15光年のガイア   作:ナカイユウ

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第八話 幸せ

 「実は()()()()から聞いてるんだよね。ガイアくんが本当は姫川さんとフリルちゃんの子供じゃなくて拾われた養子(こども)だってことと、姫川さんがイブちゃんを連れて別居してること・・・・・・だからここからは()()()()()でちゃんと答えてくれるかな?

 

 おれは今、一番星のような目を輝かせて右隣のイスに横向きで座る星野さんから、幸せだと()をついたことを笑顔で問いただされている。アイドルだった頃を彷彿とさせる明るいテンションのまま隠していた家族の秘密を暴かれるのは、まるで脅迫を受けているようで普通に怖い。

 

 「ママ・・・?」

 

 それよりも今は、さり気なくこの人の口から出てきた一言が気になって仕方がない。

 

 「・・・もしかしておれの母親が誰なのか知ってるんですか?」

 

 右から押し寄せる未知数の圧に気圧されそうになりながら、視線をピンク色の瞳へと合わせて問う。本当の母親についてこの人は知っているのかもしれないと過度に期待するのは禁物だが、耳にしてしまった以上は問いかける以外の選択肢なんて頭には浮かばなかった。かと言って、おれの思い描く答えと正反対の言葉(こたえ)がこの人から明かされるという、恐さもある。

 

 「もちろん知ってるよ」

 

 疑心暗鬼と期待と恐怖が入り交りながら向けた問いに返ってきたのは、ある意味で言えば一番望んでいた答えだった。

 

 「本当ですか!?」

 「だってガイアくんのママってフリルちゃんでしょ?」

 「いや母上は・・・・・・ってもしかしてそういう意味で言ったんですか?」

 「よく分かんないけどガイアくんがいま思い浮かべた通りのことだよ」

 

 と、まさかのワンチャンスが起きたと思いつい大声を出してみたら、本当の答えはまさかの()()()のほうだった。

 

 「だってガイアくんのお母さんがフリルちゃんなのは本当のことでしょ?」

 「まあ、はい。血は繋がってませんが法律上は」

 

 肝心の本人が上原家の血を引いていないせいでややこしくなっているが、星野さんの言う通り上原家と養子縁組を結んでいるおれにとっては、法律上で言えば母上のフリルもまた紛れもなく()()である。

 

 「本当に一瞬ですけどマジなほうかと思いましたよ」

 「あはは、ごめん。言い方がちょっとだけ悪かったかもね」

 「ちょっとどころじゃなかったですよ正直・・・」

 

 だから星野さんの言っている母親(ママ)の意味は、これはこれで正解だ。だが言い方があまりにも本気過ぎたせいで、ぬか喜びではないがつい興奮気味になってしまった。そもそも苗字が上原なのは本当の親がおれのことを何かしらの理由で捨てたからで、嬉しく思う理由なんてなければそう思ってしまうこと自体が不本意だ。だからおれは生まれてすぐに自分のことを捨てた本当の両親のことを許すつもりは今のところはない。

 

 

 

 例えそこに、どんなにやむを得ない理由があったとしても_

 

 

 

 「・・・というか、母上と会ってたんですね?」

 

 相手が誰なのかを意識せずについ素で大袈裟なリアクションをしてしまった恥ずかしさを紛らわし、気を取り直して途切れかけた会話を繋げる。危うく完全に忘れかけるところだったが、オーディションはまだ終わっていない。

 

 「うん。フリルちゃんとは高校が一緒で映画でも共演してるから、その縁で今でもたまにプライベートで会ってランチとかすることもあるよ」

 「そうなんですね・・・思いっきり初耳です」

 「だって今日まで私がフリルちゃんに“秘密にしといて”って言ってたから」

 

 無論、おれは母上と星野さんがたまに会ってランチをするような仲だったことは、今この瞬間まで全く知らなかった。

 

 「どんなことを話しているんですか?」

 「ん~、あれはいわゆる女子会ってやつだから男の子には詳しく言えないんだけど、お互いの近況とかかな?」

 「女子・・・」

 「ん?

