魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー   作:藤月沙月

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2026年3月15日、段落など一部修正。


魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー
00:プロローグ


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(……よかった。『異世界』って言っても、ある程度の常識と文化レベルが共通で)

 

 新暦71年、4月29日。ミッドチルダ北部臨海第八空港搭乗受付口。ミッドチルダ南部・アルトセイム行きの飛行機を待っていた私・秋月深琴は、内心でそう呟いた。

 ……数日前まで入院生活を送っていた私が、『ある程度の常識』をちゃんと理解できているか、と聞かれたら正直怪しいが。少なくとも関係各所への受け答えはちゃんとできたので、今更気にしないことにする。

 ――転送ポートを通って次元港と呼ばれている場所から、ここミッドチルダまで。あと2か月と少しで10歳になるとは言えど、「はじめてのおつかい」もしたことがない私にとって、その道のりは険しいものになるだろうと予想していたが。次元港での受付のお姉さんも、「未成年の一人旅」に対して、険しい顔つきだった気がするし。

 

『療養のため……、そうね。アルトセイムって田舎ではあるけど、その分自然が豊かで、落ち着いた場所だから。きっとよくなると思うわ』

 

 理由を伝えたら一応は納得してくれたし、最後には「お大事にね」と手を振ってくれたから、終わり良ければ総て良しとしておこう。

 考えながらも、乗り継ぎの案内に従って到着した出発ロビーのベンチに座る。海沿いに面した駐機場が見渡せるガラス製のカーテンウォールから、お昼過ぎの心地よい陽光を建物いっぱいに届いていた。背負っていたリュックサックを胸元に抱き、私は溜息を吐く。最低限の着替えと財布の他には何も入れていないリュックサックは、そう重くない。

それから思い出すのは、私がたった一人で異世界に渡る理由。

 

「本当なのかな。私が、“魔法使い”なんて」

 

 小さく呟いて、視線を右手の手のひらに向けてみる。そこにあるのは見慣れた小さな手。ガラス製のカーテンウォールに視線を向ける。そこに映る私は、肩より少し長い黒髪と黒目の、きっとどこにでもいる女の子。そして何もできない、無力な子供。ここ数年は発作も、昏睡状態になることもなかったからだいぶマシになっているとは思うけど、同年代女子に比べて体力もない。比べる相手は身近にいなかったけど、と溜息が漏れる。学校にも通えていなかったから、特別親しい友人もいない。

 だが、ふと脳裏に過る姿があった。

 

「……なのはちゃん達に、お手紙書けばよかったな」

 

 5年に渡る入院生活の内、ほんの数か月だけを過ごした海鳴市で出会った3人の女の子。それから、彼女達以外にも親しくしてくれたたくさんの人達に、改めてお礼が言えればよかったのに。出会ったきっかけすら覚えていない――それどころか、当時の記憶も曖昧なのだけど。

 それでも、あの日々は思い出すだけでこの胸に安らぎを齎してくれた。

 

(伯父さん達の家について、いろいろ落ち着いたらお手紙出したいな。レターセットとか、お土産屋さんにあるかな)

 

 思い浮かんだ顔全員には厳しいかもしれないが、伯父が持たせてくれたお金は、交通費を差し引いても十分余裕があった。まずは無事退院できたこと、療養のために地元から引っ越したこと、それから「友達だ」と言ってくれたことのお礼。

 

(あとはお兄ちゃんとかお父さんとか……お母さん、とか)

 

 家族の顔を思い出して、反射的に唇を噛んだ。先程まで浮かれていた気持ちが一気に萎んでいく。何も伝えることができなかった兄はともかく、母は――そして恐らく父親も、私の渡航理由を知っている。

 

『私は、あれの母親になった覚えはありません』

 

 壁越しに聞こえた声は、今まで聞いたことがないくらい冷たくて。

 

『――あなたなんか、生まなければよかった』

 

 最後に聞いた母の言葉を思い出してしまった。ぎゅっと目を瞑って、やり場のない胸の痛みに耐える。

 

「……お手紙は、いいかな。今更、みんな困るだろうし」

 

