『今日の授業が終わり次第、直行で事務所に来てもらいたい。君と是非会って話をしたいという来客がいる』
「来客・・・それって誰ですか?」
『それについてだが話すとなると色々と込み入ってしまうから事情は後で説明する』
「一応聞きますけど来客さんは
『無論だ』
「なるほど・・・とりあえず今日はオフなんで顔は出せますけど、7限まであるんで急いでも5時は過ぎますよ?」
『時間に関しては既に相手方に伝えている。だから君は心配するな』
「事情は全然分かってませんが、了解しました」
『ありがとう。車は私のほうで手配する』
「土壇場での連絡になったこと、改めてすまなかった」
「いえいえ。どうせ今日も暇な一日で終わるところだったんでむしろありがたいですよ」
帰りのホームルームを終えたおれは、校門を出て数十メートルのところに止まっていた事務所所有の
「それで、おれに会いたいと言っている来客はどんな人ですか?」
事務所へと向かう車の後部座席の左側で足元をリラックスさせつつ、右側に座るボスに来客の正体を聞く。おれが外にいる状況だと話しづらい事情でもあったのか昼休みの電話では本当に最小限の内容を手短に聞いただけだから、この後に事務所で誰と会って何を話すのかはまだ何も分かっていない。そんな状態ながら二つ返事で了承したのは、中身を聞かずともボスが直々に電話をよこしてきた時点でかなり重要そうな予感がしたからだ。
「それなのだが・・・単刀直入に説明すると君にも詳しくは話せないことだ」
隣に座る愛用のスーツを着こなしたボスが、ほぼ無表情に近い平常運転のポーカーフェイスと還暦を迎えているとは思えないほど若々しく無駄にイケメンな声で、詳しく話せないと返す。相変わらずこの人は、芸能事務所の社長という立場なのに何を考えているのか分からなくなる瞬間が度々ある。ただ逆を言えば一般的な常識の観点から見ると曲者揃いな芸能人という人間を束ねるには、束ねる側も多少は常識から逸脱した人間のほうが上手くやっていけるということなのだろうか。無論これはおれの偏見だから実態は知らないが。
「それって本当に話せないほどのことですか?」
「ああそうだ」
この人こそ、芸能界に入ってからずっとお世話になっているボスことおれが所属している芸能事務所の代表取締役社長である、
そんなボスは今の事務所を立ち上げた22年前までは俳優として表舞台で活躍していて、大河ドラマの主演や日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞を獲るなど実績も華々しい上に、表舞台から身を引いて今の芸能事務所を立ち上げてから20年以上が経った今でも俳優時代の武器だった甘いマスクは健在で、おれから見ればネットに出回っている20年以上前のビジュアルから時が止まっているのではないかと思うくらい、声も含めて若々しい。ちなみに芸能界入りしたときから面識がある母上がこの人のことを“不老不死の吸血鬼”と本気の口調で言っていたが、割とマジなのではないかとおれは冗談半分ぐらいで思っている。
ついでにおれが呼んでいる
「それって本当に話せないほどのことですか?」
「なぜ二回言った?」
「
「二回言ったところで何も変わらないぞ・・・」
そこまで重要な話なのかと懲りずに聞くおれに、普段は元役者とは思えないほど大抵の喜怒哀楽をポーカーフェイスで済ませるボスが少しばかりバツの悪い表情を浮かべて視線を一度右側の車窓に向けて、再びおれのほうへと戻す。
「面倒な話だが相手方が1対1で会う瞬間まで君には秘密にして欲しいとのことだ」
「誰なのかも教えられない感じですか?」
「ああそうだ」
「マジですか。じゃあもしかしてドッキリですか?」
「ならば既に君も聞いているはずだろう?」
「ですよねー」
何かは分からないがこれは絶対に教えてもらえないやつだなと察しながらも軽く揺さぶりをかけてみたが、やはり口癖の
「でも何でその来客さんは子役でも大人でもない中途半端なおれにわざわざ会いたいって言ってるんですかね?おれより格上のタレントなんてこの事務所なら幾らでもいんのに、相当な物好きですよ」
