魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー   作:藤月沙月

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6.5 03:喫茶翠屋

 ――『姉さん、事件です』。そのフレーズが過った瞬間、「いや、私に姉はいない」と冷静にツッコミを入れれた時点でそこまで事件性は高くない。少なくとも機動六課的な事件性は、ゼロだ。

 

「ねえ、君、今暇? 近くにいいお店あるんだけど、一緒にどう?」

「いえ、あの……」

 

 状況を整理しよう。あれからサーチャーやセンサーの設置を終えて、時刻は夕方。まずはスターズと合流、ということで話がまとまった。場所はなのはさんのご家族が経営しているお店で、幸い距離はない。さあいざ行かん! とテンション上げた直後、今に至る。

 

(こ、これは……ナンパ、というやつだろうか……ど、どうしよう……)

 

 困惑していると相手は更に言葉を連ね、更に私は困惑する。っていうかなのはさん達とかティアナ達なら分かるけど、この人は何で私なんかをナンパするのだろうか。はっきり言わせてもらうと時間の無駄なのだが。

 

「あの、私、これから用事があって、その、行かないと……」

「少しくらい大丈夫だって。なんだったら俺、案内しようか? っ、痛てててて!」

 

 言うや否や、相手はそっと私の肩に手を伸ばそうとして――その腕を捩じあげられていた。言っておくが断じて私にではない。

 

「困ってんだろ。やめてやれ」

 

 黒いブレザーを着た、男。背は零さんより少し高い――173センチくらいだろうか――、何よりその威圧感が異常だった。これ以上の暴力も辞さないという雰囲気にナンパ男(仮名)はたじろぎ、逃げ出す。

 

「ったく。逃げ出すくらいなら最初からすんなっての。なあ、深琴」

「え? あ、はい……」

 

 さらりと名前を呼ばれ、私は困惑しつつも返事をした。

 

「……っておい。お前、まさか俺のこと忘れてるんじゃないだろうな?」

 

 忘れてるどころか覚えがありません。この世界にいた頃、接触は家族以外となかったはずだし……とまで思い出して、私は目の前の男を見た。まさか……。

 

「……静真(しずま)、お兄ちゃん?」

「忘れてただろ、お前」

 

 っていうか、この世界にいた時のことは忘れていたい記憶だ。

 秋月静真(あきづきしずま)。私の実兄で、確か年齢は今年で18歳……だったはず。

 

「でもお前、変わってねえなあ。すぐ分かったぜ」

「……そうかな?」

 

 そういう兄は、外見が昔と変わっていた。主に髪。かつては私と同じ黒色だったはずなのに、今の彼の髪には金茶色が混じっている。その色といい跳ね具合といい、派手だと思うのは私だけだろうか。

 しかし、今はそんなことよりも。

 

「……なんで、海鳴市(ここ)にいるの……?」

「なんでって……」

 

 私の疑問を繰り返した兄は、舌打ちして「あいつ、本当に何も話してないんだな」と呟いた。が、その表情もすぐに明るいものへと変わる。

 

「まあその話は後に置いとくとして……用事あるんだろ? 場所分かるか?」

「えっと……確か、『喫茶翠屋』って……」

「なら知ってる。行くぞ」

 

 店名を聞くや否や、兄は私の手を取った。

 

 

 ◇

 

 

「……行っちゃいましたね」

「そうだね。行っちゃった」

 

 黒いブレザーを纏う少女の呟きに、彼女の隣を歩いていた少年は頷いた。

 

「あの子が深琴ちゃんか。……あまり似てない?」

「先輩は魔力資質ゼロですからね。妹さんが異常なだけで」

「それも、秋月の家では珍しいはずだけどね。時間があれば手合わせしたいな。秋葉ちゃんはどう?」

「私は別に。っていうか、彼方さんと違って、勝てる要素がありませんから」

 

 秋葉と呼ばれた少女は、隣の少年――藤月彼方(ふじつきかなた)を見た。

 

「……あの、彼方さん。今日バイトですよね? 一緒に行かなくていいんですか?」

「うん。でももうちょっと後でも大丈夫だよ」

 

 言って、彼方はその目を細める。その視線の先で、動く影があった。

 

「……ちょっと、面倒なことになりそうだし」

 

 

 ◇

 

 

 翠屋とは、駅前の商店街の真ん中にある喫茶店だ。ケーキやシュークリーム、自家焙煎コーヒーがお勧め――とは道中で兄から聞いた話である。学校帰りの女子高生、近所の主婦グループに人気のお店らしい。

 

「すんません、遅れましたー!」

「いいのよ、静真君。まだ時間じゃないんだし」

 

 ドアを開けて、開口一番に兄は謝罪する。だが制服らしい黒いエプロンをした女性は笑って許していた。

 そして女性の視線が、私に移る。綺麗な人だ。優しそうで、どこか雰囲気がなのはさんと似ている。

 

「あ、紹介するね」

 

 と、奥のテーブルからなのはさんが来た。

 

「私の両親。お父さん、お母さん。私の生徒の――」

「あ、秋月深琴です」

「深琴ちゃん、ね。で、静真君の妹さん」

「は、はい……一応は……」

 

 にこやかに話しかけられ、戸惑う。想像もしていなかった兄との再会も含め、調子が乱れる。

 優しそうなご両親、そしてお姉さんと話しているなのはさんはとても楽しそうだ。スバルもティアナも目を丸くしている。

 ――正直、意外だった。自分たちが持っていない力を持った子供に、何故あの人たちはにこやかに接することができるんだろう。私たちみたいにそういう家系でもないのに。「家族」だから……?

 

「ほれ」

 

 黒いエプロンを着けた兄が、私の前にケーキとカフェオレを置いた。

 

「えっと……?」

「奢る。前に言ってたろ? 『退院したらケーキ食べたい』って」

「っ!」

 

 前って――それは6年以上前の話だ。

 

 入院してた頃――それもまだ初期のうちは、原因解明のため絶食とかいろいろ繰り返していた。ちょうどその話をしてたのは入院してから初めて迎える誕生日の時だったと思う。

 

「……覚えてくれてたんだ……」

「まあな。一応兄貴だし」

「いや、それは関係ないような……」

 

 まあ悪い気はしないんだけど。そんなことを思いながら苺ショートケーキにフォークを刺し、口に運ぶ。スポンジはふんわりとしていて、クリームは甘すぎず。間に挟まれた苺も甘酸っぱくて――。

 

「美味しい……」

 

 そういえば、ケーキを食べたのって今日が初めてかもしれない。士官学校在学中は健康維持のため必要最低限のカロリー摂取しかしてなかったし、入学前なんてそんな余裕がなかったから。

 

(……さすがに、生ものは転送できないかなあ……)

 

 せっかくだから、レオンやルーチェにお土産でもと思ったんだけど。

 

「そういえば、静真君。この後のあれ、行く?」

「もちろん行きます!」

 

 私の横で、兄はなのはさんのお姉さん――美由希さんが話している。そしてケーキを黙々と食べ進める私をなのはさんのご両親が微笑ましく見つめていたことなど、気づかないまま。

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