 「いえ何でもないです」

 

 ()()()というワードが引っかかり思わず口に出すと、地雷を踏んでしまったのか一瞬だけとてつもなくピりついた空気が星野さんから飛び出してきたので慌てて取り消す。見た目はまだ女子でも全然通用するほど若々しくとも、気にし始める年齢なのだろうか。

 

 「駄目だよガイアくん。大人になった女性はこういうことを割と気にするから」

 「はい。以後気を付けます」

 

 優しい口調と眼つきで、地雷を踏んだおれを優しく叱る星野さん。ただ何となく、完全無欠なアイドルでも引退して大人になればこういうことを意識するようになるような人間らしいところがこの人にもあるということを知れたのは、ちょっとした収穫かもしれない。まず大前提として相手はおれと同じ人間だから、らしいも何もない話だが。

 

 「ちなみにガイアくんがフリルちゃんのことを()()って呼んでることも本人から聞いてるよ?」

 「なっ・・・まぁ、はい」

 

 ついでに母上のフリルは、星野さんに普段おれが母上と呼んでいることまで話していた。自分で蒔いた種な上におれからしてみれば母親のことをおふくろと呼んでいるのと何ら変わらないことなのだが、いざ人から言われると若干恥ずかしい。というか、おれもおれでさり気なくこの人の前で母上と言ってしまった気がするが、フリル本人から教えられている以上はもうどうでもいい。

 

 「じゃあ、そろそろ続きを始めよっか」

 「もしかしてこのまま続けるんですか?」

 

 横向きの姿勢で座ったまま、星野さんはオーディションの続きを始めようとする。イスの背もたれに寄りかかり真っ直ぐに見つめる姿は写真集の表紙みたいに綺麗で、アイドルだった頃を思わせる美しさと可愛さを未だに保ち続けている。

 

 「うん。駄目かな?」

 「いや、いいですけど」

 

 駄目というわけではないが、思春期に入り始めた中1相手に生の星野ルビーから間近で見つめられるのは中々にインパクトがあって、色んな意味で緊張する。というより、あまりにもこの人が可愛すぎる。さすがアイドルグループの最頂点にいたB小町で最後まで絶対的エースを託されていた人は、伊達ではない。

 

 「なら早速聞いちゃうけど・・・ガイアくんって今は()()?」

 

 宝石のように透き通った輝きを放つピンク色の瞳をキラリと魅せつけ、目的の分からないオーディションの続きが始まる。

 

 「もちろん嘘はつかないで答えてね?

 

 言い返す余地すら与えず、再び瞳を輝かせて星野さんは念を入れる。一番星の宿る瞳が映し出す嘘か本当(まこと)かも分からない感情を至近距離で向けられて理解したのは、おれはもう嘘を吐けないということ。

 

 「はい」

 

 これはあくまでもオーディション。嘘を吐いてしまったら、その瞬間に()()()。恐らくこの人とこうして顔を合わせることも、今日が最初で最後になってしまうのだろう。

 

 「今の自分が幸せかと聞かれたら、幸せなことには変わりありません。もちろんおれが本当は違う母親の身体から生まれた血の繋がりがない子供だという現実はこれからも一生付きまとうので向き合っていかなければならないんですが・・・今のおれにはフリルという血が繋がっていないおれを本当の家族として受け入れてくれた母上がいて、おれのことを“ちゃんと私の弟だ”って言ってくれたイブもいるので、今が幸せだっていうのは()()()()()です・・・」

 

 右のイスに座る星野さんの姿が正面になるようにイスの向きを動かして、何一つ嘘のない本当の思いを言葉にして伝える。無論、こんなおれを本当の家族として受け入れてくれている母上やイブと生きてきた日常は、今も含めて幸せだ。だからおれが今この人へ向けて言っている幸せという意味は、紛れもなく本当のことだ。

 

 「でも・・・その幸せに甘え続けていれば辛い思いをしないで済むのになっていう思いもあります」

 

 だけど、心の底から今の幸せを受け入れきれるかと聞かれたら、“はい”とは言い切れない。

 

 「甘えればいいじゃん。幸せだって思い続けることが楽だって知ってるなら」

 「12歳になるまではそのほうがいいと信じていました。家族のなかで1人だけ明らかに顔が違うとしても、こんなおれのことをちゃんと上原家(かぞく)の一員として愛情を向けてくれる人が周りにいる。それで十分だったんです・・・・・・でも、それが単なる()()だったことを12歳の誕生日に思い知ったんです」

 「・・・何があったの?」

 

 おれが心の底から笑えなくなってしまった日のことを、星野さんは躊躇なく掘り下げて行く。母上から少なからず事情を聞いているであろうこの人を前に、隠すことはもう何もない。

