「良かったら話し相手になってあげよっか?これでも私、君の
あんまり気分転換にはならなかった気分転換を終わらせてベンチを立って家に帰ろうとしたおれを、白っぽい髪をした黒いドレスに身を包む5歳くらいの女の子が肩にカラスを乗せて不敵に笑って不気味なことを言い放ち呼び止める。おれがいま理解出来ることは、訳が分からないということだ。
「・・・ひょっとして迷子か?」
「違うよ」
「駄目だぜちびっ子。知らない人にいきなり話しかけちゃ」
「話聞いてるのかな?」
とりあえず迷子かどうか聞いてみたが、どうやら違うらしい。パッと見た感じはどう見ても5歳くらいのちびっ子だが、迷子じゃないということはこんなところに1人で遊びにでも来ていたのだろうか。
カァーカァー_
それと、心なしかさっきから妙にカラスがおれの周りをウロウロと飛んでいるのが気になる。この公園、いつもは夕方になってもここまでカラスの鳴き声は聞こえないはずなのに。
「そんなことより君は随分と悩んでるみたいだね。これから自分はどうしたらいいのか・・・」
というか、シンプルにめんどくさくなってきた。
「何でおれに話しかけたのかは聞かないでおくけど、とにかく暗くならないうちに帰らないと家の人が心配するぜ。じゃあな」
目の前に立つちびっ子から声を掛けられてから感じ続けている何とも異様な空気にいよいよ本能が耐えかねて、それを悟られぬように芸歴6年で培った演技力を駆使して心の動揺をひた隠し、公園に5歳ほどの女の子を1人にすることへの後ろめたさを僅かに感じながら、背を向けて止まっていた足を動かす。
カァー!_
「うわっ!?」
一歩を踏み出すと同時に、1羽のカラスが鳴き声を上げながら目と鼻の先を猛スピードで横切るように通りすぎた。あまりにも突然すぎて、おれは衝撃のあまり反射的にその場に尻餅をついてしまった。こんなの、演技力でどうこう出来るレベルのアクシデントではない。
「・・・はぁ・・・」
「あははっ、君は血と虫だけじゃなくてカラスも駄目なんだね?」
「いや駄目ってかこんなの、誰だって腰抜かすわ!」
「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだ」
地面に座り込み胸に手を当て動揺のあまり乱れた呼吸を整えるおれを嘲笑うかのように、ちびっ子は軽やかな足取りで再び目の前に立ち、見下ろしながら手元に着地したカラスを慣れた手つきで手懐ける。
「そのカラスは?」
「私の
「そうか。じゃあここからちょっと戻ったところにトイレがあるから、カラスとバイバイしたら家帰る前にちゃんとそこで手を洗おうな?」
「さっきから話聞いてるのかな?」
友達だと言い切るカラスを手懐けて、ませた笑みを浮かべる謎のちびっ子。もう頭を働かせなくとも本能だけで分かる。これは本当の意味で
「それより、誰?」
さっさとシカトして家に帰るほうが身のためだと分かっていながらも、呼吸が整い立ち上がったおれはその場から逃げることなくさっきまで座っていたベンチに座り、手に止まるカラスを優しく撫でて空へと放つちびっ子に正体を問う。どうしてこんなことをしているのか、はっきり言って自分でも分からない。ただ単に、恐怖を通り越して変なスイッチが入っているだけなのかもしれない。
だがひとつ確かなのは、このちびっ子が言うおれの知りたがっていることを、おれもまた
「そうだね・・・一言で言うなら、君を
「ホントに頭大丈夫か?」
「わかるわかる。いきなりこんなこと言われても頭が混乱しちゃうよね?」
「混乱してるのはそっちの頭じゃね?」
「意外と言うね、君」
と言った傍から、訳の分からない謎のちびっ子に立ち向かってしまった後悔が襲い掛かる。いやいやまず神様ってどういうことだ?意味が分からなさすぎるぞ。
