星野ルビーの心の中にある時計は、あの日の
「私の大切な人は・・・いつも私の前からいなくなっちゃう・・・」
星野アクアが復讐の
「・・・みんな嘘つき・・・お兄ちゃんも・・・ママも・・・せんせーも・・・全部嘘じゃん・・・」
心の時計をずっと動かしてくれていた大切な人を二度も一本のナイフによって失った星野ルビーは、星野アクアの葬式に顔を出すことが出来なかった。とてもそんな精神状態ではなかった。部屋に閉じこもり泣いてはトイレで吐いてを繰り返して、酷いときにはキッチンからナイフを持ち出して風呂場に行き手首を切り裂いて自分を置いてけぼりにした人たちに会いに行こうとした夜もあった。星野アクアが去ったクリスマスからの1ヶ月は、本当にいつ死んでもおかしくないような状態だった。
「生きなきゃ・・・・・・じゃないと、お兄ちゃんとママが照らしてくれた未来が嘘になる」
やがて眠れない日々の中で一生分の涙を流し切った星野ルビーは、部屋に閉じこもり続ける身体をどうにか起こして再び立ち上がった。心の準備なんて出来ていない。何一つとして救われてなんかいない。そんな苦しさと悲しさを全部笑顔の裏に隠し込んで、アイドルとして走り続けた。
「ママ、お兄ちゃん。行ってきます」
やがて皮肉にも辿り着いてしまったのは、かつて自分が絶対にならないと心に誓っていたはずのアイドル像と全く同じものだった。果たしてそれを
「B小町ドームライブStar Lightにようこそ!」
ただ星野アイが、そしてB小町が果たせなかった悲願を17年越しに果たした日を最後に星野ルビーは涙を流さなくなった。まるで第三者が解釈する星野アイをなぞるかのように、素顔というものを一切見せなくなった。自分のことを大切にしてくれた人にこの
「私を見ていて・・・・・・私がアイドルじゃなくなる、その日までは」
これは生きるために自ら望んで選んだ選択なのか。こうでもしなければ歩き出せなかったのか。どちらにしてもはっきりと言えるのは、東京ドームの舞台に立ったあの日を最後に、天童寺さりなの
「あんたのような無敵のアイドル様でも、
だがドーム公演を終え迎えた星野アクアのいない2度目のクリスマスの日。天童寺さりなの心を眠らせた星野ルビーの前に現れたのが、小説家として活動している1つ年下の青年だった。
「
かつての自分と同じように生きることに絶望し死にたがっていた小説家の青年との出会いが、もしかしたらアイドルとしての寿命を終えると同時に終わる
「ママ。お兄ちゃん。今日ね、ものすっごく久しぶりにガイアと会って話をしたんだ」
日が沈んですっかり暗くなった7時過ぎの空の下で、ママとお兄ちゃんが眠る星野家のお墓に線香をあげ、手を合わせながら声を掛ける。何か良いことがあったときやどうしても話したいことがあるときにこの場所を訪ねて話しかける、私がアイドルとして生きることをやめた日からずっと続いているルーティンのようなもの。
「ドラマとか映画に色々出始めたりする前からガイアのことはずっと密かに見守ってきたけど、実際に会ってみたら思ってた以上に似てたからビックリしそうになっちゃった。やっぱり画面で見るのと生で見るのとじゃ大違いだね」
特に今日という日は、今すぐにでも会いに行きたいと思ってしまうほどママとお兄ちゃんに話したいことがあったから、もう夜だというのにここに来てしまった。もちろん本当に会いに行こうものならママとお兄ちゃんにこっぴどく怒られるし、私が会いに行くことを
「隔世遺伝って言うのかな?特に髪の毛とか目の感じが本当にママとそっくりでさ、顔も瓜二つってほどじゃないけどお兄ちゃんの面影がちらほら残ってて・・・何ていうかやっぱり私たちは繋がってるんだな~って、ガイアの顔を見てたら思っちゃった」
12年と少しの時が経ち、
「あ~そうそう。ガイアはちゃんとフリルちゃんのところで幸せに暮らしてるよ。姫川さんが家を出てイブちゃんと一緒に別居してるってフリルちゃんから聞いてたから勝手に心配してたけど、こっちが思っている以上に元気そうだった・・・・・・だけど、姫川さんから自分たちの子じゃないって言われたことはかなりショックだったみたい。もちろん本当のことを言った姫川さんは何にも悪くないって私は思ってるけどね」
当たり前だ。だって私はママとお兄ちゃんがこの世界からいなくなったことで、人のことを大切にすることが出来なくなってしまったから。だから私は、ママが私とお兄ちゃんへ向けていたものと同じ
「こういう運命を背負わせちゃったのって、やっぱり私のせいなのかな?」
大切な人が誰もいなくなって生き続ける理由もとっくに失っていたのに、それでも生きるために立ち上がった理由なんて、アイドルとしての役目を終えて心が
「なんて、今さら考えたって仕方ないよね。だって運命は変えられないんだから」
じゃあどうして、私はまた星野ルビーとなって
「・・・私にはそれを考える資格もないしね」
「答え合わせをしてみないか?果たして
「12年越しに再会した気分はどう?感動した?」