 

 「誕生日の日に、親父の大輝から打ち明けられたんです_」

 

 

 

 

 

 

 

 「ガイア。実は、お前がイブと一緒に12歳になったタイミングで話そうと決めていたことがある」

 

 イブと共に12歳の誕生日を両親から祝われた日。初めての4人揃っての高級レストランでのディナーを終えて上原家に帰った後に、リビングへと呼び出されて始まった家族会議。親父の一言から始まった家族会議は、つい数分前までの和気藹々としていた空気が嘘のようにしんとしていて、明らかに空気が重かった。

 

 「その前に言っておくがイブにはこのことを一昨日に伝えてある。それでお前が寝ているうちにこのことをどのようにガイアへ伝えるのかを話し合った末、イブの意見を取り入れてこういう形になった」

 「って言ってもあたしはパパとガイアで1対1で話すよりはこうやってみんなが揃った形で話したほうがよくない?ってボソッと言っただけなんだけどね~」

 「何なら言い出しっぺの姫ちゃんが言うかどうか一番迷ってたよね?」

 「それは言うなフリル」

 

 久しぶりに見る張り詰めた表情の親父と、空元気で場を和ませようとするイブと、それを見ていつも通りの振る舞いで装う母上。何となく言われる前から、嫌な予感がしていた。

 

 「本当はこのことを言うのは心苦しいだとか、それでも12歳になって自分のことが色々と分かり始めるタイミングで言わないと駄目だったとか、そんなことをガイアに言ったところで言い訳にしかならないから・・・どう思うかはお前の自由ということで心して聞いて欲しい」

 

 もうこの頃には、おれは3人とは()()ということを自分の中で理解はしていた。誕生日を重ねても上原家の面影が一向に現れない自分の顔が、何よりの証拠だった。それでも自分だけが違うという現実だけは、受け入れられないままだった。

 

 「ガイア・・・・・・お前は俺たちの子供じゃないんだよ」

 

 少しの間を空けて、テーブルを挟んだ正面に座る親父は真っ直ぐにおれの目を見て真実を告げた。それを告げられた瞬間に心の底から湧き起こったのは驚きやショックではなく、()()()()()()()()()()()という諦めに近い感情だった。

 

 「・・・何となく分かってたよ。朝起きて鏡で自分の顔を見るたびに明らかにおれだけ顔が違うって、前からずっと感じてた」

 

 自分でも逆に驚くほど、親父から真実を明かされたときのおれは落ち着いていた。それは心の内で自覚していたからというのもあるが、もっと遡ればおれが役者になると決めた日から出来ていた親父との距離感も少なからず影響していた。

 

 「そうか・・・_」

 

 思っていた以上に冷静な受け答えをした血の繋がらない長男(おれ)を複雑な表情で見つめていた親父は、ずっと親父と同じAB型だと聞かされていたおれの血液型が本当はO型で、母上とのあいだにおれが生まれることは遺伝子的にあり得ないということ、0歳のときに生まれるのと同時に実の両親からの頼みで上原家に預けられたこと、大地(ガイア)という名前は実母が付けたということを打ち明けた。

 

 「・・・おれの本当の親は誰?」

 

 真実の中身を明かされたおれは、まずは親父に両親のことを聞いた。

 

 「お前に言ったところで、その両親がいまどこで何をしているのか俺たちも全く分からないんだ」

 

 ただ親父は、おれが実母のことを聞こうとしたら音信不通で全く分からないと話を逸らした。ふと母上に視線を移すと、“どうか分かって欲しい”と言いたげに目で合図をされた。

 

 「それって、おれやイブには言えないってこと?」

 「そういうことにもなるな・・・ただ俺からひとつだけ言えるのは、知ったところでお互い嫌な思いをするだけってことだ」

 

 ここでいつもの負けず嫌いが発動して容赦なく母上と親父の意思に反抗を示していればもしかしたら違う結末になっていたかもしれないが、自分が本当にこの両親やイブと血が繋がっていないことが紛れもない事実だと実の父親だと信じようとしていた親父の口から言われたことで諦めの境地になっていたおれに、そこまでして隠された真実を探ろうとする意思も気力も残っていなかった。そのことを考えることさえも、面倒くさくなっていた。

 

 「・・・分かった。言ってくれてありがとう、親父」

 