「すまないがこれは直接会うまでは本当に教えられない
やはり、こっちがどれだけ誘導尋問しようがボスは教えられないの一点張りだ。物腰が低いわけでも押しに弱いタイプでもないボスがここまでノーコメントを貫くということは、ひょっとしたら相当な
「はぁ、ボスがそこまで言うなら仕方ないですね・・・じゃあ来客のことはもう聞かないんで代わりにひとつ
得体の知れない話し相手を大物だと心の中で密かに決めつけ信頼関係があるからこその遠回しな嫌味をボスにぶつけがてら、見返りとしてボスに悩み相談を持ち掛ける。中1の子役の上がり
「全く、良くも悪くも我儘で奔放なところは
「おれはどっちかというとボスに似てきたと自覚してますけどね?」
「君がどれだけ偉くなろうとそれは認めないぞ」
「
「揶揄いが過ぎるぞガイア君」
「スイマセン」
おれがこういう性格であることを家族の次くらいには知り尽くしているボスは、血の繋がっていない母上と中身が似てきたと皮肉りながら二つ返事で相談に乗ることにOKを出した。
「ところで相談とは何だ?」
当然、ボスへ相談したいことは昨日神様に会った
「イブがもしかするとアイドルになるかもしれないんですが、ボスはどう思いますか?」
ことなんて言えるわけがないし信じてもらえるはずもないので、普通にイブのことをボスに打ち明けた。サラッとカミングアウトしたのは、ボスもまた上原家の事情を理解しているからだ。
「そうか・・・彼女はアイドル志望か」
「今のところ99.9%あり得ないって本人は言ってるんですけどね?」
「ほぼあり得ないにしろアイドルは専門外だから俳優かマルチタレントにでも転向しない限りここで面倒は見れないぞ」
「あはは、そうですよねー」
結果的に言えば
「じゃあ女優としてはどうですか?」
「無論雇う側からすればアリだ。ここだけの話だが彼女の存在は時折噂になる程度には我々の界隈でも知られていてな、現に幾つかのプロダクションは芸能界入りに向けた契約のオファーを既に検討していると私は耳にしている」
「うわマジですか」
「あまり驚かないのだな?」
「言われてみたら何となく想像は出来ますよ。だってイブは母上と親父の遺伝子をこれでもかってぐらい引き継いだ
「本当に中学1年生か君は?」
「リアルガチで中1です」
何せこれは、イブだけの問題のみならずおれたち家族の未来も左右するかもしれないことだからだ。本人的にはあくまで99.9%あり得ない話だというが、偏見を含めて普通に考えてあんな美少女を野放しにするほど
「・・・やはり不安か?」
「まー不安っていうか、元を辿れば母上のフリルから生まれなかったおれが原因なんですけどね」
上原家の事情を知っているボスの儚なさのある切れ長な横目が、優しくおれに問う。表情が常にポーカーフェイスだからこそ、俳優だったときと同じように嘘を吐かない目を見ればこの人がどんな感情で視ているのかが痛いくらいに伝わる。
ボスが俳優だったときに主演で出ていた作品を芝居の勉強も兼ねていくつかおれも観たことがあるのだが、一言で表すとボスの演技はとにかく素直で
「反対はしてないんですよ、イブがアイドルになることは。てかむしろ、なるならなるで大賛成ってぐらいの気持ちなんですよおれ・・・ただ、いざそれが本当になったとき、どうしたらいいのか分かんなくて」
相変わらず嘘を吐かない目でこんなことを言われてしまったら、事情を全て呑んで面倒を見てもらっているこっちは本当の気持ちを吐き出すしかない。くぐった修羅場が違い過ぎるから当たり前とはいえ、一生を掛けてもボスに敵う気は全くしない。
「・・・応援したいという気持ちはあるのか?」
「もちろんですよ。イブは家族なんで」
素直な目と見えない表情と老けることを知らない若い顔と声から発せられる嘘のない言葉が、イブや母上から与えられ続けている優しさと重なって、昨日から色々ありすぎて少しばかり重くなっていた心を軽くしていく。
「ならば本人がアイドルになるにしろならないにしろ、
やっぱり返って来たのは、家族として応援したい気持ちがあるのなら応援しろという、これまた真っ当な答えだった。でも、最後に決めるのがイブ自身の以上はどれだけ考えてもこれ以外にすることがないから、おれに出来ることと言ったらイブを尊重して応援することだ。
