『15年の嘘』。それは今から15年前に公開された、母上と親父が初めて共演し何やかんやを経て交際が始まるきっかけにもなった映画・・・というのは我が家だけの話。真面目に説明すると実際に起きたアイドル殺傷事件をベースにした映画で、念願だった東京ドーム公演当日に殺害されたとあるアイドルの半生とそのアイドルと深い関係を持っていた少年Aを始めとした周囲の人間模様を通じて、どうして
だがこの映画は今日に至るまで一度も配信や円盤化などの流通がされておらず、おまけに地上波のロードショーでも放送されたことすらないため、一部の界隈では揶揄も込めて
『速報です。俳優の星野アクアさんが_』
理由は、この映画に少年A役として出演していた俳優が少年Aのモデルとなった男にナイフで刺され殺害されるという事件が、映画の公開前に起きてしまったからだ。しかも少年Aを演じたその俳優は主人公のモデルとなったアイドルの
【アクア・・・・・・ルビー・・・・・・愛してる・・・】
『15年の嘘』という映画の中で描かれている世界の出来事はノンフィクションだ。登場人物の台詞の一字一句全てが正しいわけではないのだろうけど、この映画で描かれた物語はほぼ全て事実だ。そう親父は俺に言っていた。
「イブ、ガイア・・・・・・本当に悪かった」
映画の中で描かれている出来事は、全てが現実に基づいて構築された実在の物語。それは結果的に、親父の複雑かつあまりに残酷な生い立ちと祖父母に会えない事情をおれとイブに打ち明ける形となってしまった。あの映画を観終えた後は、朝から晩までずっと和やかな上原家の空気がひどく重苦しかった。
「どうしてパパが謝るの?だってパパは何も悪いことしてないじゃん」
そんなときでも、イブがいつもと何ら変わらぬ様子で気丈に親父を気遣っていた姿は、今も鮮明に頭の片隅で残り続けている。何も悪くないと言っていたイブと同じく、おれだって辛い記憶を思い出したのか子供から見ても分かるほど疲れ切った顔で謝る親父が悪人だなんて、今に至るまで一度も思ってなどいない。
「そうか・・・・・・ありがとう」
そればかりか親父は、母親と実父の間に授けられた
「・・・ガイア。俺が聞くのはこれで最後だ」
もしもおれがここでイブと同じ
「役者になりたいか?」
だけど映画を観終えたおれは、意を決した表情で選択を託した親父に、イブとは正反対の選択肢で答えた。
「・・・なりたい・・・だっておれ、役者に憧れてるから」
親父が見せてくれたのは目を背けたくなるほどに救いのない残酷な結末だったが、全てを見届けた後に残っていた感情は、
「なんか不思議だね。ガイアと一緒に学校でお昼食べるの」
「?あぁそうか。イブとここで一緒に食べるの初めてか」
4限終わりの昼休み。通っている中高一貫校のカフェテリアで約束通りに4限終わりのイブと合流して、同じテーブルで向かい合い昼飯を食べる。
「まぁほら、あたしとガイアってクラス違うし学校でもあんまり会って話さないじゃん」
「・・・なんか悪いな」
「いきなり謝り出したけどどうした?もしかして風邪?」
「何でもない忘れろ」
先ずは補足として言っておくが、おれとイブが通っている中高一貫校・私立
「そうだ。このあいだカフェテリアで
「あぁ、『新宿
「そうそう。いや~ゴーストの今瀬ルキアもカフェテリア使うんだって、ちょっと感動したわあたし」
そしてこの学校のもう一つの特徴というのが、一般的な中高一貫の私立校としては珍しく芸能活動をしている生徒が1クラスにつき必ず3,4人は在籍しているというところだ。というのもこの鈴懸中学・高等学校はおれが進学する5年前までは芸能コースが存在していて、スポーツコースとの統合によって今は総合コースに名前を変えて事実上消滅したが、芸能活動をしている学生には事務所を通じて証明書を提出すれば個々の芸能活動を優先した支援という名の特別カリキュラムを組ませてもらえるなど、芸能コースがあった頃の名残が強く残っているため、日本で最も芸能人の出身者が多いと言われる
