ある部屋に放置されていた電球がある吸血鬼と出会って共に過ごし始める物語


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この光はあなたへの

とあるビルの一室に、一個の電球があった。

それは球状の白熱電球で、大きさはサッカーボールより少し小さい程度。

天井から鎖とケーブルでぶら下げられていた。

もともとはきちんと整えられていたその部屋を灯し、そこに集う人々を照らしていたのだ。

しかしある時を境に人の出入りはぱたりとなくなった。

そうなると当然内部も手入れされることなどもなくなり、いつしかその部屋も含めビル全体が廃墟になっていってしまった。

 

そうしてどれ程の年月が経過しただろう。

数え切れないほど、誰かしらが忍び込んでは、やりたい放題していった。

 

ある時は酒を呑んだくれるオッサンが。

 

ある時はヤンキーじみた集団がたまり場として。

 

ある時は睦み合う男女が。

 

ある時はカメラを片手に「うーん、廃墟としてはまだまだかなぁ…」とブツブツいう男が。

 

マットレスはいつの間にか運ばれてきていたし、窓を打ち付けたのも誰だったのか最早分からない。

雑誌やら空き缶やらだって転がっている。

 

でも丸電球は何も思わない、何も感じない。

何故なら電球は電球であって、それ以外の何物でもない。

ただそこにぶら下がっているだけの存在なのだ。

それまでもそうであったように、これからもその身が朽ち果ててしまう時まであり続ける、その筈だった。

 

しかし運命を変えるキッカケは突如として訪れた。

 

それは、いつもと変わらない夜だった。

窓からは月の光が差し込み、打ち付けられた窓からは風に乗って微かに煙草やカビが混ざったような臭いが漂ってきていた。

夜もさらに更けようとしていた頃、辺りを包んでいた静寂を破るように階下からの足音が飛び込んできた。

気配を殺すような足取りで足音も小さなものではあったが、動くものが皆無なこの空間でははっきりと聞こえるものだ。

その足音は階段を登り廊下を進み段々と丸電球がある部屋へと近付いてくる。

そして部屋のすぐ前で止まったかと思うと、ゆっくりとドアが開かれた。

 

侵入してきたのは長身でフードを纏った痩せぎすの男だった。フードの下には鋭い目をした強面が隠されていた。彼は部屋を見た途端目を見開き感嘆の声を挙げた。

「おぉ!!ここなら丸も喜ぶ!ワハハハ!!」

どうやらそれまでの侵入者たちが好き勝手に施した改装も含め気に入ったらしい。

「なんだこれは照明か?悪くないカタチだなハハハ!!」

残念ながら最早点きはしないが、電球の丸いフォルムが気に入ったようで数分掴んでじっくり観察し悦に浸っていた。

しかしどうやらここで我に返ったらしい。高かったテンションが一気に下がり頭を抱えてなにか苦悩し始めた。

「クソーっ!…このままだと忘れられてしまう!……人間どもめ、辻斬りの名と恐怖を思い出すがいい…!」

雑誌を睨みつけ何事か叫ぶと、そのまま外へ飛び出して行った。その際ほんのりと血の匂いが残ったが、吹き込んできた風によって瞬く間に霧散した。

 

数時間後、悪態をつきながら男は戻ってきた。男は憤懣やるかたない感じでマットレスに腰を下ろす。

「くそっ、今夜は散々だ!この辻斬りナギリもヤキが回ったか!!」

その男・ナギリがそう腹立ち紛れにバンッと壁を叩く。その衝撃はそこに這わされていたコードを伝い振動となって電球にも到達した。

長年蓄積されたダメージがあったのだろうか。ソケットに繋がっていたケーブルが振動の衝撃に耐えられず、ブチっと音を立てて千切れた。

「ぐえっ!!」

自由落下によって真下に座っていた(ナギリ)の頭へと電球が衝突した。まさにその刹那。

ケーブルが千切れた現在、本来なら光らない筈の電球内にまるで星のように光がはじけた。

その光はあまりにも小さく、そして瞬く間におさまった。

そのためか直撃された痛みをこらえるため目を離した彼は気付かなかったようだ。

マットレスの脇に転がった電球を拾い上げ、ジッと見つめるその彼の顔はどこか寂しげな表情に映った。

ぽすっとマットレスに電球を置くと、手のひらから血の刃を発現させニヤリと笑う。

「まずは退治人共を掻っ切って丸を助け出すのが先だ!そのあとゆっくりと辻斬りナギリの名を広めていけばいい!」

ヒヒっと笑うと、キッと空を睨みつけ呟く。

「それまで俺のことを忘れるなよ、丸」

疲れていたのか、その後すぐマットレスに横たわったナギリはそのまま眠りについた。

 

