ピロン♪_
風呂から上がり部屋着に着替え、残っていた宿題を片付け終えてイヤホンで流行りの曲を聴きながらベッドの上で睡魔が襲ってくる瞬間を待ち構えていたところに、ラインの通知音が耳の中で響く。曲を聴いている途中であのシンプルだが妙に頭に残るピロンという音が流れると、時と場合によっては地味にうざかったりする。どうでもいいと言われたらどうでもいいけど。
『ガイアいま起きてる?』
曲を止めてトークを開くと、イブからラインが来ていた。
『起きてる』
『どうした?』
ひとまず横になっていた身体を起こして、イブへ返信。気が付くと時刻は0時になろうとしていた。別に自ら進んで夜更かしをしているわけじゃないのだが、次の日がオフのときはつい油断して眠りに就くのが日付を超えるようになることが増え始めた。特に明日みたいな学校のある日は遅くも6時半には起きないといけないから睡眠時間は明らかに足りていないのは分かっているものの、今のおれはこれぐらいの時間にならないと眠気が襲って来なくなってしまった。イブもそうなのかは知らないが。
『明日の昼休み一緒に食べない?』
『ちょっと話したいことある』
ただこんな時間におれにラインを送ってくるのは珍しいなと思いつつ既読がついておよそ20秒で返ってきたメッセージに目をやる。えっと何?話したいことがある?これまた珍しいなイブのやつ。
『いいよ。じゃあ4限終わったらカフェテリア集合で』
これはもしかしたらというか絶対に何かがあるな、と寝る前に音楽を聴いてリフレッシュさせていた脳みそを少しばかり動かして、返信を送る。結局もう時間も遅いしどうせ明日になれば聞く話だから、大して頭を使わない惰性のような返信を返す。
『あざーすw』
『じゃおやすみー』
『おやすみ』
「・・・相手をしてるのが姉だか妹だか分かんなくなるな」
どことなく妹感が強い姉からのメッセージに、思わず漏れる独り言。精神年齢では男の人より女の人のほうが成長が早いという話をどこかのタイミングで聞いたことがあるが、ここまで個性が強い家族と一緒にいるとそれが本当に正しいことなのか分からなくなってくる。
「・・・ふぁぁー」
イブにしては珍しく真面目そうなラインにメッセージを返し終えたら、ようやく欠伸が出てきた。心なしか眠くなり始めた気もしてきたし、良いころ合いだろう。
にしても本当に珍しいな。イブのほうから話があるって・・・
部屋の照明を消して、ベッドの上に仰向けで寝そべり、イブのラインの意図について思い返す。とりあえずあの切り口は間違いなくおれに対して2人だけで相談したいことがあるというのは、弟として断言できる。幾らおれのよく知る物心がついた幼少からずっとメンタル激強の姉も所詮は中1の女の子。おまけに小学校を卒業してからはおれと母上の元から離れて親父と2人暮らしだから、親父に纏わる相談なのかもしれない。ただあんな感じでイブのほうから真面目そうに相談されたことは12年も一緒にいるが1,2回あるかないかくらいしかないレベルだから、本当に珍しくて若干おれは混乱している。
さっきは平気だって余裕ぶってたけど、意外と寂しかったりするんかな?
うん。やっぱり多少はイブなりにも思うところがあるのだろう。1人だけでこの家から出て行っても良いと言っていた親父を、1人にさせたくないからとイブはついて行った。まだ直接聞けていないが、本当はこの家に残りたかったんじゃないのだろうか。そんな葛藤を見せつけるような素振りも弱音を吐くところもおれは見たことがないけれど、本当は4人で食卓を囲むような時間を少しでも長く続けたかったんじゃないのだろうか。少なくともおれにとって母上と2人だけになったこの家は2人で生活するには無駄に広くて、一周回って窮屈に感じてしまうことがある。
はぁ・・・嫌だな・・・
イブが送ってきた言葉の意味を考えていたら、4人で生活していたときのことを思い出して気持ちが沈み出してきた。
「・・・もういい加減寝よう」
こんなときは羊を数えることさえも放棄して、何も見えない暗闇の中で満天の星空を想像で眺めるに限る_
「がー、いー、あー」
「そう。あなたの名前は
12年前の3月9日。おれは大地と書いて
「帰るよ。イブ、ガイア」
「ねーママ?なんでせんせーたちみんなこっち見てるの?」
「それはお母さんが有名人だからだよ」
「ゆうめいじん?」
「そう。私って有名人なんだよ」
「ちがうよイブ。おかーさんのおしごとは“げいのうじん”っていうんだよ」
「えっ!?そうなの!?」
「イブの言ってることもガイアの言ってることもどっちも正解だよ」