「まずこの学校に今瀬ルキアがいることには驚かないのな?」
「
ちなみにイブの口からサラッと出てきた今瀬ルキアとは、この学校の高等部に在籍するイケメン俳優で、今まさに放送している話題の金曜ドラマ『新宿GHOST』(※通称・ゴースト)で主人公を演じているネクストブレイク俳優でもある。
「さすがに弁えるわ。てか、イブもイブで呼び捨てしてんじゃん」
「あ、ほんとだ」
ついでに今瀬ルキアはおれからすれば芸歴的に3年後輩になるわけだが、かと言ってそれを強調するとマウントを取っているみたいになってしまうから、今瀬ルキアを純粋に目上の人として捉えている
「・・・イブは買って食べる派なんだな?」
話は戻って、ふとテーブルに目を向けるとイブの手元には購買で買ったと思しきサンドイッチと紙パックのジュースが置かれていた。
「うん。毎日購買で買ってる」
「お金は?」
「毎回パパから1000円貰ってる」
「ちゃんと多めに貰ってるんだな」
「もちろんお釣りはちゃんと返してるけどね?」
「イブって変なところで真面目だよな」
「まあね。でもそんなパパも一回だけ弁当作ってくれたことがあってさ」
「マジかあの親父が?」
「あんまり美味しくなかったけど」
「あの人基本的に料理しないし出来ないからなー」
念のために聞いてみたら、どうやら親父から毎回1000円を貰って購買で買っているらしい。おれも親父が何かを作る度に悉く焦がすレベルで料理が出来ない人だというのは知っているから、そりゃ毎日食べていたら身体を壊す可能性のある弁当を作られるよりは毎回1000円貰って何か食べたいものを購買で買うほうがマシなのは頷ける。
「ところでガイア君は今日も変わらずフリル様の愛妻弁当ですか?」
「愛妻言うな。母上じゃ」
「パパのと違ってめっちゃ美味そう」
「くれぐれも親父にだけは言ってやるなよそれ?」
そしておれは、今日も安定の母上の手作り弁当である。かと言って特に豪華な食材を使ったものではなく、ありふれたレパートリーで構成された普通に美味い弁当なのだけれど。
「楽しい?そっちは?」
二口ほどかじったサンドイッチを片手に、もう片方の手で頬杖をついてイブが優しく微笑みながら近況を聞く。
「楽しいよ。変わらず」
「そっか。最高じゃん」
そんなのほぼ毎日やってる家族通話で話していることだからいちいち聞くなよ、なんて冷たいことは言わずにこっちもこっちで素直に返す。目の前で母上の弁当を食べながら少しだけ素っ気ない様子で言葉を返す顔が似ていない双子の弟を見て幸せそうに微笑むイブの仕草は、中学生になったのとおれより4,5センチほど高い背丈も相まって心なしか少し大人っぽくなり段々と母上に似てきた。身内の人間だからかおれは全くときめかないが、はっきり言ってイブは相当な美少女だというのは事実だ。おまけに両親の遺伝子が最強で無敵だから、そりゃあ校内でも一目置かれるわけだ。
「ねえ、さっきからあたしたちちょいちょい注目の的になってない?」
「場所変えるか?」
「ううん。注目されるのはあたしも慣れてるから全然」
「そうか」
現に今も、ざっと300人は座れるカフェテリアの一角にいるおれとイブに、同学年や先輩たちからの視線がチラチラと向けられる。何も知らない傍から見れば国民的な知名度を誇る俳優を両親に持つ今でもそこそこメディアに出ている二世と、ビジュアルは似ていないけどめちゃくちゃ美少女な双子の姉が同じテーブルで仲睦まじく昼を食べている光景が広がっているわけだから、自分で言うのは癪だが嫌でも見てしまうのは理解できる。
「こう見えてあたし、学校じゃ割と人気者だから♪」
「知ってる」
無論おれたちは2人揃って生まれてこのかた周りから注目されながら日常を送ってきたから、この程度のことじゃ気にも留めない。これが有名人の元に生まれてしまったが故の悲劇として悲しむべきかは置いておくとして。
「・・・で、話って何?」
「話?」
「昨日ラインでイブが言ってたやつ」
