを言ってくるところも、本当に母上と似てきた。

 

 「なんかまた似てきたんじゃね?母上と」

 「えへへ、そうでしょ」

 「自覚ありかよ」

 

 

 

 じゃあ俺は、一体()()似てきたんだろうか?

 

 

 

 「とりあえず親父に次の金曜までに会って話せそうかメッセしといてくれる?」

 「オッケ~♪」

 「あざます」

 

 先ずは親父に今日のことを話すと決めて、再びタブレットに目をやり宿題の続きを始めたイブへ連絡先を持たないおれに代わってコンタクトを取ってもらうように頼む。別に仲が悪くなったわけでも恨みがあるわけでもないが、いまのおれと親父は互いの連絡先を持たない程度に()()()()だ。

 

 「これでまた一歩前進だね」

 

 自分が両親(ふたり)の子どもじゃないことを明かされてからまたひとつ心が遠くなった親父と会って話すことを決めたおれへ、イブはそう言って小さく笑うとタブレットを片手に立ち上がって部屋の外へと足を進める。

 

 「ちょうど宿題も終わったことだし、お姉ちゃんは自分のお部屋に戻ります」

 「おう」

 「明日も朝早いってママから聞いてるから夜更かしは駄目だよ?」

 「わかってるよ」

 「じゃおやすみ」

 

 おれからの返答を待たず、そのまま畳みかけるようなペースで“おやすみ”を告げてイブは軽くウインクをして部屋を出て行った。ただ話しているだけで自然とこの心が軽くなってしまうイブの天性には、一生掛けても敵う気がしない。

 

 「・・・もっとちゃんとしないとな」

 

 両親の良いところを余すことなく受け継いだイブの強さを見て、おれはいま一度気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 「ねえママ、会議終わったー?」

 

 リビングのソファーに座り、タブレット越しでマネージャーと今朝方にオファーが来た1月期の連続ドラマの撮影時期を考慮したスケジュール調整の話し合いが終わるタイミングを図るように、お風呂から上がった後は大人しく自分の部屋へ戻っていったはずのイブが顔を出した。時刻は22時と、そろそろ寝なさいと叱るか叱らないかで迷う絶妙な時間帯。

 

 「どうしたのイブ?」

 「ちょっとママに相談したいことがあってさー、5分だけいい?」

 「うん。いいよ」

 「ありがと」

 「宿題は終わったの?」

 「うん、今しがた」

 

 ひとまず理由を聞けば相談したいことがあると言ってきたから私はそれに応じると、イブは軽い口ぶりで感謝を告げ隣に座る。相談というあまりにもな単語からしてガイアのことだということは、今までに何度かこういうことがあったからすぐに分かった。

 

 「ガイアのこと?」

 「よくわかったねママ」

 「だいたいイブが私や姫ちゃんに相談することはガイアのことか進路のことだって決まっているからね」

 「それ以外だったら?」

 「恋愛相談ぐらいなら乗れるよ」

 「じゃあいつかよろしく」

 

 分かり切った上で聞く私に、イブはクスリと笑って冗談を返す。

 

 「ひょっとして映画の話と関係してる?」

 

 ガイアと一緒にいるときと比べるとほんの少しだけ控えめなテンションで微笑む、上原と不知火の血が流れる一人娘。思えばこの子は言葉を使った会話ができるようになった頃から私と姫ちゃん以外の人の前だと普段以上に明るく振る舞う、いい意味で言えば社交的で悪い意味では猫被りな一面があった。

 

 「まあ、うん。ある意味そうかも・・・」

 

 

 

 とは言っても主に姫ちゃんが芝居以外はポンコツだからその背中を見てきた反動で読み過ぎるくらい空気が読める子に育っただけなのかもしれないし、猫被りはガイアにも当てはまるところだけど・・・・・・“母親”という感情を持ってしまったが故か、生まれたときから芸能に向いた()()を持っているイブのことは、ある意味で言えばガイアや姫ちゃん、そしてルビー以上に私は心配している。

 

 

 

 「・・・()()()()()()()()。そろそろガイアにも話していいんじゃない?

 

 “映画の話”だと前置きしたイブは、まるでファンに振りまく笑顔の仮面を取って本性を露にしたアイドルのような表情と声で私たちしかまだ知らない秘密(ほんだい)話題(はなし)を切り出した。




やっぱり声と動きと曲が入ると3期のドロドロ具合が倍増しますな
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