 今にして思うと負けず嫌いのおれがあそこまで親父と言い合うことを放棄したのは、このままだとこの心が完全に壊れてしまうと本能が必死にリミッターをかけて守ってくれたおかげなのかもしれない。そのおかげで未だに実母のことを聞けずじまいのままなのと引き換えかは分からないが、幸いにもおれの心は演技力を使わないと上手く笑えなくなった程度のダメージを負っただけで済んでいる。

 

 「どこいくのガイア?」

 「部屋に戻ってる。ちょっと1人になりたい」

 

 こうして親父から密かに自覚していた真実を突き付けられたことで無性に1人きりになりたくなったおれは、去り際に呼びかけた母上に部屋に戻ると告げて半ば籠りに行くように自分の部屋へと戻った。

 

 

 

 親父の口から()()()()()()と告げられたのは、それからちょうど1週間後のことだった_

 

 

 

 

 

 

 「_結局おれは、親父に自分の子供じゃないと言われた日から芝居以外で自然に笑えなくなったんです・・・かと言って今でも母上や親父とは別で両親がいるっていう現実を受け止めきれていませんし、何より今の家族はずっとかけがえのない存在のままで・・・本当は前に進みたくても、上原大地(ガイア)として生きてきた今日までを否定したくない自分もいて、ここ2か月はずっと自分がこれから何をしたいのか訳が分からないまま芝居の仕事をこなしています・・・・・・こんな感じで、大人に近づくために背伸びをしてでも過去と向き合いたいのに、心はまだ子供のままで今の家族から与えられる幸せに甘えようとしている・・・これがきっと今のおれだと思っています」

 

 おれはしっかりと()()()()()で、自分について思っていることを全て星野さんへと話した。

 

 「・・・そっか」

 

 おれの話を黙って聞いていた星野さんの口が、ようやく開く。いま話した言葉がどのように届いたのかは分からないが、星野さんは最初から最後までたまに頷きながら黙って聞き入ってくれた。

 

 「ガイアくん・・・君は色んなものを背負い込んで、心の整理が出来ない中でも生きていく意味を探す道を選んだから、ここにいるんだね」

 

 向き合うおれの目を一時たりとも離さぬように見つめたまま、星野さんは優しく語りかけて思いを汲んで、イスから静かに立ち上がるとそのままおれの頭の上にそっと手を置いて、少ししゃがんで再び目線を合わせる。

 

 「きっとそれは、芸能界で生きていくって一度でも決めた人ならみんなが通る道なんだと思う・・・・・・もちろん、芸能界で生きることをやめた人も、最初から芸能界とは別の世界で生きてる人も」

 

 優しく頭上に手を置いて、異端な世界で頂点を極めたまま表舞台から去った伝説のアイドルの語りは続く。その声と瞳からは嘘を見抜いたときの黒い光も、自分の言葉で答えて欲しいと迫ったときの眩い光とも違う、()()()()()暖かな感情が溢れている。

 

 「・・・星野さんもそうだったんですか?」

 

 オーディションが始まってから一番人間らしい、まるで母親のような眼差しで見つめる星野さんに問いかける。今の星野さんが果たして本性なのかなんて分からないが、今だったら嘘のないこの人からの本心の言葉を聞ける気がした。

 

 「私かぁ・・・」

 

 思い切って開きかけたかもしれない心に入り込もうとするおれの頭上から手を放して、星野さんはそう呟くと立ち上がって座っていた右のイスを元の位置に戻し、最初に座っていた向かい側のイスへと歩き出す。

 

 「それは私とガイアくんがもうちょっと仲良くなったら、教えてあげる」

 

 向かいのイスに座り両手で頬杖を作り、悪戯に微笑みながら返答を告げた。どうやらたかだが10分か20分程度話したぐらいじゃ、星のように光る瞳の奥にある心のうちは明かさせないということか。無論、そんなに簡単な話じゃないことは最初から分かっているつもりでいた。

 

 「ということでおめでとうガイアくん。これで君は()()だよ」

 

 そして余韻に浸る余地もなく、頬杖を作っていた両手で軽く拍手をされながら告げられるオーディション合格の知らせ。こういうときは素直に喜ぶべきかもしれないが、このオーディションが何の目的で行われているのか全く知らないから、これといった手応えもなく上手いリアクションが取れない。

 