 じんわりと浮かんでいた涙を拭い、リュックサックを抱えなおした、その時だった。先程の痛みとはまた違う感覚が――途轍もない「嫌な予感」が背筋を震わせる。

 

(なに、これ。こんな感覚、知らない……)

 

 周囲で飛行機を待つ人々は平和そうな雰囲気なのに、私一人だけが広がっていく胸騒ぎに顔を青くしているのが分かる。比例して荒くなっていく呼吸は、まるで警鐘を鳴らしているようで。

 次の瞬間、爆発が空港全体を揺らし、一帯を火の海に変えていた。

 

 

 ◇

 

 

(……とまあ、一連の出来事を思い返したところで、現状は変わらないんだけど)

 

 それまでは和気藹々だった出発ロビーは、瓦礫と炎に覆われ、見るも無残な状況だった。割れた窓の向こうの空に浮かんでいたはずの太陽は落ち切って、夜の帳が降りているのだろう。その闇を覆いつくすように、炎は燃え上がっていた。

 あの爆発の直後、火災の発生を告げる非常ベルとアナウンスが鳴り響き、空港スタッフの迅速な対応で利用客のほどんどは避難していた。少なくとも、私が確認できた範囲では、人っ子一人見当たらない。とはいえ炎の勢いは衰えるどころか勢いを増すばかり。これでは救助も消火活動もままならないだろう。

 

「私、本当に“魔法使い”だったんだ……」

 

 私は、思わず呟いていた。

 目の前には、床に座り込む私を覆うように展開された淡い紅色のバリア。足元に広がるのは剣十字の紋章を中心に、頂点に円を持つ正三角形の魔法陣。発動した理由はともかく、理屈は全く理解できていないけれど。正確には『魔導師』だったような気がする。話半分に聞くんじゃなかったと、後悔してももう遅い。

 伯父の言葉は正しかった。ということは、同時に。

 

(……お母さんは、間違ってなかった。悪いのは、“普通”でない私なんだから)

 

 その事実が、心に重く圧し掛かる。私がこの場から逃げ出そうとしなかったのは、それを確認したかったからだ。私が“どこにでもいる普通の子供”なら、母を悲しませることはなかったのに。もしそうだったら発作を起こすこともなく、平和な日々を過ごすことができたはずだ。今ここで、こんな苦しい思いをすることもなかっただろう。

 

(でも、それもきっと今日で終わる)

 

 泡沫のように、「もしも」が浮かんでは消えていく。今となってはどうしようもないそれに溜息を吐いた私は、ぼんやりと天井を見上げた。勢いが衰える様子がない炎は空間一帯を燃やし、酸素を奪っていく。このバリアが消えたら、私は文字通り死ぬだろう。

 

「それで、いいや」

 

 返ってくる声はない。当たり前だ。炎の勢いが強いせいか、ここまで救助に来る人もいない。この炎の中から外に飛び出せるような魔法を、私は知らない。炎が消えるまでバリアを維持できる保証もない。誰も私を助けられない。誰も、私が生きていることを望まないのだから。

 

「……生きてたって、しんどいだけ」

 

 呟くと同時に、視線の先で天井に亀裂が走った。大きな瓦礫が私めがけて一直線に落ちてくる。同時に、淡紅色のバリアが消滅した。

 死ぬのは怖いし、後悔だってたくさんある。母親の期待に応えられなかったことが一番の心残りだ。それなら、あの人の知らないところでひっそりと死ぬのが一番の親孝行になるだろう。

 ――そう思って瞳を閉じた、瞬間。

 

《Circle Protection.》

 

 無機質な機械音声が響く。目を開けると、半球型の銀色のバリアが私を包みこんでいた。足元を見ると、真円の内側に二重の正方形が描かれた魔法陣が展開されている。

 

《Cross Fire Shoot.》

 

 それを確認したとほぼ同時に、バリアと同じ銀色の光が砲撃が瓦礫を飲み込んだ。無残にも崩落した天井の向こうには、夜空が広がっている。

 

「なんとか……間に合ったみたいだな」

 