「はい。ありがとうございます」
終わってみれば結果は同じだったものの、誰にも吐き出せなかった本音を吐き出すことが出来たからか気分は晴れやかになった。
「あと、おれがボスにいま話したことは
「御意する」
ボスに昨日から言えずにいた悩みを打ち明けたおれを乗せた車は、大通りの十字路を右へ曲がって事務所の方面へと向かった。
☆★
芸能事務所・株式会社スタークラウドジェネレーション。通称“スタジェネ”。俳優として第一線で活躍していたボスこと東雲洸吾が俳優業を引退するのと同時に、芸能界のこれからを担う後進の育成と芸能界全体の変革と発展を掲げて当時所属していた芸能事務所から暖簾分けする形で22年前に独立し立ち上げた芸能事務所である。所属しているタレントはおれを含めて52名という規模だけならここより大所帯の芸能事務所は芸能界ではいくつもあるが、スタジェネは主演俳優と呼ばれるタレントや実力派俳優を多数受け持つ大手芸能事務所の一角として芸能界では知られている。
その影響力は所属タレントの知名度の高さに加えボスが恩師と仰ぐ暖簾分けの大元にして芸能界で
「ガイア。今日からここが、あなたの入ることになる芸能事務所だよ」
ちなみに何を隠そうおれの母上である不知火フリルはスタジェネに設立当初から所属していた第一号タレントで、独立して個人事務所に移籍するまで
「君か。フリル君の
そしておれは、母上がスタジェネを退所する見返りという形でこの事務所に入り子役として芸能界デビューすることになった・・・と、
「念のために確認しますけど、本当におれ1人で会う感じなんですね?」
「ああそうだ」
スタジェネのオフィスが入るビルに着いて車を降りて中へと入り、暗記が出来るくらいには歩き慣れたオフィス内の通路をボスが後ろに着く形で歩き、来客が待つ
「では私は一旦オフィスのほうへ戻る。もし何かあればすぐ私に連絡をしてくれ」
「了解です」
閉ざされているミーティングルームのドアの前で中へ聞こえない程度の声量でボスはそう告げると、そのまま自分のオフィスへと戻っていく。
いざってなると緊張するな_
まさかとは思っていたが、本当に1対1で話すことになるとは。いざ直面すると、どことなく最終オーディションにも似た独特な緊張感でこの心が少しばかり鼓動が早くなる。しかも何かあればとボスが念を押した時点で、明らかに普通の客ではない。今更ながら今回ばかりは無理だと言っておくべきだったか。何せこのスタジェネはインティマシーコーディネーターの育成制度を日本でいち早く取り入れた芸能界でも屈指の
さて、行くか_
なんて思い上がりな傲慢な考えは捨て、ドアの前で深呼吸をして心を落ち着かせる。誰なのかは全く分からないとはいえ、相手はちゃんとウチを通してスタジェネへ出向いてくれている。仮にその相手が同じ芸能界の人間であるとしたならば、指名された身分としては会って話す義務がある。
しかし、本当に誰なんだ?_
「入ります」
頭の中で未だに疑問が渦巻く中で、ドア越しに一声をかけて指紋認証のセンサーに右の掌を当てる。その瞬間心の緊張が一瞬だけ最高潮に達したが、理性で抑え込んで開き始めたドアの先へ視線を向ける。
まさかな・・・_
「初めまして、上原ガイアくん。会いたかったよ」
認証が終わり開いたドアの先にいたのは、おれが来るのを待ち構えていたかのように席を立って会いたかったと優しく微笑む、薄色のサングラス越しに一等星の如く煌びやかで綺麗なピンク色の瞳を輝かせる超絶美人な金髪の女性。
「いきなり聞いちゃうのは意地悪かもだけど、私の
無論、この
「はい。もちろん芸能界に身を置く立場として存じ上げています・・・・・・
かつて世界的な知名度と人気を誇っていた伝説のアイドルグループ・B小町で絶対的エースとして君臨し、15年前に公開され社会現象を巻き起こした映画『15年の嘘』で主人公のアイを演じた伝説的アイドル・星野ルビー。
「
おれにとっては言うまでもなく、親父の
説明パート書くのむずい