物心がついたのはおおよそ3歳のときのこと。薄っすらと残り続けているこの記憶が正しければ、保育園に通っていたこの頃には両親が芸能人という一般的な親とは少し違った仕事をしていて、母上が保育園へ迎えに来るときは決まって先生からの視線や他のクラスの連中が指をさして母上の名前を連呼したりする光景を見て、親が有名人だということを子供心ながらに理解出来るようになっていた。それでも両親はおれにとって有名人である前に周りの親や家族と同じで当たり前にいる存在だったから、特別な存在だとは思っていなかった。
「ねー、どうしてあたしのところだけおじーちゃんとおばーちゃんがいないの?」
「それはねー、いまは遠くに旅に出ているからだよ」
ただおれたちには、生まれたときから祖父母がいなかった。イブとおれがたまに両親へいない理由を訪ねていたが、その度に2人は旅に出ていると理由をはぐらかしてた。それでも祖父母がいない分、主に母上がおれとイブを溺愛するほど愛情を込めて育ててくれたおかげか、寂しさや羨ましさは全く感じなかった。
「あっ!ママ出てる!」
「ほんとだ」
それからまた少しの月日が経つと、双子のために仕事をセーブしていた母上は本格的に芸能活動を再開して、元からあまり家庭を顧みずに芝居に打ち込んでいた親父と共に家を留守にする日が増えた。少しずつながら自分でも出来ることが増え始めていたおれとイブは、両親が雇い始めた家政婦さんに身の回りのお手伝いをされながら、家にいるときは両親の出ているドラマや映画をネトフリで観て退屈と寂しさを紛らわしていた。
「すごい・・・これほんとにパパなの?」
「いや、どこからどう見てもお父さんだよ」
だけれどこのときのおれは両親のように芸能界に入って役者になろうだなんて微塵も思っておらず、興味すらなかった。72インチの画面の中で物語の登場人物を演じている母上も親父も、2人が出ていることを意識してしまえば見たことのない服と見たことのない表情を浮かべているだけの親にしか見えず、まだ4,5歳だったおれはストーリーではなく両親の顔ばかりを見ていたせいもあってほとんど内容が頭に入らなかった。
「ガイア、起きて」
「んー?」
「ほら、ちょうどママが出てる」
むしろこういう類に関心を持っていたのは、最初はイブのほうだった。普段は本当に姉か?と疑いたくなるほどおれから見ても言動や行動が妹っぽかったイブが、両親の出ている作品を観ているときは4,5歳ほどの子供にはまだ難解なストーリーを食い入るように見つめて感情移入しては、ついて行けずに毎回居眠りしていたおれを叩き起こしていた。今にして思うと、5歳足らずにして普通のドラマや映画に目覚めていたイブはかなり早熟のタイプだったとおれは思う。
「かっこいいなあ~、パパもママも」
それよりも、母上と親父がテレビに出るたびに目を輝かせるイブの表情が、物凄く幸せそうに見えた。憧れだとか、自分も2人みたいにこんなふうにイブを喜ばせたいとか、そういう思いは浮かばなかったが、あの横顔を通じてただ画面の向こうでお芝居という演技をするだけで会ったこともない人を笑顔にする芸能人という人は本当に凄い人たちなんだと、少しずつ感じ始めた。
『ぼくのしょうらいのゆめは、やくしゃになることです』
その影響なのかは定かじゃないが、ようやくイブと同じように普通のドラマや映画のストーリーについて行けるようになったおれが保育園の卒園アルバムの文集にあった将来の夢に思うがままに書いた自分の夢は、
「ガイア。お前は役者になりたいのか?」
そんなこんなで特別にドラマチックなことは起こらなかったものの割と思い出が充実していた保育園を卒園した日の夜。ちょうど仕事がオフだった親父も交えての4人で食卓を囲んで卒園祝いのケーキを食べていたとき、親父が真面目な顔をして聞いてきた。
「うん。だから書いた」
「・・・そうか」
投げかけられた言葉に頷いたら、親父は何かを考え込むように小さく息を吐きながら一言呟いた。
「・・・フリル、
「うん。でも、本当に見せるの?」
「ガイアがそう言ったんだ。なら見せるしかないだろ」
「・・・分かったよ。もう決めてたことだからね」
「ねえママ、これから何が始まるの?」
「んー、それは私が戻ってきてからのお楽しみ」
そのまま親父は一息つくと、何かを思いついたように母上に押し入れの中で保管しているというあるものを取りに行くよう頼んだ。
「もう一度聞くけど・・・お前は本当に役者になりたいんだな?」
そして母上がリビングから出て行くと、テーブルを挟んだ目の前に座っていた親父は1回目よりも鋭い口調で、覚悟を確かめるかのように同じことを聞いてきた。
「・・・うん」
おれはそれに、真っ直ぐ親父の目を見ながら静かに頷いた。あのときはまだ6歳になったばかりだったが、子供心なりに親父はおれが将来の夢に
「パパ、なんでガイアに怒ってるの?」
「別に怒ってないよ。ただ本気で言ってるのかどうかを確かめてるだけだから」
今思うと、おれと親父の間にある血が繋がっていないが故の