「だってどこからどう見ても人だろ。その身体」
「うん。確かにこの
「じゃあ人だろ」
「まぁでも、君のような普通の親とは違うものだけれどね」
「それ言うならおれの親も普通じゃないんだけど?」
「そういう次元の話はしてないよ」
なんて悪態を心中で吐きつつ、この自称神様のちびっ子が言い放った言葉が気になってしまったからには、無理やりこのちびっ子が実は本当に神様なのかもしれないという設定で話に付き合う。こう見えておれは、物事や勝負事は白黒はっきり付けないと気が済まない負けず嫌いだ。そっちが神様になりすますつもりなら、こっちはボロを出させる前提で相手をしてやる。
「もういいや。じゃあ話を変えるけど、どうしたら君は私のことを信じてくれる?」
するとちびっ子は観念したのか飽き始めたのか、口元は笑っているが見るからに少しだけイライラしているのが分かる表情でしびれを切った。神様にしては気が短そうだが、ここまで入り込んで
「そうだな・・・・・・よし、じゃあおれがさっきベンチに座りながら何を考えていたかを言い当てられたら、ちびっ子のことを信じてやるよ」
思いの外ボロが早めに出だしたことですっかり相手が神様だという設定でお遊びを仕掛ける見ず知らずのちびっ子だと断定して安堵しきったおれは、お遊びごときに本気で入り込むちびっ子の神様ごっこにもう少し付き合うことにして、絶対に分からないクイズを与える。
「いいの?本当に当てちゃうよ?」
「随分な自信だなちびっ子」
与えられた無理難題に、打って変わって自信に満ちた表情になったちびっ子はいたずらに首を傾げる。言葉遣いがおませなところは鼻につくが、5歳くらいの園児が必死こいて神様になりきっていると考えたら、徐々にこの見知らぬ不気味なちびっ子が可愛く思えてきた。
「ま、当てれるもんなら当ててみな?絶対無理だから」
そしてやや不本意ながら、このちびっ子のおかげで気も紛れ始めてきた。
「君のお姉ちゃん。アイドルになりたがってるみたいだね?」
だが次の瞬間にちびっ子から向けられた一言で、ちょうど真上に広がる晴れ渡った夕方の空みたいに穏やかになりつつあった心が奈落に落ちるような感覚に襲われ、頭の中が一瞬にして真っ白になった。
「・・・は?何で?」
というより、訳が分からなくなり過ぎて取り乱すどころか逆に冷静になって何もリアクションが取れないおれがいる。自分が何を考えていたのかを言い当てられるのは初めてだが、人はキャパシティを超える現実を目の当たりにするとこんなふうに冷静になるのだろうか。この現実は全く受け止めきれていないが。
「だけど身の回りにいるのは超が付くほど有名な俳優さん同士に、双子の弟はご両親の才能と恩恵を引き継いだ人気子役」
「ちょっと待て」
「しかも人気子役になった双子の弟は実は本当の弟じゃなくて、生まれたばかりのときにお母さんが」
「分かった!お前の言うことは信じてやるから!」
なんて全く受け止めきれていないことなどおかまいなしに、ちびっ子から立て続けに家族しか知らない事情までも話し始めようとしたから、おれはつかさずこの自称神様のちびっ子に白旗を挙げた。
「だからもう喋るな・・・色々抱えてんだよおれたちは・・・」
もしかするとこのちびっ子は神様ごっこをしているただの子どもじゃなくて、本当に神様の類なのかもしれない・・・と信じる余裕はなく、ついさっきまで会ったことすらなかったおれの秘密すらも知っている女の子の形をした
「これで私のことを信じてもらえるかな?」
「そう言ってんだろさっきから・・・けど、お前におれの何が分かる?」
はっきり言って、少しでも気を緩めると一瞬にして精神が崩壊しそうだ。実際に崩壊したことがないから分からないが、それぐらいにこの心は張り詰めている。生まれて初めて感じる、頭の奥で静かに眠っている