《・・・・・》

 

丸電球は何も思わない、何も感じない。

電球は電球であって、それ以外の何物でもない。

そこにぶら下がっているだけの…

ただそれだけだった筈の存在。

 

それが丸い電球のなかで、生命と呼ぶにはあまりにも小さくて儚いふわふわしたモノが、自我とは呼ぶにはあまりにも曖昧すぎるほどのモノが、確かにその日芽吹いたのだ。

 

 

暫くはただただなんとなくぼんやりと気配を感じ取るしか出来なかった。

しかし時々電球(自分)を見つめて、語りかけて撫でてくれるナギリからの情を受けるにつれて徐々にはっきりと周囲の様子を感じ取れるようになってきた。

 

日が落ちると出かけていき、たいてい疲れきって戻ってくる彼。

「今宵も駄目だった。あのハリケーン警官め」

ある日はそんな愚痴をこぼしながら電球(自分)に話しかけながら掌で優しく包み込む。

またある日はどこかの部屋からか古びた包帯を探し出してきて、パックリ割れた靴底を合わせるようにぐるぐる巻きにしていた。

「クソっ、あの忌まわしい虫けらのせいで靴が…。なかなか合う靴は見つからんというのに」

 

またある時は拾ってきたらしいマジックを使い、キュッキュッと自分(ぼく)に何か描いた。

「よし、ひとまず顔を描いてやったぞ。この電球は【丸】を助け出す迄の代わりだ。…本物の(アイツ)にはほど遠いな。あのバカならもっと上手くアルマジロらしく描けただろうか。…そうだ、手くらいは描き足してやるか」

キュッキュッ。

「よし……【(まる)】、窮屈な暮らしをしてないか?待っていろ」       「ヌー」 

《ぼく》を通してほかの誰かを見ているような気もするけれど。

もしかしたら彼は自分(ぼく)とお喋りしたいのだろうか。裏声なのはぼくの声がわからないから、想像しているのかな。

 

ああ、そうか。

《ぼく》は【まる】で、「ヌー」って言えばいいのか。

丸電球の自我がここではっきりと【まる】として確立した瞬間だった。

 

それからは一層、ナギリの言動を観察していく日々だった。

何故って?この部屋に唯一いるヒトであり、ぼくにとって特別な存在だから。

 

雨はキライ、暑い夏はキライ、寒い冬もキライ、

うるさい警官はキライ、ハンターもキライ、虫もキライ

編集者はコワイ、ダチョウも怖いからキライ…

うん、キライなものが多いね。

好きなものは勿論【丸】。

【まる】のことも好きでいてくれてるみたいだけど、1番は【丸】みたい。

でもたまに夜空に浮かぶまん丸いお月様を見ても【丸】のことを思い出しているみたいだし、何処から拾ってきたのか幾つかビー玉も手元に置いてあるし。丸いカタチが好きなのかもしれない。

 

そういえば部屋の隅に大事に置いてある手袋、時々手にとって眺めているけれど…誰からの贈り物だろう?

それに時々どこか苦しそうな辛そうな表情をすることも増えた。体調不良もあるみたいだけど、【丸】以外にもほかに悩み事が有るのだろうか。

 

 

そんな日々が続いていたある日の事だった。

ナギリ(あのヒト)が帰ってこなくなった。

 

それまでも1、2日帰ってこない日があった。

そんな日は帰宅後早々、

「あの警官め、辻斬りナギリが本気で泊りがけで遊ぶための施設へ行くと思ってるのか!何を考えてんだ!!」やら

「〜〜っ、あのバカのおかげでオレまで揚げ物にされそうに…なんなんだアソコは!出版社って本を作るだけじゃないのか!」などなど

盛大に愚痴をこぼしながらマットレスへ倒れ込んでいたものだ。

 

なのに…月が、太陽が、何度昇って沈んでも、帰ってこない。

 

あぁ、思えば今まで侵入してきた人たちも数日いてはふらりとどこかへ消えてしまっていた。

彼だって絶対そうならないとは限らないのだ。

もしかしたら何処かもっといい場所を見つけたのかもしれない。

それこそもしかしたら大好きな【丸】と再会して、そっちへ行ってしまったのかもしれない。

もしそうだとしたらここへ戻ってくる理由は、…ない、かもしれない。

 

【まる】はそこまで考えて泣きたくなった。

ぼくだってあのヒトが好きなのに…!一緒にいたいのに!戻ってきてよぉー!!