目の前で眠り続けるママとお兄ちゃんに手を合わせて話しかけているところに、いつの間にか随分大人っぽくなった聞き馴染みの神様の声がして、私はしゃがんでいた身体を立ち上げて振り向く。
「感動ってより、ちょっとだけ複雑だったかな」
初めて会ったときから15年以上の時が経って、普通の人間と同じように1歳ずつ大人になっていった神様に今日のことを伝える。見下ろさないと目線が合わないほどの高さに頭があったはずの白銀色の髪をした5歳くらいの幼い女の子は、いつの間にか私と同じ高さの目線で話せる
「ていうか本当に大人になったよね?」
「いまその話は関係ないんじゃない?」
というか、改めてじっと見てみると本当に大人になったな。この神様。
「そんなことより、複雑だったっていうのは
話の腰を折られた神様は、肩にかかるくらいの長さに切り揃えたボブカットの毛先を指先で触わる仕草をしながら話を本題に戻して微笑んだまま核心を突く。
「自分でもよく分かんないけど、やっぱり覚えてるわけないよね~って話してて思った」
「当たり前だよ。君とあの子が顔を合わせたのは病室での一度きり。仮に君にとっては感動的な再会だったとしても、君と会っていることを全く覚えていないあの子にとっては物心がつくかつかないかの幼いときに音楽シーンで活躍していた伝説のアイドルとの共演が叶ったっていうだけの話だから」
暗くなった空と同化した黒色のワンピースを着こなして不敵に笑って話を聞く、すっかり顔見知りになってしまった神様。何の前触れもなくたまに気まぐれで私の前に現れてはこうやって勝手に話を聞いてくれるのも、気が付けば私の日常の1ページになった。
「もちろん会う前から分かってたよ。私のことなんか覚えているわけないってことぐらい・・・ま、
お兄ちゃんがまだこっちにいた頃はどっちかというと忌み嫌っていたはずなのに、今では大人になった神様と会って話すことをすっかり受け入れてしまっている自分がいる。
「でもやっぱり、顔を見たらちゃんと
そんな気まぐれな神様は
「・・・ひとつ聞いていい?」
「いいよ。神頼み以外ならね?」
「神様がそれ言っちゃおしまいでしょ」
「君には何回も説明してるけど、偏に神様といっても色んな存在がいるんだよ」
特に期待しているわけでもなければ、感傷に浸っているつもりもない。だけど私は忘れかける度に神出鬼没に現れるお節介な神様へ、ひとつだけ聞いた。
「ガイアを苦しめているのは、やっぱり私なのかな?」
「珍しいね。のらりくらりと心を隠す君が弱音を吐くなんて」
「弱音なんかじゃないよ。
珍しく弱音を吐いたと、手を後ろで組み目の前に立つ神様はどこか嬉しそうに笑う。これは弱音ではなくて、フリルちゃんから近況を聞いて実際に会って話をしてその本質に少しだけ触れて、
「私はガイアに対して
私はガイアのことをフリルちゃんを通じてずっと見守ってきたけれど、それは自分の中に愛情や罪悪感が残っていたからということではなくて、全ては
「・・・君は
溜息を交えた神様から返ってきた答えは、“そんな分かり切っていることをいちいち聞くな”と言わんばかりの助言だった。
「その心の中で眠り続けている天童寺さりなの精神が消滅しない限り、君がこの世界で生き続ける理由も消えない・・・だから私はこうやって、いまの君が勝手にさりなを
分かり切った運命を聞いた私に向ける表情から笑みだけを残して、嘘で繕う飾りなんてない真剣な眼で神様は自分の思いをぶつける。感情が乗って少し鋭くなった眼つきが、冷静な口ぶりに隠された感情をはっきりと表している。
「・・・ふふっ」
「何がそんなにおかしいの?」
自分があたかも全知全能の神様であるかのように振る舞うくせに、たまに出てくる神様とは到底思えないほど感情的でお人好しな
「ずっと前から思ってたけど、やっぱり君って神様向いてないよね」
だから私はこんな空っぽな人間を救いたくて仕方のない健気な神様に、本当の感情なのかも分からない感覚に任せて微笑みを作り頭に浮かんだ言葉をかける。こんなふうに下手な人間よりも感情が豊かな神様と話していると、果たしてどっちが
「神様にしてはお人好し過ぎるから」
ひとつ確かなことは、私の心はきっと
だけど・・・一度止まった
「・・・念のため伝えておくけど、あの子のところにはもう
本当の笑顔なのか分からない表情で向けられた“神様に向いてない”という言葉を黙って受け止めた神様は、笑みを繕ったままガイアの元に
「独り立ちさせるにはまだ早いんじゃないの?」
「心配は無用だよ。何せ私の妹は優秀だから」
「シスコン極まれり」
「君にだけは言われたくないね」
「もう、神様のくせに素直じゃないなあツッキーは」
「ツッキー?」
「神様だと何か味気ないしツクヨミって呼ぶのもイマイチしっくりこないから、ツッキー。可愛いくない?」
「却下」
「え~ツッキーってめっちゃ可愛いじゃん」
「君にあだ名で呼ばれる筋合いはないよ」
そんなわざわざお人好しな性分が隠し切れていない純粋さを曝け出す神様に、私はまだ可愛らしさが残るその顔に良く似合う呼び名をつけてあげた。
サブタイトルはクリスマスですが、劇中の季節は5月です。