なんていうどうでもいい話よりも、いま重要なことは昨日の夜におれのところに届いたイブからのラインについての続きだ。当然昨日の話の続きをするために、おれとイブはこうして学校のカフェテリアで同じテーブルを挟んで座っている。
「あ~はいはい、あの話ね」
「呼び出した本人が忘れるなよ」
「大丈夫、いまちゃんと思い出した」
「いや本当に忘れてたパターンかい」
ただし話したいことがあると呼び足した張本人は、まさかのすっかり忘れていたパターンときた。いや、だったらなんでおれたちは昨日昼休みにここで会う約束をしたんだ?っていう話になってくるから、さすがにこればかりはおれもツッコまざるを得なかった。
「とりあえず、ガイアには大前提として99.9%あり得ない話ってことで聞いて欲しいんだけど・・・」
ともかく呼び出された弟からのフリで本題を思い出したイブは、随分と畏まった言い回しで予防線を張って徐にジュースを一口ほど口に運び小さく深呼吸をして、意を決したかのように俺の目を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「ねえ・・・ガイアはあたしが
☆★
やっぱこういう晴れた日の夕方の公園は、何だか落ち着くわ_
母上の弁当で腹を満たしてやる気半分、惰性半分で午後の授業を受けた後の放課後。おかげさまで今でもそこそこのペースで芸能活動をしている帰宅部のおれは、学校帰りの日課として通学路の途中にある区民センターの公園に特に目的もなく立ち寄って、適当にぷらぷらと敷地内を歩いて知らずのうちに溜まったストレスで疲れ気味の心を落ち着かせる。特に今日みたいに空が晴れている日は、心が落ち着く。
ってさっきからおれ、やってることがまるでサラリーマンのおっさんだな・・・
だけれどふと思う。おれがやってることって1ミリも中学生らしくないなと。完全に疲れ果てた独身サラリーマンの休日だよなと。さっきから偏見がすごいな、おれ。
「・・・さて、どーしたことかなー」
ちょうど通りがかったところにあったベンチにもたれかかるように座って、ついこぼれる独り言。はっきり言っておれの頭の中は、昼休みからずっとうわの空なままだ。
「ねえ・・・ガイアはあたしが
昼休み。話したいことがあるとおれを呼び出したイブの口から告げられたのは、中々に衝撃的な告白だった。
「・・・それマジで言ってんの?」
「いやいや、99.9%ありえないって」
「でもそれって0.1%はあり得るってことじゃね?」
「うん、そうなるね」
「・・・・・・マジか」
さすがのおれも確率が極めて低いとは言えど本気で言っていると知った瞬間、言葉を失った。
「でもイブ、将来の夢は公務員って言ってなかった?」
「もちろん公務員なのは変わらないよ。けど、100%そうなるとは言い切れないって話」
イブの夢は保育園のときから一貫して公務員で、それはおれが芸能界に入って自分だけが一般人になっても変わらなかった。それに安心していたというわけではないが、おれとは違い真っ当に生まれたイブのことは心配しなくても大丈夫だと信じていた。
だからだろうか、イブの口から
「・・・なんでなろうと思うの?」
「んー、いざ言葉にしちゃうとものすっごく曖昧なんだけど・・・一回でいいから親に反抗してみたくなった。みたいな」
「親父に酷いこと言われたのか?」
「大丈夫大丈夫。全然そういうはないしパパとはずっと仲良くやれてるよ」
とりあえず理由を聞いてみると、返ってきたのはアイドルを志すにしてはかなり曖昧な答えだった。しかしまさか、おれ以上に反抗期とは無縁そうな性格だったイブからこんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「パパのこともママのことも本当に尊敬してるし、出来るなら死ぬまでずっと友達みたいに仲の良い家族のままでいたい・・・だけど、芸能人になったガイアのことはもっと大事にしたいし、否定したくない」