 

その時彼自身は気付かなかった。自分がほんのりとだが発光していたことに。

そしてまるで子供が地団駄を踏むように転がれた事に。

 

それから数週間後の深夜、静寂を突き破るような足音がふたつ部屋へと近づいてきた。

 

…あのヒトはいつも1人だった。だとするとこれは違うヒト…?乱暴に掴んだり蹴飛ばしたりしないヒトだったらいいな…

 

まる(ぼく)】が大人しくただの電球のフリをしながらそんなことを考えていると、ガチャリと元気よくドアが開いた。

すると聞き覚えのある、懐かしい声が聞こえてきた。

「ここに来るのは久々でありますな!!特に誰かに荒らされている様子もないので良かったでありますな!!」

「うるさい!オマエはもうちょっと声量落とせないのか。まぁ確かに入り込まれたようには見えないから良かった」

それは白い制服を着たガタイのいい男と、そしてもうひとりは…【まる】が帰りを待ち望んでいた辻斬りナギリ(あのヒト)だった。

「…ん?なんか妙な気配がするな…どこだ?」

「どうかしたでありますか?とりあえず持っていく荷物をまとめましょう」

頷きながらもキョロキョロしながらマットレスへ近くと、ナギリは迷いも何もなく最初に【まる(ぼく)】を手に取った。

 

【まる】が久々に見たナギリの顔は以前より血色が良くなっており体調不良は多少なりとも改善はされているようだ。

そのことも勿論喜ばしい事だが、それよりもまた出逢えた事が嬉しくてたまらずに、ついに。

「ぬー!!」

そう想いのままに叫ぶと身体を発光させ、心からの歓びを溢れさせた。

「おあぁぁっ?!な、なんだコレは!!」

「ひゃああ?で、電球が喋って光ったでありまあああす!!」

突然の事で流石のふたりもパニックになって叫んだものの、ナギリはなんとか電球を落とさずに、次第に心を落ち着かせた。

「…なんだか妙な気配がすると思っていたが、こいつツクモ吸血鬼化してるのか」

「えぇ〜!!…この街はツクモ吸血鬼化しちゃうモノが多すぎるでありますなぁ」

「ぬ〜?」

ため息まじりにそう呟くと、電球をマジマジとみつめたのち白服は口を開いた。

「長年使われた物だったり能力の余波で生まれるツクモ吸血鬼もいるようですし、ジョンくんの顔を描いたこの丸い電球くんを辻田さんは可愛がっていたのでしょう?ならあり得ない話ではないのでは?」

「ぬー!!ぬーぬーぬー!」

細かい事は分からないけど、沢山伝えたい事がある。この気持ちが伝わってほしい!という思いからぴかぴか発光させながら声を出すものの…

「……ぬー?(伝わってる?)」

「…すまん、言いたいことがわからないが…。えー、俺のことを覚えててくれてる、んだよな?」

確かにぬーぬーとしか声が出ないので伝わらない件は納得ではあるが、まずその疑問から解決しないと先へと進めまい。

同意を表すため一回点滅させてみる。

するとナギリへきちんと伝わったのか、彼はほっとした顔で息をついた。

「えーと、あのですね電球くん。実は辻田さんは新しい部屋へお引っ越しをしてやり直す事になったのであります。今日はそのためにここに残してた大切な荷物を取りに来たでありますよ。良かったらご一緒に行きましょうか」

「…いつからツクモ化したのか知らんが、独りにして悪かったな。荷物を移すとなったとき真っ先に【丸】と呼んでいたお前を連れていかねばと頭に浮かんだんだ。一緒に連れて行っていいか?」

 

“新しい部屋”がどこかは分からないけど…【ぼく】も一緒に行けるの?連れて行ってくれるの?本当に?もしそうなら絶対行く!行きたい!!もう離れたくないぬー!

 

「ぬ〜〜!!!」

その気持ちが伝わるように元気よく点滅すると身体を擦り寄せるみたくソケットに付いてる鎖を持ち上げ、ナギリの腕に優しく絡みついた。

ナギリはその行為に目を瞬かせたが、同意だと伝わったのか嬉しそうに笑い撫でてくれた。

 

そうやって【まる(ぼく)】とナギリパパ(・・)の新たな生活はスタートしたのであった。

 

因みにコミュニケーションに困るためとの理由から、本物の【(ジョン)】と邂逅を果たした【まる】と共にマジロ語レッスンを受けてマスターしてしまったナギリであった。


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