「1人になりたいから今すぐ消えてくれ。目障りだ」
追い込まれた心で隠さずに言葉をぶつけたら、自分でもびっくりするほど辛辣な言葉が口から出てきた。だがもう今は、1秒でも早くこの現実から逃れたい。じゃないと本当に、感情がおかしくなって暴れ出しそうだ。
「ガイアは何も悪くない・・・・・・ただ俺が、
「分かるよ・・・本当はただ4人で仲良く何気ない日常を送りたいだけなのに、自分だけが違う
目障りな現実を遠ざけようとする意思に反して、神様を名乗る何かは同情でもするかのようにベンチに座るおれの前に立ち優しく言葉をかけ続ける。全く、今更になって神様らしく慈悲の心とやらで同情するのか。
「・・・ははっ、さすが神様はすごいな」
だが言われていることが全て紛れもなく図星なせいで、こっちは全く言い返せないばかりか目の前で起こり続けている摩訶不思議な現実に一周回って笑う始末だ。いや、もうそれ以前に摩訶不思議過ぎて笑わないとやっていけないやつだ。
「だったらおれを救ってくれよ。神様」
「それは無理だよ」
「この僕をお救いくださいお願いします神様仏様」
「私を敬ったところで運命は変えられないよ」
「役立たずのちんちくりんが」
ならばと気合いを振り絞って神頼みで抵抗するも、運命は変えられないとませた笑みであっさりと跳ね返されてしまった。しかしこの神様、話せば話すほど態度がいちいちませていて腹が立ってくる。もし仮にこういうませた5歳児みたいな奴が共演者となった暁には、芸能界の先輩としてギチギチの縦社会というものをコンプライアンスに引っかからない範囲で分からせてやりたいくらいだ。
「じゃあマジで何しに来たんだ?」
「さっきから言ってるように、君に話しておきたいことがあるから来たんだよ」
「?・・・あー、最初に言ってたやつか」
気合いで心を切り替えたおかげでやっと余裕が生まれたのか、それか目の前で繰り広げられている摩訶不思議な現実を受け入れ始めたのか、はたまたちびっ子の格好をしたちんちくりんな神様に腹が立って変なスイッチが入っているだけなのかは分からないが、おれはやっとこの神様の戯言に付き合おうとした理由を思い出した。
「おれが
見た目だけならやや浮世離れしたビジュアルを持っているだけの5歳ほどのちんちくりんなちびっ子だが、ほぼ間違いなくこいつは神様の類だ。認めてしまうにはあまりに非現実的で馬鹿馬鹿しいが、そんな馬鹿馬鹿しいことがたったいま目の前で起きている。
「その前に1つだけ、私が聞くことにちゃんと答えてくれる?」
「あぁ、知りたがってることを教えてくれるならな?」
としか、今はもう考えられない。ひとつ言えることは、このちんちくりんな神様がおれに言っている言葉自体に
分かるからこそ、このちんちくりんな神様が恐ろしく不気味だ。
「・・・君は
おれとほぼ同じ視線で立つ神様が、見た目に似つかわしくない言葉遣いで質問を投げかける。
「運命・・・信じるか信じないかの前に、考えたことすらない」
運命というものを信じるか?と聞かれたところで、そんな小難しくて非現実的なことなんて考えたことがないから、こう答えるしかない。そもそもおれは神様のような言い伝えだけの存在を信じるわけでもなく、ただ自分のことを家族として受け入れてくれた人たちがいるところで、少なくとも今日までは自分を信じ続けてきた。
「あはは、どおりで神様の言うことが信用できないわけだね?」
「ついさっきまではな」
だからこんなことをいきなり聞かれても、意味が分からない。
「でも、君のように神様には無関心な人のほうが私たちとしては有難いんだよ」
「?どういう意味?」
「君みたいな無知な人ほど、
突き付けられた質問に疑心暗鬼になる視線と感情の先で、神様は不敵な表情で笑いながら顔を近づける。それを合図に、いつの間にか周りに集まり出していた10匹を超えるカラスの群れが同調するかのように鳴き声を上げる。