 言って、声の主である男性は降り立つ。真っ赤な炎の中で煌めく銀の髪と、海の様に深い青色の瞳をしたその人は私の前に来ると膝を折り、私と視線を合わせた。その所作はまるで小説に出てくる騎士のようで。

 

「よく頑張ったな。偉いぞ」

 

 バリアを解除して私の頭を撫でたその人は言う。何て答えればいいのか分からない私がただ撫でられていると、彼は私の両脇に手を入れ、そのまま抱き上げた。そして一気に夜空へ飛び出す。

 

(この人も、魔導師なんだ……)

 

 銀の髪によく映える黒の防護服は、遠く朧気な記憶にあるものとは違う。じっと見つめていると、それに気付いて優しく微笑んだ彼は、私を落とさないように力強く、それでいて優しく抱きしめた。その温かい腕の中で、私は思わず目に涙を浮かべる。

 

「どうかしたか?」

「あ、いえ……」

 

 優しい声で問いかけたその人は、そういえばと通信回線を開く。

 

「まだ名前を聞いてなかったな。ついでに年と」

「えっと……秋月深琴、9歳です」

 

 答えると、回線の向こうから確認作業を行っているらしい女性の声が聞こえた。救助者の照会作業を行っていたようだ。その作業が終わったことを確認して、男性は通信回線を閉じる。

 

「搭乗手続きをしていたみたいだが、家族は一緒じゃないのか?」

「一人です。今日、管理外世界から渡航してきたばっかりで……」

 

 一瞬だけ訝しむような目をしたその人は、付け加えた言葉に小さく頷いた。が、冷静に考えて、疑問に思ったのだろう。

 

「管理外世界から、一人で?」

 

 次元港の受付のお姉さんと同じ反応である。だから、私の返答も同じ。

 

「はい。身内……伯父が保護者なんですが、時空管理局の局員で。どうしても仕事の都合がつかないと」

「……すまない。渡航手続きを確認してもいいか?」

「どうぞ」

 

 私の了承を確認したその人は、先程の通信回線に似たモニターを展開させた。次元港で登録してもらった、私の渡航手続き表示させる。行先と目的を確認して、小さく呟いた。

 

「理由は分かる。理屈も分からないことはないが……だからって、未成年を一人で渡航させるか……?」

「次元港でも同じことを言われました」

「だろうな。術式登録していたから、『魔導師候補』ということで許可が下りたんだろうが……」

 

 そう溜息を吐いた魔導師さんの腕の中で、私は小さく首を傾げる。自分が魔導師だと知ったのはつい最近のこと。私はまだ、魔法の教育は一切受けていない。『術式とはなんぞや』のレベルだ。

 

「とはいえ、自分の身を守れる程の力は持っているんだ。今後の成長が楽しみだな」

 

 励ますような言葉に、私は曖昧な笑みを浮かべる。そんな私の様子には気づかずに、魔導師さんはモニターを閉じた。

さっきのバリアをもう一度発動させてみろと言われても、ちゃんと発動させられる自信がない。……だって、魔法というものには呪文が必要のはずだ。あるいは、呪文に相当するものが。私は、それを知らない。

 知識がないのに発動する力なんて、恐怖でしかなかった。

 

「今はまだ、何も……魔法のこととかも、よく分かっていなくて。それに……」

 

 ゆっくりと、それなりに考えながら言葉を紡ぐ。知らない人と話をするのは苦手だから、必要な受け答え以外では黙っていることが多いのだけど――この人なら、大丈夫だと感じたから。

 

「きっと、私の家族は……私が生きていることを、望まないから」

 

 空気が凍り付く。命がけで助けてくれた人に言う言葉じゃないな、とは分かっていた。それでも、正直に伝えるべきだと思ったのだ。

 落ちた沈黙に瞳を伏せると、「だから避難していなかったのか」と小さな声が耳に入った。

 それから、溜息が聞こえて。

 

「それでも、俺は……間に合ってよかったと、心の底から思っているよ」

 

 視線が合う。深い青色の目が、まるで慈しむように細められた。私を抱く腕に力が込められる。

 