「あったよー姫ちゃん」
「おう。悪いな」
「私は全然。っていうか、私に謝っても意味ないんじゃない?」
「・・・あぁ、そうだな」
しばらくすると、母上がこの時点で既に過去の産物となり始めていたDVDが1枚だけ入ったケースを片手にリビングへと戻ってきた。いつもの距離感を装いつつも2人の会話にどこか気まずさが漂っていたのが、作品名やコードすら書かれていない真っ白なDVDの中身が只者じゃないことをおれに伝えていた。
「まずはイブ。はっきり言ってこれから観るものはとてもじゃないけど6歳になったばかりの子供に見せるべきものじゃない。だから観るのがきつくなったらすぐに自分の部屋に戻れよ」
「そういうやつほど見たくなっちゃうのがイブだよ?パパ?」
ちなみにこんなときでも、イブは気まずそうな両親を尻目に誰よりもあっけらかんとしていた。このときはサプライズを前にただテンションが上がっていただけかもしれないが、良くも悪くも母上の子といった感じで物心がついたときからイブは何事にも動じない強靭なメンタルの持ち主だった。
「ていうか、ガイアだけ観れてイブが観れないのはズルくない?」
12年ものあいだ家族としてずっと一緒にいたけれど、イブが泣いたり弱ったりしているところをおれは見た記憶がない。
「途中で後悔しても知らないぞ、イブ」
「ダイジョブダイジョブ。ついこのあいだネトフリでパパが殺される映画観たもん♪」
「フリル。俺たち育て方間違えたか?」
「姫ちゃん。それだけは思ってても絶対口にしないほうがいいよ」
こう思っているのは家族の中だとおれだけだと信じたいが、イブがいなかったら
当たり前だが、あのときのおれはまだ自分の存在がこの家族にとって
「・・・分かった」
6歳とは思えないほどすっかりハードな映画にも耐性が付いていたイブに観念したのか、親父はそう頷いて母上からケースを受け取りテレビのあるソファーのほうへと足を進めて、滅多に使わず半分オブジェと化していたプレーヤーを立ち上げてそのDVDを中へと入れた。
「実はお父さんとお母さんの2人で、もしイブかガイアのどちらかが役者になりたいと俺たちに言うときが来たら、この映画を見せようとお前たちを授かったときから決めていた」
「なんでちょっと芝居入ってるの?」
「そのほうが雰囲気出るだろ」
「そういう問題?」
リビングの照明を暗くしてテレビのセッティングをしながら芝居じみた話し方で経緯を打ち明けると、親父はおれのほうに視線を向けた。
「・・・ガイア・・・お前が俺たちと同じ道に進むというのは、
鋭い眼つきで静かに言い放たれた言葉と共に始まったのは、『15年の嘘』というタイトルの映画だった_
「ガイア。ほら起きてガイア」
「・・・?」
身体がいつも以上に自由に動くような何とも言えない心地の良さの中を漂っていたところに、母上の呼ぶ声が聞こえて意識が少しずつ現実へと戻されていく。どうやらベッドの上で目を閉じていたら、いつの間にかそのまま眠っていたみたいだ。
「朝でちゅよー?」
「・・・・・・なんで赤ちゃん言葉?」
「あなたがまだ1歳くらいのときはよくこうやって起こしてたよ。覚えてない?」
「・・・シンプルに忘れた。あとなんで頭撫でんの?」
「これもそう」
まだあまりに寝起きすぎて頭が回らず現実に戻り切れていない意識の中で、どういうわけか赤ちゃん言葉で起こそうとする母上の耳心地の良い声と暖かい掌の優しい感触が横になった頭へ伝う。これが普通の人ならあの不知火フリルから頭を撫でられていると気付いた瞬間に飛び起きるか放心状態になるのだろうが、おれみたいに
「ねえガイアちゃん?今日はどんな夢を見たんでちゅか?」
「・・・覚えてない」
「突っ込まないのかい」
「そこまで頭回らない・・・」
そんなことより母上よ。きっとあなたはおれを起こしたいのだろうが、こんなふうに子守唄を歌うかのように優しくされたらせっかく戻りかけていた意識がまた夢の中へと戻ってしまうぞ。
「・・・?」
ってあれ?そういや寝る前にアラーム掛けたっけ?
「それより学校あるけど起きなくて大丈夫なの?」
「・・・!?」
そういえば寝るときにアラームを掛けるの忘れた気がするな、と気付くと同時にアラームを掛け忘れたことを暗に伝える母上の一言で、横になっていた身体に電流のような鳥肌が走り一気に目が覚める。
「うわあっぶな」
「ようやく起きたか」
「ホントありがと母上」
「朝ご飯はもう出来てるよ」
「あざす」
危うく寝坊をかますところだったところを未然に防いでくれた母上に朝一番の感謝を告げて、夢現を脱して部屋着のまま手の感覚だけで寝ぐせを直しながらおれは朝飯が並ぶリビングへと降りた。やはり撮影もプロモーション活動も打ち合わせもないオフの日のおれは、何かと気が緩みがちだ。