 「あの、これって結局何のオーディションなんですか?」

 

 ついさっきまでの余韻を打ち消す星野さんの様子に困惑しながらも、ずっと聞きたかったことを聞く。はっきり言ってこのミーティングルームに入ってからというもの、この人に心と感情が振り回され続けているせいか少し疲れた。

 

 「まだ台本が出来上がってなくて出演者との交渉っていう段階だから詳しくは言えないんだけど、一言で言ったら2年後あたりに公開する映画の話ってところかな?」

 「映画だったんですね・・・でも2年後って結構先ですよね」

 「なんか撮影だけでも1年近く掛けるらしいってさ」

 

 謎のオーディションで振り回されて疲れ気味のところでネタバラシされたオーディションの中身は、大方予想していた通りのものだった。

 

 「ちなみに今から言うことはまだ部外者には秘密だけど、()()()()で私は芸能界に戻るつもりだから」

 

 頭に思い浮かべた予想が当たっていた流れだったかは知らないが、本人の口からさり気なく明かされた星野ルビーの復帰作というこの映画の正体は、割とすんなりと受け入れることができた。

 

 「ん?あんまり驚かないんだ?」

 「星野さんからオーディションだって言われたときから、そんな予感はどこかでしてたので」

 「いやいや待って。だってあの星野ルビーが約10年の時を経て表舞台に返り咲く記念すべき映画だよ?分かっててもちょっとは驚かない?」

 「そういうの自分で言うんですね?」

 「だって本当のことだもん」

 「そうですか」

 「さっきから本当に驚かないよねガイアくん?」

 「もちろん驚いてはいますよ。心の中で」

 「ホントにー?」

 「やっぱり嘘でも喜んでおいたほうが良かったですか?テイク2をやりたければ普通に乗りますけど」

 「ゴメンねそういうノリってあんまり好きじゃないんだ私」

 「ならやらなくて正解でしたね」

 

 無論、完全に表舞台から姿を消していた星野ルビーが10年ぶりに表舞台へと返り咲くと聞いて全く驚かないわけがなく、これでも内心ではまあまあ驚いてはいる。

 

 「それより、どうして星野さんは監督やプロデューサーを介さずおれと2人きりでオーディションをしようって考えたんですか?」

 

 けれどそれ以上に、その映画は星野さんの復帰作にして主演作なのだろうという()()()()みたいなものを勘ぐってしまい、自分はあくまで引き立て役で選ばれたと感じてしまうから驚きよりも悔しさに似たような気持ちが勝ってしまう。当然、引き立て役だろうと役を貰えることはとてもありがたいことだし、この人のようなカリスマと共演することはこれからも芸能界で役者を続けていく上では大きな経験になるだろう。何せこの人はおれが役者に憧れを抱くきっかけになった人でもあるから、本当にこういう機会を与えられるというだけでも()()に近いはずだ。

 

 「それはもちろん、私が実際に会って相応しい人を決めたかったからだよ」

 

 だが、子役の中であろうと一度でも頂点の景色を見てそこから徐々に違う人気者に取って代わられていく現状を体験してしまうと、ただ憧れていた人と共演できるというだけでは満足出来なくなってしまうのが芸能人という()()()だ。だからこそ、子役から抜け出すラストチャンスになるこの1年が、おれにとっては何より大事になってくる。

 

 「さすが、主演に抜擢されている人は行動力が違いますね」

 

 

 

 例え心の中が、まだ整理し切れていないとしても_

 

 

 

 「えっ?私は主演じゃないよ?」

 

 すっかりいま目の前で話している相手が主演だと完全に決めつけていたおれの一言に、星野さんは少しわざとらしく目を見開いて手振りでジェスチャーをして驚いた。

 

 「()()は君だよ。上原ガイアくん

 

 直後に目に星を宿した星野さんの口から出たのは、まさかのおれが主演に抜擢されたという俄かには信じがたい一言だった。

 

 「・・・・・・え?」

 「あ、やっと驚いた」

 

 さすがにこればかりは予想外も予想外で、おれは完全に言葉を失い普通に動揺した。




先日に発売された【推しの子】の最終巻に収録された書き下ろしによると、どうやらフリルは芸能界を引退したみたいです。

というわけでここからは、不知火フリルが女優を続けている世界のIFとしてお楽しみください。

ちなみに本編で触れた大輝の血液型はあくまで独自解釈です。
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