「残酷な話だけど、君が産声を上げて今日まで生きてきた中で進んできた道のりは、全て運命によって決められていたもの・・・君が本当のお母さんと離れ離れになったのも、
不気味な表情と声とは裏腹な真っ直ぐで純粋な眼で、神様は運命とは何かを無知なおれに教える。身体は胡散臭さと恐怖で逃げようとしているのに、心は目の前で顔を覗かせるちんちくりんな図体をした神様から発せられる言葉の一つ一つに耳を傾けようとしていて、まるで身動きが取れない。
「・・・だったら未来は?」
「もちろん決まってるよ。どうなるか分からないってだけで」
ようやく出てきた声で、自分の未来を聞く。そして返ってきた答えは、何となく想像がつく考えてみれば当たり前の答え。
「でもどうなるか分からないからこそ、このまま何もしないでひたすら死に向かって生き続けるか・・・それとも、どうして自分がこの世界に生まれたのかを考えて君にしかできない
「おれが・・・人を救う?」
「そう。ただし、全ては君次第だけどね?」
だが運命なんて考えたこともなかったおれでも分かる。このちんちくりんの神様が言っていることは、きっと全てが正しいということ。それは自分の
「・・・おれ次第・・・」
考えても辛くなるだけだから、ずっと逃げていた。自分が母上と親父の子供でもなければイブの弟でもないという鏡に映った面影のない顔を見れば分かる、昨日まで食卓で笑い合っていた家族が本当の家族じゃないという現実。それを認めたくないから、受け入れたフリだけをして逃げ続けてきた。そうやって血の繋がらない家族の優しさに都合よく甘えながら生きてきたのが、この
「・・・お前ってさ、おれの
ようやく知りたがってることの答えが視えて、一か八かではなく確信を含めて神様へずっと知りたがっていたことをぶつける。
「その答えを捜すのが君の
表情も声色も変えず、神様は平然と答える。言葉に嘘はない。だが5歳のちびっ子と同じくらいに純粋なパッチリとした瞳が、ほんの僅かにほくそ笑んだのをおれは見逃さなかった。
「やっぱり。神様には全部お見通しだな」
ビンゴだ。これは間違いなく母親のことを知っている。よくよく考えればおれの何もかもを知っていそうだから、不思議ではないが。
「どうやら君は、ようやく自分の過去と向き合う決断をしたみたいだね?」
「簡単に言うなよ。結構キツいんだぜ?自分で自分の顔見るの」
「だろうね。だって自分だけが違う母親の血を引いてる子供なんだから」
一時のテンションで盛り上がっているだけかもしれないとはいえ、覚悟を決めたおれの顔を覗き込んで凝視していた5歳児の顔が、小さく頷いて静かに表情を和らげてスッと離れて行く。
「
そして両手を後ろで組んだませた振る舞いで意味深な助言を呟き告げると、屯していたカラスの群れが神様の小さな身体を取り囲むように飛び回り、群れが四方八方へと飛び去ると1秒前まで目と鼻の先で俺の目を見て微笑んでいた神様はどこかへと消えていた。
「・・・やっぱ夢じゃね?これ?」
やはり、これは良く出来た夢かもしれない。いや、これで仮に目覚めたら最悪人生史上最大の大寝坊をやらかしていてもいいからワンチャン夢であって欲しい・・・と、カラスが落とした黒い羽がそよ風に流され地面を舞うのを目で追いながら、一縷の望みを掛けて痣が残らない程度の強さで自分の頬を引っ張ってみる。
「っ!?」
少し強めに引っ張った瞬間、頬から伝わる痛みでおれは手を放した。今度こそはっきりと分かる。この痛みは夢なんかじゃなく、現実だと。どうやらおれは、本当に神様から役目を与えられてしまったらしい。
「・・・・・・嘘だろ」
さて、おれはどうしたらいいのだろうか。
何気に書いてて3話分くらいのカロリーを使った気がする。