「力を忌み嫌う気持ちも分かる。だが、それはただ壊すだけのものじゃない。大切な人を守るため……悲しい今を撃ち抜くためのものだ」

「……悲しい、今を……?」

「ああ。そしてお前はもっと強くなれる。きっと、俺の友人くらいに」

 

 その言葉の直後、桜色の光が空を貫いた。その光を横目で見たその人は「噂をすれば」と微笑んでいる。

その輝きに見覚えがあった。遠く朧げな記憶の中で、一際強く輝く、光。

 

『私たちがいる! だから……あなたは、一人じゃないよ!』

 

 そう叫んで、手を差し伸べてくれた女の子がいた。赤い宝石をあしらった杖を手にしていた、ツインテールの女の子。

 

(……そうだ。確かに、私はあの時……)

 

 歯車が音を立てて嚙み合ったような感覚を覚えた次の瞬間、己の弱さを呪った日々を思い出した。それから目の前で泣いている、柔らかい金髪をした女の子の姿。

 

(その子に「泣かないで」って、手を伸ばしたくて……)

 

 そこから先は覚えていない。ただ、私に手を伸ばしてくれた女の子のようになれたら、と考えたことは覚えている。その女の子と、先程の光を放った魔導師が同一人物かは分からない。けれどもし、同一人物だとしたら。

 私も、あの魔導師のように――あの女の子のように強くなれるのだろうか。この人のように、誰かを救えるようになれるのだろうか。

 この力は、何かを……誰かを傷つけるだけのものでないというのなら、母に赦されるだろうか。

 

「私は……」

 

 祈るように両手を握り締め、目を閉じる。瞼の向こうに見えたあの子(・・・)が、笑った気がした。

 

「……私は、強くなれますか? そのご友人や……あなたのように」

 

 目を開いて、海のように深い青色の目を見つめる。私の中で何か変化が起こったことに気づいたその人は、優しく微笑んだ。

 

「ああ。必ず」

 

 そう言い切って、その人はゆっくりと降下していく。待機していた医務官に私を引き渡して、また空を飛んでいった。

 

(……名前、聞きそびれちゃった……)

 

 外見上に大きな怪我はないけれど、検査のために病院へ搬送されることになった私は、救急車を待つ間、空を見上げる。保護者である伯父夫婦には医療班から連絡が行っているとのことで、向こうで合流できるらしい。

 

(……っていうか、お礼も言えてない。失礼この上ないにも程がある)

 

 そう溜息を吐いたと同時に、装備交換中らしい魔導師たちの声が耳に入ってきた。今回の救助活動に「本局のエースが4人も参加してくれた」こと。そして同時に、金色の閃光が夜空へ舞い上がり、先程まで燃えていた空港の一部が凍りついた。

 あれもきっと、あの人の友達。

 

(……本当になれるのかな。私も、あの人達のように)

 

 家族に嫌われ、自分も嫌っていたこの力を、あの人は認めてくれた。なら、きっともう迷うことはない。後は私が決断するだけ。

己の弱さに泣くだけの自分を、終わりにしたいと。

 

「……変わりたい」

 

 小さい声だけど、自分の中にはよく響いた。

 

(変わりたい。弱いままで……何もできないままで、いたくない!)

 

 そしてこの出会いが、後の私に関わることなど知らぬまま。

 私は、両手をそっと握りしめていた。

 

 

 ◇

 

 

 幼い頃から私は非力で、臆病で、情けなくて、目の前で悲しい思いをしている人がいても、手を差し伸べることができなくて。一族やその将来がどうのこうの言われても実感が持てなくて、家族から拒絶されて。「自分の居場所なんてない」とその全てから目を背けていた。

 

(でも、今は違う)

 

 居場所を貰った。愛情を与えられた。戦うための術を学んだ。この手の『魔法』は大切な人を守るための、そして、悲しい『今』を撃ち抜くための力だ。

 廃棄された都市の一角で、青い空を見上げる。いつかあの人と再会できるその日まで、彼が誇りに思える自分になりたいと。初めて所属する部隊でも、しっかりやれるようにと。

 ――それは私・秋月深琴が14歳になる年の、長いようで短かった1年間の始まりだった。

 

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