本当にイブは家族にとってなくてはならない存在で、底抜けなまでに人のことを想える優しさを持っているのを知っているからこそ、予想外だったのと同時にいざ理由を聞くと腑に落ちてしまった。
「ガイアはあたしにとって、
イブは親父の心に傷を負わせる選択を選んだおれのことを家族として肯定するために、新たな夢を打ち明けた。話したいことがあると呼び出してその夢を伝えてきた時点で、確率が0.1しかないなんて絶対にあり得ないのは直感だけで分かっていた。
「・・・親父にはもう言った?」
「言ってない。言えるほど決心できてない」
だがどうやらまだイブの中では決めきれていないらしく、結論を言うと本当にあくまでただおれに相談しに来ただけだった。
「あたしがアイドルになりたいなんて言い出したらさすがにパパ怒るよね?」
「どうだろうな?おれはあのとき親父から“好きにしろ”って言われたから役者やってるけど」
「ん~、やっぱりやだなあ親と喧嘩するの」
「誰だって嫌だろそんなの」
「ていうか自分でもわかるんだよね。性格的な意味で絶対にアイドルとか芸能人よりも公務員のほうが向いてるって」
「保育園のときからずっと言ってるもんな」
ともかく弟からの答え次第ひとつで決断するほど覚悟が決まっているわけじゃないことを知れて、おれは一安心した。
「てことだからあたしは変わらず公務員になるつもりでいるけど、でも本当にもし万が一わたしがアイドルになりたいって心に決めて、そのことでパパと大喧嘩したときはそっちに顔出すかもだから・・・そのときが来たらよろしくね。ガイア」
「・・・おう。来たらな」
「・・・はぁぁー」
さて、今すぐという話ではないと昼休みのときは安堵していたが、結局のところイブがアイドルになるかもしれないという事実に変わりはない現実がぶり返し、溜息が漏れる。弟の分際で生意気かもしれないが、おれはイブがアイドルになることを心に決めた日が来るとしても反対はしないつもりだ。だけれど素直に喜べるのかと聞かれると、話が変わってくる。
あなたは芸能界の中でも1,2を争うほど恵まれた環境にいるってことだけは忘れないでね_
という、母上から昨日言われた助言。無論それはアイドルを目指す、すなわち芸能界へと足を踏み入れた場合はイブにも当てはまることになる。ただでさえ両親がどちらも国民的な知名度を持つ
とは言え今やアイドルという概念は実物やバーチャルに留まらず、中の人が存在しない完全な人工知能だけで作り上げられたアイドルグループが当たり前のようにアリーナツアーやドーム公演を行って幾万の
もしイブがアイドルになっておれと同じ芸能界に進んで、毎日のように見ているあの笑顔が
「せめて素顔かアバターかは聞いとけばよかったな・・・」
不確かな未来への不明瞭な不安を、反省の独り言と一緒に吐き出す。そもそもイブは大前提として公務員になるのが将来の夢なのは変わっていないから、案外3日もすればさり気なくなかったことになっていても不思議じゃない。母上の血と性格を色濃く引き継いだあの姉のことだから、それもあり得るし何ならその可能性が一番高いまでもある。全く、おれは何を1人で馬鹿みたいに姉の未来を想像して悩んでいるのか。
「・・・帰ろう」
本当にそうなる保証なんてない未来のことに本気で悩む自分が急に馬鹿らしくなって、ベンチから立ち上がって家の方角へと足を進める。
「随分と思い悩んでるね?」
その瞬間、背後のほうから子供の声に呼び止められて、おれは無意識に足を止めて振り返った。
「良かったら話し相手になってあげよっか?私、君の
どこか不気味さを孕んだ子供の声がしたほうへ振り返った先にいたのは、1羽のカラスを肩に乗せておれの知りたがっていることを知っていると言い張りながら不敵に笑う、黒いドレスに身を包む白っぽい髪をした5歳くらいの女の子だった。
補足ですが、主人公のガイアと姉のイブの身長はそれぞれ156cm(ガイア)と160cm(イブ)です。